第16話 イザリヤという少女1

 今日は、エレオスが棺桶の前に居るということもなく、普通に起きられた。

 けど、5人の大いなる者から「教え」を授かったので、あとは8人分エレオスに教えて貰わないとならないんだけど………。

 コンコン、とドアが鳴る。エレオスかな?

「どうぞー」

 入ってきたのはアリケルだった。

「おお、やはりお前の部屋には鏡もブラシももなかったか」

「………私に必要かな?」

「馬鹿者、他人を不快にさせない程度の身づくろいはせんか!」

「………はい、仰る通り」

「ほれ、銀とガラスの手鏡と豚毛のブラシじゃ、それと―――」

 パンパンとアリケルが手を鳴らすと、侍女の格好をした女の人(匂いからして人間であると自分でもビックリしたが、分かった)が、小さな鏡台と椅子、を持ってきた。化粧品もいくつかある。

「え、いいの?こんな高価なもの………」

「妾にはありふれた品よ。遠慮するでないぞ。エレオスがやるべきじゃが、男じゃから、どうしてもこういうことには疎いのじゃ。だがお主の顔色をごまかすにはおしろいが有効じゃからのう、頬紅と口紅で、血色もごまかせる。エレオスは思いつかんかったようじゃがな」

「そういえば、エレオスからは銅の鏡を貰ったっけ」

 忘れていた。部屋の隅の蓋つきの箱を開けると、それはそこに納まっていた。

「まあ、銅の鏡よりは銀がよかろう、その銅の鏡には持ち手がついておらぬゆえ」

「うん、そうだね」

 そういって、わたしはアリケルに貰ったもので、簡単に身繕いする。

 そうしているとアリケルは、タオルを持って一旦出て行き、水で絞ってから持ってきてくれた。

「顔と体を清めるがいい」

「ありがとう………ねえ、アリケルってカロスの女王様なんでしょ?わたしにこんなに色々してくれて、いいの?」

「良いも悪いもない。妾はやりたいようにやっておるだけじゃ」

 ―――この人の部下は大変だろうな。思わずそう思ってしまった。

 その時、またノックの音がした。

「どうぞ」

 今度こそエレオスだった。

 彼は部屋の様子を見て、

「すまないね、アリケル。私が至らないから………」

「全くじゃな、お主、いつもどうやって身繕いしておる」

「鏡の前で、手櫛で髪を整えるだけだよ。だからライラックにも鏡は渡したんだけど………」

「馬鹿者、お前とおなごを一緒にするでないわ、全く………」

「ええと、ごめんね」

「もうよいわ」

 アリケルが呆れた声を上げ、私はそれでクスっと笑ってしまう。

「私も要求しなかったんだし、いいよ」

「お主ももう少し、たしなみを覚え………聖巫女だったのじゃから、知っておるはずじゃな?もしかしてこれは地の性格か?」

「ん~多分そう………かな」

 アリケルのため息、エレオスの笑い声、なんてゆったりした時間だろう。


「おっと、そうだ。話があるんだった。今日、ジャントリーが帰還する」

「なんと!ジャントリー様がご帰還を?何時ごろなのだ!」

「アリケル、エレオスの首が絞まってる」

「おっと………さあ、喋ってもらおうか」

「アリケル、脅迫する必要はないって」

「きゅうう。じ、時間は真夜中だって………」

「妾は急用ができた!ライラック!くれぐれも身支度を行うように!」

 アリケルは風のように部屋から飛び出ていった。

「あー、アリケルはジャントリーに対しては見境がないな」

「どんな人なの?」

「う~んとね、新進気鋭の若手貴族で、王族の血が入ってる。カロスの隣のゼーダン皇国の公爵だよ。わりと気さくな性格で、飾らない感じだけど、13の偉大なるものの会合の時に、一番存在感があるのは彼だね。『教え・威厳』があるから。まあ会合自体が滅多に無いけどね」

 軽く説明してから

「それより、ライラックにもちょっと用事がね―――。彼が連れて帰って来るヴォールクの「子」なんだけど、その子にこっちの言葉を教えてやって欲しいんだ。彼女と同年代なのは君だけだから。その代わり彼女に『威厳』と『変化』を教わるといい」

「………どんな子なの?」

 不安だ。私は女性と仲良くなれた試しがない。

「さぁ………私もジャントリーの飛ばしてきた、伝書フクロウの手紙を読んだだけだからねぇ。とりあえず、ライラックは―――」

「ねぇ」

「うん?」

「ララって呼んで。私のニックネーム」

「呼んでいいの?」

「………うん」

「嬉しいなぁ、ララ、ララか………」

 エレオスは本当に嬉しそうだ、教えてよかった。

「ああ、それは本当に嬉しいんだけどね、ララ。身づくろいしておいた方がいいよ。ジャントリーは、結構そういうところ、うるさいから」

「銅の鏡で済ませてる人に言われたくないなぁ」

「私は、『教え』のおかげで、いつも清潔だからね」

「何、その教え」

「『風化』っていうんだけど………それはまた『威厳』と『変身』を覚えてからねじゃあ、私はリリス様に呼ばれてるから、後でね」

 リリス様って「3王」の一人で、エレオスの「血親」だったよね。

 わたしにとっては、おばあちゃんか。私を嫌わない人ならそれだけでいいかな。


 ジャントリー様がお帰りになった、とアリケルの侍女が私に知らせてきた。

 その侍女について、このヴァンパイアの谷の入口―――初めて見た―――に行く。

 そこにはアリケルと、エルカゴと、エレオスがいる。

 彼らに取り囲まれて、普通の人間に見える、美形というのかな、そんな青年がいた。22~23歳の姿で、貴族の旅装束をしている。

 その脇に静かに佇んでいる少女が目に入る。

 純金の髪が、膝まであり、宝石のような赤い瞳。ビスクドールのような、ちゃんと血色のある美しい肌。赤い瞳でなければ、天使とも見まごう美少女だった。

「こんにちは」

 と、声をかけてみる

「ウム、コンバンハ」

「今が、ヴァンパイアとしては真昼だから、こんにちはでいいのよ」

 通じるかわからないけど、説明した。

「ソウカ、コンニチハ」

 あれ、この子、片言なだけで、ずいぶん喋れるんじゃ………。

「私ライラック。ララって呼んで」

「ライラックカ、ヨロシクタノム」

 変わった口調の子だな………ジャントリー様のがうつった?

 わたしは、エレオスの服をくいっと引く、そうすると

「あ、ジャントリー、この子!僕の子だよ」

 ジャントリー様は、私を上から下まで見て「………まあ、及第点だな」と言った。

「有難う御座いますジャントリー様。これからよろしくお願いいたします」

そう言って、丁寧な礼儀作法で一礼する。

「「始まりと運命の女神の聖都」の作法か」

「はい、あそこで学びました」

首を垂れていたのを上げて

「ところで、ヴォールク様の「子」に言語を教えろと言われているのですが、もうあとは、発音に慣れるだけなのでは?」

「そうだ、私が教えた。その発音の違和感を取り除いてやって欲しい」

私は納得した。

少女が話しかけてくる

「ライラック。ワタシハ、イザリヤ・フォン・アーデルベルク。アーデルベルク家ノスエノムスメダ。セイゼンハ、14サイダッタガ、ココニクルマデニイチオウ15ニナッタ」

「イザリヤ。私は捨て子だった。死ぬ間際にエレオスが助けてくれた。細かい生い立ちは今度。それと私の事はララと呼んで」

「ララ。ワカッタ」

私は、握手しようと思って片手を差し出す。

イザリヤは、その手を握り返してきた。

私達の間に、絆ができたような………そんな気のする出会いだった

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る