イザリヤ
第25話 旅の空1
心配そうなエレオスを先頭に、皆が―――アリケルとそのグールたち、ジャントリー、エルカゴとその「子(はとこ)」たち、ゴウガー、プレイヤ―――見送ってくれる中、私とイザリヤは出発した。
アリケルのグールは私と。エルカゴの「子」であるはとこたちとは、私もイザリヤも仲良くしていたので、別れが寂しい。
彼らは帰ってきたら、また歌を聞かせてくれと言ってくれた。
そういえばイザリヤもわたしにとってははとこだ。
エレオスが、私の為に作ったという、生者の顔色になる指輪を渡してくれた。
ミスリル銀とルビーで造ってある。目立たないけど綺麗な指輪だった。
「ありがとう、エレオス。今からつけるね」
着けた後の自分を、鏡で見る。線の細い、透けるような白肌の美少女。
少しだけ、以前の容貌の端くれに引っかかった感じ。
そういえばイザリヤは「抱擁の祝福」で、初めからこうなんだよね。
改めて、皆に挨拶をして、出発する。
地図を見て分かっていたが、イザリヤの故郷はだいぶ北だ。
正確に言うと北西だ。だから最初は西に向かう事となった。
西にあるのは「聖都」だ。東西様々な物品の揃うバザールがあり、夜昼問わず賑わっている。ここでは大概のものは揃う。
そこで、一応スリングスタッフでも買っておけ、と言われた。
「う~ん、私が武装したところで何か意味ある?」
「旅をしていると、必ず夜盗やおいはぎの類には合うものだ。お前は素手で戦うのは無理だろう?。杖は牽制の意味はあるし、攻撃力も上がるな。直接攻撃の圏内に入られたらお前は脆いから、杖と言ったんだ。刃物より使いやすいだろう?あと、スリングで後方支援もできる。一応、間合いに入り込まれた時、嫌でもナイフがいる、道具としてもナイフは欲しい」
「………確かに、傷がつくものは抵抗があるかもしれない………スリングも後方支援ができるなら、いいね。短剣は、武器として使えるかどうか………」
「そんなだからエルカゴに呆れられるんだぞ。何月あっても、武術の心得がある人間から血を吸える様にならなかったぞ、と聞いた。エルカゴも律儀に付き合ってやったもんだが、まあいい。ならそれと………ん~。血の瓶にいれるハーブや香辛料も欲しいな。道具としての短剣も欲しい。獲ったウサギとかをさばくんだ」
ああ、香辛料やハーブは重要。………ウサギ?あんたが獲ってくれるの?
「ララは経験がないんだったな。動物の血も飲めるし、肉と毛皮は売れるぞ?バザールの片隅に置かせてもらおう」
「そうなの?じゃあ、私も覚えようか?」
「罠の方を覚えろ。自分で仕留めるのは運動音痴のお前には無理だ。ヴァンパイアの筋力・瞬発力・防御力は普通の人間よりかなり高いから、出来る可能性はあるが、お前は運動音痴だからなぁ。夜盗とか相手には有効でも、狩りとなると………」
そう言ってイザリヤは、荒地に生息してる夜行性のブラウンウサギを複数仕留めてみせた。計4体。うち2体を私の方に放ってよこし、
「血を吸いきれ、血抜きの代わりだ」
と言った。素直にそうする………デザートのように甘い血だった。
ウサギの
皮をはいで、毛皮に出来るようになめし(イザリヤの指示でやってみた。思いのほか、上手くいった)た。肉を燻製にするため、次の日の夜は野営する。
狩りは上手くいったが、聖都に行くまでの方が大変だ。
イザリヤに『教え・変化・大地同体』を教えて貰わなかったら危なかっただろう。
『大地同体』とは文字通り、地面に潜って大地と一体化する『教え』だ。
『教え・変化』の低レベルで覚える事が出来る。
これで、日中は大地の中で休んでいられる。
地から出現するところを見られないように、注意は必要だけど。
なにせ、この辺は植物が生えてないので、見えないような茂みの奥で休むという手段がとれないのである。川もない。
唯一の川は、聖都を流れている―――ようはまだ遠い。
行商人たちの反応もあった。私とイザリヤは「美貌で」目立つのだそうだ。
自分の前の容貌を分かっている私には、皮肉めいて聞こえたが。
今の私の容貌は、せいぜい「美少女」という程度である。
夜に進んでいると、こういう事もある
「やあ、君達。今日も夜に進んでるのかい?しかし、休んでる所を見かけないな」
「………野党よけに透明化の魔法を使って休んでるので」
「ああ、なるほど。荷物までとは高度な透明化だね。」
「………私が一時期「聖都」で学んでいたので」
「そうなのか。良かったら少し、火に当たって行かないか?」
悪感情を持たれても、疑われても不味い。
ここは炎耐性の訓練の成果を発揮した方がいいだろう。
………とイザリヤに囁かれて、焚火の傍に同席させて貰う事になった。
非常に落ち着かない。
スープを手渡されたが、死者である私たちには、香りが悪臭に感じられる。
それでも「ありがとう」と言って飲む。少なくとも胃はあったまる。
イザリヤが(そのままにしとくと胃の中で腐るぞ、後で吐かないとダメだ)
(ええっ、私、意図的に吐いた事なんか無いんだけど)
(後で教えてやるから、今はニコニコしておけ)
そう言われて、わたしは愛想を振りまいた。
吟遊詩人なのだと言うと、歌を所望された。
とりあえず、ジャントリーがくれた譜面のうち、暗記しているものを歌う。
明るい、聖都の祭りを題材にした歌だ。
呪歌にしてはいけない、と言われているので、やや手を抜………けない!
私のプライドにかけて、手は抜けない。
空には様々な花弁が舞った。祭りの幻覚が見える。
伴奏も、自動で奏でられるものではなく、自分の手を使い奏でる。
歌は大好評。2曲、3曲と求められ、気が付いた頃には夜はとっぷり更けていた。
「さて、私たちはそろそろ行かなくては。皆さんはお眠りでしょうし」
「ああ、よかったら歌の代金がわりに、使ってない天幕をひとつあげるよ。コンパクトに畳める優れモノだよ。入口も紐で閉じれるし、支柱は、細身の杖になる」
買ったら結構するだろう。よほど歌をお気に召してくれたらしい。
私の傷の手当の時に使えるだろう。有難く貰っておくことにした。
テントを背負うのはイザリヤだ。
杖は、細身だが丈夫で、イザリヤが丁度いいからと私の杖にした。
「聖都」で、スタッフスリングに加工してもらったらいいとイザリヤは言う。
「イザリヤの装備は、ショートソード1本だけど、大丈夫なの?」
「ロングソードは森では使い難いからな………だが、森までの道のり用に使い捨ての数打ちを買っておいてもいいかもしれん。短剣と弓は買っておくべきだ。お前もな」
「私も?弓なら聖都で少し。ある程度扱えるけど………」
「森では人間がいない。獣の血がメインだ。狩りが出来ないと、乗り切れないぞ。人間の血を吸いたい衝動が襲ってくるが、集落までお預けなんだ。血の瓶がないと乗り切れないだろうな」
「それならグールを作っておいた方が良くない?」
「便利だし、血の補給源にはなる。だが、熱烈な愛情を向けられるぞ、いいのか?」
「私は、飢えるよりはマシ。飢えて休眠、飢えで滅びるなんてことは絶対嫌だから」
「馬を買って、血の樽を背負わせることができるが………」
「樽の中身を見られたら?」
「依頼人のもであって、中身は聖都の酒だ、と言えばいい」
「でもけもの道を行くには向いてないじゃない」
「お前がそこまで言うなら、森に入る前にグールを作ろう」
「ええ、そうしましょう。死者の谷に帰ったら、解放してやればいい」
「解放を望まない場合は?」
「う~ん、エレオスはグールを持ってないし………私が傍に置き続けられるならそうするけど、まあ、帰ってから考えよう?」
「了解した」
「で、さっきのスープを吐かなければいけないわけだが………」
イザリヤは吐き方を教えてくれたが、思うように吐けない。
カモフラージュの為に持っていた水も飲んで吐き、胃を洗浄しろという。
結局、胃の洗浄に2時間ぐらいかかって吐いた。苦しい。
これからは、安易に人の食べ物を貰わないよう心がけよう。
どうしようもない事は、もちろんあるだろうが………。
その日の残りは、水がある場所を探して補給するという作業に使った。
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