第2話  成人

             ―シトラスSIDE―


「すまない… 間に合わなかった…」


「哲郎殿… 何があったのか説明していただけるか?」


「うちの娘が原因だ… 本当にすまない!!!!!!」


「いいのよ。何があったのか説明してくださる?」


顔は笑っているが… 切れてるな…


「おそらく… B級上位の冒険者が一人とそのとりまきが4人が妙を攫おうとしていたみたいでそれをアトラス君が助けてくれたようだ」


「B級上位? ならある程度絞ることができるが…

 アトラスはそいつらを相手にしていたのか⁉

 到底相手になるとは思えないが…まさか…」


「普段は鮮やかな赤色の髪が銀色になっていた…

B級上位相手に善戦していたことから見ても金剛を使っていたみたいだ…」


ハイゴルド家の血統魔法『金剛』は意志の力に応じて力を授けてくれる能力だがその身に合わない力を得たときの代償は大きい…


「ラトラスに連絡して、その冒険者を特定させる」


「あなた! いくら弟だと言っても大陸に十人しかいないAランク冒険者なのに…

 忙しくて引き受けてくれるか…」


まず間違いなくその先までやるだろうあいつは… ああ見えて情に厚い男だ。


「大丈夫だ」




             ―アトラスSIDE―


身体が…痛い…

マリアは… 妙(たえ)は…


「起きたか」


「父さん…」


じいちゃんと違っていつも落ち着いているのに… 怒ってる?


「お前は弱い。

 弱いということは守りたい者すら守れない。

 お前自身もお前の大切な者も。」


俺自身も… 

確かに… 俺は『金剛』まで使って倒しきれなかった…

しかも妙のお父さんに助けられた…


「そして、その弱い者を守るのが私たち貴族の務めだ。

 まずは私たち貴族が強くあらねばならない。

 人々が理不尽に屈することが無いように、理不尽に涙を流すことが無いように

 私たち貴族と法がある。お前は強くある覚悟があるか アトラス。」


俺は… マリアの… 妙の泣き顔なんてもう見たくない…

二人以外も… いつも優しい笑顔をくれる領地の皆を理不尽から守りたい


「後は父上のところに行け。 

 額の傷だが『金剛』の反動もあって痕は残ってしまうが… 

 名誉の傷だ… 残しておけ。」


傷? あ…確かに右側のところに3cmくらいの斜め傷が…

残るのか… いいや。 強くなれたと思ったときに消そう。 


「私から言うことはもう何もない。

 後は自分で考えて行動しろ。」


「はい」


まずは… マリアのところに


俺の部屋を出て廊下を右に真っすぐ行くとハイゴルド家の女性専用の館がある。

一番奥におばあちゃんの部屋、その隣に母さんの部屋、そしてその隣にマリアの部屋がある。


マリアの部屋と言ってもほとんどは使用人が出入りしているのだが…


コンコン。


「入るよ、お兄ちゃんだ。」


おじいちゃん… 俺は… 


「お前の傷よりもマリアの心の傷の方が気になっての

     先ほどひとしきり泣いて今はもう寝てしまったわ」


「して、儂が何か言う必要は無いようじゃな…

 心は決まっておるな… 強くなりたいか? アトラス?」


もちろん… 決まっている


「俺は… 俺の大切な人の悲しそうな顔を見たくない

 笑っていてもらえるように… 俺は強くなる」


「良い顔になったの 男子三日会わねば何とやらと言うが…

 よし、なら多くは言わん。そうじゃな。まずは回復を祝おう。

 アリアにも挨拶して無いんじゃろ? 儂が怒られる。 早く行け」






あれ… 俺は寝てたはずなのに 足が寒い?

浮いて…

「おお 起きたか おはよう」


「え…」


俺は確か昨日パーティーの後部屋に戻ったはず…

ええい。考えていたらこのジジイは理解できない。

えっっと… 空?


「どこ行ってんの?」


「ぬう… 今回はつっこまないのか… 面白くないのう。

 この間お前が死にかけた森じゃよ。 ほれ もう着くぞ」


う… 正直良い思い出はない…

あ、着地する… 衝撃がくる…    来ない…?


「今回は浅めのところじゃからな いつも通りだと魔物が逃げてしまうからの。」

 儂はアドバイスをするからあの木まで行ってあの果物を儂のところまでもって来い

 それが今日の鍛錬じゃ」


「ひとつ! お前の血に備わる血統魔法じゃ

この世界を創造した唯一審からこの世界を統治することを認められた四大国の王 族その分家、遠縁である儂ら貴族には一族によって固有の血統魔法がある。

先日お前が使い損ねた『金剛』じゃ!! 全く ご先祖様に申し訳ないわい!!!!」


「知ってるよ。自分の意志の強さに応じて力上昇させてくれるけど身の丈に合わない力だ ったとはその反動が傷として体にかえってくる。」


我が家の血統魔法はジジイが物語になっているのもあって町の子供まで誰もが知っている。何回からかわれたことか… 


「そうじゃな。 一般的な認識としてはそう認知されておる。

 そして 儂が最強じゃということもな ナハハ!!!!!!」


お調子者め…


「しかし、それは誤りじゃ。 それは入口にすぎん。

 時期ハイゴルド家当主として、儂の弟子として習得してもらう」


「覚悟は良いな?」


『金剛』のその先? 聞いたことがないし、使っているのを見たことも無い。

 それでも… 俺は強くなると決めたんだ…


「我が名に誓おう」


自分の名に誓うことは自らの存在と誓を天秤にかけることであり、破れば罰が与えられる

商人や騎士が忠誠を使うときに、婚姻を申し込むときに使われる。


けど… そんなことはわかってる。 俺は… 俺は…


「ハッハッハ! 名に誓おったか! よかろう! その心意気

 我がジオラス・ハイゴルドの名にて全力で答えることを誓う!!」



               ―妙(たえ)SIDE―


私は… 何もできなかった… いつも… いつも… 守られてばっかりで


「妙」


「お父さん」


この間のお父さんはいつもと違った…

いつもは庭で木の手入れをしているだけのお父さんがあんなに強かったなんて…


「父さん、この間助けてくれた時の魔法は何?

 お父さんの適性は水属性だったはず…」


「そうよ。お父さんの適性は水属性よ。

 そして私は火。」


「お母さん… お母さんは知ってたの? お父さんが強かったこと」


「もちろんよ。 私はお父さんそういうところに惚れたんだから。」


お母さんみたいな美人が正直… 冴えないお父さんをどうして伴侶に選んだのか不思議だったけど… やっとわかったかも…


「妙? 妙? 声に出てるぞ?」

そんな風に思われていたなんて… いや… 確かに…そうだが…」


「あらあら、お父さんせっかく気合入れてたのに、拗ねちゃったわね。

 そうね、私たちがあなたに伝えたかったことは…

 妙、あなた守られているままでいいの?

 あなたが大好きなアトラス君はもうすでにそこらの大人より強い。

 それに比べてあなたはそこらの子どもよりも弱い。

 アトラス君が守ってくれている間あなたは何をしていた?

 ただ守られているだけだった? 女だから弱い? 守られる存在?

 甘えるんじゃないわよ。」


『女は強い』


「あなたに身をもって教えてあげる。 返答は… 聞くまでもないわね。

 さすがは私の娘。いい目をするじゃない」





                 ―三年後―

「アトラス、準備はできたか? 王都に行くぞ」


「はい。父上。」


じいちゃんに稽古をつけてもらってからわかるけど…

父上は… 相当強い。相当な密度の魔力を流れるような動作で常に錬成している

あれにどれ程の技量を神経を使うのか…


「アトラスももう 成人の儀ですか…

 三年前に冒険者崩れにボコボコにされたときはこの子大丈夫かなと

 思いましたが… いやいや… 立派になりましたね。」


「お母さんひっどい! あの時そんな風に思ってたの?」


俺も初耳だが… 正直引く… そして苦い思い出だ…

いやあれを機会に強くなろうと思えたのか 完全に悪い思い出でもないか…


「俺も正直驚いたが… もう十歳の成人だ。そのくらいで良いかもな。

して、アトラス、わかっているかとは思うが唯一神に立てる誓はその誓が厳しければ厳しい程恩恵は増す。もちろん罰も。そして、誓によっては厳しい人生を歩むこともある。」


「わかってる。何回も考えた誓だ。」


「ならいい。王都に行くぞ」


ハイゴルド家の領地はジェノス王国王都馬車で三日の距離にある。

もうそろそろ着くかな。

成人の儀は王都の三つの浮島のうちの一つ『誓島』、通称天空教会で行われる。

貴族から平民までものすごい数の誓(チカ)唱者(ウリ)、とその家族が集まるのだが… あれ…


「そういえば、じいちゃんとラトラス叔父ちゃんは?」


「あのお二人は王都でも人気が物凄いからお父義さんと一緒に先に行ってもらっているの」


「ああ、なるほど」


確かにあの筋骨隆々とした二メートル近い二人が歩いてたら目立つか…

そっくりなんだよなあ。 あの二人。 声がおっきいところとか…

そう思うと父さんってあんまり似てないかも…


「見ろ!! あれが新しく増築した鉄工所だ!! 美しいだろ!! あの造形!」


いや… 似てた。


「ラトラス叔父ちゃんはAランク冒険者だもんね!」


「そうね。 ラトラス叔父ちゃんはAランク冒険者ね。 でもシトラスも実は強いのよ?」


「む… マリア。 実は父さんも強…」


「あ!! 王都だ!」


七歳の好奇心旺盛な子にとっては王都の方がよっぽど珍しいのだろう

ドンマイ父…


とかいいつつ俺も初めてで…

おお… たっか! 外壁 30メートルはあるし 何か魔術? 結界を張ってあるな

これが大陸最大の都市の外壁…


ん? 岩が浮いてる?? あ!


「ほう、もう見えたか。 アトラス」


「そうだ、あの浮島の一番右側に位置しているのが『天空教会』だ。」


「え! どこ? 見―えーなーいー!!」


「こら、マリア。 身を乗り出さない。 周りの馬車から見えていますよ」


はは…

まだ身体強化が使えないマリアには悪いことしちゃったかな…

え… 待てよ あの人だかりの中にいる爺さんもしかして


「こらこら 違う違う。 儂はジオラスなんかじゃないよ。」


爺さんだ… 聞かれてもないのに答える奴があるか…

うわ… 周りの大人が子どもを押しかけてきた… まさか


「我が血に宿りし『金剛』よ 我が不屈の意志に応えよーー!!!!」


あ… 劇のセリフだ まずい…


『金剛――――――!!!!!!!!!!!』

バカでかい魔力が爆発した。

あの爺さんめ。やっぱり我慢できなかったか


「全く… 何をやっているんだ父上は。 ラトラスまで…」


「だから言ったじゃない。 あの二人にこっそりは無理って」


「敬礼!!!!!!!」


!!!!!!!!!!!!!

外壁の周りの警備兵が一斉に敬礼をしだした。


「お帰りなさいませ!!!! ジオラス・ハイゴルド前総監!!!!!」


え… 総監? おじいちゃんって軍のトップだったの?


「やめんかお前ら、退役しておるて。 ん? お前は、 おお キリか!!

 懐かしいのお!!!! 元気にしておるか?」


「は! 過分なお言葉誠に恐縮です!! 

 あの時助けてもらった家内ともども建材でございます!!!」


「おお エリーも元気か!! あの後結局くっついたんか!! 良かったのお。

 やっぱり儂の後押しのおかげ…」


じいちゃんの体浮いてる…

嘘だろ… 父さん身体強化使ってないのに… 


「あなたがここにいると防衛隊の仕事の邪魔です。 早く行きますよ」


「シトラス公爵!!」


「すみません。 うちの父がお騒がせしてしまって。 後は門の中でやらせますので」


「ジオラス様――!!!!」


「ぬう! 離せシトラス! 儂はいかねばならん!!!」


「はあ。 話聞いてましたか? 先に行きますね」


絶対話聞いてなかったな…

ああ、英雄が子どもたちに飲まれて行く… 

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