第10話 アリケル
「とりあえず、さらしを巻いてしまおうか、そろそろアリケルが来る」
「アリケル………?」
「たくさんの子や孫を持つ、この「ヴァンパイアの谷」での実力者の一人だよ。西方の大帝国「カロス」の女王でもある。今は、部下に帝国を任せて―――替え玉を使って―――こっちに滞在している」
「おとうさんに用?」
「確かに頼んだのは私だが、彼女の用は君の「癒えぬ傷」の治療だよ。全部何とかなるわけではないけど、少しでも普通になるように」
「そのひとが、そういう魔術を使えるのね」
「魔術ではないね、ヴァンパイアに特有の能力で「教え」と呼ばれている能力なんだよ」
コンコン
「はい、アリケルかな?どうぞ。」
ガチャリ、と扉が開いて、美しいけれど動きやすいドレスを纏った美女が入ってきた。長いストレートの黒髪、血のような色の瞳、白磁の肌。生前の私をちらりと思い浮かべるが、彼女はもっと大人な雰囲気の人だ。
「妾をここまで呼びつけるとは………エレオスはそれほど初めての「子」が愛しいか?おまえでなければ、妾は出向いてなど来なかったぞ」
「愛しいに決まっているとも。それに、私の血で癒し切ってあげられなかったのだから、できるだけ治してあげたい。その気持ちは分かるだろうに」
「まあ、の」
「しかし、予想以上に酷いの。本当なら見ていたくもない」
アリケルは嫌悪を持って私を見つめた。
仕方ないな、と私は思って見返す。
「アリケル」
「分かっておる、そなたの頼みじゃからの」
「では早速、変容の教えによって、この娘に往時の美しさを―――限度はあるが―――取り戻させてやろう」
アリケルの細く白い手が私の頬に触れ、何度も何度も往復してゆく。
顔に体にぺたりぺたりと触られていくうち、あちこちが肉を取り戻していくのを感じる。体と顔が熱い―――。
何時間経っただろうか?アリケルは
「これが限度じゃな。しかし、元が良かったのだな。これはこれで美しいではないか。本人はどうか知らぬが、妾は気に入った。名を呼ぶことを許そう。面会も許してやろう。そして名を名乗ることを許してやろう、エレオスは抱擁時に知っておるだろうが」
「?抱擁」
「親子になる儀式のことじゃ、要は血を全部吸われた後、血を貰うことじゃな。というか、まだそんな単語も知らぬのかえ」
「今知りました、ありがとうアリケルさん。私の名前はライラックです」
「様をつけよ」
「アリケル様」
「それでよい。ライラックの名は似合いじゃの。それより、早く妾の仕事の成果を見よ」
「あ………」
あわてて、私は鏡を取って、自分の顔を映し出す。
青ざめた、しかし滑らかな肌。以前はメタリックレッドだった瞳はランタンの炎のように赤くゆらめき、顔立ちは以前のものを彷彿とさせるが、どこか生気が抜けたようで。髪は色の褪せた、癖のある金髪で、ミディアムショートヘア。
「これが………私なのですね」
体の方も見ようと服に手を掛けたら、アリケルがエレオスをくるっと後ろ向けにした。彼女曰く「親でも父親なのだからこうするべきぞ。大体、さっきまでの棒みたいな体とはある程度違うのだから」
「あ………すまない。デリカシーが足りなかった」
私は思わずクスクスと笑ってしまう。
ああ、服を脱がなければ。
さらしも取られてしまっていたので、少しだけどふくらみの戻った胸が見えた、全身のメリハリもある程度ついている。肉も付き確かに棒には見えなくなった。
顔も体も、面影を残すばかりで全く別人のものだけれど、抱擁前の姿を思ったら、文句など言えるはずがない。
「ありがとうアリケル様。おとうさんも、アリケル様を呼んでくれてありがとう」
私は自分の胸に手をあてて
「今はまだ少し、現実味がないけれど、私はお父さんに命を助けられた。助けられた命を無駄には使わないわ。そんなことを言っても、まだまだ学ぶことがあるヒヨコなんだろうけど」
「今しばらくは、このヴァンパイアの谷で、いろいろ学んでおくれ。すぐに居なくなられたら悲しいからね」
「妾もジャントリー様が帰還されるまでは、暇故な。教えを請いに来ても、よいぞ」
私は二人に向けてぺこりとお辞儀をし
「よろしくお願いいたします」
と言ったのだった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます