第23話 出立に向けて
私は、その日ずっと歌いながらリリス様のお側にいた。
歌詞のない歌がほとんどだったけど、リリス様はニコニコしていた。
帰ってきてみると、イザリヤが私の部屋の前に座り込んでぼーっとしていた。
「あ、ララ」
「どうかしたの?」
「ジャントリーが、二人分の旅装束、整えてくれてるらしいから、一緒に行かないかと思って、待ってた」
「あ、そうなんだ?じゃあ、礼装から着替えるから、待ってて!」
そう言って、私は慌てて着替え、リュートを手に取った。
旅の間も、練習を欠かすつもりがないからだ。
「よく来たな、2人共」
ジャントリーは私たちを歓迎してくれた。
「まず、旅装束だ。吟遊詩人とその護衛に見えるようにな」
イザリヤのは、皮のチュニックとズボン、皮の軽装鎧。
私のは今の服の上から着られる薄手のコートだ。
「それとお前たちには、これだ」
と新しい、羊皮紙の大陸地図をくれた。
「今いるここは、南部地方だ」
ここの位置だ、と×印を書き込む。
「目指すのはこの辺りだ」
ここだな、と赤い×マークを付ける。
すっごい、北。しかも森林のど真ん中。
イザリヤの故郷を目指すって聞いてたけど―――。
「イザリヤ、あんたの故郷ってこんなところにあるの?」
「こんなところとはなんだ、こんなところとは。自然豊かで美しい場所だぞ」
「自然しかないともいうな。こいつの父親は、王国近衛隊長で侯爵という座を蹴って、開拓民となり、よりにもよって「黒の
「生前父は『聖なる王国である我が国の生存圏は広げられるべきである』と言っていた。私は条件付きで賛成する。『その土地の獣たちと上手くやっていけるなら』」
「イザリヤは土地のワーウルフ達に可愛がられていてな………それが縁でヴォールクの目に止まったのだ。我が野生の愛娘に相応しい、とな」
「ああ、私は狼の子と共に遊び、狼として振る舞い、一方では愛しの姉二人に令嬢として相応しく厳しく育てられ、父からは息子として剣を学んだ。そして「母」ヴォールクの代わりに、ジャントリーはヴァンパイアとしての常識を教えてくれた」」
「あんた………かなり滅茶苦茶ね。まあ、私は人の事を言えないか………」
「話が逸れたな、つまりおまえたちはここまで行かないといけないという事だ」
ジャントリーは重そうな金袋を二つと、何も入っていない財布を取り出してテーブルに置く。旅人の言う路銀という奴だろうか?
「これは、旅の資金だ。金貨が30枚、銀貨が100枚入っている、が。いつもコレから取り出すなよ、少量づつ財布に入れて使うんだ。イザリヤは分かってるな?」
「金目当ての色んな輩を寄せないためだ。スリ、盗賊、たかりにゆすり」
「そうだ、だからいつも鞄の一番下に入れておけ、宿の部屋、もしくは二人きりの野営中にだけ取り出せ。ライラック、野営の知識はイザリヤから仕入れろ。必要なものは、ここにまとめておいた」
ジャントリーは、長机の上にかけてあった青い布を取り払う。
そこには、一度だけ故郷から聖王国への道のりで目にした品々が入っている。
もっとも私自身は使ってないが。
顔の部分まで閉まる遮光寝袋、火打石、ロープ、手斧、鍋、薬草、携帯食料………。
それから、「血の瓶」用の陶器の瓶2つづつ。頑丈なものを選んでくれたみたい。
「偽装で持つものも多いが、普段はそれを使ってるふりをしろよ」
「それは私がララに教える」
「あぁ、2人でやってくれ。で、それから、何もしないただの旅人だと少々怪しまれる。吟遊詩人と踊り子のふりをしろ。吟遊詩人の歌は、ほら、ライラック。譜面だ」
譜面は聖都にいた時に読めるようになっている。
「ありがとう、ジャントリー!」
嬉しかった。全部全部歌えるようになって見せるわ!
吟遊詩人というのは、聞いた事がある、酒場や宿屋で歌うのよね?
そう聞くとジャントリーは
「そうだが、呪歌を歌うなよ。普通は歌に効果なぞついてこん。それから、金銭を貰うために、足元に皿を置くのを忘れるな」
なるほど、そういうものなのか。
「踊り子はイザリヤが出来るから、その時は伴奏してやるといい」
「えっ………?あんた踊れるの?」
「不本意だが、ジャントリーに覚えさせられた」
「ほっとくと、勝手にどこかに行くから仕方なくだ」
ジャントリーはため息をつく。
「吟遊詩人と踊り子の衣装だ」
と言って寄越してくれた衣装は可愛かった。
腕だけがむき出しになり、他は、首は高くレースが施してあり、丈は辛うじて床に着かないほど長い。首周りには、可憐な赤い蝶が舞っていた。
軽い補正下着が組み込んであり、控えめなパットもついていた。今の私は「そそる」体型ではないから仕方ない。
イザリヤの衣装も黒だったが、袖がないことに加えて、膝までの丈であり、パニエが仕込んであった。首周りはごく控えめに胸元が開いており、赤い蝶は裾に舞っている。これも体型補正がしてあるようだ。
「ジャントリーは、本当に色々してくれるね、ありがとう」
わたしは深々と頭を下げる。
ヴォールクに言われたからというだけでは、ここまでしてくれないだろう。
「ヴォールクには借りがある。そういうことにしておけ」
「うん、わかった」
あんまり深く突っ込まれたくないんだね。
最後に、ジャントリーは、大きな背嚢を渡してきた。商人なんかが使ってるのを見たことがあるわ。
「ありがとう」
私たちは、それぞれの荷物をまとめて、一旦自分の部屋に引き上げた。
それぞれの使い道をきちんと理解して、旅用の背嚢に詰め込まなければ。
旅が始まるまで、もうすこし。
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