博士の日記

天猫 鳴

頁をめくるごとに(1)

 祥祥しょうしょうは博士の部屋を掃除していた。

 部屋と言ってもスケールが全然違う。貴族の屋敷を図書館にしてしまったようなゴージャスな造りの建物だ。天井は3階までぶち抜いたかと思うほど高い。

 広いその部屋は物がごった返していた。

 豪華な机もソファーもテーブルも本や紙の資料で山のようになっている。そのなかを縫うようにほうきで床を掃く。


「まったく、博士はどこに行ったのやら」


 祥祥は博士が研究をしている姿を見たことがなかった。


 親の金で道楽がてら研究みたいなことをしているとか、タイムマシンで未来に行って宝くじの数字を見てきたとか。色々噂はあるけれど、どれもありそうでなさそうな話ばかり。

 お金の出所は曖昧だけれど給料はちゃんと払ってくれる。


 博士は若くて9頭身のハンサムだからモデルでもしているんじゃないだろうか。そんなことも考えたけれど、雑誌や街の広告で見たことはない。


(ん?)


 相棒のスカイが箒の柄を顎に当ててじっとしているのに気づいて祥祥は目を向けた。


「どうしたの?」


 祥祥の問いに黙ったままスカイは博士の机の上を指差す。

 スカイのそばまで移動して博士の机の上を見ると本のようなものが置かれていた。


「日記?」


 そこだけ物がどかされてスポットライトを当てるように百科事典のような本、いや、日記が置かれていた。

 平仮名で踊るように書かれた「にっき♡」という文字が博士のおふざけ笑顔を思い起こさせる。


「・・・・・・怪しい」


 目を細めて疑い深く日記を見つめる祥祥。スカイがおもむろに日記に伸ばした手を祥祥が叩いた。


「おいっ! 待て! 触るなッ」

「・・・・・・」

「絶対ヤバイって」

「そうか?」


 スカイは無表情なまま日記を見ている。


「博士の事だからビックリ箱かもしれないし、開いたらいきなり爆発するかもしれないぞ」


 祥祥の話を聞いているのかいないのか、スカイは日記をじっと見ていた。


「見たな! 見たやつは次のミッションを遂行せよ! とか、余計なことに巻き込まれたらたまったもんじゃない」


 黙ったままのスカイがなるほどと頷いて見せる。

 日記はそっとして作業を・・・・・・と思った時だった。


 ドドドォォーーーーン!!!


 地響きのような爆音が響いてふたりは慌ててしゃがみこんだ。


「な、なに? 今の」

「爆発」


 端的に答えるスカイを置いて、祥祥は音のした方向の窓へ駆けよった。


「大変だ」


 ずっと向こう。

 雑木林のその先からもくもくと煙が上がっている。かなり規模が大きい。


「あれって、本館の方角だよね」


 スカイが黙ったまま頷く。表情は読めない。


「・・・・・・まさか、博士が?」


 その問いには首をかしげるだけのスカイだった。


 バン!!


 ドアを蹴破るような音に2人がびくりと振り返ると、黒ずくめの男達が慌ただしく走り込んできた。

 黒のスーツに黒のサングラス、耳にはイヤホンを着けている。この格好は本館の警備の人たちに違いない。


「K・GO博士は?」


 祥祥とスカイはふるふると首を振った。


 チャカッ


「うっ!」


 ピストルを顎に当てられて祥祥が固まる。


「いいか、K・GO博士が来たらすぐに知らせろ」


 首振り人形のように激しく頭を上下動させる祥祥に睨みをきかせて、男達は部屋をあとにした。


「ああぁぁーーーー・・・・・・もぉ」


 崩れ落ちる祥祥をスカイが捕まえてくれたが、祥祥は腰が抜けたみたいに床にぺたりと座っていた。


「!!」

「さっきの爆発凄かったね」

「博士!」


 何もない空間からK・GO博士が現れて楽しそうににこにこしている。


「あ、あれって。博士が!?」

「ちょっとプレゼン失敗しちゃった。てへっ」


 博士は舌をチョロッと出して自分の頭をコツンと叩いて笑っていた。


「笑ってる場合じゃないでしょ」

「そうなんだよ」


 そう言った博士は手近な本を数冊手に取ると姿を消した。


「博士!」

「何?」

「うわっ!」


 消えたと思ったらすぐに姿を現しまた本を片手に消える。そしてまた現れる。


「何してるんですか?」

「捕まったら大変だから研究の場所を写そうと思って」


 ひたすら楽しそうな笑顔でそう言ってまた消えた。

 消えては現れ、現れては消える。現れた束の間に質問を投げ掛ける。





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