第3話 輪廻転生

 男の声は終始落ち着いていて、オレの否定的なもの言いを聞いても、特に声を荒げるようなことはなかった。その態度がなぜか自信ありげに見えて、かえってオレの方が焦りを感じてしまったくらいだ。


「なっ、何をでしゅか?」


 しまった、舌を噛んだ。


 男はそんなことは無視して、特に何の感情も込めずに事務的な口調で言った。


「あの日の朝、君は駅前のバス停で刺されて死んだんだよ」


「えっ?」


 思いがけない言葉だった。


「いっ、今、何と?」


「だから、『死んだ』と言ったんだ」


「だっ、誰が?」


「決まっているじゃないか。君だよ」


「いや、どうして? オレ、こうして生きてるしっ!」


と、オレは立ち上がって手足をバタバタと動かしてみた。


 わけがわからない。


 しかし、男はやれやれ、といった感じで左の掌を額に当てて、独り言をつぶやくように言った。


「みんな最初は信じないんだよねぇ。自分が死んだということを……でも、これを見れば納得できるかな?」


 どういう仕組みかはわからなかったが、男はオレの頭上に一〇〇インチはあろうかという大きなスクリーンのようなものを出すと、そこに動画を映し出した。


「ほら、これが病院に運ばれていく君だ」


 救急隊の担ぐ担架で運ばれていくオレ。


 オレの着ていたシャツは血で真っ赤だ。


「高橋っ、高橋っ、大丈夫かっ!」


「高橋君、死んじゃダメだよぉ!」


 近藤や村上、そして真里ちゃんも顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら叫んでいた。


 でもオレは目を閉じたまま動いていない。


 オレはバス停に横付けされていた救急車に担ぎ込まれた。


 周囲の人々の悲鳴や怒号が聞こえる。


 駅前のコンビニの前にはスーツ姿の男性が全身血まみれで仰向けに倒れている。バス停付近では顔から血を流している女子高生が座り込み、他に数人のOLや学生が呆然と立ち尽くしていたり、しゃがみ込んでいた。


 マスコミ関係だろうか、ヘリコプターの爆音まで聞こえてきたところで画面が替わった。


「ほら、病院に着いたぞ」


 中央病院の救急外来でストレッチャーに乗せられて、集中治療室へ運ばれるオレ。


 しばらくすると、中年の男女があたふたと駆けつけてきた。


 父さんと母さんだ。出勤した直後に連絡を受けたくらいだろうか。


 父さんの顔は青ざめているし、母さんは目が真っ赤だ。


 次々に映し出される映像を見て、オレは何とも言えない気持ちになっていた。


 オレの頭上で動画は続いている。


「残念ですが……」


と、白衣を着た若い医師がうつむき加減でオレの両親に説明している声が聞こえてきた。


「運ばれてきた時にはすでに心肺停止状態で……もはや手の施しようはありませんでした……」


 父は立ったまま拳を握りしめて涙を流し、母は大声を上げて泣き崩れた。


「えっ? えっ? これって……」


 オレは言葉に詰まった。


「これって、本当にオレ……死んだの……ですか?」


「そうだよ」


 男はあっさりと言った。


 頬を涙が流れた。


 悪夢なら、もう醒めてくれと願った。


 そう思って何度も頬をつねったが、一向に夢から目覚める気配はない。痛いだけだ。


 男は、


「まだ信じられないというのなら、葬式のシーンも見るか?」


と言った。


 オレは首を横に振った。


 もう、耐えられない。


 オレは本当に死んだのか……。


 死んだ、ということは、もう両親とも、友人たちとも会うことが出来ないんだ。


 オレは声を上げて泣いた。


 ひとしきり泣くと、しまいには涙も声も涸れた。


「なぜ……死ぬなんて……」


と、オレはかすれた声でつぶやいた。


 オレの人生は大学二年、二〇歳の秋で不意に終わってしまったのだ。


 そこでオレはふと我に返って、男に尋ねた。


「するとここは『死後の世界』というわけですか?」


 オレは迷信やオカルト話なんか信じていないが、死んだといわれるオレがこうして存在している場所は「死後の世界」だろうと思ったのだ。


「そうだな。まあ、厳密に言えば『今まで生きていた世界』と『次に生きる世界』との中間点なのだが」


「次に生きる世界? 『生まれ変わり』ということですか?」


 男は静かに言った。


「そうだよ。『輪廻りんね』だよ、高橋君」


 男はオレの目を射貫くように見て、言った。


「生命は輪廻するんだ……大学というより、高校の世界史か倫理の授業でも習っただろう?」


「習ったことは確かですが、それはあくまで古代の宗教の考え方で……」


 男はそんなオレの発言をさえぎるように、


「でも現実にあるんだよ。だからこうして、ここに君がいる」


 オレは沈黙せざるを得なかった。


「じゃ、じゃあ、オレは今から生まれ変わるというわけですか?」


「さっきからそうだと言っているだろう?」


 男は苦笑いをして言った。


「まったく、この時代の人間は疑い深くてかなわん。昔はいきなり本題に入れたのに……」


「すみません」


 オレは思わず謝った。


「そう、私はそのために来たんだ」


「と、いいますと?」


「君はこの通り、二〇歳で死亡してしまったんだが、本来、もっと長生きするはずだったんだよ。そして、もっとたくさんの人と出会い、いろいろなことを経験してから、次の世界に生まれ変わるはずだった……ところが君は突発的な事件によって死亡してしまった……」


 ゆっくりと落ち着いたもの言いだったが、何度も「死亡」と言われると、なんだか心の傷に塩をグリグリと擦り込まれていくような感じがした。


 オレのそんな気持ちは関知していないかのように、男はさらに、


「そこでだ……君が来世に転生した先で、その埋め合わせをしようというわけだ」


と、続けた。


「はあ」


 何とも返事のしようがない。


 オレにはその「埋め合わせ」とやらが、どんな内容なのかとんとわからなかったからだ。


 お礼を言うべきかどうか迷ったが、何となくオレにとっていい話であるようにも思えた。そこで、


「ありがとうございます」


と軽く頭を下げると、男は満足そうにうなずいた。そして、


「実はな」


と、言い出した。


「何ですか?」


「一つあるんだよ。元の世界に戻れる方法が」


 男は意外なことを言った。


「えっ? ぜっ、是非、教えてください」


 オレは焦って、そう言いながら男に詰め寄った。


 その動作は男のパーソナルスペースを侵してしまったからか、男は初めて少しオレを避けるようにして上半身をのけぞらせた。しかし、元の世界に戻れる方法があるのなら、もったいぶらずに早く教えてほしい。


 男はこれまでどおり静かな口調で続けた。


  ◇   ◇   ◇


 第三話まで読んでいただきありがとうございました。


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