【階段】

 

 司十蔵。

 北条凱。

 そして、千葉愛美。


 鷹風ナオトの思惑により、赤城山の山中奥深くに存在していた“井村邸”跡に集った三人は、ナイトシェイドの分析により発見された「地下へ続く階段」を目指して歩く。

 

「それにしても、離れた場所からそんな隠し階段がわかる優秀な相棒がいるなら、是非同行してもらいたいものだな」


「無理……それは、無理」


「何故だ? 人数制限があるでもなし」


「あはっ、単純に、中に入れないんですよ」


「入れない? ふとっちょなのかい?」


「いえ、ナイトシェイドさんはもっとこの、おおきな――ムギュ」


「ま、愛美ちゃん、頼むから、ちょっと黙ってて……」


 顔を手で覆いながら、凱はとぼとぼと階段があるとされる場所へ歩いていった。

 

 




 美神戦隊アンナセイヴァー


 第64話【階段】

 




 凱がかつて井村邸を訪れた際は、外部からの建造物内スキャンは行えなかった。

 恐らく、建物全体にスキャニングを防止する機能を有した素材を張り巡らせるか、高度なジャミング機能を持つセキュリティシステムが組み込まれていたのだろう。

 その為、以前はナイトシェイドの能力を持ってしても、井村邸の“地下”に関しては、見通すどころか、その存在すら感知することは出来なかった。

 しかし、建物そのものがなくなった今となっては、以前よりは遥かに情報収集がしやすくなっている。

 とはいえ、凱がナイトシェイドから受け取れたのは、あくまで階段の位置のみ。

 それより下は、相変わらずスキャンが及ばない状況だった。


(という事は、この地下のセキュリティシステムは独立していて、しかもいまだご健在といったところか)


 地下への階段があるとされている位置まで来るが、はたから見る分には、全くそれとはわからない。

 よほど巧妙にカムフラージュされているように感じるが、手を触れてみると、その部分だけ手触りが奇妙だ。

 

「ここ、下に何か硬い板みたいなものがあるな」


「どうする? 何かでほじくってみるか?」


「三人で、協力して手で掘りますか?」


「いやいや、そんなまどろっこしい事はしてらんないよ。

 ――さてと、司さん」


 凱は立ち上がると、司に向き直った。


「すまないが、一つお願いしたい」


「なんだ?」


「これから見る事は、内密にしてもらいたいんだ」


「ほぉ? それは内容によるな」


「ここで承諾してもらわないと、ここから先に進めない」


「要は、特別に現行犯逮捕は勘弁してくれって奴か?」


「ああ、まあ、そういう方面かもな」


「何をやる気なんだ? 北条君」


「この辺の地面を、丸ごと吹き飛ばす」


 凱の言葉に、司は無表情で、愛美は目を見開いて反応する。


「ええっ?! そ、そんな事が出来るんですか?!」


「なんだか色々なツールを持っていそうな格好だなと思ってたが。

 ――わかった、今ここに居るのは警察官の司警部じゃなくて、一個人の司としよう」


「あんた、警部だったのか。

 ありがとうさん!」


 そう言うが早いか、凱は懐から大型の拳銃――のような装備・ブラスターキャノンを取り出す。

 そのごつさに、さすがの司も目を剥いた。


 ブラスターキャノンの側面部が自動的に開き、小さなモニタが出現する。


「エアロブースター」


“Ready.”


 電子音声が響き、画面の中で何かのアイコンが点灯する。

 凱は、二人を後ろに移動させると、徐に銃口を地面に向けた。

 と同時に、凱の両足首に嵌められた機器が光を放つ。

 引き金を引いた瞬間、銃口から、激しい音を立てて何かが噴き出された。

 ゴオッ! という大きな音に混じり、バコッ! という破壊音が轟く。

 ほんの一瞬で、凱の立っていた場所の手前の地面は、ごっそりと消し飛ばされていた。


 二メートル四方ほどの大きさの、鉄の蓋のようなものが露出する。


 三人の視線が集中した。


「地下室の扉、ですか?

 こんなものが、お屋敷の中にあったなんて……全然知りませんでした!」


「このあたりは、愛美ちゃんが入ったことのない所だったんだろう?

 なら、しょうがないさ」


 ショックを受けている愛美の肩を優しく叩くと、凱はブラスターキャノンを懐にしまう。

 少し間を開けて、何故か司が拍手をする。


「大したドライヤーだな」


「ドライヤー?」


「ああ、ドライヤーだろ? 風で吹き飛ばしたんだから」


「ああ……そういうことな」


「そういうことだ」


 はにかむ凱に、ウィンクをする司。

 男同士の意味不明なアイコンタクトに、愛美は小首を傾げた。


「あの、ところで、この下に入り込むのですか?」


「ああそうだよ、愛美ちゃん」


「あの、でも、どうやって入ればいいんでしょう?」


「そりゃあ、この蓋を開けて――って、あれ?」


「なるほど、そう簡単には先に進ませてもらえないようだな」


 横から覗き込むように、司が状況を確認する。

 地下に続く階段を塞ぐ蓋のようなものは、どこにも手をかける場所がなく、隙間も見当たらない。

 まるで、内側から穴とぴったり同じ大きさの板をはめ込んだような状態なのだ。

 濁ったアイボリーの鉄板が、太陽の光を受けて憎々しげに光っている。

 なんとか開ける方法がないものかと、三人は叩いたり押したりしてみたが、蓋はびくともしない。


「ナイトシェイド、この蓋を開けることは出来そうか?」


 凱が腕時計に向かって話しかける。

 一瞬奇異な目で見ていた司だが、すぐに女性の声が返って来たのを見て、ぎょっとする。


『この蓋は、物理的な鍵によって封じられています。

 電子ロックの類は検出されませんでした』


「なんだってぇ? じゃあどうやってこれ嵌めたんだよ?」


「どうしましょう? 諦めますか?」


「これ、爆弾か何かで吹き飛ばせないものかな」


「司さん、そんなもの持ってるのか?」


「いや、君が持ってないかなって」


「持ってない!」


「じゃあ、さっきのあの大きな銃は?」


「出来るかもしれないが、この中からXENOが出て来たらえらいことだよ」


「ほぉ? そんな可能性が?」


 おどける司に、凱は、以前井村邸に入り込んだ時の出来事を、かいつまんで説明する。

 豚顔の巨人が出て来て、というところで、司の眉がぴくりと動いた。


「アレが出て来たのか。そりゃあまずいな」


「知ってるのか、あんた?」


「ああ、実は同じタイプのXENOと出会ったことがあってね」


「あんた、良く生きてたな!」


「す、凄いですね司さん!

 もしかして、とっても強いんですか?」


「そういうわけじゃないけど、悪運が強いというのは、今回よく自覚出来たよ。

 それより、さっきの女性の声は?」


「あ、ナイトシェイドさんです!」


「ま、愛美ちゃん、一応秘密事項だからな、軽々しく……」


 そこまで言った瞬間、凱は、ある事を思い出し、愛美をマジマジと見つめた。


「愛美ちゃん、もしかして、アレならいけるかな?」


「アレ? アレってなんでしょう?」


「ホラ、これこれ」


 そう言いながら、凱は自分の左前腕を指差す。

 しばらく意味がわからなかったが、


「ああ! ロックアナライザーですね!?」


「わっ! バカ、声がでかい!!」


「ひぃっ、す、すみませぇん!」


「なんだ、まだ何か秘密兵器があるのか?」


 不思議そうに覗き込んでくる司を適当にあしらいながら、凱は愛美を眺める。

 ロックアナライザーというのは、あらゆる鍵を外してしまう装備だ。

 電子ロック以外でも、単純な構造の物理鍵まで開けてしまえるらしい。

 この場合とても有効そうに思えるが、一つ大きな問題がある。

 それは――


「で、でも、ここで実装するんですか?

 あの、司さんがいらっしゃいますし……」


「そうだよな、なんとかこう、俺が彼の注意を引いて――」


「誰が誰の注意を引くって?」


「ひぃっ!!」


「うおっ?!」


「部外者が混じっていると不便そうだな」


「あ、ああ、まあな」


 司の言う通り、確かにやりにくい。

 普段なら、“SAVE.”のメンバーだけで手っ取り早く進めてしまう所だが、部外者しかも警察関係者ともなると、迂闊な行動が取れなくなる。

 しかも、司は何を考えているのが掴みどころのない、少々得体の知れない部分がある。

 いったい何故、鷹風ナオトはこんな人物を、よりによってこんな所で合流させたのか、意図が全く読めない。

 色々考えた末、凱は一旦蓋の件は諦めて、司と話すことにした。


「なあ、司さん」


「なんだ?」


「正直、あんたがいるとやりにくい。

 ここから立ち去ってくれ、とまではいわんが、少しばかり席を外してもらうことは出来ないか」


「それはできない相談だな」


 即答で、返される。

 

「君達“SAVE.”というものが、どのような存在で、どのような装備を持っているのか、個人的に非常に興味があってな。

 さっきのドライヤーといい、その腕時計といい、君達の装備は我々の認識を遥かに超えている。

 それが、XENOとの闘いでどのように行使されているものなのか、この目でじっくり拝見させて欲しくてな」


「そういう話を、鷹風に?」


「いや、今初めて口にしたな」


「そうかよ……わかった」


 吐き捨てるように呟くと、凱は、踵を返す振りをして懐に手を入れる。

 ブラスターキャノンを掴み、振り返り様にホルスターから引き抜こうとする。

 だが――


「きゃっ!」


 愛美が、短い悲鳴を上げる。


「な……!!」


 コートの中から、ブラスターキャノンの一部が見えた瞬間。

 司の拳銃が、凱の眼前に構えられていた。

 予備動作など、全くわからなかった。


(は、早ぇ!!)


「二回は、死んでたな」


「な、なに?」


「動作に無駄が多い」


「……」


 司の指は、容赦なくトリガーにかかっている。

 それを見止めた凱は、溜息を吐くと、ゆっくり銃から手を離した。


「な、何が起きたんですか?! 全然わかりませんでした……」


 凱と司を交互にきょろきょろ見回しながら、愛美がうろたえる。

 凱が両手を上げたのを確認すると、司は安全装置をかけ、銃をしまう。


「ちなみに、今君がそれを撃っていたら、俺はどうなった?」


「死ぬわけじゃない。

 しばらくの間、気を失うだけだ」


「スタンガンみたいなもんか? そういう機能もあるのか」


「まあ、そんなとこだ」


「まるで銃の十得ナイフみたいだな」


 凱に両手を下げるよう指示して、司は改めて二人に告げる。


「何を企んだかは知らんが、こうなった以上、私に対する下手な隠し事は止めておくんだな。

 君の言う通り、こんなやりとりを続けていたんじゃ、いつまでも先に進まない。

 俺も時間制限があるんでね、手っ取り早く済ませられるなら、最短の方法をお願いしたい」


「それは、ドライヤー的な意味でか?」


「ドライヤー的な意味で、だ」


「ああそうか、わかったよ。

 ――愛美ちゃん、そういうわけだ。いっちょ頼む」


 諦め切った顔で、凱は愛美を見つめる。

 その視線が、自分の胸元に注がれていることに気付いた彼女は、サークレットをそっと握り締める。


「い、いいのですか?」


「やむを得ない。

 どのみち、もし地下に潜ってXENOが出たりしたら、選択の余地はないんだしな」


「わ、わかりました。

 ――お二人とも、もう少し後ろに下がってください」


 愛美は、両手を突き出して二人を後ずらせると、一瞬空を見上げ、覚悟を決めた。


「では、参ります。

 ――チャージ・アーップ!!」


“Voice key authentication.

 Check the pilot's coordinates, transfer ANNA-UNIT, and start measurement for INNER-FRAME formation.

 We will receive UNIT internal equipment and perform three-dimensional configuration, and move on to OUTER-FRAME formation measurement.

 After digitizing the pilot's decorations, it is stored as data.”


 愛美が、実装コードを詠唱する。

 途端に、彼女の周囲に光の渦が巻き起こり、まるで竜巻のように膨れ上がった。


「な、なんだこれは?!」


「あ~、心配は要らない。すぐ終わる」


「ぬ……!」


 両腕で顔を覆いながらも、隙間から様子を窺う。

 司の目に入ったのは、光の渦の隙間から垣間見える愛美のシルエットと、それを包み込むように現われた巨大なメカの姿だった。

 しかし、それもまた光に溶け込み、判別がつかなくなる。


 やがて光が霧散し、その中から、全身グレーのアンナローグが姿を現した。


“Switch the system to fully release the original specifications.

 Each part functions normally, and the support AI system is all green.

 Reboot the system.


 ANX-06R ANNA-ROGUE, READY.”


 システムの自動詠唱と共に、髪やメイド服が、鮮やかなピンク色に変化していく。

 はためくスカートやリボン、髪がふんわりと落ち着くと、機械の起動音と共に、瞳の中の光が輝き出す。


 そこには、高円寺や新宿で司を救った、あの“コスプレ少女”が佇んでいた。


 さすがの司も、これには驚きを禁じえない。


「こ、これは……あの時の!」


「知っているのか、あんた?」


「ああ、ずっと捜していたんだ、彼女をな」


「なんだって?」


「今回は、これだけでここまで来た甲斐があったというものだ」


 うっとりするような表情で、愛美が実装したアンナローグを見つめる。

 右上腕の腕輪を取り出そうとしたその時、司が、ゆっくりと歩み寄ってきた。


「驚いた、君があの時の人だったんだな。

 二度も命を救われた礼を言わせて欲しい」


「そ、そんな、私は当たり前のことをしただけですし……」


「それでも、今私がここに生きてるのは、君のおかげだ。

 ありがとう、本当に感謝しているよ」


「お、恐れ入ります……」


 真正面から礼を述べられ、愛美――アンナローグは、顔を真っ赤にして俯く。

 

「それにしても、この瞬間コスプレはいったいどういう原理なんだ?

 これでXENOと闘えるようになる理屈も、わからないんだが」


 不思議そうにしげしげと見つめる司と、益々恥ずかしそうにもじもじするアンナローグ。

 あまりにもジロジロ見過ぎな様子に、さすがの凱も咳払いをした。


「おいちょっと、セクハラ案件一歩手前だぜ、わきまえてくれよ」


「おっと、それは失礼。

 君達“SAVE.”は、コスプレすると強くなる新システムを開発したのか?」


 あまりに素っ頓狂なことを言い出す司の態度に、凱は思わず吹き出しそうになった。


「コスプレではないんだが……

 司さん、悪いが、今のことも口外しないで欲しい。

 色々と厄介なことになるんでな」


 ばつの悪そうな表情で、凱が頼み込む。

 彼が言っていることが、最近ネット上をざわめかせている「謎のコスプレ集団」の件に絡んでいるだろうことは、司にも容易に理解出来た。


 もう一度アンナローグを眺めると、司は数歩下がり、素直に快諾の意を示した。


「分かっている。今ここに居るのは、あくまで個人の司だからな」


「……」


「それに、ここで呑気に問答をしている場合ではないからな。

 それで、彼女はこれからどうする?」


「はい、こうします」


 アンナローグは、軽く頷くと右上腕に嵌められた腕輪を取り外す。

 すると、腕輪が激しく光り、次の瞬間、アンナローグの左前腕に手甲のようなものが装備された。


「また出たな、今週のビックリドッキリメカ」


「面白い事言うんだな、アンタ」


「少々、お待ちくださいね」


 アンナローグは、蓋の前に跪くと、左手をそっと当てる。

 その瞬間、指の隙間に文字や記号のような細かな表示が現れる。

 それが全て消えると、前腕のプレートのスイッチの一部が点灯した。

 側面に並んだスイッチを操作し、最後に手の甲のダイヤルを回す。

 キリキリ……という微かな金属音の後、やがてカチリ、と何かが外れたような音が響いた。


「開きました! って、アレ?

 お二人とも、どうされたんですか?」


 振り返ると、何故か司と凱が、顔を赤らめてそっぽを向いている。

 アンナローグは、意味が理解出来ずに小首を傾げた。


「北条君、その、なんだ」


「な、なんだよ」


「唐突に、その……色々と、目のやり場に困るじゃないか」


「それに関しては、同感だ」


「もうちょっとその、恥じらいを持つように、君から言ってくれないか」


「えぇ?! お、俺から言うのかよ!」


「他に誰に頼めっていうんだ」


「ま、そりゃ、そうだけど……」


『えっち』


「え? 今、なんか言った?」


「いや? 君が言ったんじゃないのか?」


 不思議そうに、辺りをきょろきょろと見回すが、何もおかしなものはない。

 痺れを切らしたのか、蓋の前では、腰に手を当てたアンナローグがプリプリと怒っていた。


「お二人とも、開きましたよっ」


「あ、ああ! すまない」


「本当に開いたのか?」


「ええ、少々お待ちください」


 アンナローグは、また屈んで蓋を軽く押す。

 すると、蓋は一段下がり、スライド式で横に滑り込んで行った。

 その下からは、緩やかな角度の階段が姿を現す。


 そして二人の男は、屈んだ拍子にスカートの端から見えたものから、またも目を逸らした。


「き、君は、いつもこんな、うらやまけしからん物を見てるのか?」


「なんだよそれ! こっちはこっちで苦労してんだ!

 人間関係ってもんがあるからな」


「く、苦労が多そうだな」


「苦労が多いんだよ」


「もう、お二人とも、どうされたのですか?

 こっちを見てください!」


 屈んだ姿勢のまま、アンナローグが呼びかける。

 だが二人とも、そうするわけにはいかない事情があった。




『どすけべ』


 何処からか、また誰かの声が聞こえた……ような気がした。



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