第63話 思い出の発掘
紅龍王子からアプローチを受けて数カ月。
彼は足しげく私の家にやってきて、求婚してくる。
「思い出すまでの間は、恋人に止めておいてください」
と頼んだ。恋人にはしてもいいと、何故か思ったのだ。
「蛇」のことと、私が表舞台に出たら、奴らは私の知識が周知される前に、天界と魔界、人界の一部を潰そうと一気に襲ってくるであろうことを説明する。
表に出るだけなら私は平気でも周囲が致命的な被害を受けるのだ。
それは、魔界を大事にし、次代を担うつもりである紅龍には耐えられないだろう。
天界と人界が無ければ、魔界の存在意義も失われるのだから。
今でも私は魔界全土の悪魔(奴隷の人間等も含め)の記憶や意思を読み取っている。
魔帝城の中だけは今は圏外だが、表に出るなら読む必要がある。
彼の伴侶になるなら私は表に出ていかなくてはならない。
「蛇」から天界や人界を守りながら、だ。
それはすなわち人界と天界全土の天使や人間の頭の中も読むことと同じ。
私はそれができるのか?できてしまう。
するべきなのか?本当に私は紅龍が好きなのか?
悩む私を、雷鳴が心配そうに眺めていた。
♦♦♦
私のデスクの引き出しの中に、剣につける房飾りを見つけた。
それを見るなり蘇る思い出。
そう、そうだった「私」は紅龍に分かれても再会しよう、とこれを渡されたのだ。
ぼんやりとだが、試練の穴の過酷な道のりが蘇る。
過酷な環境の中、それぞれが仮に属していたコミュニティから抜け出して、2人で月を見て今後の魔界について話し合った。
紅龍はこんなに話が合う存在はお前だけだ、リリス―――そう言っていたっけ。
私は答えずに月を見ていたけど、思いは同じで。
自分が「時間制限のある存在」であることを本当に悔しく思っていたわ。
私は、次の日に訪ねてきた紅龍に、房飾りを渡した。
「大事なものだと言っていたでしょう?」
「記憶が戻ったのか、リリス!」
「少しだけね―――でも、私がリリスなのは間違いないみたい。でも、私はリリスではなくレイズエルだから、これからはそう呼んでちょうだい(もっと仲が深まれば―――ライラックと呼ぶことを許してもいいかもしれないわ)」
「もっと試練の穴の中の事を聞かせて、紅龍」
最初に辿り着く古城で、彼はモンスターを狩って、私は娼婦としてそこに居た事。
出会いは月明りの鐘楼で―――。
先にそのエリアを私がクリアし、先に行った事。
しばらくしたら、私と寝た男は皆死んだこと(多分呪いをかけていたのね)
次の岩山エリアでは出会わなかったけど、王族の墳墓に向かう時一緒になった事。
それから私が彼の仲間「ラーヴァ」と「チビ」と「2番」と仲良くなった事。
その先の水路では、あまりのモンスターの多さに共闘した事。
邪神(ニャルラトホテプの化身、膨れ女)と遭遇して私の寿命はさらに削れ、紅龍自身は
そこから何とか逃れた先で、私の寿命が来たこと。
私の代わりに邪神に詳しい者が加入した事など。
一日中、私は彼の話を聞き―――思った。
私は確かに、この一途な若者が好きだと―――。
「紅龍、もうしばらく待ってくれたら、きっと全部思い出すわ」
「待っているぞリリス………いや、レイズエル。私の妻はお前しかいない」
「私は子を産めるか分からないのよ、それでもいいの?」
「………次代のため、側室が必要ならそうする。だが出来ればお前に産んで欲しい」
「………ありがとう」
記憶は、紅龍の語ってくれた話に刺激されたらしく、急激に戻っていった。
さらには、リリス
わたしは「彼らが生きていてくれて本当に嬉しい」と感じ―――
いつの間にか泣いていた。
♦♦♦
私は自分から紅龍の元へ行った。
私室にダイレクトにテレポート(防御が固いので普通は不可能だが)したのである。
ベッドルームと書斎が融合したような部屋で、左一面はバルコニーへ続く窓になっている。彼は執務中で、デスクに居た。
書類を見てしまわないように―――とはいえ紅龍の拠点の皆の記憶で大体推測がつくが―――近寄り「終わるまでここに居るわね」と、体を宙に浮かせ、頭を紅龍の膝に乗せる。これで見えない。
紅龍は、他の者には(例外:母親)見せない優しい顔をしていた。
普段の彼は、自分にも他人にも厳しく、機嫌を損ねたものは即丸コゲという苛烈な性格なのだが、カリスマ性もあり、熱烈なシンパも多い。
だが私には優しい―――可愛い―――恋人だ。
唯一の難点は、自分の血(フェニックスの血)を飲んで欲しいと言われた事だけ。
この血を飲むと、紅龍に従属し、生も死もフェニックスがコントロールする事ができるようになる。頭の中ももちろんすべて読まれる。
絶対にごめんだった。自分の生死は自分で決める。コントロール下に置かれることは私が自由意思を奪われた人形になることを意味していた。
私があまりにも強烈に嫌がるので、引き下がった紅龍。
しょんぼりしていたので、少し可哀想にはなったが絶対に嫌だった。
考え事をしていると、紅龍が仕事を終わらせた。
「ここまでどうやって入って来たのかは置いておく、どうした?」
「記憶が戻ったわ。あなたの婚約者になりましょう」
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