第64話 私が姿を現すまで

 私は紅龍の婚約者になった。

 だが夜の営みはちょっと待ってくれと言ってある。

 青少年には酷だが、本気の相手とのナイトライフは初めてで踏み切れないのだ。

 ごめんね紅龍。


 さて―――そろそろ雷鳴を表に出すべきだろう。紅龍に先に紹介しなければ。

 家に来て「連れ子」と会ってくれるよう紅龍に頼む。

 結果は―――雷鳴は紅龍を「兄ちゃん」と呼び、紅龍は剣の弟子かなんかだと思っていそうな言動で「一応表でのフォローはしてやる」とのこと。


♦♦♦


 私が表に出るための仕込みをしている間に、雷鳴は一人立ちした。


 魔帝庁で自分の身分を登録、パーティー会場でスレンデル家の当主に白手袋を叩きつけたのである。相手はシュトルム公爵家の象徴である雷撃によって炭となった。

 その後分身を使って、本家と分家、相手が持っていた本家と分家の両方から多少の犠牲は出たが、基本的に無血で出て行かせた。


 スレンデル家の使っていた人員を使う気はないらしく、残された莫大な財産で職業斡旋所から人を集め、家の基盤を整えていく。

 紅龍もよくそれをやるが、偶然出会った人材などもスカウトしていた。

 他の貴族と仲良く(押しかけてきたともいう)なり、側室も選出した。

 側室には「星狼族」の神殿から来た者もいる。防御の要だ。

 正妻は、実の母親の妹に決めた(お腹の中にいる頃にもう決まっていた)ようだ。


♦♦♦


 私が夜の営みを禁じて後、紅龍は浮気などを一切しなかったため、かなりきつかったようだ。10万年待たせてしまったが、これで私も覚悟をすることにする。


 本来の私に戻る儀式―――「解脱」を行う事にしたのだ。それに同行させる。

 化け物のようにならなければ、その時に体を許すつもりだ。


 宇宙空間で「解脱」を行う。

 私は―――「ライラック」だった頃の私に戻っていた。

 腰までの真っ直ぐな艶やかな黒髪、メタリックレッドの瞳、純白の肌。

 今までと違う、病的ではなく、どこか悪魔的な絶世の美女。


 途中で紅龍が「もっと年齢を上げられないのか」というので頑張った結果、年のころは18~19歳になる。

 完成したころには、私は私の中で息づく「力」に気が付いた。

 力は「歌」だった。愛するものを得た事で、私は追い求めていた究極の「歌」を手に入れたのだ。この力を使えば、一時的でも「蛇」を封じられそうだ。

 恐らく通用するのは一度だけだが。でも、これで、姿を現すめどがついた。


 そして―――私は一糸まとわぬ姿で今得た「究極の愛の歌」を紅龍に向けて歌う。

 彼には届いたようだ、私の気持ち―――

 彼は優しく微笑み、私をしっかりと抱きしめてくれる。

 「これからはあなたの心のままに」私はそう言って、彼を抱きしめた。


♦♦♦


 私は解脱して手に入れた力で、私の―――第3世界での―――兄弟はいないかと探してみた。いた。魔界に2人、天界に潜んで1人。

 連絡を取り、事情を話して私が表に出た時のサポートを頼む。

 そして、魔帝城から吹き出るであろう「蛇」を私が封じるまでの間足止めするのを兄弟(双子の兄と姉)に、天界の天帝城からのものを雷鳴と姉さんに任せる。


 最後に、城の外で吹き荒れる「感情の暴走」―――自分の願望を力ずくでかなえようとさせる「蛇」の力―――は歌で押さえる。

 だが絶対暴走して欲しくない人々―――各魔王やペイモン、ディース、それにその2人を異界から帰って来て訪問してきている「ノイズフェラー」

 他にも超高能力者の客人も。全員に私との「共鳴」をかけておく。

 これで暴走してもすぐに鎮火する。


 ただ計算外だったのは「ノイズフェラー」だ。

 吐き気と目まいと頭痛が、共鳴した途端に襲ってきた。

 すっ飛んで来た本人が「無茶だからよせ」と言ったが私は「大丈夫だ」と断った。

 話を聞いたノイズフェラーは「ならせめて補助する」と言ってくれた。

 魔王が束になっても敵わない能力者だ。私は有難く受け入れた。

 私が新しい友を得た瞬間だった。


 これで準備は完了だ。私は魔帝城の外に姿を現す。

 最も高い教会の尖塔の上に片足で立った。


 歌を歌おう、本当は紅龍にだけ歌う愛の歌を、今だけ世界に向けて。


 それはたった一人で歌われる多重演奏。

 普通に歌っただけで様々なメロディーが多重に流れていく。

 それに魔界と天界、その他にもどこかにいるらしい「姉・兄」が声を重ねて―――


 「蛇」の攻撃が始まった。天界と魔界が狂乱の渦に飲まれ―――天界は大した事は無いが―――被害が出て行くが、私の歌で次第に落ち着いていく。

 天界でも魔界でも、実体化した「蛇」が噴き出るが、それは天魔帝に到達する前に駆除されていく。私が手配した「姉・兄」と雷鳴によって。


 尖塔の上にいる私にも「蛇」と、何か誤解した連中からの攻撃は届いていた。

 でも、歌っている最中に私が倒れることはあり得ない。


 歌はピークに達し―――「蛇」は一年間だけ封印された。

 私は視界が暗転し―――私の感覚ではすぐに目覚めた。


 わたしは「儀式場」の祭壇の上にいた。すぐに生贄が追加されていることを悟る。

 ペイモンが案内し(ブラックボックスが解けたのだ)紅龍が生贄を用意したらしい。

「レイズエル。そっとしといてやりたいが、魔帝と天帝が状況説明を求めてる」

「わかってる、ありがとう紅龍。ペイモンも」

 紅龍は軽く頷き、ペイモンも腕組みして頷いた。

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