第12話 勉強のはじまり
ぱぱらぱぱー!!
すっごい音量で鳴るラッパの音。
眠気を脱ぎ捨てて、棺桶の蓋を跳ね上げた私の目に映ったのは、ラッパを吹くエレオスの姿だった。
「やぁ、目覚めたね、まだ昼だっていうのに」
「………それが、何なの?」
私は多分、怖い顔をしていたと思う。久しぶりの(抱擁の後のは勘定に入れない)睡眠だったのに。
「君には「昼でも、ある程度の刺激が得られたら起きられる」っていう能力『浅い眠り』があるって証明だよ。私にある能力だから遺伝してるかもしれないと思ってね」
それでわざわざ自分の睡眠時間も削って確認しに来たわけだ………はぁ。
この人(ヴァンパイア)どこまで人がいいんだろう。
確かに、その特徴は有用だ、特に人里におりたときや、誰か敵を作ってしまった時なんかに。
「普通のヴァンパイアは、どんなことをすれば起きるの?」
興味があって、聞いてみた
しばらく言葉を選んでから、
「耳元に雷が落ちでもするか、雷が直撃したんでもない限り、起きないね。さっきのラッパじゃ絶対起きないよ。火事が自室全体に回ってから、ようやく起きた人もいるぐらいでね………」
「そっか………ねぇもう一回寝ていい?」
にっこり笑ってそういうと
「あ、ああ、起こしてごめんね」
彼はバツの悪そうな顔で出ていった。憎めない人。
―――そう思うなら、素直におとうさんと呼んでおけばよかったのに―――
それから夜に目を覚ました私は、適当な木陰で歌の練習をしだした。
これだけは、聖都で学んでいた時も、聖なる巫女になってからも欠かしたことのない私の習慣。歌は誰にも奪わせない。
私は歌を極めなければいけない―――いつでもそういう思いに突き動かされている。
いつもは歌詞のない曲を歌うのだけど、今日は気分がのった。
きらきら、きらきらと光る小さな星よ
あなたは一体何だろうと私は不思議に思います
世界の天上に高くあって
空の中でダイヤモンドのよう。
きらきら、きらきらと光る小さな星よ
あなたは一体何だろうと私は不思議に思います
歌い終わると、背後に誰か居るのを感じた。
慌てて振り返ると、それはアリケルだった。
「お主………そうか、美しさとは外面だけではないのだな。そのような澄んだ音色がお主から出るとはのぉ。気に入った、気に入ったぞライラック。お主愛称などはあるのか?」
そう問われ、村でのことを思い出す………セフォンのことを。
「………ララ」
「歌声にも似た、似合いの愛称ではないか。妾は気にいったぞ」
「………ありがとう」
少し照れる
「ところでララ、お主勉強しろと言われておらんのか」
「言われたけど、中途半端な感じだったから、もう一回言いに来てくれるのを待ってる感じなの」
「アイツらしいのぉ、なら、まずはこのアリケルが「教え」を教授してやろうではないか。一日で覚えられるものではないがの」
「教えてくれるの?じゃあ、お願いします!」
勉強は、というより訓練は、一日続いた。
まず、体内の魔力―――でなくて、「血」を感じなくてはならない。
それを体中に巡らせて、体の隅々までを把握する。
これが難しかった。魔力は自分のものだが、血液は違う。
他人の血をねじ伏せて、「自分のもの」と書き換えるには、特殊な感覚がいった。
それを会得しても、次は、血液を巡らせる、という行為だ。
これには「死せる巫女」をやっていた経験が生きた。
自分の体の内部を、なんとなくでも把握することができたのだ。
もっと人の体のつくりを知れればできそうなのに―――というと、アリケルが、自分の侍女の体を割いて見せてやろうか、というので丁重にお断りした。
アリケルは、どうもヴァンパイアの谷の外でも、かなり身分の高い貴人なようだ。
しかしアリケルにとっての侍女っていったい………。怖いので聞かないことにする。
仕方ないの、と言って、大きな紙に「人体解剖図」とやらを描いてくれたので、それを参考にすることにする。こういうのでいいのよ、うん。
この日は、夜明けが迫ってきたので、お開きになった。
寝苦しくて棺桶を蹴り開けたらエレオスに命中しました。
「ちょ、ちょっと⁉大丈夫?」
「だ、大丈夫。ちょっとびっくりした………」
額を押さえながら言うエレオス。威厳がない。
居ずまいをただした彼は、
「13人の大いなる者について、話しておこうと思ってね。」
と言った。聞いておきたい、だが。
とりあえず寝起きなので、身繕いするまでの間、待ってもらった。
胸のサラシとガーゼも交換しておかないといけないし。
もちろんエレオスには、後ろを向いててもらいました。
部屋にある、小さなテーブルセットに双方座る。
「それで………私に13人の大いなる者について教えてくれるの?」
「ああ。まずは接触していい「大いなる者」を「記憶球」で渡すね」
「記憶球」とは、名前の通り術者の記憶を相手に渡すものだ。
「大丈夫だよ、できるだけ簡単にまとめたから」
記憶球をさっと創り出し私が差し出した手に乗せる。
これは頭に吸収させないと、効果を発揮しないのよね。
頭に吸い込ませた記憶球は―――頭が痛い。
かなりの情報量だ「簡単にまとめた」のにこれ?
私は頭の中の記憶球と向き合って、情報を吸収していく。
やり方は分かっている。以前聖都にいた時、大きな魔導書を記憶球にして取り込もうとしたとき(中級魔法全集だ―――)、地獄を味わった。
それに比べるとこれは、吸収しやすい。
ほどなくして私は、エレオスが危険視している大いなる者と、友好的―――もしくは中立―――の大いなる者の情報を得ることができた。
私は、接触して大丈夫な大いなる者に接触し―――事前にエレオスが根回しを済ませてくれている―――「教え」を教授願えばいいわけだ。
あとの大いなる者の「教え」は、なぜ知ってるのかわからないけど、エレオスが教えてくれるそうだ。
―――後で思えば、これは、危険でない大いなる者にパイプを作っておけというメッセージだったんでしょうね―――
私はもう18歳にはなっていたはずなのに、なんて浅慮な娘だったんだろう!
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