【落涙】


「先に言っておく。

 お前達と、馴れ合うつもりはない。

 私は、今まで通り一人で行動させてもらう」


 宇田川霞は、未来の握手を拒むと踵を返し、ナオトの居る方へ戻っていく。

 予想外の対応に、右手を伸ばしたままの未来は、呆然と彼女の背中を見つめるだけだった。

 

 




 美神戦隊アンナセイヴァー


 第62話【落涙】

 






「おい! ちょっと待てお前!」


 そこに、ありさが乱入する。

 霞の肩を掴み、無理矢理こちらを迎えようとする――と思いきや、突然体勢を崩してしまい、ありさは右側から倒れるようにずっこけた。


「え?! な、なんだ?!」


 咄嗟に転びそうになるのを堪え、もう一度霞を捕まえようとする。

 だが、伸ばした腕は逆に霞に掴まれ、


「うえっ?!」


 ありさの身体は、空中で一回転してしまった。


「危ない、ありささん!!」


「わぁっ?!」


 身を挺して、愛美が飛び込む。

 前のめりに回転したありさの身体は、両腕を伸ばした愛美を巻き込んで、派手に転倒してしまった。


「痛っててて……ま、愛美ゴメン! 大丈夫か?」


「あ、あはは、だ、大丈夫です。

 でも、あの、け、ケンカはいけませんよ」


「って、あのヤロウ!! 合気道か何かかぁ?!」


「……」


 まだ立ち上がれない二人を、冷ややかな目で見下す。

 そんな霞の様子に、皆が何かを言いかけた途端、


「その辺にしたまえ」


 黙って様子を見ていた相模鉄蔵が、静かな声で制止する。

 その、静かな威圧感に、皆は揃って口を閉ざしてしまった。


「ナオト君と霞君は、故あって今まで独自で行動して来た。

 彼らにとっても、今回の合流命令は突然のことだ。

 どうか、彼らの気持ちも察してあげて欲しい」


「うむ……」


「チッ!」


「あ、あの、えっと……」


 苦々しい表情を浮かべる勇次と、苛立ちを抑えきれないありさ、戸惑う愛美。

 そして、その周囲に居る全員も、今の霞の態度には、煮え切らない何かを感じていた。


 ――ただ一人を除いて。



「うん! やっぱり、このままじゃ駄目だよっ!」



 場にそぐわない元気な声を上げたのは、恵だった。

 突然の奮起に驚く相模と舞衣をよそに、恵は、ズカズカと霞達に歩み寄った。

 睨み合う三人の間に割って入ると、驚く彼女達にニマッ♪ と微笑みかける。


「ケンカは駄目だけど、仲良くしないのは、もっとダメなんだよぉ!

 はい、ありさちゃん、愛美ちゃん! 手を出してね」


「え?」


「な、なんだぁ?」


「……」


「ハイ、霞ちゃんもだよ」


「え」


 恵は、愛美の伸ばした手の上に、無理矢理ありさと霞、そして自分の手を重ね合わせた。

 驚きの表情を浮かべて硬直する三人に、恵は、満面の笑みを向ける。


「みんな、お友達になるんだから、もうケンカしちゃダメだからね? わかった?」


「な、め、メグ、おま、強引にも程が」


「はーい! 未来ちゃんも来てぇ!」


「ええっ? きゃあっ!」


 無理矢理未来の手を、そこに重ねさせる。

 少し離れた所にいた舞衣も、いたたまれなくなり、その場に駆け寄った。


「あ、あの、私も……」


「はーい! お姉ちゃんもだよー♪」


 無茶苦茶ではあるが、六人の手が、重ねられる。

 べふーん、と鼻息を荒げ、恵はドヤ顔で笑った。


「よろしくね、霞ちゃん!

 私、相模恵! メグって呼んでね♪」


「知っている」


 親しげに、尚且つ自信満々で自己紹介する恵に、霞は異常なまでに冷めた態度でボソリと呟く。

 と同時に、重ねられた手から自分の手を素早く抜き取る。


「ここに居る全員の情報は、全て把握している。

 名前や経歴だけでなく、アンナセイヴァーは戦果についてもだ」


「え? う、うん……」


「その上で、私は一人で行動すると判断した。

 今のお前達では、足手まといになる」


「……」


「てめぇ! おとなしくしてればつけ上がりやがって!」


 またもキレたありさが、再度霞に掴みかかろうとする。

 だが、軽やかかつ紙一重でかわす彼女の動きに、ありさの手は空を切るだけだ。


「それは、私達の実績が、あなたの評価に値しないということ?」


「そうだ」


 未来の言葉に、即答する。

 

「それは……なかなか手厳しい事を言うのね」


「確かにXENOは、数多く駆逐している。

 だが力押しだけだという事は、今回の件で理解した筈だ」


「う……」


 図星を突かれたのか、未来が怯む。


「もう一度言う。

 私は、お前達と馴れ合うつもりはない。

 必要時に協力はするが、私の邪魔はするな」


 感情の起伏のこもらない、冷酷とも思える程の宣言。

 そのあまりの冷たさに、さすがの恵も、言葉を失うしかない。


「あ、あの……」


「行こう、ナオト」


「そうだな。顔合わせは以上だ」


 霞に促され、エレベーターへ向かおうとしたナオトは、ふと足を止め、凱に向き直った。


「北条凱。

 お前に頼みたいことがある」


「俺に?」


「ああ。

 詳細は、後で連絡する」


「あ? ああ……わかった」


「では、今後とも頼むよ、ナオト君」


 少し戸惑う凱と相模に背を向けたまま軽く手を挙げると、ナオトと霞は、そのままエレベーターへと向かって歩いていく。

 その姿がドアの向こうに消えたのと同時に、ありさが吐き捨てるように呟いた。


「なんだよアイツ! お高く止まりやがって!

 何様のつもりなんだ?!」


「ありさ、オーナーの前よ。謹んで」


「だ、だってさぁ!」


「ま、まあ、世の中には、色々な方が居ますから……」


 怒り心頭のありさを、未来と愛美がたしなめ、なだめる。

 だが彼女の心境は、その場に居るほぼ全員の気持ちと同様だった。


「オーナー、本当にあんな奴らと、この先一緒にやっていけと?」


 勇次の言葉に、相模は腕組みをしながらはっきりと頷く。


「そうだ。

 あの二人は、個人的な感情と自分達のやる事を、明確に切り分けている。

 たとえ君達に対する態度が頑なであろうと、それを理由にミッションに支障を来すようなことはしない」


「そ、そうなんですか……」


「あの二人は、任務に徹し切っているプロだ。

 むしろ君達の方こそ、彼らから学んで欲しいものがあると、私は考える」


 相模の言葉は、口調こそ優しげではあるが、非常に厳しいものだった。

 いつしか何も言葉を発せなくなった皆を一瞥すると、相模は、ふっと優しい微笑みを浮かべる。


「もっとも、同じ事は、彼らにも云えるのだけどね」


「オーナー……」



 

 地下迷宮(ダンジョン)のミーティングはそれで終了となった。

 ほんの僅かな時間ではあったが、愛美は、異様に長く感じていた。

 額の汗を拭っていると、ふと、恵の姿が視界に入る。

 彼女は……燃えていた。

 背後に、メラメラと文字が浮いているように見える。


「め、メグさん? どうされたのですか?」


「そうですよ、メグちゃん? なんか変よ?」


「ううう、なんか燃えてきた!

 メグ絶対、霞ちゃんと仲良くなるっ!」


「「 え? 」」


「メグ、霞ちゃんもお友達にするの!

 もう決めたの、絶対なのっ!」


 怒りでは、ない。

 メグの表情は真剣だが、その目の色は、憤怒というより“あの時”に見せたものに似ている気がする。

 そう、猪原かなたとの出会いの時に見せた、あの……


「素晴らしいです、メグさん!

 私からもお願いします、私も、仲良くやっていけるようになりたいです」


「うん☆ そうだよねっ!

 メグ、きっと頑張るからねっ!」ピスー


 またも、激しい鼻息を噴き出す。

 そんな恵を見て、愛美は、彼女の奮起に期待をかけたい心境になっていた。

 



 SVアークプレイスの外に出たナオトと霞は、いつの間にか暗くなっている空を眺める。

 行き交う車のライトと、星のように闇に浮かび上がる街明かりは、まもなく訪れる夜を嫌というほどに感じさせる。


 ナオトは、軽く息を吐くと、少し後を歩く霞の方を向く。

 霞は、マンションの出口を出たところで、立ち止まっていた。



 ぽつ……


   ぽつ……



 足元に、水滴が零れ落ちる。

 霞の異変に気付いたナオトは、小走りに彼女の許へ駆け寄った。



「うぅ……うっ……」



 霞の眼からは、大粒の涙が溢れていた。


「霞……」


 優しく霞の肩を抱く。

 それが、懸命に堪えていた彼女の感情を、揺さぶった。


「う、うわあぁぁぁぁ~~ん!」


 胸に飛び込み、声を上げて泣き出す。

 そんな霞を抱き締め、ナオトは、静かに頭を撫でてやった。


「よく、頑張った。

 本当に、良く堪えたな……偉かったぞ」


「あああぁぁぁ~~!! うわあぁぁぁぁん!」


「……」


 泣き声を止められない霞をかばうように、包むように、ナオトは優しく抱き締める。

 いつしか、自身も目を閉じ、顔を伏せる。

 まるで、何かを噛み締めるように。



 都会の夜は、更に更けていく――





 桐沢が目覚めたのは、その日の晩の午後八時を過ぎた頃だった。

 起きて早々、ルームサービスで分厚いステーキと赤ワインを注文し、警察関係者を呆れさせるが、身体上に特に問題はなさそうで、その点については皆安堵した。


 だが、一人だけ緊張感に満ちた状態で、そんな彼の状況を窺っている者が居る。

 司は、桐沢が食事を終えた頃合を見計らうと、警備担当の警官達に指示し、部屋の中に入ることにした。


「久しぶりだな、元気か?」


『司か』


「入るぞ? もう大丈夫なんだろ」


『……ああ、まあな』


 入室は、思ったよりも簡単だった。

 しかし、室内で待っていた桐沢は、以前にも増して顔つきが悪くなり、態度もどこか落ち着かない。

 初めて逢った時の挙動不審ぶりが、再び蘇ったかのようだ。

 司は、断りもなく椅子に座り込むと、真正面から睨むように、桐沢の顔を凝視する。

 どこか怯えの色が見える桐沢は、何故か視線を逸らしがちだ。


「誰にさらわれて、何処へ行っていた?」


「い、いや、知らん」


「隠すことはないだろう?」


「本当に知らんのだ! 気が付いたら、千葉県のどこかの廃工場の中に居たんだ!」


「XENOの連中にさらわれたんだと思って、随分と心配したんだがな」


「覚えているのは、一度退室した高原がまた戻って来て、ドアを開けたら誰もいなくて……

 そこで意識が途絶えたんだ」


「ふむ」


 桐沢は、ホテル内に衣服から財布、スマホ、靴、そして下着まで含めて何もかも残したまま行方をくらませていた。

 何かしらの方法で、XENOの一味がホテルから桐沢を連れ去ったのだろうという推測は出来る。

 しかし、それと新宿に出現したバケモノ達には、何か関連があるのだろうか。

 司は、まずそこから探りたかった。


 その後、桐沢から事情を聞き、廃工場で遭ったことの詳細を聞く。

 無論、桐沢はXENOVIA達と交わした会話については語らなかったが、それがかえって司の猜疑心を育んだ。


「話を聞いている限りだと、君をさらったXENO達は、そのなんだ、超能力とでも言うのか?

 そういった不思議な力を持っているように感じるな」


「ああ、少なくとも奴らは、空間を瞬時に移動する能力を標準的に持っているようだな。

 俺の前にも突然現われたりしていたし」


「それが、君がいきなり消えた理由か……ふむ」


 であれば、何故宮藤はわざわざ車で、しかもGPSまで付けて自分達を追跡する必要があったのか。

 はたまた、あの竜をはじめとしたバケモノ達が出たり消えたりする理由もそれなのか。

 繋がるようで繋がらない謎に、司は軽く混乱を覚える。

 しかし、それは本題ではない。


 司は、一息吐くと、いよいよ本題を切り出す事にした。


「ところで桐沢。

 君に聞きたいことがある」


「なんだいったい? これ以上」

 

「千葉真莉亜(ちば まりあ)という女性を知っているだろう」


「!?」


 桐沢の顔色が、あからさまに変化する。

 その瞬間、司が匂坂から聞いていた話の内容が、しっかりと繋がった気がした。


「やはり知っているか」


「そ、そ、その女が、どうしたというのだ?!」


「元同僚で、君と行動を共にしていた時期があったらしいな。

 彼女は何処にいる? 答えてもらおう」


「ぬ…うぐ。

 お、お前、何故、真莉亜のことを知っている?!」


 開き直ったのか、桐沢の方から尋ねてくる。

 だがそれには答えず、司は完全な尋問モードで、更に桐沢に迫る。


「クローン体を生産する……“マザー”という物があるそうだな。

 君が開発したという」


「な……何故それを?!」


「そして、それを改造し、君は――“アレ”を生み出した。

 いや、生み出すシステムを開発したそうだな。

 千葉茉莉亜は、その時の助手だったのか?」


「く……」


「答えてもらおうか」


「……」


「桐沢!」


「……」


 顔中に脂汗を垂らし、桐沢は黙秘権を行使し始める。

 その後も、司の言葉には一切反応せず、ただバツが悪そうな顔でちらちらとこちらを見るばかりだ。

 呆れた司は、質問を取りやめ、別な切り口で攻めることにした。


「喋らないなら、それでいい。

 であれば、俺が掴んだ情報を基に、上層部に君の今後の処置を判断してもらうことにする」


「な……それは、どういう意味だ?!」


「さぁな。保護対象から外されるか、それともここよりもっと居心地の悪い所に行かされるか」


「ま、待て! どうしてそうなる?!」


「いやぁ、そこは俺ではなんとも」


「う、うぐぐ……」


 案の定、食い付いてくる。

 現時点で司が掴んでいる情報は、あくまで匂坂の証言に基くものであり、裏付けは一切ない。

 ということは、司自身は桐沢の反応からそれが真実であるかを見定めなければならないが、今の彼にその役割は与えられていない。

 それは、桐沢に尋問を行う為の正式な段取りが、全く取れていないからだ。

 しかし、そんな事情を警察関係者ではない桐沢が知る由もない。


 つまりこれは、司による、完全な“脅し”だ。


 無論非合法な手段ではあるが、それすらも煙に巻きかねない、司のやり方の一つだ。


「千葉真莉亜に、逢わせてもらおうか」


 今まで以上に強い口調で、迫る。

 桐沢は、しばらく悩むような仕草を見せたものの、どうやら覚悟を決めたようで、再び黙秘権を行使することにしたらしい。

 それから二十分、とうとう何も話さなくなった桐沢に呆れ、司は立ち上がる。

 だがその時、不意にスマホが鳴動した。


 非通知の番号だ。


「もしもし?」


『今、少しいいか?』


 電話の向こうからは、若い男の声が聞こえてくる。

 ――鷹風ナオトだ。

 司は、マイクを手で塞ぐと、桐沢を一瞥して、素早く部屋を出た。

 もう、これ以上粘っても時間の無駄と判断したのもあるが、彼に聞かれるわけにはいかない話だからだ。


「お待たせした。あの件か」


『そうだ。あんたの都合は大丈夫か』


「そこは何とかする。

 あのタブレットに出ている地図に従えばいいのか」


『そうだ。

 そこに、今回の同行者を向かわせる』


「わかった。

 では、君の言う通りにしてみよう」


『また連絡する』


 必要最低限の会話で、通信が切れる。

 盗聴を心配しての事だろうか、単語すらも語らないままだった。

 司は、鷹風ナオトという男に、少しずつ興味を覚え始めていた。


(さて、いったい何が出てくるものか。

 楽しみじゃないか)


 武者震いのようなものが、身体を駆け巡る。

 久々の感覚に、司はしばし酔いしれた。






 翌朝。


「あ、愛美ちゃんおはよう。ちょっといい?」


 ここは、SVアークプレイス。

 メンバーが自由に出入り出来る部屋、マンション内の共有スペースであるミーティングルームで出会った愛美に、凱は声をかけた。


「おはようございます、凱さん。

 どうされたんですか?」


「いやぁ実は、愛美ちゃんにちょっと、頼みづらいお願いがあって」


「頼みづらい、お願い? ですか?」


 キョトンとして小首を傾げる仕草に、凱は思わず「カワイイ」と感じ、頬を赤らめる。

 ゴホン、と咳払いをすると、改めて話し始める。


「今日、俺と一緒に、あるところに行ってもらえないかな」


「はい、構いませんけど、いったいどちらに?」


 不思議そうな顔で尋ねてくる愛美に、凱は、申し訳なさそうな表情で、囁くように告げた。



「愛美ちゃんが前に居た、あの屋敷なんだ」

  

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