第29話 旅の空5

日没、怪物は目を覚ます―――

身繕いを済ませる。

今日出て行く前にもハンティングをする旨をバンに告げておく。

8個の樽が満たされているので、残りは4個。4人襲うという事だ。

「行ってらっしゃい、ヘマするなよ」

「証拠は残さぬ」


瓶を4つづつ持って、私とイザリヤは夜の街を駆ける。

昨日と同じ手口―――スリープミストで無力化―――かからなかった奴は、イザリヤが「眠らせ」る。勿論覆面をして髪は収納している。

4人分の血を有難く頂く。勿論、牙の後は消してある。

血を、瓶に抽出しておく。


帰りにイザリヤは『無属性魔法・スリープミスト』を教えてくれと言ってきた。

「一人で行動する時には、重宝しそうだからな」

「いいよ、すぐ覚えられると思う」

部屋に帰って、イザリヤに教えてみたが、すぐ覚えた。


血の樽に瓶から血液を注ぎ、後はお決まりの作業だ。

珍しいハーブも入れてみたので、後でどうなるか楽しみである。

イザリヤ曰く、低級な宿には鍵がかかってないので、血の瓶も補充しようとの事。

透明化の魔法『無属性魔法:インビジビリティ』をかければ見つからないだろう。

それも教えてくれと言われたので、授業する。イザリヤはのみこみが早い。


宿を出る段階から、『インビジビリティ』をかけ、下級の宿屋に向かう。

瓶は5個づつである。

酔いつぶれたやつが多かったのが不満だが

「そういう血液は血酒になる。結構美味いいぞ」と言われ不満を引っ込める。

問題なく、血を採取できた。『インビジビリティ』を見破る者はいなかったようだ。


宿に帰って血の瓶を作る。たくさんハーブを買い込んだので、色々な味の物が期待できた。それは血の樽も同様だが。

とにかくこれで、北へ行く準備は整ったといえよう。

足りなくなったらバンに貰う―――グールは身の回りの世話と、血の提供が役目だ―――事が出来る。グールがいてよかった。


路銀が心許ないので、歌と踊りで稼ぐことにする。

私の歌は、腕が上がっているらしく、聞く者全部を魅了した。

歌につられて「岩窟亭」に入ってくる者もいたぐらいだ。

そして、私の伴奏で踊るイザリヤも好評だった。

バンは近くで護衛である。


最終的に120枚の銀貨が集まった。バンも含めて、折半である。

バンは辞退しようとしたが、私達だけでは確実に「虫」が寄ってきていた。

バンの強面も役に立っているのだから、お金を貰う権利がある。


4時頃にはお客がはけ始めたので、私達も寝る準備をする。

私とイザリヤは、バンの部屋に入り、吸血させてもらった。

樽と瓶を作るのに吸血しただけで、私達は実際には吸血していなかったからだ。

眠る姿勢を取って、ワクワクした顔のバン。虜にしてしまっただろうか。

吸血して、意識を手放したバンに毛布をかけてあげて、部屋を出る。


「グールとは便利なものね。アリケルがたくさん身近に置いてたのも納得できるわ」

「たくさんいると、血を与えるのが面倒になりそうだがな」

「アリケルは面倒見がいいからね………そろそろ夜明けだね」

「ここは遮光が完璧だから安心できるな………『ロック』を忘れるなよ」

「はいはい、唱えるだけの呪文だから、イザリヤも覚える?」

「『シェイド』と合わせて教えてくれ。


私は、夜明け前の短い時間で、イザリヤに魔法を教えた。

どれも下級呪文だ、たやすく覚えた。夜明けはすぐそこだと肌で感じる。

「寝ましょうか」

「「おやすみ」」


日没が来て、私達は起きる。身繕いをする。部屋の外に水が置いてあったので、有難く使わせてもらった。ヴァンパイアは、汚れがつかないんだけどね、まあ気分かな。

私の傷は相変わらずだ。胸の真ん中の傷にガーゼを突っ込んで、サラシで撒いておく。そんな朝の定番が終わった後。


「イザリヤ、バンの顔を変えた方がいいよね?」

「『教え・変容・容貌変化』か?確かに私達にも使える低級の教えだが」

「じゃあ、バンに了承を取り付けましょう」


「俺が、盗賊団の一員だとバレると困るんだな………いいよ。姉さん達なら変な顔にはしないだろ?それに、これから生きていく分にはなにかと便利だ」

なら、施術開始である。元のバンの容貌は残さず、イザリヤと二人であーでもないこーでもないと美形に仕上げていく。結果、野性味あふれる男前が出来た。

施術が終わったので、鏡を見せる。「お、美形じゃないか!ありがとうな!」

と、バンが無邪気に笑ったので成功だ。

街を出るまでは、黒ローブを羽織ってて貰うが。


街を出る前に位置に寄る。私のスリングスタッフと、追加でハーブ、薬草、ポーションの買い足しをするためだ。12樽も作ったので、心許なくなっていたのだ。

また、気に入ったものをバンバン買ってゆく。値段が安い―――異国の品は高い―――のを束で買っていった。ポーションの材料も買う。それを漬ければポーションになる。可愛いバンの為だ、それぐらいの事はする。


スリングスタッフは、店主の言葉通り完成していた。

「どうですか、うちの本店の腕は!銀貨20枚になります」

代金を支払い、有難く受け取ったが、私は実はスリングの使い方を知らない。後でイザリヤに聞く必要があるだろう。

イザリヤにそう言うと、簡単だからあとで教えてやる、と言われた。


聖都の出口に向かう。衛兵には軽く睨まれたが、星女神のプレートを見ると、納得した様で、通してくれた。「彼は同じ信徒ではあるが、護衛のために雇っている」

そう説明したら、バンも通れた。偽装の為に大荷物を装っているしね。


西北への街道は荒れていた。あるのが不思議なほどだ。

気温も寒くなって来るそうで、次の町、最果ての西の町には10日もかかる(私たちは強行軍できないので、12~13日はかかる)

町の名は「レンファース」というそうだ。


一応ウサギを狩って、路銀にした方がいいだろうか?

「狩っておいた方がいいだろうな。多分需要は高いぞ、主に毛皮」

「それだと15~16日かかりそうね、ゆっくり進む?」

「うむ、ジャントリーとの旅も急いではいなかった。故郷が心配ではあるが………」


「出来る範囲で、特に北西森では急ごうぞ」

「あんたのヴァンパイアになるまでの事は、いずれ聞かせてよね。あんたの故郷で何をしたらいいのかさっぱり分からないんじゃ問題でしょう」

「ああ、道行きで聞かせる。単純な事だ、説明する―――」


道行きは順調だった。夜盗が出るには出たが、そんな貧相な武装では、こっちは掠り傷もない。村で食い詰めたんだな。今は8月、得物には事欠かないはずだが………。

無力化したら、首領が土下座して謝ってきたので、カモフラージュに入れてあった、私とイザリヤの保存食を提供した。7名ぐらいだったので、足りてしまったのだ。

彼らは女神でも見るような目で見てきた。やめて欲しい。


首領に「最果ての町」の情報を聞くと、8月にも関わらず、獲物が逃げてしまって困っているとか。彼らも獲物がいなくて食い詰めたそうだ。

「イザリヤ、これって………」

「多分高位のモンスターが現れたんだな。それで野生動物が逃げた」

「他の可能性もあるけど、多分それだよね………」


「ウサギの燻製が高く売れそうだな」

イザリヤ!不謹慎だよ!

「私達には関係の無い事だ………待てよ、そいつらが増殖して、万が一私の村に行ったら嫌だな。かなり距離はあるが………よし、倒すか!」

自分の村の事になると、やる気を見せるイザリヤ。やだよ、モンスター退治なんて。


最果ての町レンファースに到着した。

 市は夜開いてない。明日バンに売って貰いに行くべく、彼は夜は休ませている。

ちなみにウサギ皮と肉は、30匹分だ。この街に近づくほどウサギが減ったのである。それと、イザリヤ曰くこの土地は8月にこんなに涼しくないとの事。


宿のおかみさんに詳細を聞いてみることにした。

すると、吹雪を纏ったひと際大きな巨人(ウェンディゴだと思われる)と、取り巻きの氷でできた巨人(アイスゴーレムだと思われる)が出るそうだ。

ただ、村の住民に危害を加えることはしないが、狩場をうろつくので狩場が荒れる。

その上村の気温を下げるので、冷夏はともかく厳しい冬が予想される、という。


「ふむ………それを倒して来たら、報奨金などはあるのか?」

「貧乏な村だけど、質のいい弓と矢、保存食なんかと金貨6枚を出してるよ。今のところ、傭兵さんなんかには見向きもされてないけどねえ」

「倒した証拠は何を持ってきたらいい?」

「首だけど………まさかお嬢ちゃんたちが仕留めようっていうのかい?どれぐらい強いかは分からないけど、さすがに無理だろう」

「大丈夫だ。私とこの男は剣士だし、この女は腕の立つ魔法使いだからな」


半信半疑のおかみさんに、そいつらが良く出る場所を聞いたら、村近くの狩場全体にぽつぽつと出現するという。

イザリヤが「時間は?」と聞くと

「夜中だよ。酔っぱらいが不用意に近づいて、氷漬け。死にゃあしなかったけどね」

「不用意に近づいて、犠牲が出る前に片づけるべきだな。明日の夜、探しに行こう」


微妙な顔のおかみさんから、部屋の場所を聞いて、ついでに吟遊詩人が歌い舞う許可を得て、部屋に向かう。着替えと化粧の為である。

バンはもう休ませている、市は明日の早朝だからだ。


活気はあまりなかったものの、酒場がここしかないのと相まって、歌っているうちに歌に引き寄せられて結構な人数が集まった。

歌の最中ではなく(皆黙って聞く)踊りの最中にヤジがあった。

おかみさんに聞いたらしく、嬢ちゃんたちに「変な巨人」が倒せるわけない、やめときな―――といったヤジである。


このヤジにはムッとしたので、倒したら保存食をくれるか?と聞いてみたら、保存食に豪勢な食事もつけてやらぁ、と言われたので、私もやる気になった。

豪勢な食事は、後で吐くから正直要らないのだが。


夜3時になって、部屋に引き上げる。

「戦術だがな、ララ。お前は恐らく胴体にあるゴーレムコアを魔法で露出させろ。露出したら、バンがそれを砕く。それでゴーレムは終いだ」


それからサスカッチだが、とイザリヤは言う

「私はともかくバンは、サスカッチの冷気にあてられる。私も関節部が凍ったら動きにくいかもしれないが、ヴァンパイアは冷気に強い。大丈夫だと思う。私がメインでサスカッチに当たる」


「場と術者を温める『ウォーム』の呪文教えようか?」

と聞くと「教えて欲しいに決まってるだろう」と返された。


化粧を落とし、普段の服に着替えた。

 明日はサスカッチ探し。魔力の補充用に、血の瓶を2つほど持って行こう………。

「「おやすみ」」


そしてまた朝がやって来た―――。

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