第6話 いきなり決闘?

 「お客さん、お客さん」


 肩を揺さぶられてオレは気がついた。


 あっ、あれっ?


 店?


 食堂? 酒場?


「ここはどこだ?」


 思わず口に出た言葉に、エプロンをかけた女の子が真顔で答えてくれた。


「何、寝ぼけてるの? ここは冒険者ギルド直営酒場『ワイルドキャット』ですよ。お客さん、入ってきた時、この辺りじゃ見かけない顔だと思ったんだけど、よっぽど疲れてたんだね。注文取る前に寝込んじゃったんだよ」


と、オレの背後からウェイトレスの女の子が言った。


 ちなみに、ここでオレや女の子が発している言葉は二一世紀の日本語ではない。


 大天使からもらったスキル「解読」が幸いしたのか、日本語とは全然違う言葉のはずなのに、聞くことも話すことも今までとおり普通にできた。


 それにしても──。


 はあ? 


 冒険者ギルド?


 直営酒場?


 何のことだか?


 というか、さっきまでオレは妙に白っぽい空間で大天使と会話をしていたはずではないか。


 そこからいきなりここだ……その間のことは、まったく記憶が無い。


 オレは思わず首をブンブンと横に何度も振った。


 中年のマスターはカウンターの向こうで、そんなオレを無視して黙々と仕事をしてる。


 とにかく、自分が置かれている状況がイマイチよくわからない。


「ちょ、ちょっとトイレ」


「あそこの奥だよ」


と、こっちも見ずに店の奥の方を指差すマスター。


 オレは自分の座っていた席から立ち上がるとよろよろと歩きだした。


 とりあえず、鏡を見たかったんだ。


 自分が今、どんな格好をしているのか?


 トイレに入って鍵をかけると、入口の洗面所の壁に案の定、備え付けの鏡があった。


 ほう。


 顔は前の世界から変わっていない。あの事件の時のままだ。


 しかし、服装はさすがにその時のままではなかった。


 地味な緑色の長袖シャツ(チュニックと呼ばれていることを後で知った)とパンツ。特に奇抜なデザインではなく、見るからに質素な身なりである。


 そして腰にはブロードソード。夢の中(?)で、あの男に貰ったものだ。そうすると、やはりあの白い空間でのやりとりは「事実」だったのか。


 ふうん、それにしてもこれがこの世界の普通の服装なのか……。


 オレはついでにここで用を足していくことにした。


 ちなみに下着も前の世界のものと形は大きく変わっていない。


 用を足した後も、オレはしばらく鏡の前で自分の姿をあれこれ見直していた。


 しばらくして、ドン、ドン、ドンと入口のドアを叩く音がした。


「おい、いつまで入ってんだ? 漏れそうだ、早く出てくれ!」


 あれっ? オレ、そんなに長く入ってたっけ?


「す、すみません」


と、謝りながら出ていくと、


 オレより二〇センチは高い背と、もしかしたら倍も体重がありそうなおっさんが扉の前で立っていた。


「なんでぇ、若造じゃねえか」


と吐き捨てるように言って、中へ入っていった。


 なんでぇとは何だ、と思ったが、こんなところで喧嘩をしてもはじまらない。


 もう少しこの世界の様子を観察することにしよう。


 なるほど、大天使が言ってたとおり、店内は古~いヨーロッパ風の調度品が置かれている。


 酒場と言うから酒は当然あるのだが、食事も頼めるらしい。


 そういえば、元の世界と違うのは、客が人間だけではないということだ。


 見るからにエルフやゴブリンといった妖精たちも混じっている。


 人間も妖精も、一人で飲み食いしているやつもいれば、集団で騒いでいるやつらもいる。


 オレは何か情報を得るべく聞き耳を立てて、周囲の様子をうかがっていた。


「何かいいもうけ話はないか?」


「あの街の商業ギルドで……」


「あの店の看板娘はな……」


 ん~、まぁ、噂話のような内容がいっぺんに耳に飛び込んできた。


 そういえば──さすがにいきなり酒を飲もうとは思わなかったが、お腹も空いたし何か食べ物を注文しようとして……あれっ、財布はどこだ?


 あれっ、どこにも無い。


 だめだ、こりゃ……お金が無い。


 困ったなぁ……と思っていると、いきなり店内に、


「きゃぁぁぁ!」


という、若い女の子の悲鳴が上がった。


 一瞬、店内がシ~ンと静かになった。


 見ると、さっきのウェイトレスの女の子が細い右腕を掴まれている。


 さっきの男だ。


「おいおい、どうしてくれるんだよ。あ~あ、服がビチョビチョだ」


「すみませんって謝ったでしょ。それに、ぶつかってきたのはお客さんの方ですよ」


「え~、客のせいにするの? ひどい店だぜ」


 どう見ても、男がウェイトレスに絡んでいる。


 が、客は誰も助けようとしない。男を避けるように、座席を遠い所へ替わろうとする客もいるくらいだ。

 

 何人かの客がボソボソと小声で喋っている。


「今日の獲物はあの子か……かわいそうに……」


「でも、オレたちじゃ、あいつを止められねぇ……」


「見るからに強そうだからな……」


 は?


 特殊技能「鑑定眼」を持っているオレにはわかる。


 この「鑑定眼」というのは便利な能力で、要するに「人」や「物」を見る眼が備わるのだ。


 ちなみに、あいつの「剣術」「体術」はどちらもEランクだ。


 たいして強くない。


 体格と喋り方ではったりをかましているに過ぎない。


「そういう悪い子はお仕置きしなくちゃな。おい、上の部屋へ行こうぜ。たっぷりお仕置きしてやる!」


と、無理矢理、女の子の右腕を掴んで連れていこうとする。


「なにするのよっ!」


 バチンッ!


 女の子も負けてはいない。左手で一発、男にビンタを張った。しかし、どうもこの男には余計な刺激を与えたらしい。


「このアマ~っ。人が優しく接してやれば、つけあがりやがって! 公衆の面前で、このオレ様をぶったな~! ふんっ、てめえなんざ、毎晩、取っ替え引っ替え男を部屋に連れ込んで稼いでやがるくせに。この売女ばいためっ!」


 なにが「優しく接してやれば」だ。


「いたたたた、何するのさっ!?」


 女の子が右腕をひねられて悲鳴を上げる。


「決まってるだろ。落とし前をつけてもらうんだよ! 身体でなっ!」


 どうにも見ていられなくなったオレは、マスターが何か言おうとする前に男の前へ進み出た。


 別にオレは喧嘩早い性質たちではないと思うが、女の子の嫌がるようなことをするやつは許せない。


「やめろっ!」


 オレは大声で怒鳴ったつもりだったが、男はオレを一瞥いちべつすると、オレのことなど全く関心無さそうな態度で言った。


「なんだ、トイレにいた若造か? お前には関係ない。子どもは早く家へ帰って、ママのおっぱいでも吸ってろっ!」


 つくづく腹の立つもの言いをするやつだなぁ。


「そういうわけにはいかない。その子は嫌がってる」


「嫌がってるもんか。嫌よ嫌よも好きのうち、だ!」


「んな、わけ、あるかっ!」


と、女の子は右腕を掴まれたまま叫ぶ。


「どうやら違うみたいだな」


「面倒くさいやつだな~。この女をこます前にお前を片付ける。表に出ろい!」


 面倒くさいのはどっちだ。


「ああ、わかった」


と、オレは即答して席を立ち上がった。


 おれだって少しは人前でカッコつけたいじゃん。


  ◇   ◇   ◇


 第六話まで読んでいただきありがとうございました。


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