第20話 勉強と歌3
イザリヤがほとんど、炎耐性訓練にかかりっきりになってしまったので、わたしは仕方なくジャントリーとエルカゴに頼ることにした。
ジャントリーには発音訓練を、エルカゴには身体能力の訓練を頼んだのだ。
エルカゴに関しては、エレオスが根回ししてくれていたようで、あっさりと引き受けてくれた。「女が武術を学ぶのはどうかと思っていたが、イザリヤの嬢ちゃんは、とんでもなく適性があったからなあ」と言って。
ジャントリーは、食い下がったら日没から三時間だけ、相手すると言ってくれた。
これで、日没から三時間はジャントリーの会話レッスン、そこから三時間は歌のレッスン、そして真夜中から夜明けまではエルカゴのレッスン。
予定が全部埋まった。
ジャントリーとの会話のレッスンは上手くいった。わたしは徐々に発音ができるようになり、3か月たつ頃には、ジャントリーに合格を貰えた
寂しくなる、と言ったら、ならアリケルを慰めてくれないかと言われた。
何故慰めが必要なの?と聞くと、
「私が用事で飛び回っているから、なかなか会えずに拗ねてしまった」
という。完全に自業自得なものを、私に押し付けないでほしいんだけど。
「まあ………時間が空くし、いいか」
「それは助かるな」
「あー、でもジャントリーも、アリケルの所にちゃんと行くんだよ?
「それは、わかっているとも」
それに関しては真剣に、彼は頷いた。
私も満足した。
歌の練習に三時間使い、気持ちが高揚したところで、アリケルの所に行った。
「ララが来たって言って」
彼女の屋敷の門兵にそう告げる。
「追い返したって言ったら、後で絶対怒られると思うんだけどな」
「き、聞いてきます」
慌ただしく門は開けられた
「おお、ララ。妾も修めておらぬ炎の試練を耐えたと聞いたが、大丈夫かえ?」
「アリケルでも修めてなかったの⁉すごい惨状………を超えて惨劇だったよ!てゆうかエレオス、啓示が下りてきたからって言って、私に最初に炎の魔法を叩き込んだんだよ?酷くない?確かに炎の魔法は使えるようになったけどさぁ………」
「それは、お前の同格のヴァンパイアに、とんでもないアドバンテージだな。平然と炎魔術を使いこなすだけで、敬われるはずじゃ。しかしエレオスはとっくにマスターしておると………な」
後の会話、は愚痴合戦になる
「ジャントリー様は、一体どうおもっっておられるのか。これほどお慕いしておると申し上げておるのに」
「ジャントリー、アリケルの名前で真剣になってたよ?あれは嘘ではないと思う」
「小娘が、色恋を語りおって。だが、嬉しいぞ」
「エレオスも私の事を何だと思ってるんだろうね?確かに上級魔法を教えてくれと言ったのは私だけどさぁ」
愚痴を吐き出して、少しは次のやる気が出てきた。
「アリケル、今私ね、人間を捕えて血を吸う訓練をやってるの。体術だけで、ある程度護身術が出来る人を相手に無理やり血を吸う訓練」
「エルカゴのところでか。奴の考えそうな訓練じゃが、雛を卒業するには必要な訓練よな。励めよ」
「えぅ………アリケルでも、そういう反応なのね」
「当たり前じゃ。それが出来なければ、我々は緊急時に生きて行けぬゆえに」
「了解しました、じゃあ、エルカゴのところに行ってきます………」
「行ってこい。明日も必ず妾の所に来るのじゃぞ。門兵どもには言い含めておく故」
大丈夫じゃ、ちゃんと来るよ
この3か月、エルカゴの訓練で何をしていたのかって?
ひたすら、人を襲っては撃退されるを繰り返していました!以上!
魔法を使えば簡単だけど。
でも、この訓練は、身体のみで行う。
魔法禁止の空間―――この「星」(そういう概念は最初のころから叩き込まれた)にはそういうところがあるらしい―――でも生き抜いていけるように、エルカゴは私を鍛えてくれているわけだ。
「一般人」は1ヶ月でクリアしたのだけれど「一般兵」が2か月かかって、今日ようやくクリアできた。なんとなくコツがつかめた気がする。
噛んでしまえば、噛んだ時に発生する巨大な快楽で支配され、抵抗はなくなる。
観戦していたエルカゴの「子」達―――同年代ってことだ―――が歓声を上げる。
ヤジも混ざっている。
因みにエルカゴの「
最近ではすっかり同情されているのか、やんわり振りほどく始末。
「よぉしララ、お前が絶望的な運動神経なのは、よぉくわかったが、ようやくヴァンパイアの「定命者」を凌駕する筋肉構造が分かってきたようじゃの」
エルカゴがため息をつきながら言う。
「なんとなく、筋肉の使い方は分かってきたような気がするけど………」
もうちょっと、理屈っぽく言ってくれた方が分かるんだけど、エルカゴにそれを期待してはいけない。
「ララ、もう一回「兵士」じゃ」
げ。
どしゃ、反撃された私は、泥だまりに突っ込んだ。
何百回とやってるから、受け身だけはとれるようになった。
汚れない服で、良かった。
「ララ、本当にお前の運動神経はどうしようもないのぅ」
「一言もありません」
「それに付き合っているワシに、ごほうびはないのか」
ソワソワしている。
私はジャントリーの教えてくれた「異空間収納」から、リュートを取り出して、英雄譚を歌う。エルカゴに教えて貰った、ヴァンパイアの英雄譚を。
まるでエルカゴ本人のようだ。
染み入る歌は、現象を伴い、黄金の花びらを散らした。
こんな現象が起きるのは初めてだ。歌にも、深く入り込めていたと思う。
エルカゴはボロボロと泣きながら―――彼は涙もろい―――。
「いい、いいのうっ。今宵の歌は一際良いではないかララ!」
「ご清聴ありがとうございました」
わたしはアリケルに習ったカーテシーをした。
「これがあるから、ワシはお前の絶望的な運動神経に付き合っとるんじゃ」
「あはは、ありがとうね、エルカゴ」
「まったく、エレオスのやつは、どこまで貴様を雛のうちに鍛えるつもりなのやら」
雛。そう、わたしはまだ、人から吸血したことがない、いや、正確に言えばあるのだが、それはアリケルの「
「奉公人」では、「雛」を卒業したことにはならない。
いつか、ヴァンパイアの谷の周囲にある、ヴァンパイアを容認している村の誰かから、血を吸わなくてはいけないのだ。
それには力など要らない、向こうが容認しているからだ。
だが、イザリヤについていく以上、私は人を襲って、血を吸う事がありえる。
だからこの訓練。
イザリヤが炎の試練を終えるまで、あと推定9か月。
私は、自分の力で「獲物」を獲れるようにならなければいけない。
9か月が経った。私は、安定して「兵士」を狩ることができるようになった。
その先の「部隊長」は、私のエレオスから遺伝した『勘』が働くようになった。
相手の未来の攻撃が見れるのだ、だが私の身体能力では、それを生かすことは出来ない。旅の中できっとイザリヤの役に、立つでしょう。
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