ヴァンパイアの都

第8話 私が死ぬとき

 死の谷に落とされ、這い上がろうにも砂岩の岩肌はもろく、私を蹴落とした。

 ここから出るすべはない。

 木でも生えていたら、死者の服でロープをつくり抜け出せたかもしれないが、地上も不毛の地であることには変わりなし、そんな夢想は叶わなかった。

 やがて私は、空腹を覚え始める。強烈な悪臭は、空腹をしばらくの間、忘れされてくれた。でも20日を過ぎたら………もう駄目だった。

 そう、私はヒトを食ったのだ。

 腐敗したものは、さすがに食べれない。

 谷に突き落とされて間もないものを、私は選んだ。

 そうやって屍食鬼のような暮らしが、60日ほど続いた。


 私の存在は、すぐに噂になった。新しい死体ばっかりえらんでたら、ねえ?

 バケモノがいる。多分屍食鬼だろう、と噂になって………。

 聖騎士が1人、従者が5人差し向けられてきたわ。


 わたしは、死者の谷に、唐突にいきた人間がやってきたことに驚いた。

 あの人は、私を助けてくれるだろうか?

 自分の姿を見て―—―顔は見えないけど―—―まぁ、無理だろうなと思う。

 枯れ枝のような全身を見て、バケモノにしか見えない、と無感動に思う。

 まともな感性は、この60日の間に麻痺していた。

 だから聖騎士が

「屍食鬼め、見つけたぞ!死者を冒涜するバケモノめ!」

 と言った時も、ああそう見えるのね、としか思えなかった。

 次に聖騎士のとった行動も、予想したものだった。

 わたしは聖騎士と戦わねばならない。どうやって?まともに体の動かし方さえ習ってないのに?

 魔法は使える。でも、散々弄ばれた日々は私に魔力異常をひきおこし、まともに働かなくなっていたのだ。

 聖騎士は、剣を構えて突撃してきた。

 それは私の胸の真ん中を刺し貫いていた。

 激痛を感じながら、奇妙な仰向けに倒れる。

 騎士は「打ち取ったり」というと、従者たちの垂らす縄梯子で、悠々と死者の谷から出て言った。

 私は、泣いていた。この死はきっと、セフォンとあの娘を助られなかったからだ。

 目も霞んできた、体からどんどん血が流れ出している

 死ぬのか?怖い、死ぬのが怖い、叫び出せたら悲鳴をあげていただろう。

 でも、のどはごぼごぼとしか音を立てない。

 腕も動かない、いや、わずかに動く。

 私はその手を宙に浮かせた。何かをつかみ取るように。

 はたして―—―


 その手は掴まれた

「哀れな娘、だからこそ愛しき娘よ」

 朗々と響く男の声

「生きたいか?生ける屍となっても?」

 優しさを含んだ声

「我が子になるか?生ける死者になっても?」

 生きたいなら一言、そう告げるように男の声は言った

 私は言った、ごぼごぼと。「生きたい」と。

 もう眼は見えないから、わかったことはみっつだけ。

 男が彼女の首に牙をたてた事。

 その牙から、感じたことのない、すさまじい快楽が襲ってきたこと。

 わたしは、干からびて死んだこと。

 それだけ。

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