【擬装】






 美神戦隊アンナセイヴァー


 第48話 【擬装】






 

 三人は、続いて仏間らしき部屋に辿り着いた。

 部屋の奥の壁に祭壇のようになっている部分があり、そこにはかつての家人の写真がいくつも並べられている。

 更に、異様に散らかった室内には、表具の数々がそのままになっており、まるで葬式を途中で放り出したような状態になっていた。

 モノクロの写真が、まるで侵入者を睨みつけているようで、その環境の不気味さも相まって、踏み込むのが躊躇われる。


「こ、こ、ここ、なんか、マジでヤバくないっすか? 司さぁん……」


「まあ、ヤバイ事は最初から折り込み済みだろ」


「いや、そうなんですけどぉ~」


「嫌ならここで待っているんだな、一人ぼっちで」


「……行くよ! 行けばいいんだろ!」


 桐沢に煽られ、仏間に入り込む。

 祭壇の前に座り込んだ桐沢は、並べられた写真の中央にある、年配の男性の顔に右手を翳す。

 すると、場違いなモーター音が響き、仏間の下部がゆっくりと展開し始めた。


「ええっ?!」


「こんなところに、隠し通路があるのか?」


「狭いぞ、気をつけて入るんだ」


「お、おぅ……」


「まるで忍者屋敷だな、こりゃあ」


 大人一人がようやく入れるくらいの狭い穴を順番に通り抜けると、また空気が変わる。

 そこは小さな踊り場のようになっており、大人がぎりぎり立てるくらいの高さに天井がある。

 すぐ傍には下に降りる鉄製の梯子があり、桐沢はそこに手をかけた。

 と同時に、壁の各所に青白い照明が点灯する。


「わっ?!」


「こんな昭和時代から残ってる廃墟にセンサーライトか。

 違和感が半端ないな」


「ここは、吉祥寺研究所の予備施設で、普段使わない物資を溜め込んでいる倉庫のようなもんだ。

 ここへの入り方を知っている者は、今や俺を含めてほんの僅かしかいない」


「なるほど、こんな所なら、肝試しに来る連中も辿り着けないだろうな」


「つうか、認証が必要な段階で無理ですって」


 梯子を下り、ようやく広い通路に出る。

 そこはもう、先ほどのような狭い路ではなく、かなり広めの幅がある。

 壁の色も淡いアイボリーで統一され、照明の明るさもあって不穏な印象は感じない。

 高原と司は、そのあまりの変わりように驚き、思わず辺りを見回した。


「こんなものが廃墟の地下にあるなんて、想像も出来んな」


「まったくです……てか、いったいどうやってこんなん作ったんでしょうかね」


「それは、当時から俺達研究員の間でも話題になっていた。

 どうやら、この地下室は元からあったそうだ。

 それを後からリフォームしたのだろうな」


「ここの住人の目的意識を尋ねたい心境だな」


「よし、もうすぐだ」


 更に通路を進むと、路を挟んで左右に扉が並ぶエリアに辿り着く。

 それぞれのドアにはカードリーダーが設置されており、かなりの近代設備であることがわかる。

 そのうちの一つ、ドアの前に立った桐沢が先程回収したカードキーを読み込ませると、再び電子音が鳴った。


「よし、入れ」


「お、おう」


 桐沢に続いて、部屋に入る。

 そこは、ちょっとした休憩所のような造りになっていて、どこにでもありそうな長机とパイプ椅子が配置され、奥には小さなキッチンと給湯器らしきものまである。

 良く見ると、奥の方に一人暮らし用と思われる小さな冷蔵庫がある。

 桐沢はそこに行くと、冷蔵庫に手をかけ、横にずらした。


 その向こうから、屈めばぎりぎり通れそうなほどの小さなドアが出現した。


「こんなところに」


「ここは、この場所を使っていた連中が内緒で造ったものだ。

 恐らく、吉祥寺ですら知らないだろうな」


「なるほど……」


「ここが最後だ。

 狭いが、我慢してついて来い」


「い、いよいよ核心か?」


 覚悟を決めるような気分で、司と高原は桐沢に続く。

 ドアの向こうは、三畳ほどの広さしかない空間で、その中に、ポツリと四角い箱が置かれていた。

 ただ、その箱の周囲には太いケーブルのようなものが接続されており、また箱の表面も、何かわからない硬質なもので覆われている。

 ここにはそれしかないので、三人の視線が嫌でも集中する。 


「こ、これが?」


「ああそうだ、この中にXENOの幼体が眠っている」


「開けられるのか?」


「ああ、今から実際に見せる」


「だ、だ、大丈夫なんだろうな?」


「安心しろ。

 このケース内はマイナス20度以下にキープされている。

 XENOは凍り付いている状態だから、動き出すには最低あと数時間は必要だ」


「わ、わかった」


「じゃあ、すまないが、頼む」


 どこから取り出したのか、白く分厚い手袋を装着すると、桐沢はケースに手をかける。

 プシュウ、という僅かな排気音と共に、ケース内から白い冷気が漏れ始めた。


 その中央には、昔あったフィルム入れのような、半透明の円柱型ケースが現れた。


「これが――XENO、なのか」


「ああ、そうだ。

 このケースの中に入っている」


 そう言うと、桐沢はケースの蓋を取り除く。

 円柱ケースの底部には、球体と、それを包むように半透明の物体が溜まっている。

 良く見ると、半透明の部分には細かな血管を思わせるものが無数に張り巡らされている。

 一気に冷却されたのか、表面に霜は付着しておらず、原型の状態がわかる形で固まっているようだ。


 司も高原も、このような物体は初めて見た。


「思ってたよりも、ずっと小さいんだな」


「これがXENOの幼体だ。

 判り難いが、この玉が核(コア)だ。

 これを破壊すれば、このXENOは死ぬ」


「ってことは、コイツ、この状態でも生きてるってことなのか?!」


「当たり前だ。

 今のところ、XENOの活動を止めることは出来ても、核(コア)を破壊する以外で殺す手段はない」


「これがXENO……こんな掌に乗るくらいの奴が、あんなバケモノになってしまうのか」


「そうだ。

 もしコイツがここで覚醒したら、俺達三人は間違いなく餌食になる。

 そしてコイツは、俺達の誰かの姿に擬態して外に出て行くだろう」


「ううっ、それはやだなあ」


 そこまで説明すると、桐沢は円柱のケースを再び戻す。

 ドヤ顔で司を睨むと、鼻息を荒げた。


「どうだ、これで俺の言っていることが真実だとわかっただろう!

 さぁ、警察共は俺を保護しろ!」


「そうだな、これを回収して、分析が行われたら、な」


「な?!」


 司の言葉に、桐沢が目を剥く。

 続けて、嘲るような表情で高原が呟いた。


「だってお前、当然だろ?

 これがホンモノのXENOだって証拠にはまだならないだろ?

 作り物の可能性もあるんだしなあ」


「馬鹿かお前!

 こんなに手の込んだ設備に連れて来て、実はニセモノでした、なんてやる意味が何処にある?!」


「そうは言ってもなぁ」


「いや、それについては桐沢君の言う通りだろう」


 高原の言葉を遮り、司は肯定的に述べる。

 一瞬、桐沢の表情が明るくなった。


「とはいえ、高原の言う可能性も無視はできまい。

 第一、君はどういう経緯でここにXENOを隠したのか?

 或いは、隠されていることを知ったのか?

 それを説明する義務が生じる」


「う、うむぅ……」


「その件も含め、だからこそ、出来るだけ早めにここの存在を本部に知らせる必要がある。

 桐沢君、それは構わないな?

 今の俺達の装備では、これを安全に持ち帰ることはままならんからな」


「あ、ああ、確かにその通りだ」

 

「同時に、君が実際に命を狙われていることもまた事実だ。

 だから、我々は独立部隊として、君を護衛しよう。

 それが今の限界だが、それは構わないか?」


「う、うむ、仕方ないな。

 やや頼りがいに欠けるが」


「ほっとけ!」


 吉祥寺研究所が解散したことにより、この場所の管理は吉祥寺龍利か、その雇い主になる。

 しかし、事態が事態なので、いちいち彼らを探して認可を取っている暇はないだろう。

 まして、このような設備が極秘裏に稼動しているなど、普通に考えれば知られたくない筈だ。

 彼らは、ここの存在を徹底的に隠そうとし、場合によっては証拠隠滅を図る可能性もある。


 司は、強硬手段を取るしかないなと、確信していた。




「さて、XENOのことは良く判った。

 では次に、本拠地である“吉祥寺研究所”について知りたいのだが」


 先程の休憩室まで戻った三人は、パイプ椅子に座り休みながら会話する。

 

「また遠方であるなら、出かける前におおまかな場所だけでも知りたい」


 司の質問に、やや面倒臭そうな表情を浮かべるも、桐沢は割と素直に話し出した。


「場所は赤城山の中だ。

 この場所からだと、おおよそ三時間くらいかかると思う」


「ぐげ、結構かかるんだなあ!

 また車の中で飯かぁ?」


 ぼやく高原をよそに、司は桐沢に迫る。

 いよいよ、確信が近付いて来た予感がする。


「そこに、吉祥寺研究所が――君がかつて居た施設があるんだな」


「ああ、ある。

 ただし、そこも当然擬装されているから、一目で研究所だとはわからんようになってる」


「ということは、ここと同じで別な建物の地下になるとか?」


 司の質問に、桐沢は目を輝かせ、何故か張り切った声で回答する。



「そうだ。

 ここよりもっと大きな洋風の屋敷があってな。

 ――井村邸と呼ばれているところだ」


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