【正体】


『さて、家捜しと参りますか』


 凱は、長さ四センチほどの菱形のアクセサリーのようなものを取り出す。

 空中に放り投げると、菱形の物はフワリと浮かび上がり、まるで意思を持っているように音もなく飛んで行った。


『今の、何?』


『新開発のドローン。

 うちらは"ウィザードアイ"って呼んでる』


『今川っちが作ったの?』


『そうそう。アイツ、こういうの作るの得意だからな』


 菱形のドローンは侵入路を見つけたようで、どんどん奥へ飛んで行ってしまう。







 今から、約一年前。

 まだ井村邸が健在だった頃、YOUTUVERに成りすまして潜入した北条凱は、同じく潜入調査を行っていた“SAVE.”工作員・元町夢乃と合流して、封鎖された東棟を攻略していた。

 その時、凱は放ったウィザードアイは、その後に発生したXENO騒動や火事、そしてアンナローグ実装等の様々なトラブルや出来事によって、最後まで回収されることはなかった。


 凱が、最深部の様子を偵察させる目的で送り込んだ、自己判断型AI搭載超小型ドローン・ウィザードアイ。

 

 それは、"あの部屋"全体に張り巡らされていた「枝」によって捕らわれていたが、「樹」が地下深くに潜り込んだ影響で、ようやく開放されていた。

 非稼働時間が長期に及んだ為、自動的に電源をオフにしていたウィザードアイは、床に落下した際の衝撃で自動的に稼動モードに移行。

 フワリと浮き上がり、約一年ぶりに稼動を再開した。


 

 



 美神戦隊アンナセイヴァー


 第70話【正体】

 





 落下速度に加えて、アンナローグのヴォルシューターが、光の推進剤を噴射する。

 その加速は凄まじく、あっという間に最下層に辿り着く。

 轟音を響かせてゴンドラを突き破り、二体の身体は、床に深々と突き刺さった。


「うう……」


 ふらふらと起き上がったアンナローグに、突然、巨大な爪が襲い掛かる。


「きゃあっ?!」


 咄嗟に両腕でガードするが、それよりも早く、エンジェルライナーがシールドを形成する。

 にも関わらず、巨大な腕の力で振り下ろされる一撃は、アンナローグを遥か彼方まで弾き飛ばした。


「あうっ!!」


 背中から壁に叩き付けられ、何かが砕かれるような、嫌な音が響く。

 身体の半分くらいがめり込んだ状態で、ローグは、自分が十メートル近くも飛ばされた事に気付いた。


「あんな体勢から……ここまで?!」


 アンナローグは、見た目こそ千葉愛美そのものだが、乗用車二台分程度の重量がある。

 にも拘らず、だ。


 全身にまとわりつく恐怖に、アンナローグ――否、愛美は、必死で耐えて立ち上がろうとした。

 だが、何故か身体が異様に重く、思うように動かせない。


 無意識に、右手が左上腕へと伸びる、

 しかし、先程の状況を思い出し、手が止まった。

 一気に立ち上がろうとしても、背面のブースターか起動しない。


"Severe damage to the back.

 Damage to ACTIVE-BINDER and VOL-SHOOTER.

 97% reduction in sailing output.

 The engine section also suffered severe crushing.

 Currently, the output of 78.74% is the limit while the overall operation rate is declining."


 視界の横に、何やらAIからの警告が表示されているが、意味を理解している精神的余裕はない。

 アンナローグは両手を床に着け、反動をつけて立ち上がろうと試みる。


『健気なものだな』


 エレベーターの方から、重く響く足音と主に、井村のくぐもった声が聞こえてくる。


『いくら外郭に包まれていようと、お前は恐怖に苛まれ、もうまともに立ち向かう気力すら湧くまい』


 巨大な影が、薄暗い通路に浮かび上がる。

 獣化を果たし、巨大な体躯に溢れる力を漲らせながら、井村――ベヒーモスは、徐々に距離を詰めてくる。


『にも拘らず、あの者達を助ける為に、私をここへ引きずり込んだ。

 まったく……胆力があるのかないのか、よくわからん娘だのぉ』


「うう……」


『仙川の生み出した小賢しい鎧など、今の私にとっては無に等しい。

 このまま、お前をその外郭から引きずり出し、食らうのは造作もないことよ』


 ベヒーモスの、妙に優しげで、そして思わせぶりな言葉に反応し、アンナローグはキッと顔を上げる。


「教えてください。

 私は、いったい何者なのでしょうか。

 ここが、私の生れ落ちた場所というのは、どういう意味なのですか?!」


 そう、ベヒーモスをここへ連れて来た目的の一つは、これだ。

 先程の話から、自分の出自が普通ではないことは、容易に想像出来る。

 愛美は、それを他の者達には聞かせたくなかったのだ。


『ほぅ、そうか。

 何せお前は、記憶を消された上で屋敷に連れて行かれたのだからな。

 それはそれは、気になって仕方ないことだろう』


「き、記憶……を?」


 予想もしなかった言葉に、動きが止まる。


 ベヒーモスは、アンナローグから数メートル離れた位置で立ち止まり、紅い眼でじっと見つめながら、更に言葉を続ける。


『千葉愛美……お前はな、人間ではないのだ』


「人間では、ない……」


 思考が、停止する。

 だが、先程までのやりとりから、それは薄々感づいていることではあった。

 とはいえ、戸惑いが拭い去れるものではない。


「それは、どういう意味でしょう?」


『聞いたままの意味じゃよ。

 お前は元々、吉祥寺達が作り出したクローンの一体だ』


「?!」


 アンナローグの脳裏に、先程までこの付近にそびえ立っていた、あの人肉の「樹」と、その実から生み出された者達の姿が浮かぶ。


『先程、お前も見たであろう?

 我が妻の生み出した者共の姿を。

 ――お前は、あのようにして、この場所で生み落とされたのじゃ』


「……な?!」


 アンナローグの顔が、みるみる青ざめる。

 突っ張っていた腕の力が、抜けていく。


『あの小生意気な娘……確か、マリア、とか言ったかな。

 あやつの提供した"胚"を基にして、我が妻が体内で生成したのが、お前だ。

 だがなあ……よもや、お前があのような特性を持って生まれるとは』


「そ、それは――」


『お前は、吉祥寺達の……

 いやさ、私が長年追い求めていたものを、生まれつき備えている稀有な存在であった。

 だからこそ、お前は貴重なサンプルとして、ここに残され研究対象とされた』


 いまだ、べヒーモスは襲い掛かる気配を見せない。

 しかし、井村の姿に戻らないところから、次に何かを狙っている事は明白だ。

 そこまでわかっているものの、それでもアンナローグは、彼の話に耳を向けずにはいられなかった。


「な、ならば私は何故、あのお屋敷に勤めていたのですか?!」


 すがるような気持ちで、ベヒーモスに尋ねる。

 意外にも、彼はアンナローグの言葉にしっかり耳を傾けていた。


『さっき言った通り、お前は、とある希少な特性を持って生まれた存在だと判明した。

 しかし、そんな特性を持った生物は、これまで一体たりともこの地球上に存在したことはない』


「な、何の話ですか?」


『まぁ聞くが良い。

 お前がそんな存在であったからこそ、お前は我々の監視下に置かれた。

 ちゃんと、普通の人間のように生きて生活することが出来るのか、突然異変が起きないか、等とな』


「そんな、まるで実験動物みたいなことを……」


『その通りだとも。

 お前は、正に実験動物であった。

 ――なんせお前は、生物学上ありえない性質を持って生まれた、この世に唯一の稀有な存在なのだからな』


 話の核心が近付いている、そんな予感がする。

 アンナローグは、ベヒーモスが、徐々にこちらに接近をし始めていることに気付いた。

 しかし、どうする事もできない。


「よく、わかりませんが。

 私はその、マリアさんという方のコピーのような存在なんですね?

 それなのに、何か特殊な力を持っていたと。

 そして、それが……あなたが私を狙う理由だというのでしょうか?」


『ふむ、察しがいいな。

 そうとも、その通りだ』


「もったいぶらずに、教えて頂けないでしょうか。

 いったい、私はどんな特性を持っているのですか?

 どうして、あなた方に注目されなければならなかったのでしょう?」


 痛いほどに高まる動悸、荒れる呼吸。

 それらを必死に抑えながら、アンナローグは出来るだけ冷静でいられるよう、気力を振り絞る。

 視界内のアラートメッセージが、どんどん増えていく。


 ズシン、と大きな足音を立て、ベヒーモスが、さらに距離を縮めて来た。


『私はな、吉祥寺と――そう、仙川に、ある研究を命じた』


「何の、話でしょう?」


『かの大戦を経て、私は様々な物資の横流しで富を得て、荒れ果てた日本を立て直そうと尽力した。

 数十年もの、永きに渡ってだぞ。

 私は長い間、あらゆる方面で活動し、お前達の知る今の日本を築き上げた。

 ――だがな、私は老いた。

 まだまだやらねばならぬことが多いのに、私の寿命は残り僅かとなってしまった』


「そ、それは……お気の毒に……」


『否、そんな事は、あってはならんのだ!』


 突如、吼えるような大声で、ベヒーモスが唱える。

 その大気を振るわせるような声に、アンナローグは、思わず顔を手で覆った。


「ひっ?!」


『私の存在は、この日本に――新たな問題を抱え、衰退へと進んでいる日本を建て直す為、必要なのだ。

 だからこそ! 私は! 研究させたのじゃ!

 "永遠に生きる方法"をな!!』


「え、永遠に生きる……方法?!」


 アンナローグは、目を剥いた。

 いきなり、何を言い出すのか? と。


 それまで、理性的に語っていたと思った者が、突然感情をあらわにして意味不明な事を叫ぶ。

 これほどの心理的恐怖は、ない。


『吉祥寺も、仙川も、あやつらは様々な側面で、私の命令を叶えるための研究に勤しんだ。

 この地下研究所も、その一環だ。

 だがな――そんな私の求めていた結果は、予想外な形で、実にあっさりと叶えられたのじゃ』


「えっ? ど、どういうことですか?!」


 思わず身を乗り出して、尋ねる。

 願いが叶ったというのなら、それは"永遠に生きる方法"が見つかった以外にないだろう。

 だが、そんな事が……


 ベヒーモスは、静かに、アンナローグを指差した。


『それが、お前じゃよ。

 千葉愛美』


「は?」


『お前の存在が、私の長年の夢を叶えたのじゃ』


「わ、私が?」


 ベヒーモスが、大きくゆっくりと頷く。


『その通り。

 千葉愛美――』


「わ、私は……?」


 ゴクリと、唾を呑みこむ。

 アンナローグは……愛美は、もう、ベヒーモスの次の言葉を待つ事しか出来ない状態となっていた。

 少し離れたところで、金色に光る小さな物体が飛来している事にすら、気付けない程に。






『お前はな。

 ――不老不死なのだ』






「えっ?

 そ、それっていったい、どういう……」

 

 言葉の意味が、わからない。

 不老不死? 年も取らなければ、死ぬこともない存在?

 そんな夢物語のような存在が、果たして存在しうるのだろうか?

 否、それが、自分……?


 動揺するアンナローグに、いつしか一メートル程にまで接近したベヒーモスは、屈むように彼女の顔を覗き込む。


『左様。

 お前は、テロメアというものが減少しないという、特殊な肉体を偶然持って生まれたのだ』


「そ、それは?!」


『つまりじゃ。

 お前は、私の夢を、生まれながらに叶えてしまったのじゃよ』


 生臭く生温い息が、顔にかかる。

 それほどまでに接近を赦して尚、アンナローグは、あまりの衝撃に動けなかった。


『吉祥寺達は、あまりに異質な存在であるお前に興味を抱いた。異常な程のな。

 そこで、クローン体へ脳の情報を移転させる技術を用い、ここで育ったお前の記憶を一旦消去した上で、依子の屋敷で生活をさせることにした。

 メイド共に監視をさせつつ、な』


「そ、それでは、まさか、あのお屋敷は――」


『そうとも。

 あの屋敷自体が、はじめからこの地下研究所の設備の一部よ。

 そしてお前以外のメイド共も、研究員の一部だ』


「そ、そんな?!

 梓さんも、理沙さんも、夢乃さんも、もえぎさんも?!」


『ああ、そうとも。

 無論、お前が主と見ていた、あのクローンの依子もな』


「ひ……!!」


 ベヒーモスは大きな手を、まるで撫でるように、アンナローグの頭に載せた。

 抵抗は、しない。

 それどころじゃ、ない。


『人造育成生体の特殊例を観察する為に、運用目的を変更したのが、お前の居たあの屋敷よ。

 時折、その存在に気付いて何も知らない輩が訪れたりしたものだが、皆――我らXENOの餌食となった』


「ひぇ……!!」


 アンナローグは、初めて凱と逢ったばかりの頃の会話を、何故かふと思い出した。




『みんな、帰って来なかったんだ』


『え』


『みんな行方不明になった。一人残らずな』


『そ、そんな!

 どうしてなんですか?!』


『それがいまだに謎って訳さ』




 頭の中で、ようやく、何かが繋がる。

 あの時、凱が話してくれたことは、全て……研究所のXENOにより、捕食されたのだ。

 震えが、全身を駆け巡る。


 ベヒーモスの腕に、僅かに力がこもる。



『さて、そろそろ本題に移ろう』


「ほ、本題?」


『お前の事を知り、お前が普通に生きていく事が出来うる存在だと観察結果が出てからというもの。

 私は、年甲斐もなく歓喜したものじゃ。

 何故だか、分かるかね?』


「い、いえ……」


『XENOは、捕食した人間の様々な能力を、引き継ぐことが出来る』


「……!」


 ベヒーモスの顔が、不気味な笑顔で歪む。

 メキメキ、と音を立て、腕に益々力がこもる。




『つまりだな、千葉愛美。 

 私がお前を食べれば、私は不老不死の夢を叶えることが出来るのだよ』



「!!」


『さぁ、今度こそ、その忌まわしい外郭を割って進ぜよう』


 ベヒーモスが、全力で力を込める。

 各部が破壊され、思うように身動きが取れないアンナローグは、それを回避する手段を持たない。

 メキメキという、アンナユニット自体が破壊されていく音が、耳に届く。


 死の匂いが、間近に迫っている――



「あ、ああぁ……!! ああああああ!!」



 抗えない力、防ぎようのない攻撃、圧倒的な殺意。

 それが、まとめて愛美自身に襲い掛かる。

 最後に視界に映ったのは、真っ赤な目を大きく見開き、不気味な紫色の舌を蠢かせる、恐ろしい獣の表情だった。









『さらばじゃ、愛美――』









 次の瞬間、地下深く暗がりの拡がるフロアに、グシャリという音が、大きく鳴り響く。





 そしてウィザードアイは、その光景を、一部始終記録していた。


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