第2話 ひと時の幸せ

 意気消沈して洞窟に帰った私を待っていたのは、見知らぬ少年だったわ。

 14~15歳?とても綺麗な少年で、背中まである金髪が輝き、青い瞳は海の色。

 だが線の細さはなく、漁でついたのだろう筋肉がうっすらと乗っている。

「やぁ、初めまして、俺はセフォンだよ。君がライラックだね」

 そう言われて、多少混乱した私は

「ライラックなんて嫌い。そんな名前で呼ばないで」

 船乗りたちも呼んでいるのに、何故か少年にはワガママを言ってしまった。

 本人はワガママだと認識できていなかったけれど。

「え、そうなんだ。親父が呼んでいたから何気なく。………じゃあ、どう呼ぼうか」

 う~ん、と悩む少年。今となってはかわいいね。

「じゃあ、「ララ」でどうかな?歌を歌っているんだろう?ピッタリじゃないかな」

 私はそれを聞いて舞い上がってしまったわ。

 現代いままで、も「ララ」を愛称にしているぐらいだもの。

 本当にうれしかったのね。

「うんっ、いいよっ」

 私は満面の笑みを浮かべた。

「よかった。これで俺と遊んでくれる?親父の船で働いてもいるけど、本職よりは暇があるんだ」

 後で知ったのだけど、少年は村では海の女神の寵児、光の女神の加護を持つものと言われていて、彼の行動に誰も異議を申し立てることはできなかった。

 今の私《レイズエル》は、何度も自分の過去を時戻りをして、亜空間から『視て』いるから、全部知ってる。

 それから、少年と私は毎日のように遊んだ。

 魚をどっちがキレイに捌けるか―—―当然セフォンの勝ち―—―とか、空中から漁船にダイブしてみたり―—―怒られた―—―とか。

 私の歌にセフォンが聞き入ってくれたりだとか。

 中でも一番嬉しかったことは

「ララにも聖域を見せてあげるよ」

 と言ってセフォンが、私の寝床の祭壇の奥を押すと、そこからまばゆい光が満ちた。

 この辺りは乾燥地帯だったのだけど、二人が入れば精一杯、というそこには白い花が咲き乱れ、小さな草が生え、清らかな川が流れている。

 川の行く先とどこから来たのかは、分からなかった。

 異空間から異空間に流れていたのだけど、当時の私には分からなかったわ―—―。

 それからセフォンと一緒に、聖域でいっぱい過ごした。

 セフォンは、大事な、大事な友達だった。

 ちなみに、神の加護持ちでないと開かないというその扉だけど、私でもすんなり開いた。………いったい何の加護持ちなのだろう?

 それは王都の神官様でないと分からない。


 そうして私が14になった頃、私は妖しい魅力を備えた超美少女になっていた。

 セフォンのお父さん―—―船乗りの頭領―――は私に海の女神の加護があると信じていて、私を溺愛してくれていた。

 この人が「おとうさん」なら良かったのに。

 当時の私は気づいていなかったけれど、この人を筆頭に、漁師たちすべてが結託して、私が誰かの寝所に呼ばれるのを防いでくれていたの。

 漁師の村であるこの土地では、頭領は村長に次ぐ権力者だったから。

 もちろん当時の私はそんなこと知らない。


 そんな私に事件が起こる。

 漁船がすべて出て行っていた。夜の漁だ。

 だが、唐突に始まった嵐。異例の事だ。

 迅速に帰還できたのは一隻だけ。

 状況を聞くと、皆がこっちに帰る海路を見つけられないでいるという。

 わたしは体中から、熱いものが湧き上がってくるのを感じた。

 今こそ歌うのだ、と、本能が囁きかけてくる。

 私はバルコニーから歌いだした


 我 光を望む。

 全身全霊をかけて彼らに光 届きたもうと望む

 おお 光の道を海の路に与えたもう

 我が魂かけて祈る

 我 光の道を望む

 大きな輝きによって 海の女神の気まぐれを退けん

 おお 彼らの道行きに輝く道を与えたもう

 彼らの港よ輝きたもう

 灯台を超えた灯台へとなりたもう

 汝らが返るのはこの港なり


 何度か復唱するうちに、その通りの現象が起こり始めた。

 私はそれを不思議に思うことなく詩を続ける。

 そして、ひとつ、ふたつ、ぜんぶ。

 全部の漁船が、光の道に導かれて、光る洞窟から漏れる光に導かれて帰還する。

 帰還した漁船から順に、私の起こした『奇跡』が伝わる。

「うぉぉぉぉ!女神の御子だ!海の女神、光の女神の御子だ!」

 私はその声を聴きながら、疲労で気絶した。


 起きた時、きちんと祭壇に寝かされていたが、なんだかふかふかするものが背中に当たる。体の上もみょうにふかふかする。

 そう思って起きてみたら、わたしはふかふかしたものに挟まれて寝ていた。

 ちなみにこの時、私は毛布っていう知識はないわ。

 みんな藁で寝ていると思っていたのよね。

 私は、これの事を聞こうと思って、バルコニーから漁師のみんなを見つめた。

 彼らは私の疑問を聞くと「昨日のささやかな恩返しだぞ」と。

「御子があんなところで寝てたなんて知らなかったからなぁ」

「縄梯子を付けてみてよかったな。」

「今度はバルコニーの柵も新調するぞ。今のままじゃ危ないからなぁ」

 と口々に言ってくる。

 みんな………すごくうれしい!

「ありがとう!」

 と言うと。

「それは俺たちの方でさぁ」

「御子の助けがなければ沈没してたぜ」

「親方なんか感激しちゃってもう」

「大工に柵を直させる相談をしに行ってますぜ」

 と返ってきた。


 柵は非常に頑丈な鉄の策に変わった


 私は幸せだった。村の人にはまだ受け入れられていないけれど、漁師の人を起点に、何かが変わるのではないかと思えていた。

 でも、私の村での幸せは、ここまでだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る