【合流】


 ここは、真っ暗闇に包まれた、何処とも知れない建造物の中。

 冷え切って滞った空気と、冬も近いというのに肌にまとわりつくような湿気から、ここが普段人の出入りのない所であることはすぐに判断出来る。


 そこに、九つの影がほぼ同時に現われた。



「被害状況は?」


「八人中、五人が負傷。

 あと、駒沢博士の眼鏡が紛失です」


「最後のはどうでもいいわ。

 たった一体の贋作を相手に、無様な結果ね」


 吐き捨てるような呟きに、黒パーカーの少女―ウィッチが食って掛かる。


「何言ってんだよ! 自分は何もしてない癖に!」


 その脇に立つ、ヘルメットを被った長身の女性―サイクロプスが、彼女の言葉に深く頷く。


「今回はアンナチェイサーなるアンナユニットだけでなく、異常な戦闘力を持つ男性もおりました。

 いくらXENOVIAといえど、アンナユニットの防御性能や攻撃力に対処するのには、限度があるかと思われます」


 続けて、暗闇から湧き出るように現われた麦わら帽子の少女―トレインが話し出す。


「特に、あのアンナチェイサーという個体の戦闘能力は異常です。

 他のアンナユニット達と比べても、常軌を逸したレベルです。

 このままでは――」


「そ、そうですよ、博士!

 このままじゃ、アンナユニット達に攻め込まれたら、私達なんか簡単に……」


 続けるのは、女子高生風の姿をした少女―デリュージョンリング。

 四人の抗議を四方から受け、眼鏡を失った女性―駒沢は、不機嫌そうな表情を浮かべる。



「あらぁ、先輩方がそんな頼りないことを仰られてはいけませんわ」


 続けて姿を現したのは、豊満なボディに長い髪を湛えた女性。

 木更津の廃工場での戦闘で、一番距離を取っていた影の一人だ。


「イリュージョナー……」


「まだ真の実力を発揮されていない先輩方が、そんな事では士気が下がるんじゃないです?」


 露骨な上から目線で、四人のXENOVIAを見下すような態度を取る、“イリュージョナー”と呼ばれた女性は、今にも高笑いしそうな表情と態度で、すぐ脇に立つ少女の肩に手を置いた。


「梓さ……いえ、ジャスティスソードも、そちらにおられるへヴィズームも、変身して善戦されたというのに。

 それとも、先輩方は何か得策でもおありになったのでしょうか?」


 その物言いに激昂し、ウィッチが今にも掴みかかりそうな勢いで吼える。


「うるさいよ! 新人の癖に生意気な!」


「そうは言っても、事実じゃないですか」


 今度は、イリュージョナーが手を置いている少女が呟く。


「私達は、五人のアンナユニット共を追い詰めた。

 でも、あんた達は――」


「デリンジャー……あんたまで!」


 拳を握り、わなわなと振るわせるウィッチは、カッと目を見開いた。

 その途端、拳に炎のような赤い光が発生する。


「やめなさい、ウィッチ!」


 駒沢が、制止をかける。


「うるさい! 邪魔するなら、お前から――」


「駒沢博士の言葉は、吉祥寺博士の言葉と同じ……なんでしょ? ウィッチ先輩?」


 一番奥で、今までずっと黙っていた二つの影のうちの一人が、うっとうしそうな口調で言い放つ。


「ヘヴィズーム、あなたも控えて。

 仮にも、先輩なんだから」


「そうね、そうだったわ」


 ヘヴィズームと呼ばれた女性は、すぐ横に立つ黒ドレスの女性にたしなめられ、薄ら笑いを浮かべる。

 その態度が益々癪に障ったのか、ウィッチが拳の炎を二人に向かって撃ち放った。


 だがその炎の塊は、あっさりと受け止められた。

 間に割って入った、サイクロプスの左手によって。


「おい!」


「ウィッチ、おやめください。

 これ以上は、吉祥寺博士にお伝えせざるを得なくなります」


「ちっ!」


 思い切り不機嫌そうな表情で、ウィッチは渋々手を引く。

 同時に、各所から含み笑いが聞こえ、それが益々彼女の逆鱗に触れた。


「お前らぁ!」


「黙りなさい、ウィッチ」


「……!!」


「さっきサイクロプスが言った事は、正論ね。

 あなた達の戦闘を直接目の当たりにして、思い知らされたわ。

 今のあなた達では、あの贋作共には勝てない。

 いえ、今一時的に勝てたとしても、いずれ追い詰められるのは自明の理だわ」


 駒沢の言葉に、XENOVIA達の声が止まる。

 悔しそうな表情を浮かべるウィッチも、こればかりは何も言えなかった。


「だけどね、安心して頂戴。

 私が、なんとかする」


「駒沢博士が?」


「あんたみたいなただの人間が、あたし達にいったい何が出来るっていうのよ!」


 不貞腐れた態度で呟くウィッチに、駒沢は、異様にギラついた視線を向ける。

 その迫力……否、狂気を帯びた視線は、そんな彼女を沈黙させるほどの圧力があった。


「ANX-01S……あなた達に提供してあげるわ」

 

 




 美神戦隊アンナセイヴァー


 第61話【合流】

 




 時計は、午後五時五十分を指している。


 ここは、地下迷宮(ダンジョン)。

 中枢部とも云える研究班エリア中央フロアには、メインメンバーが勢揃いしていた。

 勇次に今川、ティノ、未来にありさ、相模姉妹、愛美、そして凱。

 九人は、このフロアに最も近いエレベーターへ何度も視線を飛ばし、同時に時計を気にしていた。


「ほ、本当に来るの? その、赤影って人?」


「ありささん、タカカゼさんです」


「ぐはっ! 四文字って以外全部合ってなかった!」


「ありさちゃん、真ん中の、“カカ”ってとこだけ合ってたよ!」


「お、おう、ありがとな、メグ」


「えへへ♪

 でもぉ、その人っていったいどんな人なのかなぁ?

 ねえ、愛美ちゃん?」


「そうですね、その方は、これをお持ちなんでしょうか?」


 愛美は、そう言いながら胸元のサークレットを指差す。

 恵も、自分の左薬指に嵌っているリングを眺めた。


「あっ、そろそろ時間ですよ」


「いよいよね。

 さぁ、どんな人が来て、何を言うのか……期待しましょう」


 そう呟きながら、未来は眼鏡のブリッジに指を当てる。

 そして舞衣は、不安そうに凱の方へ視線を向けた。


「――来たか」


 突然、勇次が呟く。

 エレベーターの方向から、高らかな足音が響いて来た。

 姿を現したのは、襟の高い黒のロングコートをまとった青年。

 そして、その後ろに着いて来る、黒いレザージャケットとデニムのパンツを穿いたセミロングの少女。


「二人だと?」


「だ、誰っすか、アレ?」


「全然、見覚えない人なんだけど……」


「……」


 勇次達が、思わず席から立ち上がって驚く。

 ただ一人、凱だけは目を閉じたまま、椅子に座り続けている。


 未来とありさは頷き合い、他の三人にも合図をした上、勇次達の前にすぐ出られるポジションを確保した。


 黒いコートの青年が、異様に鋭い眼差しを向けてくる。


「鷹風ナオトだ」


「俺は――」


「蛭田勇次。

 そこに居るのは今川義元(あきちか)、ティノ北沢、北条凱。

 そして、そこの五人がアンナセイヴァーのメンバー。

 向ヶ丘未来、石川ありさ、相模舞衣、相模恵、そして千葉愛美だな」


 全員をぐるりと見回し、名前を言い当てる。


「すげぇ! オレの名前を初対面で正しく言えた人、初めて逢った!」


「わ、私の名前までご存知なんですか?!」


「ふえぇ、すっご~い!」


「何故、知っている?

 俺達は、君の事を全く知らんが」


 勇次の言葉に答えようとする黒コートの青年より早く、凱が立ち上がり声をかける。


「よく来たな、鷹風ナオト。

 そして、宇田川霞(うだがわ かすみ)。

 歓迎するよ」


 空いた椅子を指差しながら、凱が落ち着いた表情で語り出す。

 その様子に、“SAVE.”の全員が驚愕の声を漏らした。


「お、お兄様?!」

「その人達、知ってるの? お兄ちゃん?!」


「どういうことだ、凱?!」


 動揺するメンバーに手をかざし落ち着くように促すと、凱は、鷹風ナオトと宇田川霞と呼ばれた二人を指し、説明を始める。


「この二人は、“SAVE.”の一員だ。

 だからパーソナルユニットを持っているし、ここに入って来れる」


「は?!」


「“SAVE.”特捜班。

 ごく一部の限られたメンバーだけが存在を知らされている、極秘任務に当たっている別働隊だ。

 ――まあ、かくいう俺も、おやっさんから聞かされただけで、実態までは詳しく知らないんだがな」


 何故か照れ臭そうに笑う凱の言葉に、鷹風ナオトが頷く。

 そして、その横の少女は、無表情のままじっと皆を見つめている。


「なんだと……

 俺すらも聞かされていないチームがあったというのか?!」


 呆然とする勇次に、鷹風ナオトが話し掛ける。

 その口調は、どこか事務的で感情がこもっていない。


「北条凱の言う通り、俺達は、お前達とは違う方面で今まで活動して来た」


「違う方面で?!」


「な、何よソレ?」


 目を剥く今川とティノをよそに、ナオトの視線は霞に向けられる。


「俺と、この霞の二人が特捜班。

 俺達は、XENOVIA共の暗躍を追っている」


「ゼノ……びあ?

 それはなんだ?」


「初めて聞くっスね」


「XENOとは違うの?」


 初めて聞く言葉に、勇次達は首を傾げる。

 そんな彼らに、ナオトは説明を始めた。



 通常のXENOは、他の動物を捕食してその姿と能力を得るが、その方向性は獣性に向きがちで、バケモノのような姿と能力へと進化していく傾向がある。

 しかし、中にはそうはならず、捕食した人間の外観と知能、そして記憶までも引継ぎ、その上でXENOとしての能力も併せ持つ個体が存在する。

 それらは、当然人間としての知性や理性も持っている為、自分達の正体や存在、そして本拠地を隠しながら暗躍することが出来る。

 そういった特殊なXENOである彼らは、自らを“XENOVIA(ゼノヴィア)”と呼称するのだ。


「――都内で発生していた連続猟奇殺人事件は、そのXENOVIA達によって意図的に引き起こされている」


「な……なんだと?!」


「ちょ、それ、マジかよ?!」


「えぇ……な、何それ、怖いよぉ、お姉ちゃん!」


「な、なんていうことでしょう!」


 ナオトの発言に、“SAVE.”の全員が青ざめる。

 言葉を失う者、口元を覆う者、へなへなと椅子に崩れ落ちる者。

 恵は思わず舞衣に抱きつき、舞衣は震える妹の身体を支えた。


 それ程までに、それは彼らにとってあまりにも衝撃的過ぎる内容だった。


「確かに、何者かの意図みたいなものは薄々感じてはいたけど……

 まさか、進化したXENOによる仕業だったなんて……」


 未来の呟きに、額の冷や汗を拭いながらありさが同意する。


「それじゃまるで、ガチで悪の秘密結社じゃねえか!」


「……あ!」


 ふと愛美は、ある事を思い出し、声を震わせる。

 手が、ぶるぶると震え出した。

 そんな彼女達とは反比例するような冷静な態度で、凱はナオトに向き直った。


「ナオト、と呼ばせてもらう。

 ナオトよ、その情報は重要だが、今日このタイミングでここに来た理由を教えてくれ」


 凱の申し出に頷くナオトが話し出そうとした瞬間、場の雰囲気が急に変わる。

 



「それは、私から説明した方がいいかな」




 突然、とても落ち着きのある男性の声が、フロアに響き渡った。

 その声に反応し、愛美とありさ、そして特捜班の二人以外の全員に、緊張が走る。


「え? な、なんでこ、こちらに?!」


「うわ、そ、そんな急に来るなんて!」


 今川とティノが、普段は見せないようなかしこまった態度で、フロアに入って来た男を見る。

 グレーの上品なスーツを纏い、シルバーの混じった髪をオールバックにまとめた気品のある長身の男性は、とても穏やかで優しそうな眼差しを皆に向ける。

 その慈しむような瞳に、愛美は、たとえようのない安心感を覚えた気がした。


「ね、ねえ愛美? このだんでーなおっさん、誰?」


「さ、さあ? 私も初めてお目にかかるんですが」


 ヒソヒソ話をするありさと愛美に、未来はやや引きつった表情で囁いて来た。


「二人とも、頭を下げて!」


「え? あ、はい!」


「って、なんでよ? 誰だよ紹介くらいしろって!」


 言われるがままに深々と頭を下げる愛美に、反発して逆に睨みを利かせるありさ。

 そんな二人にも、男は柔らかな微笑みを向けて来た。


「君が、千葉愛美さんだね。

 そしてそちらが、石川ありささん。

 初めまして、いつも娘達がお世話になっているね」


「え?」


「む、娘……達?」


 キョトンとする二人に応じるかのように、横から飛び出して来た者が、男の腕に自分の腕を絡めた。


「パパぁ☆ 来てくれたのぉ?」


「お父様、お声がけ戴けましたら、お迎えに参りましたのに」


 男の傍に寄って来たのは、恵と舞衣。

 二人は、親しげに接近し、顔を見上げる。

 とても嬉しそうなその光景に、愛美とありさは、アングリ口を開けた。


「ぱ、パパ?!」


「ちょ、待って?! ってことは、まさか」


「オーナーよ! この、“SAVE.”の!」


「「 ええっ?! 」」


 未来の耳打ちで、二人は思わず大きな声を上げた。

 その仕草に微笑むと、男は、胸に手を当てて改めて挨拶をした。


「私の名は、相模鉄蔵(さがみ てつぞう)。

 蛭田君達に“SAVE.”を任せっきりの、役立たずのオーナーだよ」


「ひえっ?! は、は、初めましてぇっ!

 ち、千葉愛美と申します!

 こちらこそ、舞衣さんと恵さんには、非常にお世話になりまして!」


「あ、あわわ、じゃあ、あたしにあのマンションとか、生活費とか出してくれてるのは……」


「そうよ、全部この方」


「ひぃっ! し、失礼しましたぁ!

 い、石川ありさでございますっ!!」


 何故か身体を硬直させて敬礼するありさに、相模は思わず吹き出した。


「はは、君達の活躍はいつも聞いているよ。

 アンナセイヴァーとして、いつも危険な任務にあたってくれていて、本当に助かっている。

 ありがとう」


 とても優しい労いの言葉に、愛美とありさは、良い意味で言葉を失う。

 そして相模は、ナオト達にも顔を向けた。


「そして、君達もな。

 今まで本当にご苦労だった。

 これからは、この地下迷宮(ダンジョン)を拠点に、更なる活躍に期待するよ」


「ああ」


「はい」


 ぶっきらぼうな返答をするナオトと霞に、またも勇次が声を上げる。


「ち、ちょっと待ってもらおうか、オーナー!

 それは、いったいどういう意味だ?!」


「ちょ! オーナーに向かって、なんつー口の利き方すんのよアンタわぁ?!」


「イデデ! か、髪が絡んでる!!」


 思わず勇次にヘッドロックをかけるティノに、相模はまぁまぁ、となだめるジェスチュアをする。

 いまだ腕にまとわりついている恵の頭を撫でると、ナオト達を指して、話をし始める。


「本日只今より、彼ら特捜班を君達に合流させる。

 これからは、共同で活動してくれたまえ。

 頼んだよ、蛭田君、凱。

 そして、地下迷宮(ダンジョン)の諸君」


「合流……」


 相模は、更に続けた。

 これまでXENOの調査と暗躍阻止を続けていたナオトと霞だったが、XENOVIAが出現した時点で共同戦線を張ることが、以前から決定されていたのだという。

 ここからは、アンナセイヴァーが集めてきた実戦データと、ナオト達が集めて来た情報を掛け合わせ、更にXENOを、XENOVIAを追い詰めていくのだ。

 それは正に、“SAVE.”にとっての「第二段階」へ進む為のスキームと云えるだろう。


 説明を終えた相模は、先程までとは違う真剣な表情で、その場の全員に告げる。


「皆も知っている通り、この東京は……いや、この日本は、本来あってはならない脅威に冒されている。

 やがて、それは世界へと拡がってしまうだろう。

 それを阻止し、それまでの平和な生活を取り戻す為に、我々は今まで何十年もかけて準備を進めて来た。

 その集大成に向けて、“SAVE.”は変化して行かなければならない。

 それには、君達の理解と協力が必要だ。

 わかってくれるね?」


 優しくも、どこか厳しさも含んだ相模の言葉は、その場のメンバー全員の心に染み入っていく。

 だが、勇次だけは納得の行かなそうな表情のままだ。 


「オーナー、一つ聞きたい」


「何かね?」


「XENOVIAとやらが出て来たら、この鷹風達と合流する事が決まっていた、と言ったな?

 どうして、そんな事がわかっていたんだ?

 それも、まさか――」


「君の察した通りだ。

 これも、仙川博士の記した例のノートの記述によるものだ」


「やはり、仙川の予言か……わかった、それなら納得するしかないな」


 諦めたように溜息を吐く勇次。

 そんな彼をよそに、相模は、未来達アンナセイヴァーに向かって話し出す。


「特捜班にも、アンナユニットが存在するんだ。

 いわば、六体目というところかな」


「なんですって?」


 咄嗟に、未来が反応する。


「そこの、霞君がその搭乗者(パイロット)だ。

 よろしく頼むよ」


 そう言いながら、ナオトの横にいる霞を指し示す。

 相変わらず無表情な彼女は、相模に手招きされて近づいて来た。

 まるで睨み付けるような鋭い視線が、未来をはじめ、他の四人に向けられる。


「なんだコイツ、いきなりガン飛ばしやがって」


「や、やめてください、ありささん……」


「初めまして。

 実働班リーダーの、向ヶ丘未来よ。

 今初めて聞いたのだけど、あなたもアンナユニットを?」


「そう」


「これからよろしく」


 身長差のせいで、見下ろす形になる未来と霞。

 未来は、表情を引き締めたまま、そっと右手を差し出す。

 だが霞は、その手を取ろうとしない。


 僅かに戸惑う未来に向かって、霞は、感情のこもらない声で、はっきりと言い放った。



「先に言っておく。

 お前達と、馴れ合うつもりはない。

 私は、今まで通り一人で行動させてもらう」


 

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