【遭遇】
「な?!」
「何が起こったんだ?」
「これは――」
凱と司は、一瞬目線を合わせた後、持っているLEDライトを消す。
そしてアンナローグは、不思議そうに天井を見上げた。
――建物内の照明が、突如、全て点灯したのだ。
美神戦隊アンナセイヴァー
第66話【遭遇】
「状況をどう見る? 北条君」
「ここの主様に、バレちまったって以外ないだろうね」
「そんなとこだな」
「あ、あの、人が入ると自動的に電気が点くシステムとかではないんでしょうか?」
「それなら、もっと前に明るくなってるだろうさ」
「そ、そうですよね、すみません」
急な状況変化に驚いた三人は、しばらく様子見の為その場で待機していたが、特にこれ以上変化が起きる様子はない。
アンナローグはまた耳を澄ますようなポーズを取ると、ホッと息を吐いた。
「足音が、聞こえなくなりました」
「どうする、司さん?」
「無論、先に進もう」
「でも、鷹風ナオトさんは、ここにお二人を来させて、何をさせたかったんでしょう?」
ふとアンナローグが漏らした疑問は、凱や司も抱いているものだ。
確かに、こんな山奥にここまで大規模な地下施設が隠されているというだけでも驚きの事実だが、まだ決定的な何かが足りない。
それを得なければ、わざわざここに調査に来た意味がない。
「少なくとも俺は、この施設がXENO絡みの研究施設跡だったという“証拠”を持ち帰る必要がある」
司が、まるで独り言のように呟く。
それを聞き、凱が少し眉をしかめた。
「警察の捜査なら、もっと大勢で乗り込んでくるもんだと思うんだが、そういうものじゃないのか」
「実は、それをやってえらい損害を既に出してしまったことがあってな」
「それって、もしかしてニュースでやってた、あの」
「ああ、そうだ。
君達も知っているだろう?
新宿にも現われた、あの竜が犯人だ」
「竜……ワイバーンのことですね?」
「ワイ……なんだって?」
「ああ、俺達が呼んでいる呼称だ。気にしないでくれ」
「そうか、ワイバーンか。
確かに、腕がなかったし火も吐かなかったからな。
そうだな、そっちのが正しいか」
司は、何故か酷く納得したようで、一人で何度も頷いている。
凱は、もしかしたらこの男は、勇次と似た感性の持ち主なのかもと思い始めた。
しばらく後、アンナローグの調査で、更に奥へ続くドアの向こうが安全であることが判明する。
意を決して、三人は未知の領域に繋がるドアを開けた。
「なんだ、普通のマンションみたいだな」
拍子抜けしたような口調で、司が呟く。
そこには、ひたすらまっすくに伸びる廊下と、右手側にずらりと並ぶドアがあった。
空気が停滞しているせいか少々かび臭いが、それ以外は想像以上に綺麗で、明かりが灯っていることもあって意外に清潔感を覚える。
物音は一切せず、静寂が支配しており、同時に人の気配も全くない。
アンナローグは、しばらく音に警戒しながら進んでいたが、途中から普通に歩き出す。
その後姿を見て、司は、凱に軽く肘打ちをした。
「つかぬことを聞くが」
「なんだい?」
「その、なんで彼女は、あんな格好なんだ?
それに、他にも何人かいただろ?
制服みたいなものなのか?」
「ああ、あれは……俺も良くわからない」
「てっきり君の趣味かと」
「言っとくけど、俺がアンナユニットをデザインしたわけじゃないからな」
「そもそも、アンナユニットというのは何だ?
あの子の着ている服のことか」
「説明すると長くなるんで要約すると……まあ、パワードスーツみたいなもんかな」
「あんなにスカートが短すぎる破廉恥なパワードスーツがあるのか」
「ハレンチ言うな」
おっさんが二人でこしょこしょ話をしていると、いつの間にかアンナローグがこちらを振り返り、ほっぺたを膨らませている。
「あの、全部聞こえてますよ!」
「え? あ」
「ご、ごめん……ローグ」
「もう、えっちなお話はダメですよ!」
「は、はぁい」
ぷんぷん怒りながら、アンナローグがお尻を押さえつつ二人を睨む。
が、すぐに普段通りの顔に戻り、周囲に気を配る。
司は、ドアと向かい合うように張り巡らされた大きな窓に注目し、外を覗いてみた。
「やはり、この外は吹き抜けだな。
下の方に、中庭のような場所がある」
廊下の左手側は壁ではなく、すべてガラス張りである。
かなり厚手の、恐らく強化ガラスではないかと思われる丈夫そうなもので、吹き抜けを挟んだ反対側の棟も同様の構造のようだ。
中庭は目測で四階層ほど下にあるようで、ちょっとしたショッピングモールのような印象すらある。
少なくとも、地下にある施設のようには思えず、また「研究所」という名称から来るイメージからは大きくかけ離れているのは確かだ。
「いったいどんだけ金かかってんだよ、この施設自体で」
「階層はともかく、ちょっとした大型マンション規模に思えるな。
奴はこんな所で働いていたのか」
「奴?」
「誰のことだ?」
「いや、なんでもない。
どうする? このドアの向こう、調べるか?」
「そうですね、せっかくですから」
そう言うと、アンナローグは躊躇わずに手近なドアを開ける。
既に向こうの空間の状況を察しているのか、動きに全く躊躇がない。
ドアの向こうは、だいたい十畳くらいの広さがある、1LDKのような個室だった。
ベッドや備え付けの棚、クローゼットはそのままだが、それ以外は全て片付けられた後のようだ。
時代を感じさせない綺麗な造りではあるが、窓もなく、広さの割に閉鎖感が酷い。
凱は、こんな部屋には住みたくないなと素直に感じた。
「ということは、ここは研究所員の寝床ってところだろうな」
「これの上に建っていた屋敷にも、こんな感じの個室があったぜ。
どんだけ人数がいたんだよって話だ」
「本当にそうです。
こんなに大勢の人が住んでいる所が、私の仕事場の下にあったなんて、とてもショックです」
「そういえば、愛美ちゃんがお屋敷で仕事を始めたのって、どのくらい前だったっけ?」
「そうですね、おおよそ二年位前です」
「だとしたら、その頃にはもうとっくに放棄されていたんじゃないかな」
「そう……ですよね」
「二年……か」
その言葉を聞いて、司は突然スマホを取り出し、何かを確認し始める。
居住エリアと思われるブロックを抜けると、そこにはランドリールームや共同浴場のようなものまであり、その設備の意外な充実振りに、司達は驚かされる。
しかし、二つ目の娯楽室と思われる部屋を抜けた辺りで、突然雰囲気が変化した。
「これは、なんでしょう?」
「エレベーターみたいだな」
三人の目の前に、それまでの温かな色合いの壁紙ではなく、純白の壁で覆われた部屋が現われた。
そこは三方に観音開きのドアが設置されている。
凱がエレベーターと判断したのは、その脇にボタンが配置されているからだ。
「さしあたり、出勤路ってとこかな」
「ということは、この下が本丸ってことか」
「どうしましょう? エレベーターは動くのでしょうか?」
「通電しているみたいだし、多分いけるだろうが……」
「普通に考えたら、罠だよな、これ」
「同感だな。ドアが開いた途端、XENOが大量に襲い掛かってくるとかはなしで願いたいな」
「それじゃゾンビ映画だぜ、司さんよ」
「違いないな」
そこまで話して、凱と司は突然笑い出した。
意味がわからないアンナローグだけが、置いてけぼりだ。
エレベーターは三機あるものの、分散は危険という意見の一致に基き、真正面の一台に搭乗することに決める。
案の定、下行きのボタンを押すとランプが点き、微かなモーターの駆動音が聞こえて来た。
電源が入ったということは、ここで待ち構えている何かによる「誘い」であることは、疑いようがない。
これほどの設備であるなら、恐らく監視カメラも備え付けられているだろうが、今更それを回避しようとしても大きな意味はないだろうというのが、凱と司の共通見解だった。
一階下に降り、アンナローグのソナーで事前調査した結果、特に異常はなさそうなのでエレベーターから降りる。
そこは広大なスペースにテーブルや椅子、ガラスの張られたキャビネット等が置かれている、如何にも研究室といった風情の場所だった。
天井には大きな配管が幾重にも張り巡らされ、テーブルには如何にもといった雰囲気のビーカーやフラスコ、何かの計量器のようなものが残されている。
一見すると、つい昨日まで使われていたようにも思える綺麗さで、特に荒らされたような気配も見えないが、壁に設置されている何かの実験設備のような棚からは、何かを無理矢理引き千切ったような損傷が見受けられる。
しばらく室内を観察していた司は、懐から手袋を取り出すと、それを凱に投げ渡した。
「これを着けるんだ。
指紋を残さないようにな」
「意味あるのか? それ」
「念のための用心だ。
もし、いずれここに警察が踏み込んで調査なんて話になったら、ややこしいことになる」
「そういうことか。了解」
自分用の手袋を嵌めながら、司はアンナローグの方を向く。
「お嬢さんは、手袋を着けているから大丈夫だよな?」
「はい。
でもこれ、手袋じゃないんですよね、そうにしか見えないんですけど」
そう言うと、アンナローグは司の手を握った。
一瞬顔を赤らめるが、掌から伝わる冷たい感触にハッとさせられる。
「なんだこれは。冷たくて、硬いな。
まるで金属じゃないか」
「言ったろ、その子は今、パワードスーツを操縦している状態なんだ。
だからその手も、ホンモノの手じゃなくて、機械の手だ」
「なんだか信じられない話だが……現実なのか、これは」
「司さん、体温36.5度、心拍数132、ですね」
「そんなこともわかってしまうのか」
「はい、今私の視界の中に、司さんの手から分析出来るデータが表示されているんです」
「恐れ入った。このままじゃ知能指数やIQまでばれてしまいそうだ」
「そこまでは無理だろ、さすがに」
ニヤニヤしながら二人のやり取りを眺めていた凱は、ふと、視界の端にあるものを見止めた。
「これは、もしかして案内図か?」
「本当ですね、館内案内図って書いてあります」
金属製のプレートに刻まれた、この階のフロアマップのようなものが、壁に貼り付けられている。
司はすかさずそれを撮影し、凱は現在位置からフロアの全貌を探る。
「この奥に、もう一つ研究フロアがあるようだな。
“C管理部”って、なんだこりゃ?」
「どうやら、ここの一帯がその部門に分けられているようだ。
私はちょっと、キャビネットを調べてみたい」
「了解。
アンナローグ、俺達も何かないか手分けして調べよう」
「わかりました!」
その応えを合図にするように、三人はそれぞれ調べたい場所に移動する。
全員の姿がそれぞれの有視界内に捉えられるように、大きく離れない。
司は、先ほどから目に付いていたキャビネットに近付くと、扉を開けて中を確認する。
しかし、中身は殆ど持ち去られており、ただごっそりと何もない空間が覗くだけだった。
(さすがに残したりはしてないか)
次々にキャビネットを開いていき、少しでも何か残っていないかを探る。
だが司には、ここにはまだXENOの真相に迫るものはないだろう、という予感はしていた。
恐らく、XENOの重要研究施設は、ここより深い位置になる。
それはわかってはいるのだが、それでも調べられるところは調べておかなければ、という意識が働く。
司は、なんだかんだで自分も検察官なんだなと、自嘲気味にほくそ笑む。
五つほどキャビネットを調べ、次に取り掛かろうと移動した瞬間、司は、自分のすぐ傍を誰かが通り抜けるような感覚を覚え、足を止めた。
凱とアンナローグは、数メートル離れた所で、一緒にテーブルの棚の中を調べている。
(気のせいか……?)
首を傾げながら、調査に戻る。
しばらく後、別な場所でキャビネットが開けられたような音がして、司は思わず反応した。
(誰かいるのか?)
音がした方には、二人は居ない。
何かを話し合っているようで、音には気付いていないようだった。
司は、懐の得物を確認すると、音のした方へゆっくりと進んでいく。
しかし、そこには誰もおらず、しかも開いているキャビネットも見受けられなかった。
(空耳か聞き違いか?)
そう思って戻ろうとするが、何か奇妙な感覚を覚え、司はもう一度、音がした辺りに行ってみることにした。
よく見ると、一箇所キャビネットの扉が開けられている。
開けてみると、そこも空っぽのようだが、奥の方に何か塊のようなものが見受けられる。
手にとって見ると、それは黒い表紙のバインダーだった。
その隙間から、何かがポトリと落ちる。
拾い上げたそれは、七~八センチくらいの大きさのUSBメモリだった。
形状からしてかなり古いタイプの商品のようだが、司は、それをそっと懐に忍ばせた。
「このファイルは……人造、育成生態、について最終報告……?」
司は、ファイルに閉じられている書類をざっと眺めた後、それを一ページずつ撮影した。
(しかし、何故これがたった一冊だけ残されているんだ?
まるで、誰かが俺の為に、ここに置いてくれたみたいじゃないか)
もう一度黒いファイルを読み返そうとした途端、不意に、背後から凱の声が聞こえた。
「司さん! 来てくれ!」
「どうしたんだ?」
「あのドアから、誰かがこちらを覗いていたんだ!」
「なんだって?」
そう言いながら、凱は、まだ進んでいないエリアに続くドアを指差す。
ドアは大きく開け放たれているが、よく見るとアンナローグの姿がない。
「あの子はどうした?」
「今、後を追った」
「どんな感じの奴だった?」
「ちらっとしか見てないけど、白っぽい服を着た、なんだか幽霊みたいな奴だった」
「本当に幽霊だったりしてな」
「勘弁して欲しいぜ、そういうオカルトな展開はさ」
二人は一瞬目線を合わせると、各々懐に手を居れたまま、アンナローグの後を追うようにドアへと走った。
「見失った……? AIさん、どうでしょう、わかりますか?」
アンナローグの質問に、視界が切り替わる。
熱源探知(サーモグラフィー)となり、暗転して青や黄色、紫が入り混じったような映像が映る。
床には、足跡と思われるものが点々と続いてはいるが、既に青くなり始めている。
アンナローグは、必死でその反応を追いかけた。
突然複雑化した通路を進んでいたところで、遂に反応は途切れた。
通路を挟んだ形で左右に配されたドアを片っ端から開けて行くが、先程の人物らしき姿は発見できない。
だが、空き部屋の中には、明らかに異質な研究設備の跡が点在していた。
フロア中央部にあたる大部屋の中には、何やら巨大な機器が設置されていたようで、変色した床の色が確認できる上、複雑な配線の痕跡が見られる。
また、異様に大きなチューブのようなものが外壁に繋げられており、それを無理矢理取り外したかのような跡まである。
更には、無数の端末とモニター、周辺機器が散乱している。
その様子は、まるでバットで片っ端から叩き壊して回ったかのようであり、先ほど三人で調査した部屋の片付き具合とは真逆の有様だ。
「なんて酷い……」
『よっぽとここを調査されるとまずかったみたいね』
「そのようですね。
――って、えっ?!」
無意識に“誰か”と会話してしまい、アンナローグは、思わず辺りをきょろきょろと見回す。
「え、AIさん、今、誰か近くにいましたか?」
AIは、質問に対して、こちらに向かって走ってくる司と凱の位置を表示してみせる。
(聞き違いなのかな。
でも、なんだか女性の声だったような)
数分後、司と凱が合流する。
アンナローグは、謎の人物を見失った事と、この周辺の状況を大雑把に伝えた。
「これはまた、随分と派手にぶっ壊したもんだな」
「片付けるよりも、ぶっ壊す方の隠滅を選択したのか。
時間に追われてたのかな」
「見ろよ、デスクトップが叩き潰されてる。
この分じゃハードディスクもダメだろうな」
かろうじて無傷で残っている周辺機器を物色しながら、司が呟く。
「これからどうしましょう?
まだ先があるようですが」
「行くだけいってみよう。
徐々に核心に近付いているかもしれないしな」
「かもな」
地下に入り込んで、もう三時間が経過しようとしている。
凱は、アンナローグに一旦実装を解くように指示すると、持参した携帯食料と水の入ったミニペットボトルを配った。
「いいのか、私の分も」
「ああ、最初から三人って見込みだったからな。
ただ、これ一食しかないから、あまり長居は出来ないぜ」
「ありがとうございます、凱さん。
実は、とても喉が渇いていまして」
「そういやこの施設内は、えらく空気が乾燥している気がするな。
地下ならもっと湿度が高いんじゃないかと思ったが」
ブロック型の固形食を齧りながら、司が天井を見上げ、呟く。
「もしかしたら、空調管理システムとかは、ずっと稼働中だったのかな?」
「だとしたら、何のためにって話だが――」
司の言葉が、不意に止まる。
同時に、愛美も顔を上げた。
「今の、聞こえたか?」
「え、何が?」
「はい、聞こえました!
なんだか、悲鳴のような」
「マジかよ! どうする?!」
「楽しいお食事の時間は、いきなりの中断だな」
「もしかして、さっきの?!」
「愛美ちゃん、念のため、もう一度実装しといてくれ。
司さんは、俺と先に」
「うむ」
部屋を飛び出し、周囲に気を配りながら、悲鳴が聞こえたとされる方向を目指そうとする。
だが数十秒後、
ズン…
ズン…
ズン…
どこからか、腹に響くような重たく鈍い音が、通路の彼方から聞こえて来た。
「ゲゲゲの鬼太郎なら、ここで妖怪アンテナが立つんだろうな」
そう言いながら、凱は真剣な表情のまま、自分の前髪を摘んでみせる。
「前から不思議なんだが、すぐ傍に仲間の妖怪がいるのに、普段は反応しないんだよなアレ」
「いきなり何言い出すんだ、アンタ」
「緊張感のあまり口が滑ってな」
「随分と器用な口の滑り方をするな」
「お、お待たせしましたー!」
アンナローグが、浮遊音を鳴らしながらやって来る。
と同時に、通路の彼方から響いていた謎の音が、止んだ。
「――十メートル程離れたところで、呼吸音が検知されました。
間違いなく、誰かが居ます」
アンナローグが、両耳に手を翳して呟く。
それを聞いた二人は、額に冷や汗を流しながら、お互いに何かを確信した。
「いよいよ、ここの主様と遭遇か」
「ローグ、転送兵器を準備しておいてくれ。
君の力を借りなければならないかもしれない」
「わ、わかりました!」
アンナローグは、左上腕のリングを外すを、それを転換してアサルトダガーを装備する。
凱と司も銃を取り出し、通路の交差点で身を隠しながら、全神経をその先に伸びる通路へと向けた。
だが――
「そこから先へ行ってはいかん」
突然、背後から男性の声が響いた。
「な?!」
「!!」
「えっ?!」
振り返るよりも早く、三人は左右に転がり、体勢を整え武器を構える。
そこには、白衣をまとった老人が佇んでいた。
医師や研究員というよりは、まるで病院に入院している患者といった風情だ。
真っ白な髪、真っ白な髭、そしてやや背中が曲がった姿勢。
老人の男性は、細い目をカッと見開き、三人を順番にじっくりと見つめた。
「い、いつの間に俺達の背後に?!」
「ぜ、全然わかりませんでした……」
突然のことに動揺が収まらない凱とアンナローグは、驚きの表情で老人を見つめる。
白衣の老人は、まるで台本を棒読みするかのような、抑揚のない声で話しかけて来た。
「この奥の床下には、高圧電流が流れている。
不用意に入ったら黒コゲになるぞ」
「なんだって?!」
老人の身長は165センチくらい、かなりの老齢だ。
二人にまったく気配を感じさせなかったが、とても体術や戦闘術に長けているようには見えない。
「君達は、何者かね?」
「それは、こっちが聞きたいくらいだかね」
「ほほ、侵入者の分際で、生意気な事を言うな、小僧。
私は――」
「井村大玄(いむらだいげん)」
今まで黙っていた司が、搾り出すような声で言い放つ。
「えっ、い、井村?」
「そ、それって……」
目を剥くアンナローグに、戸惑いの表情を浮かべる凱、そして全く身動き一つしない老人。
それに対し、司は先程までのどこか温和な雰囲気を打ち消し、真っ向から老人を睨みつけた。
「まさか、こんな所であんたに出会えるとはな。
ここまで来た甲斐があったというものだ」
「ほう、私を知っているのかね、君は」
顎鬚を撫でながら、品定めするような目で見つめてくる。
そんな老人に、司は、改めて銃口を向けた。
「ああ、私は一度、あなたに逢っているのでね。
――もう、二十年以上前になるが」
司の人差し指は、引き金にかけられていた。
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