【調査】



「惨憺たる状況だったな、駒沢」


「……」


 ここは、黒い壁に囲まれた広大な部屋。

 部屋の各所には、剥き出しになった機械部品や組み立て用と思われる機器・重機が無数に配置され、あらゆる位置に無数のモニタが配置されている。

 その中央部、特に大きな機械にはカプセルのようなものが設置されており、その中には滑らかなシルエットを持つ人型ロボットが入れられていた。


 しかし、その形状は正常とはとても云えない。

 大半が破損しており、かろうじて人型の形状を留めているだけだ。


 ANX-01S「アンナソニック」。

 それが、このシルエットの正体。


 ボロボロになったアンナソニックの素体を眺めながら、キリエは酷く愉快そうな笑みを浮かべていた。


「約束は、忘れてはいまいな?」


「ええ……」


「アンナソニックが不覚を取った時は、俺の思惑を実行する。

 ――文句はあるまい?」


「わかったわよ……それで、私に何をさせようというの?」


 忌々し気な表情を浮かべ、上目遣いに睨みつける駒沢京子は、ぐっと拳を握る。

 

「俺の超生産能力は、あらゆるものを瞬時に生み出す事が可能だ。

 だが、その為には材料が必要になる。

 それを提供してもらおう」


「アンナユニット、四体分の材料を?」


「そうだ。

 お前がこの会社の兵器開発部門の部長である以上、不可能ではない筈だ」


「おかしなものね、いきなり眼鏡やハンカチを作り出せるのに、アンナユニットだけは材料が必要なの?」


 苦笑する京子に、キリエは突然真顔になる。


「俺が知識として知っている素材なら、組成変更でいくらでも作り替えられる。

 しかし、未知の素材となると話は別だ。

 グレスライト300、とプレベンテリア合成材だったか?

 こいつがわからんのでな」


「正しくは、それらを重ね合わせてプレスした複合材よ。

 ――わかったわ、準備させる。

 三日ほど時間を頂戴。

 それと」


 京子は言葉を止め、少し不安げな顔つきでキリエを見つめる。


「その新しいアンナユニットは、いったい誰が実装するの?

 まさか、トレインやデリュ―ジョンリングやサイクロプスじゃないわよね?」


「その件なら、既に話はまとまっている」


 そう言うと、キリエはマントを大きく翻す。

 すると、まるでその中から湧き出たかのように、四つの影が現れた。

 京子の表情が、強張る。


「その四人は……」


 何をどうやったのかは不明だが、キリエの前に四人のシルエットだけが浮かび上がった。

 その大きさ、おおまかな形で、誰を示しているのかはすぐに判別出来る。


「そうだ、XENOVIAの新人の、あの四人だ。

 あいつらには、既に俺から話はしてある。

 無論、全員快諾済みだ」


 四つの影は、すぐに空気に溶け込むように消え去る。

 しかし、それが誰を指しているのかは、京子にはすぐに理解出来た。


「ふん……でも彼女達には、XENOの粛清って役割があるじゃない?

 アンナユニットを実装して闘う余裕なんてあるの?」


「案ずるな」


 キリエは、再びマントを翻すと、まるで京子を壁際に追い詰めるような姿勢で迫った。


「我々XENOVIAに、空間という概念はない。

 いつでも何処でも、駆け付けることが出来るのだ」


「そうね、そうだったわ。

 新人のあなたも、XENOVIAになってそれを知ったんだったわね」


「その通りだ」


 口元を大きく歪めて笑うと、キリエは一瞬身の毛もよだつような恐ろしい表情を浮かべた。


「あの四人に、お前の妹を加えた五人には、これからもっと活躍してもらおう。

 ――アンナスレイヴァー、としてな」


 

 




 美神戦隊アンナセイヴァー


 第100話【調査】

 







「アップデートのことなら、私からお話します。

 ですから、これ以上もう、ナオトさんを虐めないでください!」


「いや、別に虐めてるわけじゃ」


「凱さんはお静かに!」


「は、はい」


 凱を黙らせると、愛美は少々怒気のこもった声で、ナオトと霞に呼びかけた。


「お二人とも、いいですね?」


「「 は、はい…… 」」


 なんとも言い難い迫力に圧され、二人はついつい頷いてしまった。

 こんなに怒っている愛美は珍しい。

 勇次達は困惑しつつも、激怒する彼女の様子が興味深く見つめた。


 愛美は、胸に下げているペンダントを摘まみ上げながら、少々怒ったような表情で語り出す。


「ナオトさんと霞さんと、これの話をしたんです」


「サークレットの?」


「そうです。

 アンナチェイサーが、アンナローグの反応が大きく変化したのを捉えたとのお話がありまして、その時何が起きたのかを尋ねられたんです。

 そこからアップデートの話や、ボルテックチャージの話になりました」


「え、愛美ちゃんが説明したの?」


 今川の質問に、愛美は大きく頷く。


「ということは、愛美はアップデートのことや、ボルテックチャージの事を知ってるの?」


「いえ、ティノさん。

 私も完全に理解している訳ではないんです。

 ただ、ある人から教えられまして」


「ある人ぉ?」


「なら、改めてその話を詳しくしてくれないか?

 その人物については、特にな」


 勇次の質問に、愛美は一瞬ナオトの方を向き、頷く。


「承知しました。

 私にわかることであれば。

 ですので、もうナオトさんを虐めないって約束してくださいね?」


「いや、だからそういうわけでは」


 困惑する勇次と凱、そして顔を伏せるナオト。

 その様子を見て、何故か霞は笑いを堪えて震えていた。



 愛美は、これまで自分が見て来たことを洗いざらい話した。

 ベヒーモスの戦闘中、一時的に意識を失った時に見た“白衣をまとった白髪の男性”のこと。

 その男性から、ボルテックチャージのことを教えられたこと。

 また井村邸からテレポートで脱出した際にも、その男性に出会ったこと。


 男性の特徴などを話しているうちに、勇次と凱、ティノ、そしてナオトすらもが、何故か頭を抱えて俯いてしまった。


「あ、あの、どうされたんですか?」



「アイツか」


「あのおっさん……」


「ぜぇったい、あのジジイだわそれ」


「……」



 四人の反応に、愛美だけでなく今川までもがキョトンとする。


「あ、あの、ご存じなんですか?」


「もしかしてその白髪の男性ってば」



「ああ、ほぼ間違いなく“仙川”だな」



「「 ええっ?! 」」


 二人の驚きの声に、四つの呆れた溜息が重なる。


「あのオッサン、またアヤシイもん仕掛けやがって」


「はぁ~、まったく、人を脅かしたりたぶらかしたりするのが好きなおっさんよねぇ」


「全くだ。死んでも治らん」


「……同意する」


「どういうことなのでしょうか?」


「恐らくだが、睡眠教育プログラムのようなものが仕込まれていて、それが千葉の昏倒時に使用されたとかそんなものだろう。

 だが、それはそれで重要な情報には違いない。

 千葉、そして鷹風。

 他にも何かあったら情報共有を頼む」


 勇次の依頼に、愛美は更に考え込む。

 しばらく顎に指を当てて悩んだ後、


「あ、そういえば」


「何かあるのか?」


「テレポートの時なんですけど、とても広い森の中に出まして」


「森?」


「あ、あの時の」


 愛美の発言に、霞がハッとして顔を上げる。

 恵を除く全員が迷い込んだ、驚くほど広大な森の話を、愛美は覚えている限り詳しく説明した。


「池があったのですが、そこにとても大きな“剣”が沈んでいまして」


「……剣? でっかな?」


「そうです、物凄く大きくて、しかも金色に光ってました」


 その言葉を聞いた途端、ナオトと霞の顔色が露骨に変わった。


「それで、その時――」

「わかった、その話はもういい」


 愛美の言葉を遮るように、ナオトが口を挟む。

 その態度は、普段の彼には似つかわしくない程慌てているようだ。


「それより、そろそろこちらの要件を言わせてもらいたい」


「要件ってなんでしょう?」


「ミーティングがどうとかの件だな。

 鷹風、お前の要件を先に聞こう」


 話を中断された愛美はいささか不満そうだったが、霞が頭を軽くポンポン叩き慰めている。

 その様子を尻目に、ナオトはフゥと息を吐いて語り出した。


「蛭田勇次、北条凱。

 お前達二人に参加してもらいたい。

 場所と時間は、後程改めて報告する」


「ああ、わかった」

「いいぜ」


「それと、アンナセイヴァーからもう一人参加して欲しい」


 ナオトの物言いに、愛美が反応する。

 しかし、顔を上げた彼女の方を、ナオトは見ようともしない。


「それは誰だ?」


「アンナミスティック」


「え、メグ?! なんでだ?」


「恵さん?!」


 凱と愛美は、声をハモらせて驚いた。







 XENO犯罪対策一課の面々は、島浦からの電話で再び頭を悩ませることになった。


 島浦の報告は、こういう内容だ。

 とある雑居ビルの間の小路内で、男性と思われる人物が殺害される様子を、たまたまビルの窓から見ていた者がいた。

 その者の通報で現場に警察が駆け付けるも、死体はおろか血痕すらない。

 しかし、ビルの壁面に何か大きなもので引っ掻いたような傷が散見され、また目撃者による「女の子が大きな尾を振り回して、犬のような頭の巨人を倒した」という証言もあることから、本件はXENO関連の事件であると判断。

 捜査本部にも連絡が届き、詳しい現場検証が行われることになったようだ。


「どういうことでしょうか? XENOが殺された……?」


 高輪の疑問に、全員が頷く。


「話を聞く限りですと、殺した側もXENOみたいに感じますね。

 同士討ちということでしょうか?」


「そそそ、その可能性はありますね! でも、どうしてでしょう?」


 金沢と青葉台が、それぞれの考えを述べる。

 未だ行動目的が定まり切らない立場である以上、少しでも事件に関与する何かを行いたいのか。

 三人の女性は、いずれも真剣な表情だ。

 しかし、一方で司はかなり覚めた態度だ。


「これに関しても、我々では手の打ちようがないな。

 一応聞くだけ聞くことにして、さっきの話の通り、俺達は今出来ることをやろう」


「XENO事件の追跡は調査は?」


「それは捜査本部の連中に任せよう。

 どのみち、我々には後追いしか出来ないのだからな」


「そ、それはそうですが……」


 無念そうな高輪をよそに、司は先程かかって来た鷹風ナオトの電話を思い返した。


(都合の良い日を後でタブレットのコンタクトツールから教えてくれ…か。

 なかなか面白いアプローチを仕掛けて来る青年だな。

 であれば、こちらも何か手土産が欲しいな。

 さて……何があるか)


 ナオトの目的は情報交換だという。

 その意図ははっきりとは掴めないが、であるなら、やはりそれなりの意味がある情報を用意しておくに越したことはない。

 何かあった時、交渉材料にも使えるからだ。

 司は、議論を進める三人をよそに、何か特別な情報に繋がりそうなものはないかを頭の中で検索した。


「――あの、課長? 聞いてますか?」


「ん? ああ」


「なんだか心ここにあらずって感じでしたが」


「すまないな、ちょっと別方面の事を考えていた。

 ところで、君達にちょっと頼みたい事があるんだが」


 そう言うと、司はジャケットのポケットから一つのUSBメモリを取り出した。

 かなり古い形のもので、近年のものに比べると無駄に大きい。

 三人は、小首を傾げながらそれに見入る。


「なんですか、これ?」


「とある施設跡で徴収したものだ。

 解析しようと思い続けてずっと手が付けられなかった。

 誰か、これの内容を見てレポートを提出してもらえないか」


「わかりました、それでしたら私が」


 真っ先に反応したのは、高輪だった。

 あ~、と残念がる二人をよそに、高輪は司の横顔に見入り、何処か得意げだ。


「では頼む。

 これと、今は持ってないがもう一つファイリングされた資料がある。

 これを後々渡すので、合わせて確認して欲しい」


「承知いたしました!」


 初めての仕事を貰えて意気揚々をとする高輪と、残念そうな青葉台と金沢。

 咳払いを一つすると、司は二人にも指示を出すことにした。


「金沢さんは、科捜研との繋ぎをお願いする。

 例の襲撃事件で、栃木県警の科捜研が何かを掴んでいるかもしれない。

 例のワイバーンの襲撃に関する件を中心に、拾える情報があったらなんでも集めて欲しい」


「ワイバーン……って、なんですか?」


「あの翼竜のことだよ」


「ああ! わかりました」


「あの司警部、私は何を?」


 申し訳なさそうな態度で、青葉台が尋ねる。

 待ってましたとばかりに、司はニヤリと微笑んだ。


「青葉台さんには、島浦の持ち寄った事件の情報を再調査して欲しい」


「再調査、ですか?」


「といっても、別に現場検証とかそういうことじゃない。

 XENO殺害事件だが、恐らくこの一件だけとは思えない気がするんだ。

 そこで、似たような事件や証言情報がもし見つかるようなら、それを集めて欲しい。

 無論、その判断は君に全面的に任せる」


「わわわ、わかりました! 精一杯頑張ります!」


「三人とも、期限は明日から三日間としておく。

 その時点で分かったことだけを、報告して欲しい。

 無理する必要はない、あくまで三日後の時点まででわかった範囲でいいからな」


「「「 分かりました! 」」」


 パァッと表情が明るくなった三人に笑顔を向けると、司は席を立ち解散を促す。

 その様子を見た翠が、すかさずレジに移動する。


「お会計~」


「ここ、カード使える?」


「ごめんなさいねぇ、現金だけなのよ~」


「だと思った」


 司は財布の中を見て、一瞬眉をしかめると、渋々といった態度で万札を取り出した。


「あら! ごめんなさいねぇ、千円札切らしてたわ」


「おいおい」


「三枚足りないわね~、ツケにしといてもらってもいい?」


「普通、ツケって客が店にするものじゃないか?」


「いいじゃない、いいじゃない。細かいことはさぁ。

 今度、コーヒー一杯ゴチするから」


「まぁいいけど」


「課長、でしたらここは私が!」


 身を乗り出す高輪を手で軽く制すると、司はツケ? の方向でさっさと話をまとめてしまった。





“四日後、午後二時頃であれば時間が作れそうだ。

 場所は、北新宿AXIAという喫茶店。

 検討を頼みたい”


 タブレットに表示されたチャットツールにメッセージを書き込むと、司は息を吐いてスリープにする。

 

(さて、と……これで後は連絡を待つだけか。

 果たして何が出て来るやら)


 三人と別れ、自分の車の中でメッセージを書き込んだ司は、さて自分は何をするべきかを考えることにした。


(一番重要なのは、桐沢が遺した情報の精査だな。

 奴の情報は、いずれもちゃんと根拠のある重要なものばかりだった。

 しかしてアイツは、まだ何かを隠していた。

 そこを突き詰める必要があるな)


 司の脳裏に、ふと、ワイバーンの襲撃を受けた金尾邸が浮かぶ。


 吉祥寺研究所の分室的な扱いと考えられる、金尾邸。

 昭和の時代から残る民家の廃墟地下に拡がる設備は、まだ詳しく解明されていない。

 以前聞いた情報によると、ワイバーンの襲撃を受けた後の金尾邸は隔離され、半径二キロ内が立ち入り禁止にされている。

 だが化け物の襲来を恐れてか、再調査は行われていないらしい。


(桐沢は、あそこにまだ何かを隠しているに違いない。

 匂坂も、千葉真莉亜ちば まりあがそこで働いていたと言っていた。

 しかし、彼女の名前のある資料は吉祥寺研究所の方で発見されている。

 ――どういうことだろうな)


 何かが、強烈に引っ掛かる。

 司は、スマホに保存された“千葉真莉亜の写真”を開き、見入った。


(どう見ても、あの千葉愛美に瓜二つだ。

 他人の空似とはいえ、ここまでそっくりなことってあるのだろうか?)


 司には、千葉真莉亜と愛美には、きっと深い因果関係がある気がしてならなかった。

 またその断片も、吉祥寺研究所跡に現れた井村大玄の発言からくみ取れる。


(とりあえず、俺は――千葉真莉亜を追ってみることにするか)


 考えをまとめると、司はギアを入れ、ステアリングを握った。





 迷宮園ラビリンスに帰り着いたナオト達三人は、少し疲れた表情で広間のテーブルに着く。

 何処から取り出したのかタブレットを展開すると、ナオトは眉間に皺を寄せた。


「四日後の午後か」


「どうした?」

「何かありましたか?」


「ミーテイングの時間だ。

 ゲストから連絡が入っている」


「あの、メグさんも同席するという件ですか?」


 愛美は、心配そうな表情で呟く。

 ヘルソニック使用後、愛美と霞を除く四人は未だに体調が回復しておらず、特に未来とありさは病院に逆戻りだ。

 恵も体調を崩している状態での出動だった事もあり、その頃までに問題なく回復するだろうか、という懸念が愛美にはあった。


「相模恵の体調を確認次第、だな」


「そうして差し上げてください。

 皆さん、今はとても疲れていますので」


「愛美もそうじゃないのか?」


 横から霞が尋ねる。

 確かに疲労感はあるが……それどころじゃないという気持ちに突き動かされて、忘れていた気がする。

 

 それどころじゃない。

 それ、とは?


 愛美は、ふとある事に気付いた。


「そういえば、お二人っていつもここで生活されているんですよね?」


「そうだ」

「そうだけど」


「色々気になることがありますので、宜しければお二人の寝室とか、お風呂場とか確認させて戴いても宜しいですか?」


 愛美の申し出に、ナオトと霞の顔色が変わる。


「い、いや! そこまでしなくてもいい」


「そそそ、そうだよ! そっちは自分達でやるから」


 ナオトと霞は、初めて見る異様なキョドり方をする。

 愛美の目が、キラーンと輝いた。


「あやしい」


「ギク」


「厨房を初めて見た時から、気になっていたんですよ。

 お二人とも、結構……いえ、それ以上は言いませんが」


「ほっ」


「わかりました! それでは私が、居住空間や共有スペースについてお掃除させて戴きます!」


「な」


「そ、そんな! だ、大丈夫だって!」


「その態度、絶対アヤシイですね~。

 大丈夫、本職ですのでお任せください!

 では早速、まずはお二人の寝室など」


「あっ、そっち行っちゃダメ!」


「待て愛美! 俺の部屋は! あーっ」


 何故か異常な程戸惑い慌てる二人の態度にほくそ笑みながら、愛美は駆け足で二階の居住スペースに移動する。

 彼女の背には、何故かピンク色のオーラが立ち上っているように思えた。




 数分後、寝室を暴かれたナオトと霞は、愛美からこっぴどく説教を受けることになった。














「ん、電話だって?」


『はい、猪原いのはら様からです』


「え? いの……なんで?」


 “猪原”とは、以前とある件で関わった一般人の夫婦だ。

 彼らは娘のかなたを神隠しで失っており、十年間も逢えずにいたのだが、凱達のおかげで再会を果たすことが出来たのだ。

 しかし、かなたは並行世界に飛ばされており、パワージグラットを用いなければ逢えないという特殊な状況下にあった。


 異世界のものを現実世界に引き戻す事は出来ない。

 その為、二人はかなたと再び別れる羽目になったのだ。


 凱はその際、架空の会社の連絡先を伝えていたのだが、久方ぶりに連絡が入ったのだ。

 だが、何故?


 ナイトシェイドの連絡を受け、凱は電話の回線を繋げるよう指示した。


「もしもし、お久しぶりです。北条ですが」


『もしもし! ほ、北条さんですか! ご無沙汰しております猪原です!!』


 電話に出たのは、妻の方だ。

 何故か声が上ずり、興奮しているような雰囲気だ。

 少々異様な気配を感じつつも、凱はあの時のように冷静な態度を維持して返答する。


「猪原さん、どうかされましたか?」


『そ、それが……それが! ああ、なんということでしょう』


「落ち着いてください、いったい何があったのですか?」


 もしやXENOの被害に?! と、嫌な予感が胸中をよぎる。

 しかし猪原妻の次の言葉は、凱の予想を大きく覆すとんでもないものだった。




『かなたが……かなたが、帰ってきたんです!

 今、私の目の前に居るのです!!』


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