【追跡】

「そうだ。

 ここよりもっと大きな洋風の屋敷があってな。

 ――井村邸と呼ばれているところだ」


 桐沢の言葉に、司の顔色が変わる。

 同時に、高原も彼の異変にすぐに気付いた。


「つ、司さん?

 どうしたんです? めっちゃ怖い顔してますよ?」


「桐沢君。

 その“井村”というのは、もしかしてあの――」


 司の質問に、桐沢は何故かドヤ顔で答える。


「その通り。

 あの“井村大玄(いむら だいげん)”のことだ」


「いむら……だい……えっ?」


 キョトンとする高原に対し、司の表情は、益々険しくなる。


「よもや、こんな所でその名前を耳にすることになろうとはな」


「誰なんですか? 説明してくださいよ~!」


 戸惑う高原を、嘲るような視線で見つめる桐沢と、目線すら向けない司。

 重い溜息を一つ吐き出すと、司は、搾り出すような声で呟いた。



「昭和から平成にかけて日本の裏社会に君臨していた、俗に云う闇の大物って奴さ」







 同じ頃、廃墟・金尾邸に、一台の白いカローラが接近して来た。

 その車は、徐行しながら周囲を一旦周回すると、付近に停車中の車の傍に停まった。


 中から降り立った者は、車内から懐中電灯を取り出すと、そのまま躊躇わずに廃墟の中を進んでいく。

 やがて仏間に辿り着くと、並んでいる遺影の中央の一枚に手を翳す。

 女性のようなしなやかな手が、突然膨らみ始め、ややごつめの男性のような手に変化した。


 ――ピッ


 微かな電子音が鳴った後、モーター音が響き、仏間の下部がゆっくりと展開し始める。


 ニヤリと口元を歪めると、そのものは、展開した隙間に身体を滑り込ませた。

 








 美神戦隊アンナセイヴァー


 第49話 【追跡】






 

「じゃあ、そろそろ次の行動を――」


 休憩室の中、立ち上がった司のスマホが、突然鳴動した。


「はい。

 ――おお、どうした?

 ……なんだって?」


 応答する司の表情が強張る。

 その変化に、高原は嫌な予感に駆られた。


「何があったんだ?」


「わからないけど、あの様子だと、ろくでもない事が起きたんじゃないかな」


 何故かひそひそ話をする二人に鋭い目線を向けると、司は再び電話に聞き入った。


「――わかった、情報すまん。

 充分に注意する」


「島浦課長? 何があったんですか?」


 高原の質問に、司は、額に手を当てながら面倒臭そうに呟く。


「東北自動車道の下り方面のオービスに、宮藤の自家用車が撮影されたそうだ」


「東北自動車道? 我々が通って来たとこじゃないですか」


 不思議そうに尋ねる高原をよそに、桐沢は大きく目を見開いた。

 

「ま、まさか?!」


「ああ、俺もそれを考えてる」


「どういうことですか?」


「まったく、お前は本当に勘が鈍いな。

 だからもてないんだぞ」


「うるさい! それとこれと何の関係があるんだよ!」


 激昂する高原を完全に無視しながら、司は桐沢に向き直る。


「撮影されたのは、さいたま市内だ。

 走行ルートは、我々とほぼ同じだな」


「えっ? ってことは?!」


「つけられている、という事か」


 桐沢の囁きとほぼ同時に、遠くから、カツーン、という甲高い音が響いた。

 途端に、緊張が漲る。


「えっ?! えっ?! な、何ですか今の?!」


「随分と正確な追跡だな、ここまで来たか?」


「信じられん! どうやって、セキュリティを潜り抜けたんだ?!」


 “足音”は、徐々にこちらに近付いて来る。

 だがこの休憩室には、一箇所しか出入り口がない構造だ。

 三人は口を押さえながら、先ほどまで入っていた隠しドアの方を向く。


(あそこに隠れるしかないか?)


(だが追い詰められたら、もう完全に逃げ場はないぞ)


(どどど、どうするんですかぁ?!)


(――わかった、お前達は、ひとまず中に入れ)


(つ、司さんは?!)


(まぁ、なんとかするさ)


 そう言うと、司は桐沢と高原を冷蔵庫の奥の小さなドアへと押しやる。

 二人がドアをくぐったのを見届けると、司は冷蔵庫で封をし、休憩室に戻る。

 部屋の隅に身を隠すと、懐から拳銃を取り出し、マガジンを引き抜いた。


(こいつは出来ればあまり使いたくなかったんだがなぁ)


 マガジンを差し替え、息を殺して変化を待ち続けると、足音が止まった。

 その位置は、間違いなくこの休憩室の前だ。


(カードキーは持っていない筈だが、さて、どうす――)


 ドン! という激しい音が響き、なんと休憩室のドアが破壊された。

 ひしゃげて展開するドアの向こうから、小柄なシルエットが現れる。

 まるで最初から、こちらの位置がわかっているかのように、その者はまっすぐに司の隠れている方向を向いた。


「そこにおられるのは、司さんですね?」


「……」


「匂いですぐわかるんですよ」


(ああ、そういや、豚だったんだっけな)


 ホテルでの異形変化を思い出し、妙に納得する。

 侵入者の声は――間違いなく、宮藤加奈子だ。


「よくここがわかりましたな」


 これ以上隠れても無駄だと察した司は、自ら姿を現した。

 ぼんやりとした明かりに照らされた相手の姿は、やはり、あのどこか愛らしさの感じられる宮藤だった。

 皮肉にも、とても明るい笑顔を向けて来る。


「まあ、科学のナントカというものですね。

 そんなに苦労はしませんでしたよ」


「それは幸いでしたな。

 こんな狭くて暗いところでお出迎えなんて、随分と締まらない話で恐縮ですが」


「いえいえ! そんな事気になさらないでください!

 どうせ、ここはすぐあなた方の血肉が飛び散って、もっと汚れてしまうのですから」


「なるほど、しかしそれは御免蒙りたいですな。

 後で掃除する者が大変ですし」


「あら、亡くなった後の事まで心配なさるなんて。

 司さんは、本当にお優しい方なんですね」


 まるで日常の雑談のように交わされる、恐ろしい殺意のこもった会話。

 宮藤は、口元に手を当てながら、ケラケラと愉快そうに笑った。


「一つ、質問しても?」


「ええ、どうぞ」


「どうやって、この地下まで?」


「それですか。

 簡単なことですよ」


 そう言うと、宮藤は片手を掲げてみせる。

 それはぶよぶよと膨らみ、変形し、男性のような大きな手へと変貌した。


「手品のタネを見抜くのが、昔から苦手でしてな。

 これは、どういうトリックです?」


 不思議そうに尋ねる司に、宮藤は笑顔のまま応える。


「はい、実はここの利用者の中に、“野中”という男性がおりまして」


「ほほぉ?」


「これは、その野中の“手”を再現しているんですよ♪」


 宮藤のその言葉に、顔には出さなかったものの、司は激しい戦慄を覚えた。


(つまり、餌食にした奴の身体情報も再現できるってことなのか……)


 次の瞬間、司は素早く姿勢を下げ、目にも止まらない速さで懐から拳銃(グロック17)を抜いた。

 狭い空間に鳴り響く、銃撃音。

 弾は、宮藤の胸の中心を、的確に貫いた。

 だが――


「うふふ♪ すごいですね司さん!

 抜く手が全然見えませんでしたよ♪」


 全く、ダメージを受けていない。

 それどころか、当たったはずの胸部周辺の衣服すら、血に染まっている様子がない。

 兆弾の音も聞こえないということは、弾は体内に留まっているのか。

 いずれにしても、人間態でも拳銃は効果がないことが、これで改めてはっきりした。


 やがて、宮藤の身体がぶるぶると震え出す。

 あの時と同じ、“変身”の兆候だ。

 司は、長机と入り口前に立つ宮藤のせいで身動きが取り辛いこの室内で、次の立ち回り方を懸命に考えていた。


 見る見るうちに、宮藤はオークへと変貌する。

 不思議なことに、二回目となると意外に衝撃は受けないものだ、などど、この期に及んでどうでもいい事を考えてしまう。

 辺りに肉片のようなものをばら撒きながら、豚顔の巨人に変貌した宮藤は、両腕を広げて司へと迫った。


『さあぁ、司さぁん♪ 今度こそ、いただかせてもらいますよぉ!』


「生憎、年なんでね。筋張って美味くないと思うが」


『そんなことありませんよぉぉぉぉ~~!』


 おぞましい声を上げながら、オークが真っ直ぐ突進してくる。

 点在する椅子や机など、お構いなしに破壊しながら。

 司は、机が吹き飛ばされたために出来た僅かな隙間へと身を躍らせると、オークの背中側に回る。

 その素早い動きに咄嗟に対応できなかったオークは、ゆっくりと振り返った。


 その瞬間、司の銃が、再び唸りを上げた。


 先程とは異なる、凄まじい射撃音。

 それは再びオークの胸の中心に命中し、破裂音と共に、その周辺を抉り取ってしまった。


『ギャアッ?!』


「ほぉ、357なら効くのか」


 かつて襲われた巨大トカゲ人間が、あのピンク色の少女の攻撃によって胸の辺りに核(コア)を露出させた事を、司ははっきり覚えていた。

 その位置に向かって弾を撃ったことで、核(コア)の露出を目論んだのだが……


「ない?!」


『グフフ、あらぁ司さん、もしかしてご存知なんですかぁ?』


「何のことですかな。

 宮藤さんのスリーサイズ?」


『まだそんな減らず口をぉ!!』


 何かが気に障ったのか、突然、オークが激昂し始める。

 先程までとは比べ物にならない素早さで、一気に距離を詰めて襲い掛かる。

 だが幸い、入り口から通路側に飛び出すことには成功する。

 さっき通って来た出入り口の方へ走ると、司は振り向き様に更に二発撃った。


 今度は、腹。

 二発とも同じ箇所に命中するも、爆ぜた肉の奥には、やはりあの目玉はない。

 そして先程の胸の傷は、もう殆ど完全に塞がっていた。


(あの短時間で治癒したのか! なるほど、だからあの時も――)


 オークがこちらに迫ってくる前に、なんとしても核(コア)を見つけ、破壊する。

 もはや、司にはそれしか対策が残されていなかった。

 残り弾は、あと十発。


 頭部、左右の肩、脇腹など、正確に撃ち抜き怯ませるも、相変わらずあの目玉は見えない。

 それどころか、一つ前に命中した部分がみるみるうちに復元されていく始末だ。


 呼吸を荒げ、更に司に迫る――と思われたオークは、突如、踵を返して休憩室へ戻った。


「まずい!」


 オークの本来の狙いは、桐沢だ。

 何よりもそちらを優先する事は明白だが、司はそれを、現状の手持ちの装備で阻止することが適わなかった。

 オークも、これ以上司には抵抗手段がないと理解し、本来の目標へ向かおうとしているのだ。


(そうだ、奴は鼻が利くんだった!)


 大急ぎで休憩室に戻り、注意を引こうとする。

 しかしオークは、なんと休憩室の奥には行かず、入り口で司が入ってくるのを待ち構えていたのだ。


「うっ!!」


 司の心理を逆手に取ったオークの策に、司はまんまと嵌った。

 このタイミングでは、もう銃撃は間に合わない。

 まして、撃ったとしても自分へのダメージも避けられない。


『捕まえたぁ~♪』


 オークの手が迫り来る。

 耳障りな嬌声が、地下室内に木霊した。






 天をつんざくような破壊音が鳴り響いたのは、その直後だった。

 何が起きたのか、咄嗟に理解が及ばない。

 突然天井が裂け、何か巨大な物体が落下して来たのだ。


「な……?!」


『ブギャアッ?!』


 落下地点は、休憩室だ。

 メキメキと、瓦礫が粉砕される音が途切れることなく続く。


 そこには、見上げる程の巨体を誇る“人型の何か”が佇んでいた。

 色が黒いせいなのか、それとも光の加減のせいか、その姿の全貌は良く確認出来ない。

 しかし、それが二本の腕と脚を持つもので、重機のような機械であることは、何となく判断できた。


「なん……だ、これは……?」


 “落下して来たもの”は、驚いて硬直する司の目の前で、オークを背後から掴み上げた。

 と同時に、目を覆う程の強烈な光が周囲を照らし、更に何かの噴射音が響く。

 オークの悲鳴がどんどん遠ざかり、やがて噴射音も彼方へと去っていく。

 ボロボロに破壊された休憩室から上を眺めると、遠くへ飛び去っていく光の点が窺えた。


「まさかあれが……黒いロボット?!」


 しばし呆然と佇んでいた司だったが、すぐに思い返し、小型冷蔵庫のある方へ向かった。






 オークを上空へ強制運搬した“黒いロボット”は、5,000メートルほど上昇すると、更に上に向かって力一杯放り投げた。


『ギョバワァァァァ……』


 奇妙な悲鳴を上げながら、オークは空高く打ち上げられる。

 それを見上げると、黒いロボットは右手(マニピュレーター)をぐっと握る。

 次の瞬間、左手から前腕にかけてを覆うような、巨大な「ボウガン」が瞬時に出現した。


 上空に向かって、ボウガンを構える。

 モニタの中に発生した照準が、落下し始めたオークを捕捉する。


 ブォン! という大気を震わすような轟音を立て、ボウガンは発射された。

 細長い“弾”は凄まじい速度で空気を貫き、何も出来ずにただ落下するだけのオークを、脳天から一直線に貫いた。


『ブゴ……!!』


 微かな断末魔の後、オークの身体が空中で爆発する。

 飛び散った肉片や骨は、みるみるうちに変色し、砕け散り、まるで空気に溶けるように消滅していく。


 その様子を、滞空したまま、黒いロボットが見つめている。



『ターゲット破壊を確認。

 更に、追跡対象の無事も確認した』



 ロボットの内部で、搭乗者(パイロット)が呟く。

 左右のレバーを回し、機体を方向転換させると、黒いロボットはうっすらと煙の昇る金尾邸を見下ろした。


『この後はどうする。

 三人を、助ける?』


 搭乗者の質問に、何者かが通信で反応する。


『そこまでしてやる義理はない。

 それより、引き続き追跡を頼む』


 通信者は、男性の声だ。

 搭乗者はそれに軽く頷くと、小さな声で『了解』と答える。


『都心部の警戒はいいの?』


『問題ない。そこは俺が引き受ける』


『わかった。

 引き続き、桐沢大の追跡と監視を続ける』


 そう報告すると、黒いロボットは再び光の粒を背後から噴射させ、彼方へと飛び去っていった。




 その声は、少女のものだった。

  

  

 

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