第45話

 俺たちが街に向かってしばらく歩くと、ようやく街を囲う壁が遠くに見えてきた。


「はあ、今日は随分時間がかかってしまったな……」


 俺がため息混じりにそう言うと、ジャンはそれに反応して話しかけてきた。


「そりゃそうだろう。なんせアンフェルボアと戦ったんだし、そもそもあんなに早く討伐できるモンスターじゃないんだぞ?なんでお前はそんなに世間知らずなんだよ……」


「そういうものなのか……?まあ、俺はモンスターと戦うことに興味は無いし、毎日農業がしたい。最低限自分の身が守れたらそれで良いんだ」


 おそらく彼らはモンスターを倒すことによってレベルを上げるのだろうが、俺の職業である『錬金農家アルケミー・ファーマー』は少し特殊だ。モンスターを倒さなくても作物さえ収穫できればレベルを上げることができる。毎日ひたすら農作業を続けていれば、モンスターから自分の身を守れる程度には自然とステータスが上がっていく。


「……本当に農業にしか興味ないんだな。アンフェルボアを討伐してしまう『農家』なんて聞いたことがないけどな」


 ジャンは俺の話を聞くと、呆れたようにため息を吐いた。どうもジャン達の反応を見るに、俺の行動は普通ではないことが感じ取れた。


 カミラのやつ、俺に説明し忘れていることがあるんじゃないか?そうでないとここまで彼らに世間知らずというような扱いを受けることも無いはずだろう。


 そんな事を考えながら歩いていると、無事に街の正門に着くことができた。


「……ん?お前、昨日の兄ちゃんじゃないか。それにジャン達と一緒って……お前らどういう繋がりなんだ?」


 正門では昨日と同じく、衛兵のアランさんが立っていた。俺の顔を覚えていたようで、ジャン達と一緒に街を訪れた事を不思議そうな顔で見てきた。


「なんだ、アランもコーサクのこと知ってるのか?ちょっと草原に特殊なモンスターが出て、一緒に討伐してきたんだ。その報告に連れて行こうと思ってな」


「へえ……お前らが目をつけるってことはこんな見た目で意外とやるようだな。それにそのスライム、お前『テイマー』だったんだな」


 アランさんは俺の方を見て、モンスターを倒せるのが意外だと言いたそうな表情をしていた。まあ、未だに作業服を着ているしこの世界ではかなり変な見た目なのは否めないが。

 しかし、脇に抱えているパプリを見て、俺の職業が『テイマー』だと勘違いしたようだ。まあ、訂正するのも面倒くさいしそういうことにしておくか。


「いえいえ、モンスターから逃げているところを偶然助けてもらっただけですよ。ジャン、先にアルベール商会に行ってるぞ?何かあれば商会に来てくれ」


 俺は話をそこで切り上げて、逃げるようにアルベール商会のある商業地区へと歩き始めた。


 ジャン達は俺とは違う方向へ歩いて行ったので、おそらく冒険者ギルドに向かったのだろう。


「冒険者ギルドの件もあるし、予定は早めに済ませておくか」


 そうして、俺は少し早足でアルベール商会へ向かうことにした。



 商業地区に入ると、昨日と同じく露店周辺は大変賑わっており、俺は作物を傷つけないために少し遠回りしてアルベール商会へと向かっていた。


「あの中に入っていくのはもう懲り懲りだからな……。みんなあんなに人が集まる中、よく買い物ができるものだな」


 まあ、この街の庶民が買い物するとなればやはり露店なんかがメインになるんだろう。アルベールさんの商会は貴族なんかが主に訪れると聞いたし、貴族が満足するような品を庶民の手が届く金額に設定するわけはないはずだしな。


 街にスーパーが1軒しかない、という田舎町なんかと同じかもしれないな。買い物する場所が決まっているなら混み合うのも当然だ。



「お、アルベール商会が見えてきたな……って、アルベールさん接客中か?」


 アルベール商会がある通りに着いた俺だったが、商会の前で燕尾服を着た老人と話しているアルベールさんが目に入った。

 

 少しタイミングが悪かったか。

 そう考えた俺だったが、すぐに話は終わったようで燕尾服を着た老人はアルベールさんに1礼をして去っていった。


「こんにちは、アルベールさん」


「……丁度いいところにいらっしゃいました!ささ、どうぞ中の方でお休みください」


 アルベールさんは俺を見るや否や、すぐに商会の中へと案内した。

 こんなに急いでいるなんて何か事情がありそうだな……。


「そんなに急いでどうしたんですか?俺は今日作物の買い取りをお願いしにきたんですけど?」


「ハッ!私としたことが大変申し訳ございません……。私の話は後回しでも構いませんので、まずは作物を見せていただきますね」


 アルベールさんは我に帰ったようにそう言うと、ポムテルとシュワンの入った麻袋を俺から受け取った。


「……申し訳ございません。私、このような見た目の作物は扱ったことはあるのですが、それとは随分サイズが違うように感じます……。ちなみにこちらの作物の名前はご存知でしたか?」


「え?ポムテルとシュワンですけど……少し元気に育ちすぎたんですよ」


 まさかこんなふうに育てる肥料があるんですよ、なんて言えるわけもないのでその辺は濁して伝えることにした。


「…………そ、そうですか。これまた随分と大きく育ちましたね……。ちなみに味は普通の大きさのものと違いはないのですか?」


「この2つは栽培したのが初めてなので味見はまだしてないんですよ……。今日の朝収穫した物を急いで持ってきたので、数量も少ないですが」


「それでは一緒に味見してみましょうか。私もこれほど大きなポムテルとシュワンは食べたことがないので楽しみです」


 そう言うと、アルベールさんは女性職員を呼び出してポムテルをふかし芋に、シュワンはそのままサラダにして持ってくるように伝えていた。


「アルベールさん、シュワンは1玉しか持ってきていませんよ?まだ家には2玉ありますが、味見をしてしまったら売れなくなってしまいますよ?」


「味がわからないとどれくらいの価格で売るべきなのかわからないですからね。もちろん今日お持ち頂いたシュワンは買い取りしますからご安心ください」


 こうして、急遽ポムテルとシュワンの試食会が開かれることになった。俺は作物が調理されている間にもう1つの麻袋から別のものを取り出した。

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