第4話 聖都へ

 何日も、私は浜辺で呆然としていたわ。

 何も食べず、排せつもせず。

 私は村の中を徘徊していたの。

 誰も生き残りは居なかった。

 この村は、崖を背にして作られていたから、寄せて返す波が増幅されたの。

 結果、村の建物のほぼ全部が流された。もちろん人もね。

 生き残りは私だけ。

 あの手を掴んでいたら、あの少女とセフォンは助かったかもしれないのに。

 そう延々とぐるぐる回る思考。

 

 だから、彼らが来たことにも気が付かなかった。

 声をかけられて初めて気が付いた。

「君。津波の生き残りかい?」

 ぼんやりとソッチを見て、コクンと頷く。この人は誰?

「こっちを向いて、額を見せてくれるかな」

 私は言われるままに額を見せた。

 運命が変わるとき。

 不幸の始まり。

 

 でも、これ以外の選択肢を選んでも幸せになれるとは限らない。

 たとえば村を出ていたら、のたれ死んでいた。

 住処を村の中にしていたら、津波で死んでいた―—―。

 でも、これから起こることを知っていたら

 死んだ方がマシだったかもしれないわ。

 

 男の人は私の額に何かのシンボル(後で知った。聖印よ)を押し付けて。

 男は、おお、と言った。

「何という事だ、運命の女神と始まりの女神の両方の加護を持つとは」

 加護。そんなものはないと思う。

 だって誰も―—―私だけ助けて―—―助けてくれなかったじゃない。

「君は聖都に連れていくよ。神殿に入るんだ。神殿に住むんだよ」

「わたしはここがいいの」

「ダメだよ。ここはもう死んでいる。ここにいたら君も死んじゃうよ」

 心動かされる。 

 ゾクッとした。わたしはまだ生きたいと願っているのか!

 なんてあさましいんだろう。

 そうして、わたしは

「ついていく」

 と男に言った。


 回り道をして、崖の上まで行くと、立派な馬車が何台も並んでいた。

 男の人が、立派な髭を生やしているおじさんに、私の事を報告?している。


 後でわかった事だけど。

 この馬車は沿岸の津波の被害を調べるために送ってこられたもの。

 男は始まりの女神「ミラ」の神官。

 髭の男は高位「始まりの女神「ミラ」」の神官。

 何故高位神官がそういうことをするのか?

 端的に言うと手駒が欲しい―—―出世のための手駒ね―—―。

 この時代、災害で生き残った人は、加護持ちである可能性があるからね。

 そこで私が「奇跡的な当たり」だったのだね。


 立派な髭の人―――アイゼン様―――はすごく喜んでいた。

「お前を王都に連れ帰って、高位の巫女にしてみせよう!」

 と、言っている。いい事なのかな?

「さぁ、君は一人用の馬車に乗りなさい。特別待遇だよ」

 と、男の人―――タフルさん―—―が馬車まで送ってくれた。

 確かに今は誰とも口を利きたくないから、それでいいのかもしれない。

 馬車の前まで行くと、お湯を張ったタライと、女の人が一人。

 それとタオルと、やや大きなサイズの服があった。

 私は入浴した、今までの出来事が洗い流されたようだ。

 久しぶりに「はあっ」と深いため息をついた。


 馬車が走り出した。

 村が遠くなっていく。

 それを目にした私は、初めて泣いた。

 わんわん泣いた。

 馬車の進む速度が遅くなる。

 後ろの馬車からお風呂の時の人―――アーネリカさん―—―がやってきた。

 頭をなでられた。「もう大丈夫」と言われて。

 大丈夫なんかじゃない。

 この時の気持ちを、きっと一生忘れない。

 私の、原罪を。


 ええ、忘れてないわ、今でも時々思い出してはやるせない気分になるもの。

 この魂に深く刻まれた傷跡、なのよ。

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