第39話 海女神の残酷

 私とミーシャは1日一緒に過ごしただけで、完全に友人になっていた。

 イザリヤとはまた違う気の合い方だ。

 基本的にミーシャが私を(年上だからか)慕ってくれるのである。

 とても純粋な子で、奴隷だったとは思えないぐらいだ。


 グレイス先生の授業にも一緒に参加していた。初歩なのにいいの?と聞いたら

「ララの受ける講義もおさらいになるから良いの!」

 だそうだ。

 あと、グレイス先生は私の歌の事も知っていて、そっちも指導してくれた。

 私より歌の技巧に優れた人は初めてなので、正直尊敬する。


「ララ、特別な場所があるの。巫女しか行っちゃいけない場所」

 ついてきて、と言われたので、大人しくついていくと、岩場から随分と張り出していて、先端に行くと空と海しか見えない、という場所に着いた。

「ここは星読みの丘。昔は本当に丘だったらしいけど、長い年月に侵食されてこういう風になったんだって。わたしはいつもこの丘から星読みをするのよ」


「私も、勉強したら読めるようになるかな?」

「ララには加護もあるんだから当たり前だよ!」


 そんな会話をして1年後………


 私は星読みの丘で、歌っていた。

 グレイス先生が詩人でもある事から、これは皆に好評だった。

 この1年でわたしはグレイス先生に免許皆伝を貰っていた。

 多分今は私の方が上手い。

 歩いていると修道女たちから熱いまなざしを感じる。

 ミーシャによると、なんと私のファンクラブなるものができているそうな。


 ここの娘たちは、女所帯の陰湿さとは無縁らしく、誰でも私に好意的だ。

 私がヴァンパイアだと知っても、である。

 どんどん愛着が募っていき、ここから離れがたくなる。

 それにグレイス先生は、さすが賢者だけあって、とても知識が豊富だ。

 国家の仕組みから昔の英雄譚、私には未知の魔法まで教えてくれる。


 召喚呪文や錬金魔法がその最たるものであり、私は今修行中だ。

 もちろん星読みも結構なレベルに達した。ミーシャには叶わないが。

 最近では予知めいた『第六感』が働くことも多くなっていた。


 そして、他の人が寝ている隙に星読みの丘に登って日光浴するのは最高だった。

 他の場所では、絶対手に入らない恩恵だった。

 でも夜、星読みをすると不吉な予測を目にしてしまう。

 東の方から、戦火がこっちに飛び火してくる、と。


 その日、私は1人で星読みの丘にいた。星は血が流れると言っている。

 その日の満月は赤かった。

 集中していたので気付くのがおくれたが、神殿の方が何やら騒がしい。

 悲鳴のような声が風に乗って聞こえる。

 不吉な予感に、私は走り出した


神殿の玄関ホールに走る。

そこに居たのは10人以上の兵士。

そして床に転がるのは………修道女たちの死体。

「ご覧になられましたか、ヒドラ様!異教の海の女神の巫女を生贄に捧げます!」

その偉そうな兵士は、1人の少女を貫いたまま剣を掲げていた。

………ミーシャ。おそらく他の修道女たちの身代わりとなって。


兵士が剣を引き抜き、どさりとミーシャの体が床に落ちる。

「ミーシャ!」

せめて瀕死であってくれたら、救えるかもしれない………!

それは虚しい希望だった。剣は心臓に刺さっていたのだった。


「なんだぁ、お前も巫女か!ヒドラ様に捧げてやろう!」

「………あ?」

私はその兵士の剣を片手で掴んだ。血が噴き出すが、剣はピクリとも動かない。

当たり前だ、死者の、リミッターの外れた力だ。『教え・剛力5』も入れた。

そいつの剣は粉々に砕けた。


「こ、この化け物が!」

「『上級氷魔法:コキュートス』」

兵士は全員が氷漬けとなった。溶けるまでには、窒息死しているだろう。


「ライラック………」

弱弱しい声、グレイス先生!?先生は、致命傷を負っていた。

「こちらへ、きなさい」

先生は執務室の方へ行く。

私はミーシャを抱え上げてそちらに向かった。先生に肩を貸す。


先生は執務室に入ると、私に絨毯をめくるよう言いました。出てきたのは収納庫。

「そこの中の物は、全部あなたにあげます………」

「先生?先生はまだヴァンパイアになれば………」

「駄目です。聖域を血で汚してしまった上、巫女が異教徒に殺された。海の女神の怒りが来ます。わたしはそれを鎮めるためにも生贄にならなくては………」


「意志ある津波が来ます。この島は全滅でしょう。貴女はこの部屋に居れば安全です。出ないように」

そう言って、外へ出る先生。

「一人だけなんて嫌です!先生、ヴァンパイアに―――」

優しくかぶりを振って、彼女は言いました

「皆の死体を集め弔って頂戴。講堂に集めて、棺を作って入れてやって下さい」


いいですか?ララ

恐れず妬まず恨まず でも誰よりも強かに

天を大地を海を人を 己の運命さえ愛し

美しく世に咲き誇る 花になりなさい


それだけ言い残すと、彼女は外に出、外からカギをかけてしまいました。

ああ、もう津波が見える。

私にも啓示が下りてきた。全員が死ぬ。わたしは弔わなくては―――。

血の涙を流しながら、私は全ての生命が、いつかのように無くなっていくのを見ていた。無事なのはこの部屋だけだ―――。


津波は1度しか襲っては来なかった。先生が生贄になったおかげだろう。

なんどもこられていたら、この部屋も危なかったろう。

わたしはミーシャを抱いたまま床にへたり込んだ。

なんで………私の周りには、こんなに。

いや、今回はもっと早く気付いていたらどうにかできていたかもしれないのに。


わたしはへたりこんだまま、思考を空回りさせることしかできなかった。


どれぐらい経っただろう。血の涙も止まり、頭が冷静になる。

その時神託があった。

「ライラック、お前を最高司祭に任ずる。この島をお前に与える―――」

星女神アステラの神託だった。母である海の女神を止めれなかった謝罪だろうか。


「………棺、作らなきゃ」

そうだ、残っている遺体を回収して、棺桶に入れて講堂に並べるのだ。

海に散った遺体も、私なら集められる。

探知の魔法と、酸素の必要ないこの体ならできる。


棺そのものは、島の南端に岩石だらけの所があったか。

なら、『クリエイトゴーレム』の応用で何とかなる。


今は、何かしていないと気が狂ってしまいそうだった。

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