第21話 旅立つ前に

時が過ぎ、私はエルカゴのレッスンを終わった。

正確には「これ以上は伸びしろがないも同然。訓練だけは欠かすなよ」

と、匙を投げられたのだが。


イザリヤも、耐火訓練を終えたようだ。

だが、火傷であちこちが痛いので、私に会いに来るのは傷が治ってからになるんだとか。何でも顔に火傷を負って、それを見せたくないそうだ。


それで時間の空いた私の所に、エレオスがやってきた。

「ララ、そろそろ「雛」を卒業しようか」

とのこと。いったい何をすればいい?と聞くと

「北西の崖の上にある、村の中から誰か選んで噛めばいい。危険はないよ。夜に出歩いている者は、大概噛まれたがっているか、こちらを恐れていないからね」

「え?何で?」

「私たちヴァンパイアに噛みつかれると、相手は体が動かなくなるほどの快楽を得る。だから噛んでる間は抵抗しないし、噛んだ後も同様だ。力が抜けるからね。だから、私たちにとって大事なのは、襲う時だけ。エルカゴの訓練も襲う訓練だけだっただろう?」

言われてみれば、そうだ。私はうなづく

「でも、今回の相手は、噛まれてもいいと思ってる人たちなんだね?なんで?」

「快楽が欲しいからだよ。そういう人たちがヴァンパイアを追って集まって―――村ができたんだ。噛まれることが至上の快楽故、子供のできにくい村だけどね」


「その人たちを噛んできたら、「雛」は卒業なの?」

「自分で得物を獲れるようになった証明だからね。以後、自分の食事は自分で獲る事になる。」

それと、とエレオスは声を潜めて

「「噛む」行為は自身にも快楽を与える」

そう言って、エレオスは私がいつも使っているゴブレットを指さして

「アレ1杯分。それ以上吸っちゃダメだ。相手の健康を害するからね。それを覚えてもらうために、ここではあのサイズのゴブレットを使っているんだよ」

それ以上ほしい時は「別の人を襲いなおしてね」とエレオスは言った。


「そしてこれ以後は、他の人は血をくれない。贈り物としてやり取りすることはあるけどね。それと、獣の血も吸って大丈夫だよ、好きな所に噛みつけばいい。あと、人間の首じゃない所に噛みつけば、相手は痛いけど快楽はない。けれど、人間の血を首から吸いたいという欲望からは逃れられないから、多分半年に一回ぐらい衝動が抑えられなくなるだろう。『教え』を使う頻度によってはもっと縮まるね。だから、エルカゴの訓練は無駄じゃなかったって事だ。イザリヤと旅に出たら、皆ヴァンパイアの事なんかよく知らないんだから」

確かにそうだ。ここで吸えるのは、ヴァンパイアの谷の恩恵なんだ。

「わかった。北西の崖の上だね。今から行ってくる。今日はまだ血を飲んでないし」


「行ってらっしゃい」

気楽に、エレオスは言う。

そして、気楽なテンションのまま初めての「吸血」は終わった。

今はもう太陽は完全に沈んでいる。

その中で、暗い路地を歩く女がいる。女の素性を少女は知らない。

ただ、彼女が噛みつきやすそうな官能的な首筋を―――わざとだろう―――晒していしていることだけはわかった。

後ろから、覆いかぶさり噛みつくと、彼女は恍惚とした表情のまま動かなくなる。

私は、血を吸いながら、思い切り吸わないように自制した。

これだけは大変だった、ともすればゴブレットの容量を超えて吸いつくしてしまいそうになるのである。

味も、絶品だった。保存血液はやはり劣化しているのだろう。

衝動をこらえて、離れた後は―――女は丁寧に地面に寝かせた―――『魔法:フライト』で、すみやかに帰還した。


エレオスは、私部屋の前で本を読みながら待っていた。

「お帰り、早かったね」

「うん、完全無抵抗だったからね」

「そういえば、事後処理について一つ、言い忘れていたな」

「え?何かまずいことしたかな?」

「いやね、噛むと噛み傷がつくでしょう?」

「つくけど………?」

「それは外では「ヴァンパイアの仕業です!」と言って回ってるようなもんなんだよね。だから消す。ここのマナーとしても消すのが普通だ」

「どうやって消すの?」

「傷口を舐めればいい」

「それだけ?」

「それだけ」

「じゃあ、さっきの彼女にも処理してくる」

「行ってらっしゃい」


行って、帰ってきた


「おかえりー」

エレオスが呑気に手を振っている。

「これからは、血の樽と、血のビンの作り方を伝授しないといけないな」

「そんなのあるの⁉」

「気楽に送り物にしてるんだ。そりゃあるよ。増血法と保存法ともいうね」

魔法がないと作れないそうだけど、この惑星カタリーナで魔法が使えないところは少ない。知りたい!と言ったら。

「イザリヤが外出できるようになったら2人でね」

と言われた。

そう言われてしまうと………。

早く、元気になってよね、イザリヤ。

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