【安息】


『かなたが……かなたが、帰ってきたんです!

 今、私の目の前に居るのです!!』


「え、かなたちゃんが?!」


『はい! 本当なんです!

 これは北条さんにも是非お伝えするべきだと思いまして』


「そ、それは光栄です、ありがとうございます。

 それにしても、いったいどうやってこの世界に?」


『ええ、それが……』


 猪原夫人は、少し早口で事の経緯を説明する。

 それによると、元々“異世界を移動出来る能力者”がおり、その者がかなたと出会った事で彼女を連れて来たとの概要だった。


(異世界移動の能力者? 胡散臭いにも程があるが。

 しかし、かなたちゃんがこの世界に戻って来たとなると……色々とまずいことになるな)


 電話をしながら、凱は無意識に眉間に皺を寄せた。


「あの、猪原さん。

 大変恐縮なのですが」


『はい、どうされました?』


「もし可能であれば、そのかなたちゃんを保護されたという方とお話させて頂く機会を頂きたいのですが、可能でしょうか」 


 




 美神戦隊アンナセイヴァー


 第101話【安息】

 




 

 ここは、総合病院。

 入院中のところを無理矢理脱出し、その上以前よりも深刻な体調不良状態で帰還した未来とありさは、以前よりも脱出が困難な病室に、半ば強制的に移動させられた。


「ふわぁ~~~~~~ぃ」


「随分長いあくびね」


「だってさぁ、暇なんだもん。やることなくってさぁ」


「だったら少しでも休んでおきなさい」


「もう散々寝たしぃ。

 あ~、誰か来ないかなあ」


「愛美も舞衣もメグも体調不良らしいし、当面は誰も来ないでしょ」


 退屈そうな表情で背伸びするありさに微笑みながら、未来も、読み飽きた雑誌をサイドテーブルに移した。


「あうう、寂しいよぉ!

 ねえ未来、なんか怖い話してよ」


「なんで私が怪談なんかしなきゃならないのよ!」


「だってあんた、そういうの好きじゃない。

 いいじゃん、なんか一本オナシャス!」


 ありさの無茶ぶりに困惑しながらも、未来は少し思考を巡らせる。


「病院の病室で怪談ってのも、悪趣味な気がするわね。

 ――じゃあ、これ前にネットで拾った話なんだけど」


「おっ? 本当に話してくれるん?

 うひょっ」


「ある人が学生時代に上京して、アパートで一人暮らしを始めたんだけど」


「ふむふむ?」


「引っ越してまもなく友達が何人か、泊りがけで遊びに来たのよ」


「ほぉ」


「その日の夜遅く、友達の一人がキッチンの方を見て声を上げて驚いたの」


「なんで?」


「その友達が言うには、キッチンに知らない男が立っていてこちらを睨んでいたって」


「ひえ! 怖っ!

 そ、それって、他の人も見たの?」


「他の人は見えなかったみたいね。

 それで皆は、その友達がネタで驚かせたんだと思って怒ったみたいなのね」


「あ~、まぁそうなるのもわかるなあ。

 ……で、もしかしてそれで終わり?」


「まさか。

 んでそれから何年か経って、その友達とも疎遠になっちゃったらしいんだけど。

 それから数年後に、今度は妹が泊まりに来たんだって」


「え、まさかまたそこで出たとか?」


「ううん、その時は何事もなく解散したらしいの。

 でもね、それからまた何年か経って、とうとうそのアパートを引っ越すことになったんだって」


「ほむほむ」


「それで家族に引っ越しの連絡をしたんだけど、妹がこう言ったそうよ」


「え、何?」




「“お兄ちゃん、そういえばあのアパートのキッチンにいた男って、どうなった?”」




「――へ?!」


「ちなみに妹さんと、その友達は関りとか全然なくて、むしろ友達は家族に嫌われてたらしいのね」


「てことは、口裏を合わせたわけじゃなくて……」


「そのアパート、今もまだ当時のまま残っているそうよ」


「ひえぇ! こ、怖ぁっ!!

 なんかじわじわ来るなぁ、その話」


「そうよ、ちなみにこの話、筆者の実体験らしいわよ」


「筆者?」


「今すぐ忘れてありさ」


「あい」



 怪談で盛り上がっている最中、突然、病室のドアがコンコンとノックされた。


「ひぃ! ここにもあの男がぁ?!」


「そんな訳ないでしょ、やめてよありさ。

 ――はぁい」


 少々顔を青ざめさせながら、未来が返答する。

 開いたドアから顔を覗かせたのは、想像もしてなかった人物だった。


「こんちは」


「って、えっ?! か、霞?」

「霞?」


 入室して来たのは、白いブラウスにデニムのスカートを合わせた仏頂面な少女だった。

 同行者はいないらしく、手に何やら大きな紙袋を持っている。


「お見舞いに来た」


「あ、ありがとう……でも、どうしてあなた一人で?」


「ちょっと用事で地下迷宮ダンジョンに寄ったら、ティノに頼まれた」


「あ、そうなん……。

 で、いつもの相方は?」


「用事があるって来れなかった」


「愛美は?」


「愛美は、私達の部屋の掃除でブチ切れてたから、怖い」


「愛美が怖い?」


「何があったのよいったい」


 話を聞くと、どうやらナオトと霞の自室があまりに散らかっていた為、愛美が大掃除をしたようだが、その際相当叱られたようだ。

 未来は「さては逃げて来たな」と勘ぐりを入れる。


「あ~、そういえばあたしも、前に部屋散らかしてブチ切れかけられたことあったわ。

 あの子、散らかってる部屋見ると暴走するもんなあ」


「何にしても、良く来てくれたわ。嬉しい」


「あの、これ、着替えとタオルとか、あと必要そうなもの」


「え、霞が準備してくれたの?」


「いや、ティノ」


「これまた意外」


「あと、アッキーからこれも渡しておいてくれって。

 きっと喜ぶからって」


「え、何?」


 霞が渡したのは“現実だった都市伝説!ネットの怖い話傑作百選!!”というタイトルの本だった。

 恐ろしい顔をした女性の幽霊が描かれた表紙を見て、未来は今まで見たこともないようなえげつない表情を浮かべる。


「ひぃっ!」


「ホラーマニアだからきっと喜ぶって言ってた」


「だだだ、だからって! こここ、こんな怖い表紙の本を!?」


「あ~正解正解! なんだかんだで読むから。

 あんがとな、霞!」


 ありさの言葉に、霞の頬が赤くなる。

 しばらくもじもじすると、


「あ、あの、私もう帰る」


「え~? せっかく来たんだしもう少し居ろよぉ」


「そうよ、あなたとじっくり話す機会もないし」


「う」


「せめてお茶くらい淹れるわね。座ってて」


「あ、あの、お構いなく」


「ま~ま~、うちらも退屈してたんよ。

 もう少しだけ付き合ってやってよ~」


「あうあう」


 未来とありさに捕まった霞は、なんだかんだで面会時間一杯お喋りに付き合わされる羽目になった。




 


「ありがとうね、霞。

 そんなに長く入院はしてないと思うけど、良かったらまた来てね」


「おお! そん時はもっとお菓子とか用意しとくかんな!」


「お、お菓子……うん、また来る」


「霞、顔真っ赤やで!」


「う、うるさい! これは暖房のせいで」


「冷房ついてるけど」


「も、もう! 前にも言っただろ!

 私は、お前達と慣れ合うつもりはないと!」


「でも、結局慣れ合ってるやーん」


「ううっ」


「ありさ、茶化さないの!

 ごめんね、霞。

 でも、あなたが優しくて人のことを思いやる人だってことが、よくわかったわ」


「え? は、はわわ」


 霞の顔が、真っ赤を通り越して溶鉱炉のように白熱化する。


「今日は本当に、来てくれてありがとう。

 これからもよろしくね」


「は、はい」


 未来が手を差し出す。

 それに右手を出そうとして、またもハッとする。


「か、帰る!」


 それだけ言うと、霞はまるで逃げるように踵を返し遠ざかって行った。

 入口で見守る二人は、そんな彼女の後ろ姿を見てほくそ笑んだ。


「よくわかんねぇけど、意外に可愛げのある奴だな」


「そうね、でも……何か気にならない?」


「気になる? 何が?」


「なんとなく。具体的に何かあるって訳じゃないんだけど」


「ふぅん、そんなもんかねえ?

 あたしは、弄り甲斐のありそうな娘だなーってくらいで」


「程ほどにしてあげてね、ありさ。

 あなたが本気で弄ったら、あの娘泣いちゃうわよきっと」


「はいはい、胸の事とか言いはしませんから~」


「どうしてそこで突然胸の話が出てくんのよ!」


「ん~? ぶぇっつにぃ~?」


「何よそのア〇タみたいな三日月目は!!」


「まさかあんたからその名前が出るとは思わなかった」


「ちょっと、こっち来なさい!」


「ぎゃああ! み、耳引っ張んなぁ!!」


 その後、病室で異常な程のドタバタ音を立てた二人は、慌てて駆け付けた看護師達に取り押さえられ、こっぴどくお説教を食らうことになった。





「ふぅ! 久々に掃除のし甲斐があるお部屋でした!」


 額の汗を拭いながら、愛美は満面の笑みを浮かべている。

 昔馴染みのメイド服をまとい、全力で掃除と片づけにいそしんだ結果、ナオトと霞の散らかりまくった部屋は、まるで引っ越ししたてのような綺麗さになった。


 と同時に、凄まじい量とボリュームのゴミ袋も。


 ナオトと二人でゴミ袋を運搬し終えた愛美は、キッ! と鋭い眼差しを向けて来た。


「ナオトさん、いったいどんな生活したらあんなに散らかるのか、はもう問いませんが」


「さっき、散々問い詰められたからな」


「霞さんもですが、せめてゴミは溜め込まないで出すようにしてくださいね。

 あと、読まなくなった週刊誌なども積みっ放しにしないで、紐で括って出してください」


「わ、わかった」


 珍しくうんざりした表情を浮かべるナオトは、妙に素直に愛美の言葉に頷く。

 

「あと、ベッドの下の」


「待て、それは!」


「そういうところにも本を置かないようにしましょうね。

 埃が付着して大変なことになりますよ」


「は、はい……」


「あと、見たところコンビニの食べ物の容器や袋が沢山あるようですけど」


「うぐっ」


「お好きなのは結構ですけど、そればっかりではお身体が持ちませんよ」


「そ、それはだな。

 俺も霞も料理と掃除が苦手で……」


 その言葉に、愛美は腕組をしながら目を閉じ、ウンウン頷く。


「わかりました。

 ではこれからは、私がお二人のお食事を賄わせて頂きますね!」


「そう来ると思った」


「後で、お二人の好き嫌いやアレルギーの事とか詳しく聞かせてくださいね」


「俺も霞も、食物アレルギーや好き嫌いはない」


「そうですか、それは素晴らしいです!」


「昔、ある人に散々食育されたんでな」


「そうなんですか! でも、それはとてもいい事ですよ。

 では、今日のお夕飯は腕を振るいますから、楽しみにしていてくださいね」


「お、おう」


「それでは、早速お買い物に」


「待て、愛美」


 調子付く愛美に、ナオトは声を上げる。


「なんでしょう?」


「ヘルソニックの影響で、お前もかなり疲弊している筈だろう?

 俺達のことはもういいから、お前も身体を休めて」


「大丈夫ですよ!」


 そう言い切り、愛美はエヘンと胸を張る。


「メイドのお仕事が本格的に出来るようになって、疲労なんて全部吹き飛びました!」


「仕事することで疲労が回復するなんて、普通ないぞ」


「気力の問題です!」


 ベフーンと鼻息を吹き、愛美は何故かVサインをかざす。

 先程までのような半死半生状態はどこへやら、今ははたから見ても奇異なレベルで気力が充実している。

 ナオトは呆れた溜息を吐くと、微かに笑いながら呟いた。


「相変わらずだな」


「え?」


「なんでもない」


「じゃあ、申し訳ないがお願いする。

 それと、実はもう一つ頼みたい事がある」


「なんでしょう?」


「こっちへ来てくれ」


 ナオトは、自室のある方向へ愛美を案内する。


 迷宮園ラビリンスは天井の高いホール状のベースフロアを取り囲むように、二階が存在している。

 いわば、二階の中央が巨大な吹き抜けになっているようなものだが、その為反対側へ移動するためのショートカットとして空中通路が複数存在する。


 二人はナオトの部屋付近からその通路を渡り、三人の部屋とは反対側にあたるエリアへ移動する。

 そこにも、複数の同じような部屋があるようだ。


「こちらは、未使用の個室だ。

 このどちらでもいいので、一部屋だけ掃除を頼めないか」


「はい、わかりました。

 あの、生活用品などは?」


「それも最低限のものは揃っている筈だが、一緒に確認をしてくれ。

 不足なものがありそうなら、それも買わなくちゃな。

 今すぐでなくてもいいが、そうだな……一週間中くらいであれば」


「どなたか、こちらを利用されるんですか?」


「ああ、そうだ」


「承知いたしました!

 それでは、今日にでもとりかかります!」


「あ、そう」


 俄然はりきりレベルが上昇する愛美に、ナオトはひきつった笑い顔を向ける。

 その直後、爆音を上げて駆け出し消え去る愛美の姿を眺めながら、ナオトは目を閉じ天井を眺めた。


(すまん……俺ばかりがこんな調子で……)







「もう体調は大丈夫なのか?」


 ここは相模邸。

 ナイトシェイドを降りた凱は、広大なリビングで待ち構えていた舞衣と恵に話しかける。


「お兄様、もう大丈夫です」


「うん! ぐっすり寝たから元気だよー☆」


「そうか、それは良かった!」


「お兄様、今日はおうちに居てくださるって本当ですか?」


「ああ、今夜はここにいるよ」


「わーい! やったぁ!

 じゃあ、じゃあ、久しぶりに三人で一緒に寝ようよ!」


「いきなり寝る時の話かよ!」


「てへぺろ☆」


「メグちゃん、それより今夜のお食事の準備をしなくちゃ」


「あ、そーだね! ごめ~ん」


「いいよ、食事の支度は本郷さん達がしてくれると思うし。

 お前達は、念の為もう少しゆっくり休んで」


「え~やだぁ! お兄ちゃんにあまあまするぅ♪」


 そう言いながら、凱の腕にしがみつく恵。

 すかさず、舞衣が頬をぷぅっと膨らませる。


「メグちゃん! 一人占めしちゃダメですっ!」


 と、反対側の腕に抱き着く。

 二人のGカップの巨乳が腕に押し付けられ、凱は、またも色々な我慢を強いられる。


「あ、あのな二人とも!

 いったん離れて、な?」


「え~、メグずっとお兄ちゃんとくっついてたい!」


「わ、私もです。

 でも、ご迷惑だから……」


「わりぃ、ちょっと荷物置かせてくれな」


「はーい!」


「あ、運びます!」


 満面の笑みで迎える双子の姉妹を見て、凱は少しせつなそうに笑う。

 長年世話をして来たので、彼にはわかっている。

 恐らくはまだ万全の調子ではないのだろう。

 しかし、凱をはじめ他者に心配をかけないようにと、わざと元気に振舞う。

 舞衣も恵も、昔からそういう性格なのだ。


 自分を犠牲にしてでも、他者の喜びを優先する。

 それがこの姉妹の良い所であり、ともすれば欠点でもある。

 凱は、それがいつも心配で堪らなかった。


(もし、今すぐにでもアンナセイヴァーから解放してやれれば、どれだけ安心か……)


 いつも考えていることが、脳裏に去来する。

 しかし、今回はもっと大きな問題を凱は抱えている。



(さて、猪原かなた帰還の話を、この子達にするべきか否か。

 ――やはり、するべきではないよな)



 ここに来る前、凱は猪原家に出向いていた。

 そこで出会ったのは、久方ぶりに逢う猪原一家。


 そして全く見覚えのない青年と、目を見張るような美少女。


 二人はそれぞれ“神代卓也かみしろたくや”“みお”と名乗っていた。

 彼らは異世界を巡る能力を持っており、その過程で偶然知り合った坂上達の意向を組み、かなたを連れ帰ったというのだ。


(かなたは、俺のことをはっきり覚えていた。

 であるなら、以前逢った者と同一人物と考えて間違いないだろう。

 信じがたい話だが、あの二人が異世界を移動出来る能力を持っているというのも、本当なのかもしれない。

 ――だが、かなたは“アンナセイヴァー”のことを知りすぎているんだよな)



 アンナセイヴァーは今、その存在がSNSを通じて広く知られるようになっており、更に例の西新宿壊滅事件の影響でテロリストのように捉えている者達も居る状況だ。

 そんな状況下で、アンナセイヴァーの名称やメンバーの個人的特徴を詳しく知っている者が居るのは、非常にまずい。

 ともすれば、猪原一家そのものに危険が迫る可能性が高くなるのだ。


(一応伏線は張ってはおいたが、果たしてあの一家は秘密を護ってくれるだろうか。

 そこが気にかかって仕方ない)


「お兄ちゃん、どうしたの?

 早くおいでよー」


「え? あ、ごめんごめん」


「お疲れでしょう。お茶を淹れますね」


「ああ、ありがとう舞衣」


「あ、お姉ちゃんメグも手伝うー」


「はい♪」


 凱の荷物を運び終え、キッチンの方へ駆けて行く姉妹を見送り、凱は大きなソファーにどっかと座り込んだ。


 ここに久々に来た本当の目的。

 それは、二人の父・鉄蔵と逢うためだ。

 本件の報告と、今後の対策の相談をするために。


 そして――


「一週間後、かぁ」



 凱は、ぼんやり窓の外を見つめながら、ふと独り言を呟いた。


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