【流転】



「説明は後だ。

 それより、愛美の検査を」


 アンナチェイサーが、少々きつめの口調で指示をする。

 その言葉を合図に、男性陣は一旦娯楽室から非常階段のある位置へと退避した。



「さて、と。

 じゃあ愛美ちゃん、そこに横になってね」


 司と凱が離席したのを見計らい、アンナミスティックがソファを指差す。

 

「あの、い、いったい?」


「だぁ~いじょうぶ、痛くないよぉ。それに、すぐ終わるからね~」


 愛美の身体を軽々と抱き上げると、アンナミスティックは、所謂お姫様抱っこの要領で愛美を横たえさせる。

 そのまま静かにしているように指示をすると、親指と小指を広げた右掌を額の上に翳す。


“Execute science magic number C-010 "Medical-scan" from UNIT-LIBRARY.”


「メディカルスキャン」


 科学魔法の詠唱を行うと、アンナミスティックの掌に、なにやら緑色に光る文字のようなものが無数に浮かび上がる。

 その光は、目に刺さるようなきついものではなく、ふんわりとした、どことなく優しさを感じさせるものだ。

 しばらく浮き出た文字を眺めていた愛美だったが、急激に眠気に襲われ、自然に瞼が閉じていく。


「あ……わ、わた……」


「いいよ、そのまま、目を閉じてね」


「は……い……」


 ものの十秒程で、自然に瞼が閉じる。

 それと同時に、右手の光は強さを増し、愛美の全身を一本の光のラインがなぞるように動き始めた。

 やがて、愛美の身体全体がぼんやりと光り輝き出し、数秒でふっと消える。


「――良かった、特に身体的なダメージは受けていないみたいだね」


「ということは、精神的なダメージ?」


 不安げに尋ねるアンナウィザードに、ミスティックは少し首を傾げる。


「そうかもしれない。

 このままそっとしておいてあげようよ」


 愛美の脇で跪いていたアンナミスティックは、立ち上がりながら二人に話しかける。

 アンナウィザードとチェイサーは、静かに頷きを返した。


「愛美さんは、どうなっているのですか?」


「愛美ちゃんは、今とっても深い眠りに入ってるの。

 すぐに起きると思うけど、一晩じっくり休んだみたいな状態になるから、精神的な負担は少しは軽減すると思うよ」


「そうですか。

 あの、ところで」


 アンナウィザードは、アンナチェイサーに向き直ると、深々と頭を下げた。


「以前は、ろくに挨拶も出来なくて、申し訳ありませんでした。

 改めまして、アンナウィザー……ええと、相模舞衣と申します。

 ご存知かとは思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」


「え、あ」


「わぁー☆ じゃあ、メグもご挨拶するー!

 相模恵でーす!

 霞ちゃん、メグとお友達になってぇー♪」


 そう言うと、アンナチェイサーの両手を掴み、ブンブンと上下に振る。


「え、あ、ちょ」


 目をきょろきょろさせながら、アンナチェイサーはなすがままにされている。


「メグねー、特捜班の人達って知らなかったんだよー!

 でも、同じアンナユニットの搭乗者パイロットってすごいよね!

 メグ、まだ良くわかってないからー、霞ちゃんのこととか、色々教えてね!」


「あ、う、うん」


「わぁい☆ ありがとー!」


 ガツン! という激突音を立てながら、アンナミスティックがアンナチェイサーを抱き締めた。

 またも顔を真っ赤に染めながら、アンナチェイサーは、抵抗もせずに好き放題されている。


「私からもお願いいたします。

 どうか、仲良くしてくださいね」


「あ、え、う」


「あ~、霞ちゃん、お顔真っ赤っか!

 カワイイ~♪」


 そう言いながら、アンナチェイサーの頬をぷにぷにする。

 困り顔のチェイサーは、何度目かのぷにぷにの後、突如ハッと我を取り戻した。


「は、離せ!」


「きゃん!」


「言った筈だ!

 わわわ、私は、馴れ合うつもりはないと!

 そそそ、そういう、ベタベタするのは、すすす、好きではないんだっちゃら!」


「あ、噛んだ」


「カワイイ~、霞ちゃん、めっちゃ照れてるぅ~♪」


「ううう、うるさい!

 というか、愛美が寝ているんだから、静かにしろ!」


「はーい!

 じゃあ、三人とも、シーっだよぉ」


 アンナミスティックが、伸ばした人差し指を口元に当てる。

 その仕草に、アンナウィザードは苦笑した。


「霞ちゃん、今度、アークプレイスに遊びにおいでよ。

 メグ、美味しいおやつ作ってあげるからね!」


「お、おやつ……」


「あ、今、凄く欲しそうなお顔したぁ!」


 みるみる真っ赤になっていく顔を指差し、からかうような口調で呟く。

 アンナチェイサーは、目をぐるぐる回しながら両手をジタバタさせ始めた。


「ししし、してないったら!

 あ~もう、だからぁ、私に構うな、馴れ合おうとするなぁ!」


「お二人とも、お静かに」


 今度は、アンナウィザードが人差し指を口元に当てた。


「「 ごめんなさい…… 」」


  

 




 美神戦隊アンナセイヴァー


 第69話【流転】

 





 どちゃり、と音を立てて"犬の頭"が床に落ち、そしてみるみる炭化する。


 巨大な体躯をうねらせ、体表にまとわりつく氷片を払いながら、ベヒーモス――井村大玄は、不思議そうに床の穴を見つめた。


 ガブリ、と大きな音を立て、首を失ったコボルドの身体を丸かじりする。

 既に崩壊が始まっているその身体を、ベヒーモスは、まるで麺でも啜るかのように、あっさりと呑み込んでしまった。


『ふむ、いつの間に、依子はXENOを生み出すようになったのか?

 ――まあ、良いか』


 ベヒーモスは、そう呟くと、自分の腕にグッと力を込める。

 人間の力士の胴体かそれ以上の太さを誇る上腕の筋肉が、ミシミシと音を立てる。

 両腕の鋭い爪が更に強靭さを増し、まるで鋼鉄の剣のような輝きを放ち始める。

 頭部から伸びた二本の角も同様に鋭さを増し、また根元の方は太さが一回りも変わった。

 その力強い体躯は、あの病弱な老人という雰囲気の姿からは、想像も出来ないほどだ。


『吉祥寺め、さては私に黙って、依子に何か手を加えおったな。

 ……まぁ、構わぬ。

 所詮、いずれあやつも、我が餌食となる運命に過ぎぬ』


 ベヒーモスの目が、部屋の奥へ逃げて行ったもう一体のXENO・オークを捉える。

 真っ赤に輝く邪悪な眼差しに囚われたオークは、まるで麻痺したように、身体を硬直させた。


『XENOに、XENOを食わせる、か。

 面白い趣向だが、良いのか? 吉祥寺よ。

 ――私はどうやら、お前の想像を超える進化を遂げつつあるようだぞ?』


 そう呟いた刹那、ベヒーモスは、怯えたような仕草で硬直するオークの背後にテレポートし、頭から一気に丸呑みにした。

 ぐちゅり、ぐしゃり、と、耳障りな咀嚼音が響き渡る。

 数秒後、ベヒーモスの肉体が、また少し大きく膨らみ始めた。


『さて……愛美は、何処かの』


 ベヒーモスは、大樹のあった部屋を出て、愛美達が逃走した方向へ向かってゆっくりと歩き出した。







「皆さん、そろそろパワージグラットの効果時間が切れます。

 次の行動に移りましょう」


 ドアの向こうから、アンナウィザードが呼びかける。

 それを合図に全員が気を引き締めた。


「ひとまず、私、チャージアップしますね。

 ――コードシフト!」


 愛美の掛け声と共に、胸元のペンダント「サークレット」が起動する。

 その様子を眺めていた司は、何かを言いかけて、止めた。


「チャージアーップ!」


“Voice key authentication.

 Check the pilot's coordinates, transfer ANNA-UNIT, and start measurement for INNER-FRAME formation.

 We will receive UNIT internal equipment and perform three-dimensional configuration, and move on to OUTER-FRAME formation measurement.

 After digitizing the pilot's decorations, it is stored as data.”



 凄まじい閃光をまとって、愛美がアンナローグにチェンジする。



“Switch the system to fully release the original specifications.

 Each part functions normally, and the support AI system is all green.

 Reboot the system.


 ANX-06R ANNA-ROGUE, READY.”



 その光景に、司はまたも呆然とする。

 突風にはためくスカートの奥がちらちらと覗き、司は思わず視線を逸らした。


「えっち」


 ジト目で、アンナチェイサーが呟く。


「北条君、このド派手な演出は、毎回必要なのか?」


「演出て」


「搭乗者の周囲に磁場を利用したアクセプトフィールドを形成して、そこで電送化された装備を再構成する必要がある。

 竜巻みたいに見えるのは、フィールドとの境界で発生する一種の摩擦発光現象のようなもので――」


「後でレポートを提出してくれないか。

 今は覚えられる自信がない」


 せっかくの説明を司に遮られ、アンナチェイサーがむくれた顔をする。

 その光景に、アンナミスティックは思わず吹き出した。


「そういえば、おじさんとご挨拶してなかったよね?」


「お、おじさん?」


「ちょ、ミスティック、失礼ですよ!」


「あ、ごめんなさーい♪」


 突然アンナミスティックに話しかけられ、司は露骨に動揺した。

 おじさん呼ばわりされたこともあるが、それよりも、目の前に現われた"目を見張るような巨乳と胸の谷間"に驚いたことの方が大きい。

 表情こそ平静だが、頬を紅く染めた司は、あらためて緑と青のコスプレ少女を見る。


「良く見たら、二人ともそっくりなんだな。双子なのかい?」


「そうでーす! アンナミスティックでーす!」


「お、おう」


「今はこんな姿で失礼いたします。

 アンナウィザードと申します」


 無邪気で元気な挨拶をするミスティックと、深々と頭を下げるウィザードに、司は反射的にお辞儀をする。

 ウィザードは、アンナローグのメインカメラを通じて状況を観ていた旨を簡単に説明する。

 穏やかな物腰と、思わず目を奪われる程の美貌、そしてミスティックに負けないほどの柔らかそうな巨乳の揺れに、司はまたも目のやり場に戸惑う。


 が、ゴホンとわざとらしい咳払いをして、なんとか誤魔化す。


「ああ、よろしく。

 それより、これからのことだが――」


 そこまで言いかけた途端、遠くから、大きな物音が聞こえて来た。

 しかも、断続的に。


「なんだ、これは?」


「大変です! 何かが閉じるような音が聞こえて来ます!」


 凱の呟きと同時に、アンナローグが報告する。


「隔壁か?」


 フロアの境界にあたる部分の隔壁が閉じ、各ブロックが隔離されていく。

 やがて、すぐ近くでも轟音が鳴った。


「階段のある方だ!」


「まさか――あっ!」


 先程司と凱が会話していた地上へと続く階段も、遮断された。

 ドアを開けても、そこには白い壁があるだけで、もう向こう側には行けない。


「まずいな、どういうことだ?」


「どうやら家主は、我々をここから逃がしたくないご様子だな」


「あの、でも、これくらいの壁なら、壊せるんじゃないでしょうか?」


 顔を見合わせる男達に向かって、アンナローグが提案する。

 その言葉を聞くやいなや、アンナミスティックが、右太もものリングを取り外した。


「そういうことならまかせてね!

 いっくよー! タイプ1・メイスっ!」


 アンナミスティックが右腕を振るう――が、その手に握られているのは、変型していないリングだ。


「んぁれぇ? おっかしいなあ?

 え~と、タイプ1・メイス!」


 もう一度、リングを持った手を振る。

 しかし、いつものようにリングは発光せず、また転送兵器のマジカルロッドは出て来ない。


「ふえぇ~ん、故障かなあ?」


 半泣きになりながら、アンナミスティックはリングを戻す。

 その背を、アンナチェイサーがぽんぽんと叩いている。


「――もしかして?!」


 その様子を見ていたアンナローグは、慌てて自分の左上腕に手を伸ばす。

 いつものように自動的に外れるリングは、彼女の手の中で――形を変えず、そのままの状態で残っている。

 アンナローグの顔が、青ざめていく。


「アサルトダガーも、出ません!」


「どういうことだ?!」


「ウィザードロッドもです!

 転送兵器が、全部使えなくなっています!」


 続けて、左脚のリングを手に持った状態のアンナウィザードも叫ぶ。

 凱は、腕時計を口許に寄せた。


「ナイトシェイド! ナイトシェイド!

 応答してくれ!」


 ――反応が、ない。


「くそ、ナイトシェイドにも連絡がつかない!

 まずいな、地下迷宮ダンジョンに状況報告も出来ん」


 舌打ちをする凱に、アンナローグ達は困惑の表情を向ける。


「おかしいですね、私は実装出来たのに」


「ああ、ってことは、ほんの今さっきからおかしくなったんだな」


 凱は周囲を見回すが、有視界内にはっきりとわかる異状は見当たらない。


「君、転送兵器というのは?」


 司の唐突な質問に一瞬面食らうが、アンナチェイサーは、冷静な口調で答える。


「私達アンナユニットが使用する個別武器だ。

 普段はここにないが、条件を満たすことで取り寄せられる」


「それが届かない上に、通信も出来ないということか?」


「そうらしい」


「という事は、隔壁遮断と同時に、電波妨害ジャミングまで施されたのか?」


 司は、居住エリアへ向かうドアを開けてみる。

 そこは隔壁で遮られてはおらず、先へ進めはするようだ。


「さっきこの階まで上がって来る時に利用した穴があったな?

 そこまで行けば、電波は通じないか」


「うん。

 そこまでの隔壁を、片っ端から破壊していくしかない」


「出来るのかい? その細腕で」


「佐野の廃墟で、このユニットの本当の姿を見ている筈だけど、忘れた?」


「え?」


「助けただろう、私が。あなたを」


 言われて思い出した。

 佐野の金尾邸地下で、宮藤が転じたオークに襲われ絶体絶命だった時、突如現われた謎のロボットによって窮地を脱したことを。

 司は、目を剥いてアンナチェイサーを見つめた。


「あの時のロボットが……君?」


「そう」


「どういうことなんだ? だってあの時は」


「話すと長い」


「わ、わかった、後でレポートを」


「受けなかったネタを繰り返すのはどうかと思う」


「……」


 動揺が覚めやらぬ中、六人は、やはり現状では地下迷宮ダンジョンとの通信すらままならないという事で、仕方なく来た路を戻る事になった。

 まして、あのような凶悪なXENOを、このまま放置していくわけにも行かない。

 

「お兄様方は、こちらで待機してください。

 危険ですので、私達が対応します」


 アンナウィザードが、四人の少女を代表して告げる。

 

「そうだよ! 襲われたらひとたまりもないものね!」


「出来る限り頑張りますので、どうかこちらでお待ちください、凱さん、司さん」


「……」


 三人の意見に、男達は返す言葉が見つからない。

 彼女達の言う事は、正に正論だ。

 しかし、歯がゆい思いが拭えないのもまた事実ではある。


「ここは、彼女達に従うしかないか」


「だが、なんとか通信が可能な所へは行きたいもんだ」


「そうだな」


 交渉の結果、アンナウィザード達が突っ込んで来た突破口までは同行することになった。

 目的の場所は、居住エリアを抜けた先にある、エレベーターのあるエリア。

 アンナウィザード達が降り立ったのは、そこから更に先の辺りのようだ。

 凱は、ひとまずエレベーターのところまで移動して、再度通信が可能かを確認することにした。


 だが――変化は、居住エリア内で起きた。



 六人の目の前で、突如、空間が歪む。

 赤黒い渦のようなものが一瞬空間に浮かんだと思った瞬間、そこから、か細く青白い腕が伸びて来た。

 何もないところから、唐突に。


 それを見た少女達が、素早く凱と司の前に出る。


「なん……だと?!」


「テレ、ポート……?」


 六人全員が、それが誰なのかを即座に理解した。

 空間からのっそりと姿を現したのは、やはり、井村大玄だった。

 今は、人間の姿に戻っている。



「ホホホ。

 やはり戻ろうとしたか」


「貴様……」


「話の途中で離席とは戴けんのう。

 会議の席であるなら、私の機嫌を損ねた者は、即座に海に沈むことになっとったがの」


「――!!」


 井村の言葉に反応し、司の肩が震え始める。

 彼の脳裏に、ドラム缶に詰め込まれて海に遺棄された、先輩刑事の姿が蘇る。

 無意識のうちに憤怒の表情を浮かべていた司は、一歩前へ出ようとしたところを、凱に止められた。


「あの男……やはり、覚えていたのか!」


「挑発に乗るな、司さん」


「ああ、すまん。わかってる」


 横では、アンナチェイサーが右手を握り込む動作を繰り返しているが、何も起きない。

 不気味な静寂が漂う中、しばらく何かを熟考するような仕草をしていたアンナローグが、青ざめた顔で前に出る。


「あの、少しお話を、宜しいでしょうか」


「おお、そうであったな。

 お前の身の上の話じゃったか」


「それもありますが、それよりも――

 奥様の、依子様のことを、詳しく教えて頂けないでしょうか?」


「――いいだろう。

 だが、代償は高いぞ?」


「私の、命ですか?」


「そうだ」


「それは、承諾致しかねます。

 何故なら私は、奥様を――お救いしなければならない義務があるからです!」


 そう言い放つと同時に、なんとアンナローグは、突然、低姿勢ダッシュで井村に飛び掛った。

 背中と腰から、光の粒子が推進剤のように激しく噴き出す。


「ええーいっ!!」


「むごっ?!」


 凄まじい加速で踊りかかると、アンナローグは井村にタックルするような姿勢で、なんとエレベーターの扉に飛び込んだ。

 ドカンという、まるで爆弾が破裂したような衝突音が鳴り響き、ドアとその周辺が破壊される。

 二人は、そのまま階下へと落下していった。

 アンナローグの推進光が、徐々に薄まっていく。


「ローグ! なんてことを!」


「お姉ちゃん! 追わなきゃ!」


「いや……待て。

 そうか、そういうことか」


 慌てるアンナウィザードやミスティックをよそに、チェイサーだけは、何かに気付いたような素振りを見せる。

 その様子に、凱も何かに気がついたようだ。


「みんな、今のうちに、脱出口へ向かうんだ」


「ええっ?! そんな! だってローグが!」


 驚くアンナミスティックに、司がフォローを入れる。


「あの子が井村を押さえているなら、その間は奴に邪魔されることはない。

 この隙に、通信が可能な場所まで移動して、君達は装備を整えるんだ」


「あ! そ、そういうことですか!」


「ま、愛美ちゃん……そんなことまで考えて……スゴ!」


「関心している暇があるなら、とっとと移動しろ!」


 アンナチェイサーが、四人に激を飛ばす。

 無言で頷くと、皆はエレベータールームの先にあるエリアを目指して、走り出した。







「連絡が通じなくなっただと?」


 勇次は、思わず怒鳴るような大声を上げた。


「わ、ちょ、オレに吼えてもしょうがないでしょ?!

 ――パワージグラットが再施行された形跡はないっすね。

 いったい、どうなってんだ?」


 怯えながら空間投影ディスプレイに向かい合う今川は、複数のウィンドウを展開させながら、何かを調べている。

 その後ろで、ティノも声を荒げた。


「何かがあったんだわ!

 誰か、ナイトシェイドからの状況報告は?!」


「北条リーダーとの連絡が通じないと、先ほど連絡が」


 オペレーターの女性が、少し戸惑いを含む声で報告する。

 

「まずいな、もしかしたら、あいつらは罠にハマったのかもしれん」


 額の汗を拭いながら、勇次は荒ぶった呼吸を整えようと深呼吸をする。

 卓上のコーヒーは、とっくに冷め切っていた。



 ここは、地下迷宮ダンジョン

 新宿で突然発生した"人体石化事件"の情報を得て、勇次は即座に未来とありさに出動を命じた。

 しかし、それ以外のメンバーは、この状況を一切知らないままだ。


 JR新宿駅西口付近に突如現われた「牛」は、人体を石化させるガスを吐き出しながら、新都庁方面に向かって進行を始めている。

 その間、ガスに巻き込まれた人々は次々に石になり、その場で固まってしまっている。

 自動車の中に居る人々も例外ではない為、周辺では玉突き衝突事故も連続発生している状況だ。

 無論、幸い難を逃れた者は大慌てで逃走・避難し、今や牛の進行路には、動く物は全くいない状態となった。


 今や、新宿駅西口周辺は、悪夢のような惨状が展開していた。


 そこに、上空から、赤とオレンジの閃光が舞い降りる。


「嘘だろ……なんだよ、これ」


「これは、現実の光景なの……?」


 アンナブレイザーとアンナパラディンは、無数の石像と、玉突き状態で連なっている自動車の群れを眺め、呆然とする。

 つい先ほどまで、賑やかな日常が展開していた場所は、地獄の光景へと変化していた。

 

「まるで、ロダンの"地獄門"ね」


「うぇ……この人達、元に戻せるのかな?」


「それはわからないけど。

 どちらにせよ、長い間放置するのは利口じゃないわね」


「ぼやぼやしてる暇はないってことだな。

 アイツを早く止めないと!」


 牛の姿は、何処にもいない。

 あらゆるセンサーを駆使してみるが、不自然な程の静寂に包まれたこの地区では、それらしい反応が掴めない。

 アンナパラディンは、地下迷宮ダンジョンに通信を繋ぐ。


「蛭田博士。

 XENO牛の居場所は、捕捉出来ましたか?」


『今調査中だが、その周辺には、それらしき者の姿はないな。

 奴らは神出鬼没だからな、何処か離れた所に移動したのかもしれん。注意しろ』


「了解しました。

 ――さて、どうする?」


「ここ、ホントにXENOがいるのかな」


「おびき寄せる作戦を考えるしかないかもね」


 上空から、ヘリのプロペラ音が聞こえてくる。

 交差点に到着したアンナパラディンは、空を見上げて顔をしかめた。



「もしかしてあのヘリって、報道関係?」


「そうみたいね。

 パワージグラットなしで闘わなきゃいけないのは、正直きついわ」


「ぐえ、ってことは、周囲への被害を抑えながら闘うってのか!

 どうすんだよ、あたしの技、爆発炎上系ばっかじゃん!」


「そうね。

 石化した人達もまだ生きてるかもしれないし、下手に破壊なんかしたら大変だわ」

 

 中央通りはすっかり避難は完了しているようだ。

 しかし、建物の中にはまだ人が残っているだろうし、もしここで戦闘という事になったら、誰の目にも触れずに、というのは絶対に不可能だ。


 二人は相談し、石像の少ない、避難が出ておらず出来るだけ広い場所へ移動してみることにした。


「何処にも居ないわね。

 もう撤収したのかしら」


「どーするよ。

 さすがに、誰も居ないこんなところで、無駄にチラチラやる気はないよ、あたしゃ」


「チラチラって、何?」


「これの事」


 ぺらっ


 アンナブレイザーは、突然、アンナパラディンのスカートを掴み、引っ張り上げた。


「きゃあああああっっっ!!!

 な、何するのよっっ?!?!」


 慌てて両手で覆いながら、大きな声で悲鳴を上げる。

 当の加害者は、スカートの端をつまんだまま、しげしげとパラディンの下半身を観察していた。


「あんたってさ、胸だけじゃなくって、お尻もなかなかのボリュームだよね」


「は、離しなさい! まったく、何を考えているのよ!」


 頭から湯気でも立てながら怒るアンナパラディンに、ブレイザーは、不気味なほどニヤついた笑顔を返す。


「ここで、あたしからの提案なんだけどさ」


「な、何よ?!」


「もうすぐここに、XENOがやってくるから。

 それを、二人がかりであっという間にぶちのめし、時間をかけずにすぐ撤退、ってのはどうよ?」


 妙に自信ありげに先の展開を語るブレイザーに、パラディンは小首を傾げる。


「確かに理想的な展開だけど。

 なんで、XENOがここに来るって、あんたにわかるの?」


 不思議そうな顔つきのアンナパラディンに、何故かドヤ顔でブレイザーが答える。


「この辺は、もう避難が完了してるっぽいだろ?

 ってことは、もし奴がまだここにいるとしたら、人間の気配には敏感になっているんじゃない?」


「そりゃあ、そうかもね。

 それで?」


「そして今、誰かさんは、とっても大きな声で叫んだ訳で」


「え?

 あっ」





 ド・ド・ド・ド・ド・ド……!!!





 その途端、どこからか凄まじい轟音が鳴り響いた。


「ほ、ほ、ホントに来たぁ?!」


「よっしゃあ、ビンゴ☆」


「あんた、どこまで計算してやったのよ?!」


「ふっふっふっ♪」


「あ、ありえない!

 なんなのよ、この緊張感のない展開はぁ?!」



 轟音鳴り響く彼方から現れたのは、巨大な「牛」だった。

 だが、ただの牛ではない。


『二人とも、気をつけろ!

 奴は正体を現し、姿を変えている!』


「なんだtt――って、ええっ?!」


 牛の姿を見た二人は、仰天した。

 全長約六メートル、全高約三・五メートル強程の大きさで、一メートルを越える巨大な角を一対携えている。

 そして、その身体は全体が黒光りしており、まるで金属のようだ。

 「牛」は、四本の足でアスファルトを砕きながら、まるでスペインの闘牛のような勢いでまっすぐ向かってくる。


『この個体を、以後、UC-17"ゴーゴン"と呼称する!

 二人とも、気をつけろ! お前達より遥かに重量級な可能性があるぞ』


「うっそぉ、マジかよ!」


「迂闊に激突なんかしたら、たまったもんじゃないわね!」


「よし、来い!」


 そう言うが早いか、ブレイザーはゴーゴンの真正面に立ちはだかる。

 両手を大きく広げ腰を落とすと、角をがっしりと掴み取った。

 真っ向からの、力勝負。


 ゴーゴンの突進の勢いは止まらず、アンナブレイザーの両足がアスファルトを削っていく。


「ブレイザー! 大丈夫?」


「くぅおおぉぉぉぉぉっっっっっ!!!」


 徐々に突進のスピードを殺し、ゴーゴンの顎を浮かせていく。

 アンナブレイザーのバタフライスリーブ・ヴォル・グラヴィティが大きく展開し、まるで風に煽られるように大きくはためく。

 その光景に一瞬気を取られたアンナパラディンだったが、慌ててホイールブレードを抜き、ゴーゴンの胴体側面に向かって激しく斬り付けた。


 だが、凄まじい衝撃音が鳴り響き、ホイールブレードが弾き飛ばされる。


「きゃあっ?!」


 想像を絶する反動が腕に襲いかかり、アンナパラディンは、うっかりホイールブレード手放してしまった。


「どうした?!」


「わからない! いったい何が?!」


 茫然とするよりも早く、今の状況をすぐに分析する。

 剣が激突した瞬間の映像をすぐに再生するが、


「き、効いてない?! 剣が効かない!」


「何っ?!」 


 その言葉を聞くと同時に、アンナブレイザーは角を掴んだまま軽くジャンプし、そのまま両足で顔面を力強く蹴りつける。

 一瞬動きが止まった隙に、蹴った勢いを活かして後方へ回転着地した。

 と同時に、いつのまにか両拳にセットしたファイヤーナックルを燃え上がらせ、直径三十センチほどの火球を発生させる。


「ファイヤ――、パァ――ンチっ!!」


 鋭い気合いと共に、豪快な正拳突きを繰り出す。

 その動きに乗って、火球は火焔弾となって猛烈な勢いで飛び出していく。


 だが、命中した直後それは身体のラインに沿って分散し、一瞬のうちに霧散してしまった。


「ぬえっ?! は、弾いた?!」


「なら、これはどう?!」


 今度は、ホイールブレードを拾い上げたアンナパラディンが挑む。


「エビル・スレイヤ――っ!!」


 ブレードの刃に乗せられた破壊エネルギーが激しい閃光を放ち、巨大な剣の形となってゴーゴンへと撃ち出される。

 だがそれも、体表の曲面にうまく分散されてしまう。

 ゴーゴンのボディには、傷一つ付いていないようだ。


「これは、まさか……兆弾加工?」


「な、なんだそれ?」


「弾丸や打撃の力が、外部にうまく流れるような曲面加工の事よ。

 だとしたら、普通の攻撃ばかりでは意味がないかも」


「じ、冗談じゃねー!!

 こんな奴に、いつまでも付き合ってられっかっての!」


 そう言うが早いか、アンナブレイザーは腰を低めに落とし、力強く路面を踏みこんだ。

 割れたアスファルトが溶け出し、みるみるうちに足元に炎が発生する。

 それがブレイザーの姿をほとんど覆い包んだ直後、ゴーゴンは突然興奮し始め、自ら炎の渦へと突進を開始した。


「ブレイザー! 気をつけて!」


「おうよ、まかせな!」


 突進するゴーゴンの、巨大な角にガードされた頭の中心部。

 そこを目がけ、アンナブレイザーはアスファルトを蹴り上げる。

 空中に、紅蓮の華が広がった。


「ファイヤ―――、キ――ックっ!!!!」


 炎の飛び蹴り!

 あらゆる推進力を後方に向け、さらに超高熱の炎をまとって蹴りつける、アンナブレイザーの必殺技。

 それが、XENOの頭の中心部に向かい、飛翔する。



 その直後、巨大な爆発音が、西新宿の街を震わせた。


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