頁をめくるごとに(2)
「本館はどうなってるんですか? 怪我人は?」
「本館はヤバイけど怪我人はいないよ」
「本当に?」
「うん、瞬間移動でみんな移動させたから」
「はぁ、それは良かった」
祥祥の知る限り博士の研究で唯一成功したのが瞬間移動装置だ。
腕に付けられたただの時計に見える物がそうだ。
「さっきから、どこに物を持っていってるんですか?」
「それは教えられない」
「教えてくれないと僕らが困ります。なっ」
スカイがこくりと頷く。
「彼らがどこで聞いてるかわからないだろ?」
「だけど・・・・・・」
博士はまた消えて再び現れた。
「日記読んでない?」
「他人の日記を勝手に読んだりしません」
「・・・・・・そう」
博士の運んでいく物が本や資料からスタンドやパソコンなどの家電に変わっていった。
「僕らも連れていってくれるんですよね」
次に博士が出てきたときに祥祥はそう聞いた。
「んー、それは・・・・・・」
「え?」
「ごめんね」
両手を合わせて眉を八の字に悲しそうな顔で博士はそう言った。
「え? 僕らは用済みですか?」
「そう言う訳じゃないんだけど」
「博士ッ」
「めんご」
そう言った博士は、とうとう家具を持ち出し始める。
博士は机と椅子を何脚か持ち出したあと、豪華なL字型ソファーを見つめて動きを止めた。
「これ・・・・・・気に入ってるんだよな」
「持っていったら良いじゃないですかッ」
祥祥は半ば喧嘩腰にそう言った。
「いいの?」
「いいんじゃないですか?」
「でも、置場所に困るといけないからなぁ」
「気に入ってるなら持っていったらいいですよ」
「いいの?」
「博士の物なんだからいいでしょ」
「そうだよね」
「そろそろ教えてくださいよ。どこに持っていってるんですか?」
「それは言えない・・・・・・。でも、これも持ってっていい?」
「もぉ、好きなようにしたらいいじゃないですか」
「本当に? やったぁ」
何を言っているのかと祥祥は飽きれ顔だ。
「これは?」
綺麗な透かし彫りの背もたれがある椅子に手を置いて博士が祥祥に聞く。
「どうぞ」
「怒らない?」
「怒りませんよ。なんで怒るんですかッ」
「そうだよね、祥祥も気に入ってたもんね。持っていこう」
博士は吹っ切れたように怒涛のごとく持ち出して、
「それじゃ。祥祥、スカイ、またね」
にっこにこで消えた。
あとに残された祥祥とスカイは広い部屋にポツンと立っていた。
「全部持っていってなくても、なんだか殺風景な感じだね」
「そうだな」
「・・・・・・仕事、どうしよう」
博士のよく使っていた机、その上に置かれていた日記ごと消えたその空間が淋しく思えた。
通い慣れた研究室を見上げて心の中で別れを告げて歩き出す。
とぼとぼと家路についた祥祥は今までのことをあれこれと思い出していた。
(博士とは喧嘩ばかりしてたけど、楽しかったな)
重い足を引きずって家の見えるところまで来た祥祥は足を止めた。
「・・・・・・え?」
家の前。いや、家の周囲に色々なものが置かれている。
「どう言うこと? 何これ!?」
走って家に戻ると見覚えのある椅子やソファーが置かれていた。
「ま、まさかッ」
家財道具の様々をどかし投げ捨てて玄関を入る。狭い祥祥の家のなかが物であふれていた。
「うそっ、これって」
「あ! 祥祥、お帰りぃ」
物に埋もれるようにして博士が手を振っている。
「お、お帰りって・・・・・・ッ!」
「祥祥が何でも持っていっていいっていうから一杯になっちゃった」
にこにこと嬉しそうに博士がそう言っているのを祥祥はムカムカしながら聞いていた。
「家主が良いっていってくれたから助かったよぉ」
「博士ッ!」
「祥祥♡」
両手を広げて嬉しそうに飛び付いてくる博士をかわして部屋の奥へ入っていく。
「ぼ、ぼくのテーブルセットは?」
「外に出したよ」
「外!?」
「木のテーブルは濡れても拭けばいいけどソファーは濡れたらヤバイから」
そう言って博士は祥祥に飛び付いた。
「ちょっと!」
「これからよろしくぅ」
「よろしくじゃないですよッ!」
「女の人と同棲したことあるけど男の人とは始めてだからドキドキする」
「なにドキドキしてんですかッ」
「よろしくのチュー・・・・・・」
「やめろぉーー!」
羽交い締めにしてくる博士の顔をぐいっと押し上げて祥祥は必死の抵抗する。
「よっ、祥祥」
「へ?」
唐突に現れたスカイがそばに立っていた。
「スカイ?」
「やっぱ、2人だけじゃ淋しいからスカイも呼んじゃった」
「呼んじゃったじゃ、ない!」
「あ! 日記に書いておかなきゃ。同棲1日目」
「同棲って言うなッ」
どたばたしている祥祥と博士の間にスカイが割って入る。
「あ、僕は通いで」
「はい。スカイ君は通いで」
博士の日記に新たな1ページが加わった。
「博士も帰ってよ!」
「いやだぁ」
女の子みたいに嫌々をしながら博士が言った。もう完全におふざけモードだ。
「もぉッ!」
「あははは、祥祥可愛い」
「うるさいッ、殴るぞ」
「そんなに怒っちゃいやぁ」
悪縁、腐れ縁、色々あるけれど。
なんだかんだで、やっぱりわちゃわちゃと楽しい。
その時嫌だと思ったことも日記を読み返せば笑い話。ページをめくるごとに色々な思い出がよみがえる。
「帰って」
「やだ」
□□ 終わり □□
博士の日記 天猫 鳴 @amane_mei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます