第4話 復讐のすすめ
──一〇月×日、午前七時五五分頃、亀島市の亀島駅付近の路上で、バスを待っていた人々がバス待ちの列に近づいてきた男性に相次いで刺された。
加害者は終始無言のまま、列の後方から小走りで襲撃した。最初の襲撃はコンビニ付近で始まり、加害者は通行人の男性(後に死亡を確認)を背後から刺した。
その後、加害者は約五〇メートルを無言で走って移動しながら通行人の男女一八人を立て続けに襲撃した。
加害者は周囲の人々から「やめろっ! 何をやっているんだ!」等と騒がれた後、さらに五〇メートルほど移動してから、自ら
襲撃開始から加害者が自ら
大天使と称する男は、まずオレの死んだ事件の概要を説明してくれた。
「それで」
と、男はまだ続けた。
「その加害者も君と同じ世界に転生するらしい」
「えっ? それって、どっ、どういう意味ですか?」
予想外の話の展開にオレはついて行けないものを感じた。
「その世界はね、前世に強く未練とか悔いを残して死んだ魂のつどうところなんだ。そこでは前世の中で一番、悔いを残した時の姿に転生できるというわけなんだよ」
「すごい話ですね……」
信じるも信じないもオレは男の話を聴くしかなかった。
「そして、その世界で人は、前世で残してきた未練を清算する……」
「どっ、どういうことですか?」
「その世界で君は、生まれ変わっているはずの加害者を殺す──言うなれば自分で前世の自分の仇を自分で討つんだ。そうすれば元の世界に戻れる」
「ほ、本当ですか?」
「冗談でそんなことは言わないよ。ちなみにその世界ではこういう場合、殺人罪には問われない。むしろ『前世の
男の口調は始終変わらない。
しかし、本当だろうか?
これから転生する世界で加害者を殺せば、オレは元の世界に戻れる?
しかし──。
考えてみれば妙な話ではないか。
かりにも神の使者と名乗る者が、人に復讐を推奨するとは。
オレは、そのことを率直にこの男に尋ねてみた。
「もしも神だったら、『敵を愛し、迫害する者のために祈れ』とか『右の頬を打たれたら,左の 頬をも差し出せ』とか言うのではないでしょうか?」
東西の伝統宗教だって、そう教えていたはず。
「それを復讐を奨めるとは、どういうことですか?」
「いや」
と、その男は言った。
「昔の話をするならば、『目には目を,歯には歯を』という言葉もあるぞ」
男はそう言うと、次のような意味のことを続けて言った。
結論から言えば、復讐心という感情は文明人の倫理としては「悪」とみられることもあるが、それを完全に否定することはできない。
なぜならば、復讐心という感情は人間の本質的な感情の一つであるからだ。不正や悪を憎むからこそ、復讐心は生じる。ということは、復讐心は「悪」どころか、正義を求める心の現れとも言えるのではないか。
加害者に復讐したいという人間の感情を、人類史の上ではつい最近のことである近代啓蒙思想、人権思想などで完全に否定することはできない。
現代はテロや無差別殺人など凶悪犯罪が横行している。現に君だって、通り魔に不意に命を奪われた被害者だ。また、幼児虐待死などの報道に接すると、全く無関係な他人であるにも関わらず、怒りがこみ上げてきて、加害者をどうしても許す気にはならないだろう。それは、人間の生物としての基本的な感情だからだ。
それは、日本では各種の世論調査で「死刑制度は存置すべきだ」と答える人が過半数を占めることからもわかるだろう。死刑制度は、単に残酷な事件の抑止効果を期待するという意味もあるが、被害者や遺族の無念さを思っての復讐心に基づくことも否定できないのではないか。
男は、そのような意味のことを言った(もっと喋ったのだが、オレには上手にまとめきれないところがあったかも知れない)。
確かにそう言われると、オレは心の中で、加害者に対する憎しみが
「加害者のことは何かわかりませんか?」
オレの問いに大天使と称する男が教えてくれたのは以下の通りだ。
◇
加害者の名は
事件前日の夜、加藤は自宅マンションで過去の自分の人生に思いを巡らせていた。
「何をやっても上手くいかない、つまらん人生だった」
工業高校卒の学歴しか無く、職場で大卒のやつらから馬鹿にされたこと。
「仕方ないだろ。家に金が無かったんだから」
なんとか復縁しようとしてもますます離れていく元妻のこと。
「さんざん文句ばかり言いやがって。馬鹿な女だ」
消費者金融からの借金が五〇〇万円以上ある上に、滞納していた自宅アパートの家賃も請求され、将来の見通しが全く立たなくなったこと。
生活に行き詰まっても自殺もできない自分が情けなく、
「いや、自殺してもオレを馬鹿にしたやつらが喜ぶだけだ。あほらしい」
「大量に人を殺害すれば、元妻は自分と知り合ったことを後悔するだろうし、世間の多くの人間も絶望的な苦しみを味わうだろう」
そこで加藤は朝、通勤・通学で混雑している駅前で無差別殺人事件を起こそうと決意したのであった。特にビジネスマン、OL、学生など「見た目エリートぽいやつら」を狙おうと思ったのだ。
「どうせくだらん人生だった。最期くらい世間を騒がせてやる」
加藤は朝、出刃包丁を鞄の中に隠し持って、最寄りの駅へ向かった。
◇
ちくしょー、オレはこんなやつのために殺されたのか。
オレは頭上の画面に映し出された加藤洋の顔を頭に刻み込んだ。
絶対に、復讐してやる!
◇ ◇ ◇
第四話まで読んでいただきありがとうございました。
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