第35話 決戦 1

 夜の黒が、白い光を塗りつぶしてしまう時間


 私達は、出てきた早々、真っ白になった。

 地面から抜け出した時、土は透過するが、雪が体の上に残ったのである。

「おはよ、イザリヤ」

「ああ、おはよう、ララ」

 ぱたぱたと、雪を払い落としながらの会話だ。最近慣れっこになってしまった。


 バンは、モコモコの防寒着を着込み、焚火の前で震えている。

 私とイザリヤは寒さとは無縁だ。だが一応防寒着は着込んでいる。

 何故かって?関節が凍ると動けなくなるから。そのぐらいこの森は寒い。

 この森のあるヘラオスフォル帝国は、どこもここ並みかそれ以上に寒くなるという。


 イザリヤの故郷には、もう2~3日の道のりだ。

「グルルルルル」

 唐突にうなり声がした、狼のものだ。

 気付くと森の一角から、5頭程度の狼の群れが出て来ていた。


「がるるるぅ」

 やはり唐突にうなり声がした、今度はイザリヤのものだ。どんな喉してるんだろう。

「『無属性魔法・翻訳』で聞き耳を立ててみる事にした」

 ≪君、兄弟イザリヤか?帰って来たのか!≫


 ≪ああ、兄弟クールゥ。仲間と共にようやく帰って来た。こっちは私のはとこライラックと、シモベのバンメルだ。ライラック、言葉は分かるな?≫

 ≪『翻訳』してるわよイザリヤ≫

 ≪話せるのかい?ライラックとやら?≫


 ≪魔法の『翻訳』を使ってね≫

 ≪ヴァンパイアの魔女か。イザリヤの乳母も魔女だね。問題ない。普通の人間より余程いい。後はシモベか。里の外側なら問題ない。私が案内するから里に行こう。こっちの道からの行き方はまだ知らなかったろう?≫


 そう言ってクールゥさんは、さっと森に体を翻す。

 私達は、慌てて場を片付けて―――主にバンのご飯の跡―――クールゥを追った。

 バンには道々イザリヤが事情を話す。

「分かりやした、待機していたらいいんでやすね」


 里とやらに着くには丸一日かかった。勿論私たちは寝なければいけない。

 初めて完全遮光の寝袋を使った。バンに運んでもらったのである。

 ちなみに防寒具を着たままだと寝袋に入れなかったので、素の服装になっている。

 バンも結構しんどいはずだが、頑張ってもらった。


 朝、起きて驚いた。狼だらけだったからである。

 というか、狼たちに取り囲まれていたのだ。

『無属性魔法・翻訳』

 ≪わたしたちにとってはおはよう、野生の申し子たちよ≫

 私の挨拶が気にいったのか、周囲の狼たちは好意を示す泣き声をあげている。

 ≪おはよう、今も昔も変わらぬ兄弟姉妹たちよ≫

 イザリヤには、体を擦り付ける狼が続出した。雄である。


 身繕いをしていると、大柄な若者が―――勿論ワーウルフだろう―――迎えに来た。

「クールゥ、少し待て、今身繕いを身繕いを終わらせる」

「え?クールゥさん?」

「そうだよ、イザリヤとは同い年なんだ」


「ワーウルフだったからリーダーだったのね………」

「うん、まだまだ新米だけど、小隊を任せてもらえる程度ではあるよ」

 クールゥさん曰く、昨日の狼たちは、皆若い狼だったそうで、部下なのだそうだ。

 まだ、ワーウルフの中では新米なので、ワーウルフの部下はいないという。


 私達の身繕いが終わり、クールゥさんに案内されて大きな丸い城壁で守られた「内側」へ。「聖域」とも呼ばれるその中と城壁の上は、ワーウルフ達が警備していた。

 発光するツタや、色とりどりの花が冬の雪の中で咲き誇っている。

「グルーガ、ギニッツ、ウシャ、ベリュー!」

 イザリヤは呼んだワーウルフ達と、熱い抱擁を交わしていた。


「ライラック。紹介しておく、私の兄弟姉妹達だ。皆、彼女は私のはとこだ」

 私にも熱い抱擁が来た。慣れないが「よろしく」と軽く返しておく。

「これ、お前たち。早く連れてくるように言ったでしょう」

「聖域」の中心にある大きな石造りの円形ドームから人が出てきた。

 暖かそうな民族衣装に身を包む中年女性だが、歴戦の勇士の様な顔つきをしている。


「フィタイアエ様、毎度毎度すみません」

 イザリヤが大人しく頭を下げる。フィタイアエさんは慈母の様な顔つきになり

「イザリヤの顔がまた見れて嬉しいよ。協力して、あの男を領主から追い落とそう」

 イザリヤの顔つきが険しくなる

「追い落とすだけではダメだ、必ず殺す。父の、姉の、そして自分自身の仇だ」


 そう言って、私達を置き去りにドームの中に入っていってしまった。

 あわてて追いかける。フィタイアエさんを筆頭に、ワーウルフ達も一緒だ。

 中には丈の長いクラシカルなメイド服を着た、妖艶な美女が待っていた。

 長い黒髪をきちりと結い上げ、青白い肌、赤い瞳。血の匂い。


「アンリ!」

 イザリヤは彼女に抱き着いた。私も彼女の事は夢を通じて知っている。

 アンリさんは優しくイザリヤの頭を撫で

「仕込みは万全でございますお嬢様」


「お嬢様がヴァンパイアになった事は皆に少しづつ明かしました。もちろん私もです。ですが村人で奴に味方するものはもういません。重税で苦しめられていたので、説得して回るのは簡単でした。逆らう者は『暗黒魔法・意志薄弱』で説得した後、元に戻しました。騎士共もこちらの味方です。お嬢様のお父様に惚れこんで一緒に開拓に来た面々なのですから、真実を知れば奴を倒さんとするのは当然です」


「いまや、全ての勢力がお嬢様の味方。お嬢様の姉上であり、あの男に強引に妻にされたオッタリア様も、承知の上です。ワーウルフの方々も協力して下さるそうです」

「そうか………説得、ご苦労だった。明日の夜、広場に全員を集められるか?私が帰って来ると告げていい。姉様も、あの男と引き離して連れてきて欲しい。あの男に―――クリオに決闘を申し込む」

「造作もない事でございますお嬢様」


 アンリさんが1分の隙もない礼をする。

「それから、アンリ、それとフィタイアエ様。こいつはライラック、私のはとこで、私をここまで護衛してくれた。親友でもある。相応の扱いを頼む」

 一緒に旅してきただけだけどね………と私は苦笑する。

「かしこまりました、これからはアンリとお呼びください、ライラック様」

 アンリさんは即座に下手に出てくれた………けど何か怖い感じ。


「そうかい……これからも友好を望むのかい?お嬢ちゃん」

「イザリヤの親しい人たちとなら、友好を望むわ」

「では覚えておこう!儂の命が「破壊の蛇」との戦いで絶えたとしても、続く「語り部」に永遠に語り継がれるだろう!」

 語り部とは長の参謀。それも代々「完全記憶」を有する。永遠は嘘じゃない訳だ。

 今代は長が語り部を兼ねている―――それがフィタイアエさんだ。


「イザリヤよ、此度の「あの男」クリオとの闘い。クールゥ、グルーガ、ギニッツ、ウシャ、ベリューをつける。決闘のあと、必ず奴は「破壊の蛇」の本性を出すぞ!我らワーウルフの義務として助太刀する!」

「分かっている。フィタイアエ様、助力を感謝する」


「待って「破壊の蛇」って何なの?」

「私も詳しいわけではない………というかワーウルフの皆が見るまで分からないというんだ。秩序の破壊者にして自然の破壊者だというんだが………絶望にとりつく魔物だとか。世界を憎んだ者に憑りつくという魔物らしい」

「初めて聞く………」


「まあ、悩んでいても仕方がない。アンリ、演出の為にわたしはこのドレスで戦う」

 イザリヤが踊り子のドレスを取り出した。

「もっと豪華に飾り付けられるか?」

「造作もないことでございます、お嬢様」


「なら私はこのドレスで出て、リュートでも弾きましょうか?」

 吟遊詩人のドレスを取り出す。

「頼む。アンリ、これもだ」

「かしこまりました」


「「「「「俺(私)たちは人間の姿で武装してついていくよ」」」」」

「皆、ありがとう………こんなこと、一緒に遊んでいたころは想像もできなかった」

「そうだよな。イザリヤが滝つぼに飛び込んだ時は死ぬかと思ったよ」

 クールゥさんが言う。

 それは私も見て知っている。


「それが縁で、フィタイアエ様に会えたのだからいいじゃないか」

「あんたね、反省ぐらいしなさいよ。周りがどんだけ心配すると思ってるのよ」

「そうだな………すまん」

「イザリヤはライラックさんには素直だね!」


 クールゥさんの一言で場が和む。

「で………どこか寛げる所はありませんか?もうすぐ夜明けです」

「「外側」の空き建物を提供しよう、クールゥ、案内しておやり」

「はい、フィタイアエ様」


 石造りの簡素な建物。暖炉には鍋がかかり、壁面にはたくさんのタペストリー。

「バンは暖炉の前で寝るといいわ。鍋に水を入れて乾燥を防いでね」

 火からできるだけ遠ざかったところが、私とイザリヤの寝床だ。

「おやすみ、明日の無事を祈って」「ありがとう、ララ」


 次の日、私達は村の広場に佇んでいた。

「イザリヤ様が戻ってこられた!イザリヤ様万歳!」

 騎士が率先してそう叫び、村人が「万歳!」と唱和する。

 イザリヤは鷹揚に頷き

「今宵、爵位と我が姉の簒奪者を処刑する!」


 そう叫び、美しい剣―――アンリさんが持って来た―――で館を指し示す。

 その時、アンリさんが、やつれてはいるものの美しい女性、イザリヤに似た女性を抱きかかえて窓から飛び降りて来た。

 同時に騎士団がクリオの身柄を確保して、広場まで引きずって来る。


 私はリュートを鳴らし始める。私とイザリヤは、豪華に飾り付けられたドレス姿。

 体の自由は奪われない。アンリさんが仕上げてくれた。ドレスだ。

 リュートの音色は美しく冷たく………そこから高ぶるように激しく響く。

「クリオよ、簒奪者にして圧制者よ。私との決闘を受けるのならば、名誉ある死をくれてやる。だが拒むのならば、騎士団の手にかかり斬首だ、どうする?」


「く、クソッ、あの魔女が、魔女さえいなければ皆は私に従った筈なのに!」

 魔女―――アンリさんは妖艶に笑う

「私はただ真実をもって説得したのみ。それ以外には何もしておりませぬ」

 私達の背後にいる村人と騎士が頷く。


「クソがぁー!オッタリア!お前は私の妻だろう!こっちに来い!」

 オッタリアさんは、イザリヤよりきつめの顔立ちの美女だ。

 この時は本当に憤激していたのだろう、「夫」に向けて容赦ない言葉を紡ぐ。

「無理やりに処女を奪って妻にしておいてよく言う!それも父上と、フィエメン姉さまとイザリヤが死んだ日に!私がお前のことを好きだったことなど一度もない!それでも村の為に支えてやろうとしたのに、お前は村に悪政を敷いた!」


「この売女がぁー!」

その言葉を発した瞬間、イザリヤの気配が凍りつく。

「よく分かった。お前は私が斬首する。騎士達よ、悪いがクリオを押さえてくれ」

「ヒイッ!?待て、待ってくれ!応じる。決闘に応じる!お前の父アンドレアスより弱いお前が俺に勝てるものか!」

「果たしてそうかな?」

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