第36話 決戦 2

 立ち上がったクリオと、剣を構えるイザリヤを皆が避けて広場の端に寄る。

 人の壁だ。クリオもこれでは逃げられないだろう。


 イザリヤの剣は、正統派の剣術だ。クリオも同じく。

 技量は互角。だがイザリヤには「教え」がある。

『剛力5』『頑健5』『瞬足3』が今イザリヤの使える強化系の全力の『教え』だ。

それをもって、形勢はイザリヤが優勢になっていた。


打つ、払う。打ち下ろす、受け止める。突く、剣で弾く。

様々な攻防が目の前に展開された。

私は勇壮な曲を歌い弾き続ける。イザリヤにだけ効く、敏捷性の上がる呪歌である。


おお乙女よ 剣の乙女よ

汝の敵に鉄槌を 汝の親しき者に祝福を

与えたもう 戦神よ戦神よ 汝の剣を彼女に

乙女は戦神の体現者なり


おお乙女よ 麗しの乙女よ

汝の剣は折れはせぬ 折れるは汝の敵の心なり

与えたもう 戦神よ戦神よ 汝の剣を彼女に

乙女は戦神の体現者なり


―――歌が終わると同時に決着がついた。

イザリヤがクリオの首をはねたのだ。

歓喜に湧く住民と騎士。だが私は不吉なものを感じた。

「みんなっ!クリオから離れて!」


めり………めりめりっ。

死体が裂けてゆき、体内から―――こんなものが入るスペースは普通無い―――直径は1m、長さは10mはあろうかという真っ赤な「ミミズ」が姿を現す。

ミミズの頭?にはクリオの顔がついている。

ぼこぼこっ。地面が盛り上がり、クリオより一回り小さい、白いミミズが飛び出てくる。騎士も含めて、一般人は気絶した。


「これは………ミミズの化け物!?何ておぞましさだ、魔術的なものすら感じる」

「私もそう思う。命名「ミミズ」でいいでしょう」

2人共かなり強がりながらの会話だ。

そんな私たちに、クールゥさんが

「それが「破壊の蛇」です。1体は頭持ヘッドちで、残りの2匹は頭無ヘッドレスしだ!」


「どちらにしても、ワーウルフでないと倒せない。下がって!」

《イザリヤぁぁあ殺してやるうぅぅ》

クリオの顔をした頭持ヘッドちが、イザリヤと私に向かって来ようとする。

わたしはえずいてしまった。何も出ないのは幸いだが、あまりにも気持ち悪い。


こう、生理的、本能的に訴えてくるものがある。

 イザリヤは本能が強い分、私より酷い。剣を杖代わりにして、何とか立っている。

クールゥ、グルーガ、ギニッツ、ウシャ、ベリューの5人(ワーウルフ)はこれに耐性があるらしく、激しく臨戦対戦だ。


そこから先は、思い出したくない。5人が傷付きながらも勝って、「ミミズ」の死体が綺麗さっぱり消滅した事だけ告げておく。

傷付いた彼らを、『治癒魔法・回復』して、周りを見回す。

少しづつ、村人と騎士は起き上がって来る。見た光景のせいで吐いてる人もいる。


皆が落ち着いてきたころ、イザリヤは宣言する。

「これより私がヴォルカ村の領主にして、アーデルベルク家当主だ!そして化け物を倒してくれたワーウルフ達は、我らと永世の友好を結ぶ!」

拍手が起こる。賛同の声が多い。


「ただ、私は皆が存じている通りヴァンパイアだ。オッタリア姉様が結婚し、子が生まれたらその子に領主の座を譲るので心配はしなくていい!」

「イザリヤ!私は再婚は―――」

「大丈夫、必ずいい奴を見つける。姉さまには人並みに幸せに生きて欲しい」

「大丈夫かしら………こんな未亡人で」

「自信を持ってくれ。姉さまは美しいし、賢い」


その後は、とんとん拍子に物事がすすんだ。

私は、村のシャーマンとその弟子に魔法を教える日々。


イザリヤは善政を敷きつつ、村人を「噛まれる」ことに慣れるようにしている。

オッタリアさんは、なんと使節として村に残ってイザリヤを手伝ってくれていたワーウルフのギニッツさんと恋仲になった。


オッタリアさんの結婚式は素敵だった。

クリオは彼女を奪うだけ奪い、式など挙げなかったとか。つくづく最低な奴だ。

イザリヤの就任の儀も良かった。イザリヤは男装で凛々しく―――とはいえ容貌のせいで可憐にも見えた―――振舞っていた。


怒涛のように日々が過ぎ、いつしか3年の月日が経っていた。

私は、もう必要ないだろう。魔法はそれなりの人数が使えるようになったし、村のシャーマンは上級魔法も一部使えるようになった。

その間に私は、「教え・癒し・衝動延期」を作り出した。


イザリヤに別れを切り出すと、とても寂しそうな顔をされた。

「村の皆もお前の事をよく思っている。ワーウルフ達もだ。だから、いつでも戻って来てくれ、いつでも歓迎する。オッタリア姉様の子が後を継いだら、私もヴァンパイアの谷に帰るから………!」


「こんなに居心地のいい場所は初めてだった。ああ、イザリヤにプレゼントがあるの。跡継ぎを待たなくてもちょくちょくヴァンパイアの谷に帰れるよ」

私はそう言って「拠点移動の石」をイザリヤに渡す。

この村と、ヴァンパイアの谷のみを行ったり来たりできるアイテムだ。

「私は、ヴァンパイアの谷に帰る。それでこの石の別バージョンを作って、ここにも顔を出すつもり。エレオスとも話をして、またどこかに旅に出るとは思うけど」


イザリヤは手元の石を見て、表情を明るくした。

「そうか………お前の帰った頃に、ヴァンパイアの谷に行くと約束しよう」

「そうね!再開しましょう!バンはあなたが面倒見てね、私は1人がいいから」

「そうか?まあ、仕事には事欠かんから良いが」


「気を付けて帰れよ」

魔法使いを筆頭に、大勢の村人達と、駐留ワーウルフ数名が盛大に見送ってくれた。

私は惜しまれて村を去るのだと実感できる。皆の役に立てたのだと。

人生で初めて、私は何か―――曖昧でもいい―――を成し遂げたのだ。


そして帰り道、来た時と違って今は春。

帰り道に立ちはだかる崖はそのままに、雪解け水で増水した川が私を阻む。

「上手く渡れるかしら」

私はレベルの上がった『剛力5』を使って、崖を穿ちながら進んだ。


3年前にイザリヤの穿った痕跡はもうない。時は偉大だが意地悪だ。

そして川に下りて来た。思い切って、岩に飛び乗る………。

そして私は、激流に流された。

途中で這い上がろうとするも虚しく、激流に流されていく。


やがて朝が来て………私は水中に没した。

どれぐらい経ったのかは分からない。

次に気がついたのは、海の底だった。

魔法の装備は無事だろう。だが、海底で使えるものは持っていない。

―――歩いて陸まで行くか。


私は諦めて、半ば勘を頼りに歩き始めた。強引に浮き上がり、見回しても陸は見えなかったが。そしてまた沈む。

そう言えば、ヴァンパイアは基本沈むとエレオスに聞いた事がある。

眠っては流され―――途中から自分の上に岩などを置いたり、海草で縛ったりして寝るようにした―――起きては勘のおもむくままに進んだ。


そして強引に浮上した時、大きな島を見つけた。建物も見える。

上陸するなら、漂流者のように振る舞わなくては。

夜を見計らい、苦労して入り江に辿り着き、岩場に辿り着く。

岩の間から顔を出すと、そこには―――

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