【屋敷】



 地下迷宮ダンジョンのミーティングが済んだ日の晩。

 “SAVE.”専用の連絡コミュニケーションアプリを通じて、凱のアカウントにメッセージが届けられていた。


 差出人は、「鷹風ナオト」。


 それを見た凱は、細目で画面を睨み付けた。


(何処を本拠地にしてるのか知らんけど、マジで行動早いな)


 早速メッセージのアイコンをクリックし、内容を確認する。

 だが、内容は拍子抜けするほど簡単なものだった。

 よく言えば無駄のない、悪く言えば素っ気無い。




“明日午前10時、井村邸に来られたし。

 尚、別件の用がある為、自分は参上せず。

 当日は本件に重要な関わりを持つ人物が出向く為、対応を宜しく”




「重要な関わりを持つ人物? いったい誰のことだ?」


「どうかなさったのですか? お兄様」


 独り言を呟いていると、風呂上りの舞衣が、少し火照った顔でこちらにやって来る。

 薄暗い室内灯の明かりに照らされて浮かび上がるその姿は、どこか妖艶な色気を感じさせる。


「さっきの、鷹風ナオトからの連絡だよ。

 明日、早く出かけなければならなくなった」


「そうなんですか?」


 少し不安げな表情を浮かべながら、舞衣は凱の膝の上に座る。

 両腕を凱の首にかけ、抱きついてくる。

 湯上りの温かさと、髪の香りが鼻腔をくすぐった。


「井村邸って、もしかして」


「ああそうだ、愛美ちゃんが居たところだよ」


「私達が、初めてXENOの存在を認知した場所ですよね?

 そんな所へ、危険ではありませんか?」


 舞衣の言う通り、この件にはかなりの危険が伴うだろう。

 事実、凱は一度ここを訪れ、窮地に立たされた事がある。


 千葉愛美がかつて住み込みで働いていた、赤城山の山中奥にあった邸宅は、井村大玄という人物の妻・依子を主とする「井村邸」と称されていた。

 そこに潜入調査で潜り込んでいた“SAVE.”のメンバー・元町夢乃からの報告により、愛美の存在を知り、凱が迎えに行ったのだ。

 しかし、その館は謎の出火により火災が起こり、加えて突然XENO“オーク”が出現したため、凱と愛美は必死で脱出して来たのだ。

 尚、その際、夢乃の安否は確認出来ていない――


 無意識に苦々しい顔になっていたのか、舞衣が心配そうに覗き込んでくる。


「お兄様……」


「ああ、あの時の失敗を、今度こそ挽回しないとな」


「……」


 凱の言う“失敗”は、夢乃を救えなかった事を指している。

 それは、舞衣にもすぐ理解出来た。

 いつしか、彼女表情も暗くなっていく。


「しかし、井村邸は火事で燃えてしまった筈だ。

 今更そんな所に行って、何になるってんだろうな」


「お兄様は、鷹風さんのことはご存じないんですか?」


「実は、昔一度だけ逢ったことがあるんだ。

 もう十二年くらい前だけどな」


「十二年前……」


 まだ仙川博士が生きていた頃。

 凱は、当時まだ残っていた仙川の研究所内にて、少年と少女に出会った。

 少年の、まるで射抜くような眼差しと、今にも泣き出してしまいそうな少女の表情が印象的だった。


 その時に紹介された名前が、鷹風ナオトと、宇田川霞。


 彼らの素性、何処から来たのか、何故仙川に保護されていたのかなど、事情は全く知らない。

 しかし、その時仙川が言っていた、どこか含みのある言葉が、妙に記憶に焼きついていた。



『この二人は、いずれ我々の目的を完遂する為に、欠かせない重要な役割を担う。

 北条君――やがて時が来た時、この子らと共に……頼むよ』



 当時既に“預言者”として名高かった仙川が何を思い、そして何を見据えていたのかは、もはや知る術はない。

 だがそれ以来、凱は、心のどこかで、彼らの存在を常に意識し続けていた。


「お兄様、もう十一時です。

 そろそろ休まないと、明日に差し支えます」


「そうだな、もう寝るか」


 抱きつく妹の頭を優しく撫でると、頬に唇が触れる感触が伝わる。


「お兄様……」


 艶っぽい表情で、舞衣が呟く。


「寝室に、行きましょう」


「ああ」


 舞衣を膝から降ろすと、肩を抱いて寝室へ向かう。

 暗い部屋の明かりも付けず、凱は、掛け布団をまくると舞衣をそっと抱き上げた。


「あっ」


 ベッドに静かに横たえると、自身もその脇に横たわる。

 掛け布団をかけてやると、舞衣がまた抱きついて来た。


「お兄様……大好き」


「ああ、俺も大好きだよ、舞衣」


「ああ……お兄様。

 私、どうしてこんなに、お兄様のことが大好きなんでしょう……」


「ずっと一緒に居たから、な。お前が小さい時から」



「愛してます……お兄様」


「ああ」



 ふっと微笑み、愛しい妹に腕枕をしてやる。

 豊満な身体が密着する感触にひたすら耐えながら、凱は、もう一方の手で舞衣の頭を何度も撫でる。

 それが、小さい頃からの、彼女の好きな寝付かせ方だ。


 ものの数分もしないうちに、舞衣が軽やかな寝息を立て始める。

 それを確認すると、慣れた動きでベッドから抜け出す。


(まったく、幾つになっても、甘えん坊だけは変わらねぇんだからなあ)


 ベッドの脇で跪き、舞衣の寝顔を眺める。

 もう一度目を細めると、凱は、音を立てないように気遣いながら、リビングへ戻って行った。

 

 

 




 美神戦隊アンナセイヴァー


 第63話【屋敷】

 






 関越自動車道を北上し、二時間以上。

 県道四号線に入り、くねくねと曲がりくねった山道をひたすら登っていく。

 そこから脇に伸びる獣道のような小路に入り、未舗装の道をひたすら登っていく。


 ナイトシェイドは、僅かに車高を上げ、四輪駆動を駆使してこれを登坂していく。

 高速道路を走っている時は、まだ世間話などでそこそこ盛り上がっていたのだが、助手席の愛美は、いつしか口数が少なくなっている。


「ごめんな、愛美ちゃん」


「え? 突然どうされたのですか?」


「出来る事なら、君をまた連れて行くなんて避けたかったんだが。

 単独で実装出来るのが、君しか居ないからな。

 それに、周辺状況に明るいのも君だけだし」


「そんな! もうお気になさらないでください。

 私は、平気ですから」


「ありがとう、愛美ちゃん」


 会話が滞ったことで、愛美が気にかけていない筈がないことは、凱には痛いほど良く伝わる。

 だが今は、その気持ちが嬉しく思えた。




 約束の時間を僅かにオーバーしたものの、ナイトシェイドは、井村邸の敷地近くに辿り着く。

 良く見ると、少し離れた場所に、グレーのセドリックが停められていた。

 今のところ、辺りに人の気配はない。


「どうやら、先客は既にご到着のようで」


「あの、これからお会いになる方、本当に凱さんはご存知ないんですか?」


 不安そうに尋ねる愛美に、凱は無言で笑顔を向ける。

 だが実は、彼自身かなりの不安要素があった。

 鷹風ナオト自身の能力の高さ、判断力についてなどの分析情報は、相模鉄蔵を介して得てはいるものの、彼がどのような策の基に動いているかなど、そういった方針はまるで見えていない。


「重要な人物だとは言われてるけど、具体的に何にどう詳しいのやら」


「ホントですね、そもそも、“SAVE.”のメンバーの方なのでしょうか?」


「それもわからん。

 もしかしたら、鷹風みたいにまた新キャラクター登場、とかだったりしてな」


「ふふっ、どんどん人が増えて行っちゃいますね」


 ようやく、愛美に笑顔が戻る。

 凱は、ナオトの指示内容に全面的な信頼は置かず、あくまで現場判断で対処して行こうと決めた。


「これからどうしますか? 凱さん?」


「そうだな。

 ナイトシェイド、あの車の運転手を捜してくれ」


『了解。

 ――発見しました。井村邸付近で、男性が一人立っております。

 距離は、北北東に約200メートル』


「は、早い!」


「意外に近くに居たな」


 凱は、懐のブラスターキャノンのチャージを確認すると、ホルスターに戻す。

 一方の愛美は、不安げにサークレットを手で握り締めている。


「行こう」


 車外に出ると、陽気に反していささか肌寒さを感じる。

 愛美は、懐かしい場所に来たせいか、きょろきょろと周囲を眺めている。

 ここから先は、車で進むには少々難のある悪路だ。

 周囲は木々に囲まれていて、見通しも悪く、当然のようにガイドレールもないため、路から外れたら真っ逆さまだ。

 古砂利を踏み締めてしばらく歩いていくと、ようやく林が開け、敷地が見えて来た。


「着いたか――って、えっ」


「?!」


 井村邸の方を向いた途端、凱と愛美は、思わず足を止める。

 そこには、想像もしなかった光景が広がっていた。


「なんだこりゃ」


「お、お屋敷が……ない?!」


 火災に見舞われた、巨大な屋敷・井村邸。

 しかし今、ここにはその建物の痕跡は、全く残されていなかった。

 焼け跡は綺麗に片付けられており、建物のあった場所には定礎の痕跡すらも見当たらない。

 まるで、あの事件そのものが最初からなかったかのように思える程だ。


「いったい誰が、こんなことを?」


「お庭の物干し台とか、物置も撤去されています!

 ああ、なんてことでしょう……」


 愛美は、口元を手で押さえながら、敷地外の林の方を指差す。

 そこは、愛美が初めてアンナローグを実装した際、オークを吹っ飛ばした時に突っ込んだ場所。

 何本かの木がへし折れたのだが、なんとそれも片付けられていた。

 正しくは、折れたと思しき木の切り株だけは残されているが、折れた木は見当たらなさそうだ。


「随分と徹底的に証拠隠滅したもんだな」


「なんだか、思い出まで全部消されたみたいで、とってもショックです……」


「気持ちはわかるよ。

 だが、あれから山火事にはならなかったみたいで、それだけは良かった」


「そうですね、それだけでも――」


「君達かね、同行者というのは?」


 突然、背後から声をかけられる。

 凱は咄嗟にジャンプして距離を取り、懐に手を入れる。

 一方の愛美は、驚いた顔で振り返るのが精一杯だったようだ。


 彼らの後ろに居たのは、髪をオールバックにまとめ、薄手のジャケットをまとった中年男性だった。

 その口元には煙草が咥えられており、その匂いに、愛美は無意識に顔を顰めた。


「おっと、脅かしたか。

 こりゃあ失礼」


「あんたか? アイツの言っていた……」


「鷹風ナオト、の事か?

 であれば、そういうことだ」


 男は、凱の方を向いて静かな口調で語る。


「私は、新宿警察署刑事課の、つかさという。

 君達は?」


 そう言いながら、警察手帳を掲げる。

 それを見た凱は、思わず目を剥いた。


「警察?! どうしてこんなところに?」


「まあ色々あってね。

 それより、どうやら今日は君達と同道のようだからね。

 名前くらいは、聞かせてもらえないかな」


「――北条凱」


「なるほど、君が。

 名前は鷹風から聞いているよ。

 それで、そこの娘は?」


「は、はい!

 私は……」


 顔を上げて、真っ直ぐに司の方を向く愛美。

 だがその顔を見た途端、司は顔色を変えた。


「――こりゃあ、驚いたな」


「え?」


「まさか、こんなサプライズがあるとは」


「あんた、この娘を知っているのか?」


「えっと……あっ! 貴方は、あの時の?!」


 愛美も、ようやく思い出す。

 あの新宿での出来事の時、自分が救った男性だ。


「君とは初対面だと思うが、私を知っているのか?」


「はい! 先日新j――モゴッ?!」


「ハハハ! 愛美ちゃん、今はちょっと黙ってようね!」


 横から飛び出した凱が、慌てて愛美の口を手で塞ぐ。

 司は、マジマジと愛美の顔を見ると、続けてスマホを取り出し、画面と見比べ始める。


「全くの想定外だったが、これはありがたい。

 ――ようやく見つけたよ、千葉真莉亜ちば まりあ


「え?」


「君は、千葉真莉亜さんだね?

 良かった、出会えて本当に良かったよ」


 緊張感が緩んだのか、司は、ほっとした表情になり、優しい眼差しで愛美を見下ろす。

 だが凱と愛美は、怪訝な顔つきになるばかりだ。


「さて、と。

 こうなると……ええと、北条君、でいいかな。

 彼女について、少し話を聞かせて欲しいんだが」


「あの、すみません!

 人違いではないでしょうか」


 妙な雰囲気を感じ、愛美が二人の間に割って入る。


「人違い?」


「そうです、私の名前は千葉愛美です。

 マリア、という方ではございません」


「えっ」


 愛美に否定され、改めてスマホの写真を見る。

 それは、先日情報屋のクインビーから転送された、千葉真莉亜とされる人物の写真。

 司は、何度も何度もその写真と愛美を見比べた。


「失礼だが、ご家族かご親類に、マリアという人は?」


「私には、家族はおりません」


「……そうか。

 ちなみに、年齢を尋ねても?」


「え、あ、あの、それは……」


「おい、ちょっとアンタ。どういうことだよ」


 訝しげな目で睨む凱に、司は、全く平静さを崩さずに対応する。


「これは失礼をした。

 実は、千葉真莉亜という女性の捜索願が出ていてね。

 これが、その人の写真だ」


 そう言いながら、二人にスマホの画像を見せる。

 途端に、目が点になった。


「え? これ、愛美ちゃんの隠し撮りじゃないのか?」


「人聞きが悪いな。これは資料として提供されたものだ。

 それに、思い切りカメラ目線じゃないか」


「た、確かに、隠し撮りにしちゃ堂々としてるな」


「自分で言うのもどうかと思うんですが、本当にそっくりですね……ふやぁ」


「……」


 思わず、三人は互いの顔を見つめ合った。


「世の中には、そっくりな人間が二、三人は居るとは言うけど。

 顔がそっくりで、おまけに苗字まで同じとは、恐れ入った」


「なんだか、あまり信用してもらえてない気がするな」


「さぁ、どうかな。

 それよりも――」


 これ以上千葉真莉亜の話を続けても無駄と判断したか、司は話題を切り替える。

 その視線は、かつて屋敷があったところに向けられた。


「この場所について何か知っているようだが、教えてもらえないか?」


「いや、ちょっと待ってもらおうか、司さんとやら」


 凱は、愛美の前に立ち塞がり、司をじっと見つめる。


「その前にあんた、本当に警官なんだろうな?

 いや……本当に、本人なのか?」


「それはどういう意味だ?」


「俺達は、あんたが重要な関わりを持っている人物だと紹介されている。

 それならそれでいいが、もしもあんたがニセモノだとしたら。

 俺達はこの場で、それなりの行動を取らなきゃならなくなる」


「言ってる意味がわからないな。

 警察手帳なら見せたが」


「中身がすり替わってたら、えらいことだからな」


 少々カマをかけてみる。

 本当に重要な関わりを持つ人物だというなら、今の問いかけに何かしらのリアクションを返す筈だ。

 そう期待していると。


「ほぉ、俺がXENOだとでも?」


 その呟きに、凱と愛美は、眉をピクリと動かす。


「それなら心配ない。

 生憎証明書の類は持ってないが、私は正真正銘ただの人間だ」


 司は、少しおどけたような態度で身を翻す。

 それは明らかに、XENOの事を知っていなければ言えない台詞だ。

 凱は、そう確信した。


「君らが、“SAVE.”とかいうXENOに対抗しているグループなのだろう?」


「――どこから、その名を?」


「ああ、鷹風ナオトが置いていった、これから」


 司が取り出したのは、彼の車内にナオトがあ置いていったタブレットだった。

 その裏面には、浮き彫りになった「SAVE.」の文字がある。

 凱の表情が、露骨に曇った。


(なんつうことをしやがるんだ……)


「そ、それは、“SAVE.”の備品のタブレットですね?」


(ああ、愛美ちゃん、君まで……)


 凱は、呆れ顔で思わず顔に手を当てた。

 

「正直に言うと、私も、君達のことを本当に信じていいのか微妙な気分だ。

 だが、いつまでも疑っていても始まらん。

 取り急ぎ、君達の事はXENOではないと信用することにしよう」


 そう言いながら、不敵に微笑む。

 凱は彼の態度や口ぶりから、もしやこの男は、過去に何度もXENOに遭遇しているのではないか? という疑問を抱き始めた。


「OK、確かに、いつまでもここで議論してても始まらない。

 さて、どうしたものか」


 戸惑う二人に対して、司が話し始める。


「実は我々は、ある人物から、ここに「ある研究施設」が隠されていると聞いている。

 場所は、地下だ。

 しかし、見ての通りの有様で、地下へ入れるような所は何もない」 

  

 そう呟きながら、司は、以前桐沢が言っていたことを思い返していた。



『そうだ。

 ここよりもっと大きな洋風の屋敷があってな。

 ――井村邸と呼ばれているところだ』

 

『そこも当然擬装されているから、一目で研究所だとはわからんようになってる』



 随分と時間はかかったが、核心にかなり近付いている。

 司は、そんな実感を覚え始めていた。


「君達も、もしかしてその研究施設を探りに?」


「ああ、それは――」


 凱が答えようとした途端、愛美が、大きな声でそれを遮った。


「いいえ、違います!

 ここは、奥様のご自宅です!

 奥様と、私達五人のメイドが住んでいたんです!

 研究施設とか、そのようなものではありません!」


 珍しく、彼女の声が荒ぶる。

 その反応に、思わず凱は驚き、肩を震わせた。


「自宅? 奥様という人物の名前は?」


井村依子いむら よりこ様と仰います」


「井村……なるほど、そういうことか」


 何かに納得したような態度で、司は懐から煙草を取り出し、またしまう。

 行き場のなくなった手で顎を掻くと、視線を泳がせながら、話し始めた。


「自己紹介も済んだことだし、そろそろ次のフェーズへ移行しようか。

 すまないが、改めて君達に協力をお願いしたい」


「協力?」


「なんでしょうか」


「この下に潜る方法を、一緒に考えてはくれないか?」


 司は、屋敷のあった辺りを親指で指しながら、少し疲れたような声で唱えた。


「あの空き地を一通り回りながら、地面の状態を見てみたんだ。

 そうすると、土や草の状態に違和感のある部分が見えて来てね」


「違和感だって?」


「ああ、多分だが、ここが平地に見えるような偽装工作を行った様子は見て取れる。

 だとしたら、そこまでしちめんどくさい事をしてまで隠したい何かが、未だにここに眠っているという証明なんじゃないのかな」


「す、凄いです、司さん!

 そんな事までお調べになっておられたんですね?!」


 飛び跳ねん勢いで驚き、感嘆の声を上げる愛美に、司は少々引いている。

 凱は、屋敷のあったと思しき辺りまで駆け足で向かうと、地面に向かって腕時計を翳した。


「ナイトシェイド、地形分析を頼む。

 この周辺の地面や地形、あらゆるものをスキャンして、建造物の痕跡を洗い出してくれ」


 司に聞こえないような小さな声で、腕時計に呼びかける。

 しばらくすると、腕時計の表示板に文字が浮かび出た。

 ナイトシェイドからの、回答だ。


 凱は空間投影モニタでそれを閲覧すると、ニヤリと微笑んだ。


「司さん、あんたの思った通りだ。

 この周辺、新たに土が盛られてる」


「やっぱりそうか」


「この、広大な面積を、わざわざですか?」


「ああそうだ。

 それと、この位置から北に向かった辺りに、地下へ続く階段が隠されている。

 まずは、そこを目指そう」


 そう言いながら、凱は遥か彼方の林の方面を指差す。

 そこは、かつて「北棟」と呼ばれた立ち入り禁止エリアのあったところだ。


「それはありがたい情報だが、いったいどうしてそんなことを知ったんだ?」


 不思議そうな顔つきの司に、凱はフッと鼻で笑ってみせる。


「俺には、もう一人頼れる相棒がいるのさ」


「相棒?」


「ああ! ナイトシェイドさんのことですね?!」


 嬉しそうに、元気な声で発言する。

 そんな愛美の声に、凱は、またも頭を抱えた。






「ナオト、北条凱と千葉愛美、そして司十蔵の到着を確認。

 監視を続行する」



 三人の頭上、遥か100メートル程上空。

 そこには、黒いメイド服をまとった少女が、静かに滞空しながら地上を見下ろしていた。



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