【KAC202211】死の日記《Dieary》~その日記は真実を語る~

滝杉こげお

日記をめくる 事件はめぐる



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 私は大変な罪を犯してしまいました

 この命をもって罪を償うことにします


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 とあるアパートの一室から遺書と共に死体が発見された。

 被害者の名は大木おおき夏海なつみ


 死体の傍らには毒薬の入った瓶と、空になったグラスが置かれていた。


「アパートの玄関、窓は施錠されていました。室内には争った形跡はありません。毒はインターネットに詳しい人なら製造法を調べることができるもので、市販の材料で作ることができます。薬効は飲んですぐに急激な眠気に襲われ、そのまま眠ったように死んでしまう。まだ部屋の中を詳しく調べたわけではありませんが被害者は自殺ではないでしょうか」


 現場に駆け付けた警部に、捜査に当たっていた巡査が状況を報告する。


「いや、まだ決めつけるのは早いな。机の上を見てみろ」


 警部が示したのは被害者がもたれかかっているデスクだった。

 デスクの上には遺書が書かれた日記帳と、毒瓶、空のグラス、そして一冊の小説が置かれている。

 日記帳は一体何年分書き込めるのか辞書ほどの分厚さがある。


「デスクの上に何か?」


「これは飯音いいね栖語彙すごいの最高傑作と名高いミステリー、『彩公峰さいこうほうの殺人』。しおりが小説の中ほど、今からクライマックスというシーンに挟まれている。この小説を最後まで読まずに自殺するなんてありえない!」


「ええ!? そんな理由ですか」


 巡査の驚きに警部は首を横に振る。


「もちろんそれだけではないぞ。被害者の前頭部には殴打され血が滲んだ跡がある」


「それは毒のせいじゃないですか? 毒には飲んですぐに眠くなる作用があります。そのせいでデスクに勢いよく倒れこみ殴打痕ができたんじゃ?」


「ここを見てくれ。日記帳には血がついている。そして、その血の上にボールペンで書いた跡があるだろう。つまり日記帳に血が付いた後に遺書は書かれたことになる」

 

「えっ!? じゃあ」


「ああ。何者かが被害者が毒で倒れた後にこの遺書を書いたということだ」


 警部の言葉に巡査は今度こそ驚愕する。


「ちょ、ちょっと待ってください。じゃあ、この部屋の密室の件はどうなるんですか! この部屋の玄関も窓も鍵が掛かっていたんですよ!」


 巡査はおもむろにデスクの上の日記帳に手を伸ばすとページをめくりだした。


「見てみろ。一か月前の記述に鍵を落としたという記録がある。翌日には玄関前に落ちているのを発見しているが今は3Dプリンターで個人でも合鍵を作れる時代だ。この状況は密室に値しない」


「そんな、じゃあ……」


「ああ。間違いない。これは殺人事件だ」


 警部は静かにそう断言した。


「大変だ! 急いで犯人を探さないと」


「もしかしたらこの日記に被害者を殺す動機を持った人物が書かれているかもしれない。少し読んでみよう」


 巡査は警部と顔をつき合わせ日記を読む。

 そこには吉良きら稲子いなこという職場の同僚と被害者の因縁の記録が書かれていた。


「警部。犯人はこいつじゃ!」


「確かに。その可能性はあるな」


「僕、本部へ連絡をしてきます!」


 巡査は慌てて部屋を出ようとし、誤ってクローゼットの扉を開けてしまう。


――ゴトッ


「ぎゃあああああああああああああ!」


 クローゼットから出てきたのはもう一人の女性の死体だった。








「もう一人の被害者の名は吉良きら稲子いなこ。死因は後頭部を鈍器で殴られたことでの脳出血。死後12時間程経過しているようです……警部。これはどういうことでしょう」


「ああ。間違いない。これは殺人事件だ」


「いや、それは見れば分かりますけど……」


 警部の言葉に、巡査は呆れた顔を浮かべる。


「じゃあ、犯人は?」


「もちろん大木おおき夏海なつみだよ。大木は吉良を殺した罪悪感から自殺をはかったんだ」


 いや、それなら最初から遺書に書いてありましたよ。

 巡査はその言葉をぐっと飲み込んだ。


「推理小説に挟まっていたしおりは?」


「大木の日記を読んだところすでに被害者は『彩公峰さいこうほうの殺人』を読み上げた後だったようだ。しおりが中ほどに挟まっていたのは余りの面白さにクライマックスを一気に読んでしまったか、しおりを無くさないように挟んでおいただけだろう」


「血の上に書かれた筆跡は?」


「日記帳についた血は大木のものではなく吉良のものだったんだ。吉良を撲殺した凶器はこの分厚い日記帳だった。吉良を撲殺した際に血が付き、大木がその上から遺書を書いた。順番に矛盾はない」


「じゃあ密室は!?」


「自殺を邪魔されないように大木が鍵を掛けただけだろう」


 唖然とした表情で言葉を失う巡査。

 警部はもう一度日記帳を開く。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 私は大変な罪を犯してしまいました

 この命をもって罪を償うことにします


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「事件の真相は全て日記に書かれていたんだよ」


 カッコイイ風なことを警部がいうが、当然それは場を上滑りする。






「警部。結局何が言いたかったんですか?」


「巡査君。証拠に日記一憂にっきいちゆうしているようじゃ警察官として甘いということだよ」




END

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