【足音】
地下へと続く階段。
三人は、男達二人による暗黙の了解により、アンナローグを先頭に降りて行くことになった。
言うまでもなく、アンナローグが最後尾だと、振り返るのが躊躇われるからだ。
もっとも、当のアンナローグ本人は、そんなこと全く気にしていないようだが。
「そうですね、アンナユニットをまとっている私が、一番前に出るべきですね」
「……」
「……」
中年男性二人は、何も言葉を返す事が出来なかった。
美神戦隊アンナセイヴァー
第65話【足音】
底の方は全く光が見えない状態で、まるで暗黒の地下世界へ潜入するような気分になる。
司と凱は、それぞれLEDライトを持参しており、下の方を照らし出す。
「なんだ、すぐそこにドアがあるな」
「アンナロ……愛美ちゃん、ええと、どっちで呼べばいいんだろう?」
司の手前、困惑する凱に、アンナローグは笑顔で振り返る。
「凱さんの呼びやすい方でよろしいかと」
「あ~っと……じゃあ、アンナローグで。
司さん、申し訳ないが、今の状態の愛美ちゃんはアンナローグって呼んでやってくれないか」
「アンナ……ロープ?」
「「 ロー“グ”っ!! 」」
「ローグって、悪い奴とか泥棒を指す言葉じゃないか。
そんなんでいいのか?」
「ひえっ?! わ、私、そんな凶暴な名前だったんですか?!」
「凶暴て」
自分のコードネームの意味を、今更知ってうろたえるアンナローグに、凱は複雑な表情を返し、司は知らん振りする。
やがて三人は、数メートルほどの階段を下り、黒塗りのドアの前に立った。
アンナローグが左腕のロックアナライザーを使おうとして、何か言いたげな表情で司を見つめる。
「あの、私、その……ど、泥棒さんじゃないですからね?」
「わかってるよ、悪いのはネーミングセンスのない名付け親だ」
「ひっでぇ言い草」
「じゃあ、開けますね」
先程と同じ動作で、ドアの鍵を開ける。
一見すると、鉄製のドアにメッキのノブがついているだけの普通の造りだが、アンナローグが先程以上に複雑なボタン操作を繰り返しているのを見て、凱は何か不穏なものを感じた。
「すみません、やっと開きました!」
ロックアナライザーを腕輪に戻し、アンナローグが額の汗を拭いながら報告する。
凱はまた「汗、かくの?」と、どうでもいいことを思った。
「いきなり開けるのもどうかと思うが、この状態で向こうの様子を確認出来たりしないのかい?」
不意に、司が呟く。
アンナローグは、キョトンとした顔で凱の方を見つめて来た。
「ど、どうすればいいでしょう?」
「この状況で? う~んと、何かないかAIに聞いてみてくれるかい?」
「承知しました! え~と」
「そのAIとやらに、ヒアノイズは行えるか、聞いてみてくれないか」
「ヒアノイズ? わかりました」
「な、なんだそれ?」
「TRPGでな、こういう時に行う調査行動だ」
「は?」
「まずGMに、ヒアリングチェックの申請をしてだな。
許可が下りたら、十面ダイスを二つ振っt」
「回答がありました! 早速やってみますね」
司の謎の呟きを遮るような形で、アンナローグが報告する。
ドアに手をつけながら“耳を澄ます”動作を行うと、髪から生えた四本のリボンが勝手に動き出し、まるでアンナローグを固定するかのように、ドアに貼りつく。
準備が終わると、アンナローグは、拳で軽くドアをノックした。
四本のリボンに、まるで電光掲示板のような赤い光の文字が浮かび、駆け抜ける。
しばらくすると、リボンがドアから離れ、アンナローグが目を開けた。
「ええと、ソナーというもので、この向こうの環境を測定しました。
今、映し出しますね」
アンナローグは、再び右腕の赤い腕輪を取り外した。
今度はそれを、直接手首にはめ込む。
すると一瞬の輝きの後、それは少々ごつい箱型のブレスレットになった。
アンナローグが、手近な壁にブレスレットを向けると、そこから映像が投射される。
そこには、紅い光で描かれたラインによる、3Dマップが浮かび上がっていた。
「まさか、こんなことまで出来るのか! 凄いな!」
突然、司が目をキラキラさせながら、興奮気味に喋る。
映像はアンナローグの右手で自由に回転・拡大が出来るようで、細かいところまで表現出来る様だ。
凱は、その映像をじっくり観察した。
「細かな部屋が連なっているみたいだな。
これだけ見ると、特段おかしなものはないように見えるが」
「アンナローグ、何か動いているものは?」
「特に反応ありませんでした」
「じゃあ、行くか」
念の為ブラスターキャノンを構え、凱がドアノブに手をかける。
ドアは意外なほど静かに開いた。
LEDライトに照らされ、浮かび上がったのは、やや古めかしいデスクが並べられた、ありふれた事務所のような部屋だ。
壁を覆うように並ぶキャビネットと、空っぽのスチール棚、思ったより新しそうに見えるOAチェア、そして散乱する紙くず。
ライトの光が届かないエリアに広がる闇が聊か不気味だが、確かに、ここまでは特に警戒を要するようなものは見当たらなかった。
アンナローグの分析があるせいか、司は、安堵してドアを閉じようとした。
ガツン!
「痛っ!」
「えっ?」
ドアを閉めようとした途端、何かがぶつかったような感触と、小さな悲鳴が聞こえた――ような気がした。
しかし、そこには何もない。
「変だな、気のせいか?」
「司さん、どうかされましたか?」
「いや、なんでもないよ」
もう一度やり直すと、ドアは問題なくパタンと閉まる。
司は首を傾げながら、奥へ進んでいく二人の後を追う。
ドアのすぐ傍では、頭をさすりながら佇んでいる、黒い影が居た。
地下一階の最初のフロアは、ほとんどが備品倉庫や大型の実験室、そしてその管理センターみたいなものばかりのようで、その中も綺麗に片付けられている。
他に残されているものは、ごみくずとスチールパイプの椅子、そして脚を折りたためる長テーブルくらいのものだ。
研究データはおろか、それを表示する端末まで丁寧に取り外されている。
また、何かが蠢いているrような気配はなく、またアンナローグも、今のところは異常を感知していない。
一時間ほど探索した三人は、一番奥にエレベーターのようなものを発見した。
「私が働いていたお屋敷の地下に、まさかエレベーターがあったなんて!」
「この広さから見ると、かなりの人数が勤めていたように感じるな」
「そうだな。
しかも、紙媒体が大量に使われていた痕跡がある。
こりゃあ、見た目の印象よりも古くから使われていた施設のようだな」
司は、足元に落ちているA4サイズの紙を拾い、ライトで照らす。
そこには
“のり弁4つ 頼みます”
と太いマジックで書かれており、司は無言でそれをくしゃくしゃに丸めた。
「見落としがなければ、これでこのフロアは全部確認したことになるか」
「エレベーターに電源は通っていないようです。
使えませんね」
「凄いな、あのお嬢ちゃん。
あの格好になると、なんでもわかるのか?」
不思議そうに尋ねる司に、凱は溜息を吐いて応える。
「あんた、あの子がふらついたとしても、支えたりしちゃダメだぜ」
「どうしてだ?」
「両腕が、間違いなく折れる」
「意味がわからんが」
「あの子、ああ見えても乗用車二台分くらいの重量があるからな。
支えようなんてしたら、ペシャンコだぜ」
凱の言葉に、司は、目を剥いてアンナローグを見る。
総重量約二トンとは思えない程に軽やかな動きで振り返ると、アンナローグは司に向かって小首を傾げた。
「あの、どうかされましたでしょうか?」
「い、いや、なんでもない」
と言いつつ、凱の腕を掴んで引き寄せる。
「どういうことなんだ? 物理法則を無視した存在なのか?
それとも、なんか特別なdisりなのか?」
「なんでそうなるんだ!
とにかく、ただ着替えただけじゃないってことだけ理解してくれ」
「うむ……」
司は、顎に指を当てながら、しげしげとアンナローグを眺める。
だんだん恥ずかしくなって来たのか、彼女は顔を真っ赤に染めて戸惑う。
「あ、あの、司さん……そんなにじっと見られると、その……」
「おっと、これは失礼」
凱に言われはしたものの、司は、どうしても彼女がそんな超重量の存在には思えなかった。
動く度にふんわりと揺らめくバタフライスリーブ、歩く度に翻る腰のリボンや短いスカートは、どんなに見ても普通の布地にしか見えず、愛美自身の白く綺麗な肌も、普通の人間のようにしか思えない。
だが、彼女の瞳がカメラの絞りのような造りになっている事と、額に煌く謎の機械が光を放っているのに気がつくと、さすがに認めざるを得なくなる。
司は、アンナローグの足元が僅かに光を放ち、足音がしていない事にも気付いた。
(よくわからんが、XENOとはまた違う特殊な存在なのかな)
明確な回答が得られない以上、今はそんな風に無理矢理納得するしかなかった。
三人は、フロアの奥に階段に通じる扉を発見する。
そこは特に施錠されている様子はなく、また階段自体も、踊り場で折り返すごくありふれた構造のようだ。
どちらかというと非常用階段のようにも思えるが、地上へは繋がっていない。
三人は、更に階段を下っていく。
一フロア下に先に降りたアンナローグは、先程と同じ調査を行い、フロアマップを空間に表示する。
「なんだか、いきなり構造が変化したな」
「真四角じゃないのか」
アンナローグが描いたマップは、三辺こそ直線で構成されているが、一辺だけは大きな曲線を描いた構造になっていた。
どうやらドアの向こうの空間は閉鎖されているようで、先程と違い、フロア全体の確認は出来ないようだ。
「どうします? 開けましょうか」
「ああ、頼む」
「行けそうな所はどんどん行った方がいいな。
我々がここに集まった意味が、見つかるまでは」
「そうだな、だが慎重にな」
「はい、わかりました」
アンナローグは、ゆっくりと扉を開く。
LEDライトの光に照らされ、浮かび上がったのは、奇妙な形状の大きな部屋だった。
ソナーによる調査の通り、部屋の一辺は大きく弧を描いた形状になっている。
そして、その側の壁は全体が厚手のガラスのようになっており、その脇には、ご丁寧に観葉植物の鉢がいくつも置かれている。
「造り物か」
「そうだな、一瞬びっくりした」
「ここは、何もなさそうですけど……なんでしょう、これは?」
「えっと、これ……本、だな」
その部屋は、どうやら娯楽室のようだ。
おおよそ十平米程の広さがあり、ところどころに柔らかそうなソファが置かれ、壁には大きな本棚が設置されている。
そこにはびっしりとコミックスが入れられており、少し昔の有名タイトルから、良く知らないものまで、かなりの冊数が揃えられている。
良く見ると、隅にはマッサージチェアなどもあり、これではまるでスーパー銭湯のようだ。
しかし、ソファにもマッサージチェアにも埃が積もっており、かなりの間放置されている事が窺える。
「こちら亀戸駅前派出所……か。
この巻があるってことは、少なくとも十年ちょい前までは稼動していたようだな」
「え、そ、そんな事でわかるのかよ?!」
驚いて振り返る凱に、司は、さも当然といった顔付きをする。
「まあ、警察だからな。
それくらいは常識の範疇だ」
「凄いんですね、警察の方って!
ほんの僅かな情報で、そこまで分析されるなんて、素晴らしいです!」
満面の笑顔で、全力で褒め称えるアンナローグに、司は戸惑いながら頬を赤らめる。
「それ絶対、警察としての情報じゃないだろ」
「言うなそれ以上」
ジト目で睨む凱の視線に気付き、司は振り払うように窓の方へ近付いた。
「地下にある施設に、こんな大きな窓があるというのも不自然だな。
いったい何のためだ?」
「わかりませんが、分析してみましょうか?」
「そうか、可能ならお願いできるかな」
「承知しました、司さん。
少々お待ちを――って、あれ?」
次の動作を始めようとした途端、不意に、アンナローグの動きが止まる。
やがて、両手を耳にあてがうと、静かに目を閉じた。
「何か、聴こえます」
「え?」
「こちらには、何も聴こえないが」
「アンナユニットの聴覚は、人間の数十万倍レベルだからな」
「ヒーロー物によくある設定か。
でも、こういう状況だと、そういうのが必要だってわかるな」
「……ローグ、何が聴こえる?」
司の呟きに聊か呆れながら、凱が尋ねる。
振り返ったアンナローグの顔は、こころなしか青ざめているようだ。
「足音です!」
「足音?」
「足音だと?!」
「はい、方向は、私達の位置から右下の方から。
しかも、人間の足音ではありません。
かなり大型の……二足歩行の生物のように感じられます」
「なんだと……」
「あ、ちょっと待ってください。
――もっと別な、引きずるような音もします」
「どういうことだ?
まさか、こんな所にもXENOが居るというのか?」
表情を引き締める司に、凱は囁くように告げる。
「実際、俺達はここから現われたXENOに襲われた。
他に潜んでいたって、不思議じゃない」
「引き払った施設に、XENOを残して行ったというわけか。
そりゃあまた、随分と念の入ったことで」
「ナイトシェイド、アンナローグと連携して、分析できるか?」
『既に実行中です。
――レポートを表示します』
ナイトシェイドの声と共に、凱の腕時計から映像が空間投影される。
そこには、音響から分析されたと思しき“音の正体”の推測情報が、映像付きで写されていた。
推定全重約五百キロ、推定全高約四メートル。
背面部と下腹部に、大きな体積を有する器官を持ち、深く背を曲げつつ徒歩で進行している。
また呼吸量から、かなりの大型であり、体温も高い。
床面への接触音とそのリズムから、三本脚で自重を支えている。
普通に考えるならば、それは巨大なシッポを持っているという事になるだろう。
音源の位置は、凱達の位置から約十三メートル下。
移動速度は遅く、移動方向こそこちらを向いてはいるものの、彼らに気付いているかは定かではない。
「そういえば、そんなバケモノが居るなら、何故今まで地上に出て来なかったんだ?」
司の疑問は、凱やアンナローグの抱くものと同じだ。
自分達がここまで来るのに何の障害もなかった以上、もしXENOと思しきものがここまで辿り着いたら、地上に出てしまうのは簡単なことの筈。
事実、オークは地上に出てしまった。
「もしかしたら、こことバケモノが居るエリアは、何かで隔てられているのかな?」
「かもしれんが……長年閉鎖されている施設の廃墟内で、どうして生き永らえているんだ?
そのバケモノは」
凱と司が、それぞれ疑問を述べる。
しかし、今ここで回答が出る筈もない。
三人は話し合いの結果、足音に注意を払いながらも、もう少し先へ進んでみようということになった。
娯楽室には、これ以上新たな発見はなさそうだ。
アンナローグは、娯楽室から外に出るためのドアを調べ始めたが、その時、凱が奇妙な反応を示した。
「ちょっと待った、あれ何だ?」
凱は、窓の方を指差している。
二人は指された方向から、窓の外を窺ってみた。
下の方に、明かりのような物が見える。
「随分下の方だが……明らかに明かりだよな?」
「この窓の外、もしかして吹き抜けみたいになっているのかな」
「この外に出られれば、私が調べて参りますが」
「いやちょっと待て、それより――」
凱がそこまで話した時、突然、大きな変化が起きた。
アンナローグも司も、思わず喫驚する。
「な?!」
「何が起こったんだ?」
「これは――」
凱と司は、一瞬目線を合わせた後、持っているLEDライトを消す。
そしてアンナローグは、不思議そうに天井を見上げた。
――建物内の照明が、突如、全て点灯したのだ。
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