【侵入】


 宮藤加奈子の自宅で発生していた殺人事件は、警察組織内において瞬く間に情報が拡散された。

 被害者は、宮藤の夫と中学生の長女、そして小学生の息子の計三名。

 いずれも身体の約三分の一から半分あまりを失った状態で、屋内各所に放置されていた。

 特に夫の死体損壊は酷く、ほぼ原型を留めておらず、内臓や骨が居間にぶちまけられているという、陰惨にも程がある有様だった。


 後に判ったことだが、これらの死体は、複数回に渡って損壊が行われた痕跡があったことが判明。

 つまり犯人は、この家に何度も入り、その都度死体に手を加えていたことになり、その残虐性は関係者を震え上がらせた。


 そして、被害者の中に、宮藤加奈子と思われる者はいなかった。


 この時点で、宮藤加奈子に対し要注意人物であり、即座に身柄を更迭するようにと特例的な指令が出ていたのだが、本件が判明したことで状況が一変。

 直ちに警視庁は、本件を「都内異常連続猟奇殺人事件」捜査本部管轄と定め、極力極秘裏に“宮藤加奈子の行方を特定せよ”との指示を発した。


 この間、現場で事態が判明してから、僅か一時間のことである。






 美神戦隊アンナセイヴァー


 第47話 【侵入】






「――宮藤は、最重要容疑者として、警察内で捜索対象となったようだな」


 スマホを切った司は、二人に報告する。

 恐らくは、島浦課長からの連絡なのだろうと、高原は考えた。

 だが、この報告で彼らの不安は拭い去れるわけではない。


「捜索するのはいいが、見つかったらどうするつもりだ?

 追い詰めた警官皆殺しだぞ?」


「彼らはまだ宮藤の正体をバケモノだとは認めてないだろうからな。

 正直、どうするつもりなのかはわからん」


「か、か、か、家族を……皆殺し?!

 おいおいおいおい……マジやばいじゃないですかぁ!

 どうなるんですかぁ、これから?!」


 まるで他人事のように呟く司に、必要以上に過敏な反応を示す高原。

 呆れる桐沢に、司は更に続ける。


「宮藤がXENOになった経緯はわからんが、昨日の行動から、俺達を追跡しているのは確実だろう。

 ま、俺達といっても、本命は桐沢君だろうが」


「だな。

 くっ、認めたくはないが、事実だからな」


「しかし、今となっては俺も高原も、XENOの存在を知った目撃者だ。

 宮藤は、確実に俺達三人を追跡して急襲を仕掛けるだろう」


 そう言いながら、司は自分と高原を指差す。

 その仕草に、高原が身をよじって反応する。


「ど、ど、ど、どうするんですかぁ?

 俺達、あの豚野郎に食い殺されるんですかぁ?!」


「お前はいつも喚いてばかりだな。

 だから女にもてないんだ」


「こんな時にそんな冗談言うなよ!」


「本気だ!」


「なお悪いわ!」


 無駄にじゃれ合う二人をよそに、司はあくまでスタイルを崩さず、話を続ける。


「現状は、この部屋にいるうちに出来る限りの対策を検討して、それを捜査本部と共有するしかない。

 ――そこで、だ」


 司の視線に気付き、反応する。


「判っている。

 XENOの在り処だろ」


 桐沢が、コーヒーをガブ飲みして言い放つ。

 だが、司はまだどこか不満のようだ。


「仮にこの後、君が在り処を教えたとする。

 だがそれは、我々が簡単に回収出来る様な状態なのか?

 確か、結構な低温保存が必要だと言ったな」


「その通りだ、よく覚えていたな。

 確かに、XENOは機械に繋げられて超低温で保管されている。

 そのまま手渡しというわけにはいかないな」


 桐沢の答えに、高原が神経質そうに反応する。


「じゃあ、いったいどうするんだよ!

 お前、もしかして適当なことを言ってないか?!」


「一生もてない男は黙れ。

 だが確かに、隠し場所は誰かに管理されているような場所ではない。

 奴らに気付かれて奪取されたら、それでおしまいだ」


「こ、こんにゃろ……!」


「わかった。

 では、在り処だけでも教えてもらう事にして、後日回収して科警研にでも回してもらうよう取り図ろう。

 それと、もう一つ」


 人差し指を立てる司に、桐沢は怪訝な顔つきになる。


「なんだ?」


「夕べ君が教えた、“吉祥寺研究所”の所在だ。

 そこへ案内して欲しい」


「研究所か……ここから遠いぞ?

 それに、車でも途中までしか行けん」


「山奥なのか?」


「ああ、結構な奥深いところだ」


「わかった、ではまずはXENOの在り処からだな。

 早速動こうじゃないか」


「仕方ないな。

 これも、俺の身を守るためか」


 話が決まり、早速行動を開始する。

 動き出しが鈍り、一箇所に留まる時間が長引くほど、追跡者に狙われやすくなるだろうことは、三人とも深く理解していた。





 午前中にホテルを引き払った五人は、車で首都高に入った。

 そこから東北自動車道に入り、北へと向かう。

 多少の渋滞を挟み、国道50号線から県道へと抜けると、栃木県佐野市に入った。


「随分遠くまで来たな」


「さすがに、ここまで遠くに来ると、XENOも追っては来ないでしょうね」


「油断はしない方がいいな。

 場所だが――」


 桐沢の案内で、高原は車をやや市街地から外れた場所に出ると、山の方へと進んでいく。

 更に三十分ほど走ったところで、一軒のやたら大きな邸宅が見えて来た。


「ここだ。

 もてない高原、この近くでは停めるな。

 もう少し離れたところで停めろ」


「いちいち“もてない”をつけるな!」


「もてない高原、あの辺の空き地に停めよう」


「もぉ~! 司さんまでぇ!」


 怒り狂う高原に顔を向けもせず、司は真顔のまま舌を出した。



 車を降りた三人は、辺りに誰も居ないことを確認しつつ、その大きな邸宅へ向かう。

 だが敷地に近づくよりも早く、ここは無人の廃墟だと、司と高原はすぐに気付いた。


「まさかとは思うけど、この……中?」


「行くぞ。足元に気をつけろ」


「ひぃ! こ、ここ、ネットに情報ありますよ!

 ししし、心霊スポットじゃないですかぁ!」


「心霊スポット?

 じゃあ、むしろ肝試しでかえって人が来るんじゃないのか?」


「安心しろ、とにかく中へ」


 桐沢は、まるで自宅に帰ってきたような感覚で、どんどん先へと進んでいく。

 途中でくぐった大きな門の端には、木製の表札が掲げられていた。


「金尾――」


「噂では、吉祥寺の雇い主に金を借りて、返せなくなった男の家だそうだ。

 実際のところは知らんがな」


「ひえっ、こんな豪邸を抵当に入れてたのか!」


「恐ろしいなあ、借金だけはしたくないなあ。

 なぁ高原」


「どうして、そこで俺に振るんですか司さぁん?!」


 そこは、かなり古い時代から残っているような和式家屋で、平屋建てだが相当な大きさがある。

 入り口からでは全貌が窺い知れない規模で、その造りや雰囲気から、昭和か或いは大正時代から存在するようにすら思える。

 庭は全く手入れされておらず草がぼうぼうに生え、腰の高さまで青葉が伸びている。

 両手で草を掻き分けながら石畳の上を進み、玄関前に辿り着くと、そこはもう空気すら異なる、外界から隔離された異空間のようですらある。


「マスクを付けろ。

 埃が凄いからな」


 三人は、途中のコンビニで買ったマスクを装着してから、屋内へ足を踏み入れた。


 扉が壊された玄関に入ると、途端に空気がひんやりする。

 玄関のすぐ前にある大きな和室を覗くと、いきなり神棚が奉られていた。

 ぎしぎしと不安な音を立てる床を踏みしめ、蜘蛛の巣を払いながらどんどん廊下を進んでいく。

 襖で仕切られた部屋が無数にあり、住人が相当数居ただろう様子が窺える。


 室内に散乱する古い家具や布団、年代物の電化製品などが見つかる度に、司は足を止めてそれをじっくり観察しようとする。


「このテレビは凄いな。

 足つきじゃないか。

 高原、お前こんなの直接見たことないだろ」


「司さん、何物色してるんですか! 早く先に進みましょうよ~」


「おっ、こんなところに子供用の座布団がある。

 この、リスとたぬきが混じったようなキャラは、知らないなぁ。オリジナルかな」


「司さんってばぁ!」


「静かにしろ!」


 一番先を進む桐沢は、どんどん奥へと進んでいく。

 だが、廊下の突き当たりの手前の小部屋の前で、桐沢が突然足を止めた。

 その部屋はちょっとした物置のようで、年代物の大きな黒い金庫やミシン、そろばんやノート、更には何故か竹製の枕のようなものまで転がっている。

 そこに入り込むと、桐沢は金庫の前に跪いた。

 もわっと、埃が舞い上がる。


「うっわっ! な、何してんだよこんなとこで」


「静かにしろと言っただろ!」


 高原に怒鳴りつけると、桐沢は金庫の正面にある小さなダイヤルに手をかけ、キリキリと回し出す。

 その動作に、二人はついつい覗き込んでしまう。


 しばらく何回か回した後、桐沢は、その向かいに放置されているミシン机の棚に手をかけた。


「おいおい、金庫は?」


「いいから黙ってろ!」


 桐沢は何も入っていない棚を引き出すと、その中に手を入れた。

 その直後、何処からともなく、「ピーッ」という電子音が鳴り響いた。


「ふわっ?! な、なんだぁ?!」


「この廃墟、まさか、電気が通じてるのか?」


「え?!」


「よし、認証はクリアした。

 システムはまだ生きてる。

 じゃあ、後は――」


 桐沢は、再び金庫のダイヤルに手をかける。

 そしてダイヤルを――今度は、引っ張った。


 ガコン! と鈍く大きな音がなり、金庫の扉が開く。

 桐沢は、その中に手を突っ込むと、ニヤリと微笑んだ。


「あった、これだ」


「そこに、XENOが?」


「いや、入館用のカードキーだ」


「か、カードキー?!」


 驚く高原と司を前に、桐沢は不思議そうな顔をする。


「俺達は、XENOの保管場所に来たんだぞ。

 廃墟巡りに来た訳じゃない」


「だ、だって、これ……ええっ?」


「確かにここは廃墟だが、実はもう一つの顔がある」


「なるほど、カムフラージュってことか」


 ようやく納得の行った司は、満足そうに微笑むと、桐沢について更に奥へと進んでいくことにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る