【帰還】


 ローパーの肉体は、もはや痕跡すら残っていない。

 半径約五百メートル程に渡り、爆撃を受けたような破壊が生じる。

 それから数秒の間を置いて、六つの光が地上に降り立った。


「こ、これが……ヘルソニック……」


「う……か、身体が……!」


「……」


「め、メグ……ちゃ……」


「これが……合体技かよ。

 無茶苦茶じゃねぇか……」


「た、立ち上がれない……」


 六人は、その場にどっかと倒れてしまった。



 そして次の瞬間、突如、空間が割れ砕けた。



 

 


 美神戦隊アンナセイヴァー


 第98話【帰還】

 





 空間がひび割れ、まるでガラスが砕けたように大きな穴が開く。

 そこから、巨大なラフテレーンクレーン車のような特殊車両が飛び込んで来た。

 更に、その後からもう一台、大型のアメリカントレーラーも。


 二台の車両が通り抜けた直後、空間の穴は、まるで何もなかったかのように消失する。


「これが異世界かぁ! うわぁ、確かにだ~れもいないっすね!」


『何呑気なこと言ってんの! とっととやるよアッキー!!』


「へいへい!

 アンナセイヴァーの位置確認! ビジョンに転送します」


『もう把握してるよ、こっちはね!』


「うっほ、さすがビジョン! 賢いねぇ」


『ありがとうございます』


 二台の車両は、アンナセイヴァー六人が落下した場所を駆け巡る。

 クレーン車はアームを伸ばし、先端に付いているマジックハンドを器用に使いこなし、まずは最初に発見したアンナブレイザーを持ち上げる。

 それを本体後部にある大きなコンテナに収納すると、次に落下したメンバーの許に急ぐ。


「ティノさん! パワージグラットの制限時間、あと約十五分です!」


『うっわ、きっついなあ!

 ねぇビジョン、間に合いそう?』


『問題ありません。最短距離を進みます』


『最短距離? って、おいおいおい!!』


 突如方向を変えたクレーン車は、なんと脇のビルを突き破り、強引に道を切り開いた。


「い、いくら人がいないからって、無茶苦茶だよぉ。

 ……ああ、ビルが崩れる! 崩れちゃうのほおぉぉぉお!!」


 クレーン車が通り抜けたビルが、音を立てて崩壊する。

 しかし、そんな事お構いなしといった感じで、二台は無理矢理“新たな道”を突き進む。


 アンナウィザード、ローグ、ミスティック、そしてパラディンと回収し終えたクレーン車は、最後にアンナチェイサーを発見、アームで掴み取る。

 それを待っていたように、トレーラーはコンテナの側面を展開した。

 中には複雑な機器が搭載されており、ウィングの内側には大きなキャリアがある。

 その脇には、今川義元いまがわあきちかが不安そうな顔付きでしゃがんでいた。


『アッキー! 落っこちるんじゃないよ!

 もう元の世界に戻れなくなっちゃうからね!』


「ひぃ! お、脅かさないで下さいよ!

 それより、早くアンナチェイサーをこっちに!」


『あいよ!』


 クレーン車のアームが器用に動いて、コンテナのウィング部分にアンナチェイサーを載せる。

 部分的に破損が見られるものの、アンナチェイサーは普通に眠っているようにしか見えない。

 今川は、彼女の頬を指で突いてみるが、やはり肌のような柔らかな感触はない。


「よっし、回収オッケーです! 撤収しましょう!」


『了解! ビジョン、帰りも頼むよ』


『承知いたしました』


「くぅ~、このイケボイスいいねえ!

 まるで速〇奨さんみたい♪」


『設定したの、あんたでしょ?』


「そですけど?」


『自画自賛乙』


 再び大きな道路に出たクレーン車は、何もない空間を再び割り砕き、トレーラーと共に穴を通り抜ける。

 しばらく後、その穴もまた塞がってしまった。






「アンナセイヴァー六名の回収、無事完了しました。

 ビジョン及びハウント、現実世界に帰還成功です」


 オペレーターの報告を聞き、勇次は腕組をしながら無言で頷く。

 その後ろでは、凱が不安げな表情でコーヒーを啜っていた。


「どうやら、初出動は成功みてぇだな」


 凱の呟きに、勇次は何故か苦い顔つきになる。


「確かに、大成功だ。

 特に、ぶっつけ本番にも拘らず並行世界デュプリケイトエリアへの強行突入を成功させたビジョンは素晴らしい」


「でも、なんでティノと今川が?」


「自分が手がけたメカの調子を、どうしても直接見たいんだそうだ。

 今川は巻き添えだな」


「つくづく仲良いよなあいつらは。

 結婚しちまえばいいのに」


 凱の冗談に、勇次はつい笑いそうになって咳ばらいで誤魔化す。


「それにしても、よくまぁあんなとんでもないもんを開発したもんだぜ」


「あの時の教訓を活かしたまでだ」


 勇次が言う“教訓”とは、以前「猪原いのはらかなた」という少女と出会った件を指す。


 パワージグラットにより移動する並行世界は一つではなく、実際には無数の世界を股にかけている状態だということが、かの件で判明した。

 その事から、万が一並行世界内でアンナセイヴァーが想定外のトラブルを起こし、現実世界に戻れなくなった場合の対策として検討・開発されたのが、ラフテレーンクレーン型のサポートビークル「ビジョン」だ。


「シェイドIIIとアンナパラディンからの情報を基に、パワージグラットの施工位置と範囲を特定、そこにフォトンパーティクルを充填させた“ジグラットハンマー”を装着したビジョンが空間を――」

「わかった、専門的な解説はもういい」


 いつものように暴走解説に走ろうとする勇次を無理矢理止めると、凱は「さて……」と間を置いて語り出す。


「正直、今回いったい何が起きたのか、事態が全く理解出来ないんだが。

 むしろそっちについて教えてもらえないか? 勇次」


 凱の質問は、この状況下に於いて的を射たものだ。

 非常にややこしいことになっている現状を整理したいのは、勇次も同じだった。



 本来、アンナローグとチェイサーしか出動出来ない状況下であったにも関わらず。

 アンナソニックの突然の出現により、入院中の未来とありさ、極度の疲労でドクターストップのかかった恵を含めた全メンバーが勝手に出撃。

 更に、このタイミングで発生したANNA-SYSTEMのアップデート。


 そして、合体技“ヘルソニック”の使用――



 これにより、最愛の妹二人を更なる窮地に立たせる形となった凱の気持ちは、さすがの勇次にも推し量れる。

 態度や言葉こそ冷静だが、その実、心中は穏やかではないだろう。


「順番に考えよう、凱。

 まず、アンナソニックのことだ」


「ああ、今回ので倒せたからいいようなものの」


「いや、優香は恐らくまだ健在だ」


「何だと?!」


 コーヒーカップがひっくり返りそうな勢いで、凱が立ち上がる。

 

「それはいったいどういうことなんだ?!

 あいつは、ヘルソニックで」


「それなんだが、アンナパラディンのAIが自動転送した映像を確認する限りでは、技が決まるほんの一瞬手前で姿が消えている」


 勇次はそう言いながら、液晶モニタに表示された動画を見せる。

 スローモーションで観ると、確かにXENOが爆砕するほんの一瞬手前で、優香のシルエットが突然見えなくなる。

 凱は、ドン! とテーブルを叩いた。


「くそっ! ってことは、またあの子達が駆り出されることになるってことかよ!」


 まふだ具体的な状況はわからないが、アンナユニットは全員行動不能の状態に陥っているようだ。

 健常な愛美や舞衣ですらその状態なのに、体調不良の恵や未来、ありさはどうなってしまうのか。

 凱が不安がるのも、無理はない。


「それに“ヘルソニック”って。

 ありゃあ確か、アンナソニックがまだ試作機だった頃に付加される予定だった構想上の兵器だろ?

 それをなんで、あの六人が使えるようになってんだ?!」


「それについては全くの謎だ。

 試作機段階でのアンナソニックは、お前も知っての通り、搭乗者パイロットの優香が事故を起こした為に開発が頓挫したっきりだ。

 そもそも、あの技術は我々ではなく駒沢京子の手によるものだしな」


「そういやそうだったな。

 確か、地上で音速の射出物をぶっ放して衝撃波を叩きつけるってやべぇ兵器だっけな」


「そうだ。

 俺やお前、ティノも猛反対したな。

 あの時点ではパワージグラットなど影も形もなかったし、駒沢は明らかに現実世界の街中で使用する前提だった」


「XENOを駆逐出来るなら、多少の犠牲は仕方ないとか酷ぇ事言ってたからなあ」



 駒沢京子。

 今ではXENOVIA陣営に居る彼女だが、十年前までは“SAVE.”に所属し共にアンナユニット開発に尽力していた人物。

 現在のアンナユニットの基礎構造を考案し、いわばアンナセイヴァーの生みの親とも云える存在だが、行き過ぎた思想と過剰な完璧主義のせいで仲間の共感を得られず、加えて試作機ANX-01Sの稼働実験中に事故を起こし、実の妹である駒沢優香を廃人同様にしてしまった。

 それがきっかけとなり、京子は“SAVE.”を追われるように脱退。


 そんな彼女がANX-01S「アンナソニック」に搭載しようと考えていたのが、先日西新宿に大規模な破壊をもたらした広範囲音響兵器「ソニックキャノン」と「ヘルソニック」だった。



「駒沢が構想段階だった兵器を実用段階まで完成させ、アンナソニック自身に使用させるのは、まだ理解が及ぶ。

 しかし……我々が採用しなかったにも拘らず、何故それがアンナセイヴァーの合体技として組み込まれているのか」


「よくわからなかったんだが、あの合体技はいったい何なんだ?

 それに、どうしてアンナセイヴァーは動けなくなった?」


 凱の尤もな疑問に、勇次は少し唸りながら答える。


「恐らくだが……あのヘルソニックは、陣形を組んだ状態で各ユニットが急速的に音速飛行を行い交差。

 その中間地点に居る者に六体分のソニックブームを一度に叩きつける技のようだな」


「あの巨大なXENOが一瞬でズダズダになったのは、それが理由か!」


 物体が音速で移動する際、その前方にある空気が急激に圧縮され密度が高まり、大きな力を持つ「波紋」となる。

 それは飛行物体よりも後に拡がって行き、強いエネルギーを放出する。

 これが衝撃波であり、「ヘルソニック」はそれを一度に六つ、同じ箇所に集中させるという精密かつ強力な合体技なのだ。


「あの六人が動けなくなったのは、もしかしてそんな強烈な衝撃を撃ち出した反動か?」


「いや、音速飛行時は反重力フィールドを形成するので、アンナユニットに直接ダメージが及ぶことは基本的にない。

 むしろあのような大技を突然使用したことで、本体がリソース不足を起こした可能性の方が高いだろう」


「つまり、手っ取り早く言えば“無茶しやがって”ってことか?」

 

「語弊があるが、おおむねそんな解釈でいいだろうな」


「だとしたら、高頻度には使えないじゃねぇか!

 全員動けなくなるなんて、今後どんな事故が起きるかって話だぜ」


「分かっている。

 だからこそ、今回ビジョンが間に合って正解だったのだ」


「ぐぬ……」


「どのみち、毎回XENOとの戦闘を行う度に、あの大技に頼る必要が生じるとなったらまずい。

 別な対策を練る必要も生じるだろう」


「んで……そんな物騒な技を、いったい誰が組み込んだって話だが」


 凱が上目遣いでぼそりと呟く。

 その真意に気付くと、勇次は慌てて首を振った。


「断じて私ではないぞ!

 それに、彼女達を心配しているティノや今川でもない」


「じゃあ……」


「アップデートプログラムを開発した、張本人の仕業と解釈するのが妥当か」


「くそ、また仙川かよ!」


 ANNA-SYSTEMの開発者にして、“SAVE.”の前身を設立したとされる勇次の恩師・仙川鐸朗せんがわたくろう

 未来を予言する力を持っていると言われ、XENO事件発生の何十年も前から研究を進めて来た人物。

 そんな彼が手がけたであろうシステムのアップデートプログラムは、勇次達“SAVE.”の理解を超越したものばかり。

 仙川が物故して既に数年が経過しているにも関わらず、彼が遺した謎はいまだに勇次達を困惑させ、同時にアンナセイヴァーに強力な能力を与え続けている。


「そのアップデートについてだが。

 今回ので二度目……何がきっかけで発生したのか、そもそも何処からプログラムが供給されているのかも、現状分かっていない」


「ヘルソニックは、その謎アップデートの産物ってことか?」


「その可能性が高いな。

 それにしても、試験運用もなしにいきなりぶっつけ本番とは」


「流れを見る限り、アンナチェイサーつうか宇田川霞は何か知っているっぽいな」


 凱は、何かを思い返すような仕草をしながら呟く。

 

「そうだ。

 宇田川霞は、明らかにヘルソニックのことを知っている上で、皆に使用を促している。

 それどころか、アップデートがこれから起こるという事も察知しているようにしか思えんな」


 アンナウィザードに対するアップデートの確認、アンナローグへのヘルソニック使用指示。

 アンナチェイサーが、勇次達の知らない何かを知っていることはもはや明白だった。


「これは、鷹風達を追及する必要があるな。

 あいつら、いったい何を隠してやがるんだ」


「凱よ。

 すまんがその辺のことは頼めるか?」


「ああ、OKだ。

 俺もあいつらに聞きたいことが山ほどあるからな」


 バン、と音を立て、凱は右拳を自分の左手に叩きつける。

 

「もう一つ注目すべきは、これだ」


 続けて再生するのは、アンナミスティック視点の動画だ。

 アンナローグが全身銀色に変化し、見たこともない剣型の武器を取り出している。


「これ、なんだ?

 こんな転送兵器開発してたのか?」


「いいや、こんなものは制作していない」


「え?」


「そもそもこれは、転送兵器ですらないかもしれない」


 転送兵器とはアンナセイヴァーが使用する手持ち武器のことで、実装直後は持っていなくても、必要時に特定のパーツと交換転送することで装着・使用出来るものだ。

 その為、兵器そのものは普段は地下迷宮ダンジョン内にあり、管理されている。

 逆に言えば、地下迷宮ダンジョンになければそれは転送兵器ではないのだ。


「じゃあ何なんだよ?

 まさか、アップデートで新しい武器まで生み出したってことか? アンナローグが」


「もしかしたら、本当にそうかもしれん」


「そんな馬鹿げた話が」


「“ボルテック・チャージ”」


「は?」


「アンナローグが唱えた言葉だ。

 これを唱えた瞬間、アンナローグに変化が生じている」


「……」


「何故千葉愛美がそれを使いこなしているのかは謎だが。

 もしかして、以前どこかで何かあったのではないか?」


「ありうるとしたら、吉祥寺研究所で、か?」


「これも彼女に直接尋ねるしかないな。

 それにもう一つ。

 アンナチェイサーも、同じキーワードを唱えている」


「そうなのか?

 じゃあ、アンナローグ専用というわけじゃないのか」


「そう判断するのが妥当かもしれん。

 実際アンナチェイサーは、これを唱えた瞬間に映像上から姿を消している」


「うん? どういうことだ?」


「アンナソニックとの戦闘場面で、奴が急に何もないところで爆発している部分がある」


 そう言いながら、問題の画面を再生する。

 確かに、アンナソニックの胸部が突然爆発し、更に何もされていないのに攻撃を受けているかのような不自然な動きを取っている。

 しかもその直後、突然空間に湧いて出た無数のミサイルに囲まれ、連続で爆撃を食らっているようだ。


「こりゃ何が起きてるんだ?」


「わからんが、このミサイルはアンナチェイサーから発射される転送兵器のようだ。

 ということは、これはチェイサーによる攻撃なのだろう」


「遠隔攻撃か?」


「いやわからん。

 個人的には、凄まじいレベルのステルス機能を開放して、カメラに写らないようになっているんじゃないかと睨んでいる」


「なんだそれ……」


「アンナユニットは、搭乗者パイロットの肉眼で直視しているわけではない。

 構造上は、頭部のメインカメラからの情報をコクピットのモニタで映している状態だ」


「あの姿でも、それは相変わらずなのか?」


「それはわからんが。

 ただそうだとすると、仮に映像情報を何かしらの理由で遮断することで、アンナユニットや衛星の視野から外れることは可能だ。

 理論上は、だがな」


 勇次は、額の汗を拭いながら説明する。

 凱は、再度マウスを操作し、アンナソニックが爆撃を受けるシーンを再生した。


「それが、アンナチェイサーのボルテックチャージってことか。

 個体によって、追加される性能が違うのか?」


「もし、ボルテックチャージというものが未知の性能を引き出す能力であるとするなら。

 その可能性は大きいな」


「じゃあ、ウィザードやミスティック、パラディンやブレイザーも」


「恐らくは」


「……おいおいおい、本体を制作した連中が知らない機能がどんどん追加されてくって。

 アンナセイヴァーは、この先いったいどうなっちまうんだ?」


「申し訳ない言い方になるが、我々にもわからん。

 もしかしたらアンナセイヴァーは、人知を超越した存在なのかもしれん」


「なんだそりゃ、制作者がそんな事言うなんて、意味わからんな」


「それについては、返す言葉がない」


 凱の肩をポンと叩き、勇次は遥か遠くを見つめるような眼差しで囁く。


「だがな、凱。

 この先、これまで以上にアンナセイヴァーと“SAVE.”の繋がりを強固にせねばならん。

 何か変化があっても、すぐに気付いて対処出来るようにな。

 そうしなければ、我々がアンナセイヴァーの進化に付いて行けなくなってしまうからだ。

 その際は、お前にも協力してもらうことになる」


「ああ、わかってるぜ。

 あの子らの為なら、どんなことでもやってやるさ」


「そうだな。

 我々に出来ることは、彼女達のバックアップだけだからな」


「……」


 勇次の言葉には、何処か寂しげなものが含まれている。

 それに気付いた凱は、何か言いかけて、止めた。



 ティノと今川から、アンナセイヴァーの状態に関する詳細資料が届いたのは、その直後だった。

 ハウントに搭載されている、地下迷宮ダンジョンと同規模の情報統合システムとスーパーコンピューター、そして移動式ドックが連携し、移動中にメンテナンスチェックを行ったようだ。


 その結果、六人ともにメインドックでの修理を必要とする破損が多々見られるものの、機能自体に致命的な問題は生じていなかった。

 搭乗者の状態も、推測的にではあるが問題はなさそうだという判断が下り、勇次と凱は安堵の息を漏らした。




『すみませーん、お話終わりましたぁ?』


 その時、突然何処からともなく呼びかける声が聴こえて来た。

 出所は、勇次の端末に接続されたスピーカー。


「その声は、ナイトクローラーか?」


『そうですよぉ、なかなか話が終わらないから、じーっと待ってたんですからね!』


「ご、ごめん!」


 古臭いデザインのスピーカーに向かって、つい頭を下げてしまう。

 その仕草をたまたま見かけたオペレーター達が、声を殺して笑っている。


「それで、要件はなんだ、ナイトクローラー」


『あ、はいはい。

 あのー、もうすぐアンナローグさんとアンナチェイサーさんとか帰ってくると思うんですけどぉ』


 とても車に搭載されたAIが喋ってるとは思えないようなコミカルな口調に、凱は妙な感覚に捉われ始める。

 改めて、今川はいったいどんな教育を施したのか不思議でならない。


「ああ、それで?」


『それでですねー、あの二人って今、別な部署に配属なんですよね?

 ここじゃないんですよね? 帰還先って』


「そうだg――あっ」


 凱は、思わず口元に手を当てた。

 それにやや遅れて、勇次も息を呑む。


『あの二人、どうやって返すんですかぁ?

 ボク、行先わかんないですよ?』


「あ~そうか!

 アンナチェイサーのドックは、ここにはないのか!」


「それについては、ハウントのコンテナにあるドックである程度フォローは出来るが……」


『どうせお二人を送るのはボクの仕事になるでしょ?

 早いとこ、その辺決めてくださいねー。

 じゃあ、ナイトクローラーがお送りしました。

 また来週お会いしましょう!』


「来週ってなんだよ! ラジオ放送かよ!」


『暇な時聞いてるんですよ』


「お前、本当に車か?」


 意味不明な会話が混じりはしたものの、ナイトクローラーの指摘は尤もな話だった。

 凱も勇次も、鷹風ナオトと宇田川霞の本拠地の所在は知らない。

 というより、彼ら特捜班の詳細は、何故か殆ど伝えられていないのだ。


「取り急ぎ、こちらに戻り次第各アンナユニットの実装を解除。

 搭乗者パイロットを降ろした後に、宇田川霞に案内をさせるしかあるまい」


「そうだな、それしかないか。

 今はビジョンとハウントの帰還を待つしかないか」


 凱がそこまで言った時、またもオペレーターから連絡が入った。


「蛭田リーダー、外部通信です」


「誰からだ?」


「特捜班・鷹風ナオトさんからです」


「繋いでくれ」


 絶妙のタイミングで、今一番話をしたかった人物から通信が入る。

 チャンネルが繋がり、スピーカーから久々に聞く男の声が響いて来た。


『聴こえているか。

 アンナチェイサーとアンナローグの誘導は、こちらで行う。

 これから地下迷宮ダンジョンに向かうので、よろしく頼む』


「おい鷹風!

 お前と話したいことがある。

 こっちに来た時に、顔を貸してもらうぞ」


『それについてだが、こちらからも重要な提案がある』


 思わず感情が入る凱の言葉に対し、いつも通り感情のこもらない冷徹な声が返ってくる。


「提案、とは?」


『こちらも、ミーティングを希望している。

 申し訳ないが、今回はアンナユニットの回収を優先させたい。

 近いうちに時間を決めて、今後の話し合いの場を設けて貰いたい』


「それなら、ここでやりゃあいいじゃないか」


『いや、そうはいかない』


 凱の言葉を、無下に否定する。

 何故、と問い質そうとするより早く、鷹風ナオトの声は補足説明を始めた。



『そのミーティングに、部外者を交えたい』 



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