第62話

「こんな雨の中作物を持ってきていただけるとは思いませんでした。ありがとうございます。今暖かい紅茶をご用意しますね」


 アルベールさんはそう言って店の奥に向かっていった。奥からはアルベール商会の職員であるセシルさんの驚くような声が聞こえてきた。

 どうやら2人共この雨の中俺が商会を訪れるとは思っていなかったようだ。


 アルベールさんはすぐに戻ってきて、早速俺が持ってきた作物の様子を観察し始めた。


「昨日と同じくかなりの大きさですね……。これが量産できれば食文化に革命が起きそうではありますが……なかなか厳しいのですか?」


「今回こんなに大きくなった理由もわかりませんし、たまたま上手くできただけだと思います。まだ農家としては修行中みたいなものですよ」


 俺のその言葉を聞くとアルベールさんは少し残念そうな表情を見せた。

 本当は魔法の肥料を使えば簡単に同じものを栽培できるが、それは内緒にしておく。魔法の肥料を使った時と同じくらいの作物を栽培するのが俺の目標なのだ。


「そうなんですね……。それではコーサクさんが高品質の作物を栽培できるのを期待してお待ちしてますよ」


「プレッシャーをかけるようなこと言わないでくださいよ。まあ、期待に応えられるように努力はしますよ」


 そうして俺とアルベールさんが話していると、セシルさんが紅茶を持ってきてくれた。


「ありがとうございます、セシルさん」


「おはようございますコーサクさん。雨の中歩いてきたんですから、体を冷やさないようにしてくださいね?」


 そうして俺の前に置かれた紅茶からは湯気が立っており、とても良い匂いが漂ってきた。


「コーサクさん、お値段の方なのですが……作物1個あたりの金額は昨日と同じ金額でもよろしいのですか?」


 俺が淹れたての紅茶を味わっていると、アルベールさんがそう尋ねてきた。

 別にお金に執着しているわけでもないので気にしないのだが、おそらく貴族向けの商売をするのに俺が買取額を増やせと言わないことを不思議に思っているのだろう。


「気にしないでくださいアルベールさん。そもそも普通のポムテルやシュワンより高く買い取って頂いてるんですよね?それだけで充分ですよ」


「もちろん、品質が高い作物ですし通常よりも高く買い取ってますよ。コーサクさんがそう言うならお言葉に甘えさせていただきますが……」


 そう言うとアルベールさんはセシルさんにお金を用意するように伝えていた。

 貴族を相手にする商売をして、こんなに大きな商会を持っているのに利益が少なくなるようなことを提案するのは何故なんだろうな?商売をしたこともないので俺にはわからないが……商人なりの理由があるのかね?


 その時、俺は1つ大切なことを思い出した。


「あ、そういえば昨日金塊の買い取りを依頼したまま忘れて店を出てしまって……」


「そ、そういえばそうでしたね……。私もすっかり忘れてしまってお恥ずかしい限りです……。もう1度金塊を見せていただけますか?」


 そう言われた俺は麻袋の中から金塊を2つ取り出した。

 アルベールさんは一旦店の奥に戻ったと思うと、何やら小さな機械を持ってきたようだった。


「アルベールさん、それは……?」


「これは重さを測る秤というものです。これを使って金塊の重さがどれほどなのか測るんです」

 

 そうしてアルベールさんが慎重に金塊の重さを測っていると、セシルさんが1つの布袋を持ってきた。


「あら?まだ買い取りするものがありましたか」


「ええ、昨日持ってきたんですが、買い取ってもらうのを忘れて持って帰ってしまったんです」

 

 その後しばらくするとアルベールさんが金塊の重さを測り終えた。そうして俺の前には2つの布袋が用意されることとなった。


「まず、最初にセシルがお持ちした布袋が作物の分の買取額、22万ガレル。その隣の布袋が金塊2つの買取額、500万ガレルです」


「……500万ガレルって言いました?」


 聞き間違いじゃないだろうかと言うほどに桁が違いすぎる。あの2つで500万?


「ええそうですが……買取額に不満がありましたか?」


「いやいや!金の価値が分かっていなくて驚いてしまって……希少金属っていうのはそこまで高価なのですね」


 一気に大金持ちになってしまったな。大したお金も使わないのに。


「買取額に満足いただけたなら安心しました。金塊の買取分は金額が大きくなってしまったので全て金貨で布袋に入れてあります」


「ありがとうございます。また作物が収穫できたらその時も買い取りをお願いするかもしれません。今日は天候も悪いので早めに帰らせてもらいますね」


 そうして俺はアルベールさんとセシルさんに別れを告げてアルベール商会を後にした。

 ようやく片手も空いたので、パプリは脇に抱えて歩くことにした。


「さて、早く街を出ないとな。しばらくこの街には来ないことにしよう」


 冒険者ギルドの一件があり、俺はほとぼりが冷めるまで少しこの街に来るのを控えようと思った。アルベールさんに作物も買い取ってもらったし、何より金塊を売却して手に入れたお金もある。当分お金には困らないだろう。


 その後早足で街の正門に向かっていると、露店で買い物をする1人の老婆と目があった。


「なんだあんたかい。ずいぶん急いでるようだけど今日はうちの店に寄らないのかい?」


 買い物をしていたのは錬金素材を扱う店の店主プリシラだった。

 ちょうど食材を買いにきたところのようだった。


「ああ、ちょっと問題が起きてあまり街に居られないんだよ……」


 そうして俺はプリシラに昨日ギルドマスターのグウェンさんに嵌められたことを説明した。

 その説明を聞いたプリシラは少し考えるように俯いた後、ニヤリと不気味な笑みを浮かべたのだった。


「うちの常連客が困ってることだし、私に任せておきな。明日には取り寄せている『錬金』の素材も色々入荷するから店に寄ってくれるかい?それまでにあんたの問題の方も済ませておくよ」


「そんな簡単に任せろって言うけど、何か案があるのか?相手はそこそこ偉い人なんだろ?」


 失礼だがただの老婆に何ができるのか、と思わずにはいられない。

 

「まあその辺は心配いらないさ。それじゃあ明日あんたの素材も用意しておくからたんまりお金を持ってくるんだよ?」


 プリシラは冗談混じりにそう言って自分の店の方に歩いていってしまった。

 俺は家までの帰り道、あのプリシラの自信がどこからきているのかずっと考えていたが、その答えを一向に出せず昼を過ぎた頃には家に着いてしまうのだった。

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