【解説】



 美神戦隊アンナセイヴァー


 第46話 【解説】






 その後、五反田でホテルを取った三人は、島浦に報告をした上で、部屋に落ち着いた。

 島浦は、半信半疑ではあったものの、桐沢が襲撃された事は認識し、上への進言を改めて行う事を約束した。

 ようやく落ち着いた三人は、同じ部屋で雁首を揃え、溜息を吐き出した。


「ウニクロの服に、コンビニ飯か。

 まったく、とんだ保護だな」


「文句言うな!

 それより、とっととお前の持ってる情報を開示しろよ」


「お前は交渉が下手で目も当てられないな。

 だから女にもてないんだぞ」


「ううう、うるさいっ!!」


 四個目のおにぎりをパクつく桐沢に、とっととカップ麺をたいらげた司は、コーヒーを淹れながら尋ねる。


「さて、そういうことだ。

 そろそろ、XENOとその関連情報について、話してもらおうか。

 高原、録音を頼むぞ」


「ほいっす」


「待て、録音までするのか?

 せめて飯を食い終わるまで待て」


「いや、そこはゆっくり食って構わんから」


 少し余裕が出て来たのか、三人は徐々に互いに慣れ始めたようだ。

 三人にコーヒーが行き渡ると、桐沢が、遂に話し始める。

 司と高原は、息を呑んでそれに聞き入った。


「事の発端は、吉祥寺研究所にある。

 これは伝聞っだが、十何年か前のある日、とある場所で事故が起きた。

 ある場所が突然爆発し、大きな陥没が発生したんだ」


「そんな話は聞いたことがないな」


「そこは、とある高名な人物の私有地内だ。

 なんだかんだでもみ消しがあったのかもわからん。

 ただ、その時に現場で何かがあったらしい。

 詳しくはわからないが、その場所はその後、研究施設として利用されることになった。

 それが吉祥寺研究所だ」


「そこに、お前も居たんだろ?」


「そうだ。

 無論、この出来事よりずっと後の事だがな。

 ただ、この吉祥寺研究所では、ある研究が行われてたんだ」


 話の重要点なのか、桐沢の表情が更に真剣味を帯びる。


「どんな研究なんだ?」


「俺達の研究課題は――不老不死、だった」


「不老不死?! そんな馬鹿な!!」


 思わず声を上げる高原を、司が制する。


「いや、そう馬鹿にする話でもないぞ。

 実際に、ベニクラゲやヒドラという無脊椎動物は事実上不老不死だと判明しているし、他にもサンゴや海綿の一部には数千年以上生きている個体も発見されているからな」


「ま、マジっすか……?! って、なんでそんなの知ってるんですか、司さん?!」


「良く知ってるな、その通りだ。

 要は、テロメアの消耗を如何に押さえ、細胞の劣化を――」


「すまない、専門的な話まではわからないんで、勘弁してくれないか」


 話を遮られ、ぶすっとした顔になるも、桐沢は更に続けた。


 ――吉祥寺研究所のオーナーであり、謎の事件が発生した土地を所有する人物の要請により、研究所員は各方面から引き抜かれて集められた。

 その中でトップに立ち、所員を率いて研究を行っていたのが、所長である“吉祥寺龍利”という人物。

 だがこの研究が、ある時期からおかしな方向へ向き始めた。


「吉祥寺が持ち出したのは、“人間が長寿でないのは、身体構造に欠陥があるから”だと唱えた。

 要は、ある程度で死ぬ前提の構造だから、不老不死になるには、これを根本的に作り変える必要があると提唱したんだ」


「あ~、それはまあわかるな。

 なんで普通に生活してるだけで病気になるの? みたいなのも多いもんね」


「なるほど、それだけを聞くと興味深い研究ではあるな」


「そうだろう、だから俺の様な者達も、当初は奴に賛同したんだ。

 だが、その為に奴が持ち出した理論が、“人間の身体情報をより強固な存在に置き換える”というものだった」


「強固な存在?」


「おい、まさかそれって――」


 キョトンとする高原と、青ざめる司。

 桐沢は、目を閉じてこっくりと頷いた。


「そうだ、察しが良いな。

 それに利用する強固な存在というものが、XENOだ」


「えっ?! じゃあお前らは、XENOを作った張本人ってことか?

 だったら、お前らは被害者以前に、連続殺人事件の容疑者じゃないか!!」


 激昂して立ち上がる高原を抑えると、司は改めて向き直る。

 冷めかけたコーヒーを飲み干すと、苦々しい顔つきになった。


「XENOは、俺達が作り出したわけじゃない。

 元々、そこに居たんだ」


「元々、そこに、居た?」


「ああ、誕生や入手経路は不明だ。

 吉祥寺は、まるではじめからそこにあったみたいに、XENOのサンプルを持ってきたんだ。

 ある日、唐突にな」

 

「……」


 吉祥寺が考えたのは、人間の記憶と身体能力、外観の特徴をそのまま他の生物に置き換えるというものだった。

 元々生命体として強く、生存能力が高くてあらゆる環境に適合しうる性質を持った存在が居たとして、もしそれに「自分」というものを丸々移し変えることが出来たなら、それは生物として完璧なものとなるだろう。

 吉祥寺の発想はそういう概要であり、また目標到達点でもあった。


 それに用いられるのがXENOなのだろうと、桐沢は理解していた。


 その後、吉祥寺は徐々に狂気に取り憑かれ始めた。

 動物を使った実験や、人間の細胞や身体の一部を利用した実験等を行い出し、それはやがて研究所内の雰囲気を悪化させるに至る。

 しかし、吉祥寺研究所は極秘施設であった為に簡単には退所が適わず、所員達は、吉祥寺と、彼に同調した一部のメンバー達を除き、反感を抱きながらも我慢を強いられる形となった。


「そんなある日、遂に、研究が最終段階に入ったという告知が、所内に流された。

 その途端、吉祥寺研究所は閉鎖、俺を含めた所員は全員解雇されたんだ。

 そして、研究所の敷地に二度と立ち入らない誓約書にサインさせられたのと引き換えに、退職金を渡され追い出された」


「ということは、不老不死の研究は完成したってことなのか?

 XENOを使って?」


「俺もその時はそう思った。

 だが、どうやら違ったらしい」


「違った? どういうこと?」


「ああ、実はその後、仲間の所員が俺の所に来たんだ。

 そいつによるとだな――」


 桐沢の話は、まだ続く。

 彼を訪ねた元所員の男は、あるデータを研究所から持ち出していた。

 何重にもセキュリティが施されていたそのデータをようやく解読した彼は、吉祥寺達のあまりにも恐ろしい計画を知り、それを桐沢をはじめとした元所員の間で共有しようとしたのだ。


「奴らが研究所を締めた理由は、研究が完成したからじゃなかった。

 逆に、次の段階に入った為に、あの研究所が使えなくなったんだ」


「使えなくなった?

 次の段階?」


「なんだか、話が見えなくなってきたな」


「ああ、奴らが企てていた次の段階は。

 ――XENOを市井に解き放った際、どのような変化が起きるかを観察・研究することだった」


 司と高原の顔が、強張る。


「なん……だと?!」


「な、なんでそんなことを?!」


「理由はわからん。

 だが、奴らにとっては何かしらの目的があるのだろうな。

 XENOの存在を世間に晒すリスクを冒して尚、実行しようというんだから」


「待てよ?!

 じゃ、じゃあ、もしかして今起きている事件って……?」


 司と高原の顔が、益々青ざめる。

 そんな二人に、桐沢はまたも頷きを返した。


「ああ、そうだ。

 あの事件は、間違いなく吉祥寺の手の者達による“第二段階の実験”だ。

 奴らは何かしらの手段で、都内各所にXENOをばら撒いている」


「そのXENOがばら撒かれた後、どのような事が起きるんだ?」


 司の質問に、桐沢は顔をしかめつつ答える。

 とっくに冷え切ったコーヒーに、波紋が広がった。


「XENOは、幼体と呼ばれる状態で冷凍保存されている。

 それがそのままの状態で街中に投棄されたと仮定した場合、数時間で常温に馴染み活動を開始する。

 一番近くにいる生物を捕食し、即座にその身体能力を再現する。

 所謂“擬態”だな」


 その言葉に、先程見た宮藤の件を思い返す。


「ということは、宮藤刑事は――」


「そういうことだろうな」


 高原の呟きに、司が力なく答える。


「擬態を終えたXENOは、次に他の生命体の捕食を行おうとするだろうな。

 そして、その生命体の能力も得ていく。

 もし、そこで人間を捕食していたとしたら、奴らは人間の知能で策略を立てる可能性が高い」


「あんな巨大なバケモノが、人口の多い都会で隠れ遂せている理由は、それか」


「そ、そんなとんでもない奴らがはびこってるんですかぁ?!

 ま、ますいですよ、マスイです!

 このままじゃ、俺達人間は全滅しちまいますよぉ!!」


 怯えた声で喚く高原に、桐沢は掌を翳し、諌める。


「安心しろ、それは現状ありえん」


「どういう意味だ?」


「だ、だって、そうやってXENOが増殖していったら……」


「弾数がないんだ。

 XENOの特徴というか欠点なんだが、生殖が出来ない」


 桐沢は続ける。

 理由は不明だが、XENOには生殖機能が備わっていない為、同族を増やしていく事が出来ない。

 全ての個体がオンリーワンであり、後が続かないのだという。


 司は、それだけ急速に進化変貌を遂げる生物であるなら、確かに「子孫を残す」という行為に特化した能力を持つ必要はないのかな、と納得した。


「じ、じゃあ、その吉祥寺って奴は、どうやってXENOを増やしてるんだよ?!」


「そこがわからんのだ。

 だが、研究所での扱いから考えるに、奴らはそう簡単にはXENOを増やす事が出来ない筈だ。

 だからこそ、数が少ない駒を有効に活用しようと企てるだろうな」


「全然救いになってない話だなあ」


 席を立ち、新しいコーヒーを淹れながら、司は更に尋ねる。


「桐沢君。

 三つ教えてくれ」


「なんだ?」


「一つ目は、宮藤刑事のことだ。

 今後、彼女……いや、あのXENOは、どう対処すればいい?」


「そうだな、奴を早急に倒す必要があるな。

 そうしなければ、犠牲者が増えるばかりだ。

 警察の装備では、XENOは倒す事はおろか、傷つけることすら不可能だか」


「じ、じゃあ、どうするんだよ?!

 それじゃあ倒しようがないだろ?!」


「いや、ないわけじゃない」


 喚き散らす高原に、桐沢は自分の胸の中心を指差して示す。


「XENOにも弱点はある。

 人間が心臓や脳を破壊されると死んでしまうように、XENOにも同じような急所がある」


「それは何処だ?」


「“核(コア)”だ。

 XENOの体内には、かならず目玉のような形をした器官が存在するが、それを核(コア)と云う。

 これを破壊すれば、XENOはたちまち崩壊する」


 その言葉に、司はあの時の記憶を蘇らせた。

 あのピンク色の少女の攻撃により、巨大トカゲのバケモノは身体の一部を大きく破損させた。

 そして、その中に巨大な目玉のようなものがあった。


(あれ、か……それで、あの娘はそこを破壊して倒したのか)


 司の中で、ようやく何かが繋がった。


「わかった、その情報は速やかに共有し、まずは宮藤XENOの行動を抑制するように働きかけよう。

 じゃあ、次の質問だが」


「なんだ、早く言え」


 少々話し疲れたのか、桐沢は少々苛立ち始めているように見える。

 しかし、そんな態度などお構いなしといった態度で、司は更に続けた。


「君が先程“心当たりがある”と言っていた、XENOを倒せる者達のことだ。

 それはいったいどんな連中なんだ?」


 司は、あのピンク色のコスチュームの少女を思い浮かべながら語る。

 あの時、自分に向けた優しい笑顔を。

 だがこの質問に、桐沢はいささか難色を示し出す。


「心当たりというか、憶測に過ぎん。

 実は、我々のXENO研究に対し、真っ向から批判していた別な研究グループが居たんだ。

 恐らくは、そいつらの一派ではないかと思ってな」


「一派?」


「ああ、確か……仙川、とか云ったかな。

 どういう関わりかはわからんが、どうやら吉祥寺とは敵対関係だったようだ。

 俺達には直接関わりがなかったから、それ以上のことはわからんが」


「そうか――だが、仮にそういう一派が実在しているとしたら」


「いや、実在は間違いないだろうな。

 俺を助けた謎のロボットも、お前が言っているその女も、恐らくは同じ仲間だろう」


「であれば、そいつらとコンタクトを取る方法を模索すれば、或いは」


「急展開に期待出来るかもしれんな」


 腕組みをしてふんぞり返りながら、欠伸をする。

 それにつられてか、黙って話を聞いていた高原も大きな欠伸をする。


「最後の質問。

 君が持っているという、XENOのサンプルの在り処だ。

 いったい何処にある?

 それを警察に提出することで、君の話を皆が信じることになるだろう」


「だな。

 いいだろう、わかった」


 桐沢は、にやりと笑うと深く頷いた。


「だが、ここで話すのは止めておこう。

 明日にでも、早速その場所へ案内する。

 それでいいな?」


「いいだろう、了解だ」


 ようやく、話がまとまる。

 どっと疲れが押し寄せ、三人の男達は、それぞれのベッドにどさっと倒れ込んだ。


 




 埼玉県戸田市。

 二名の刑事と、更に三名の警察官が、とある住居を訪れていた。


 宮藤加奈子の自宅。

 午後九時にして明かりが点いておらず、人の気配が感じられない。


「確かに、変な臭いがするな」

 

 呼び鈴を押そうとする刑事の手を、もう一人の刑事が止める。

 足音を忍ばせながら、彼らは玄関に近づき、ドアノブに手をかけた。


 キィ……


 玄関のドアは、呆気なく開く。

 途端に、奥からむせ返るような臭気が漂って来た。


「な、なんだこの臭い?!」


「腐敗臭かもしれん。

 もしかするかもしれんな、こりゃあ」


 手袋を装着した五人の警察官は、ハンカチで鼻と口を押さえながら中に入る。

 意を決して声をかけてみるも、中からは何の反応もない。


 頷き合った五人は、靴を脱ぐと、ゆっくり中へ侵入する。

 だが、入ってすぐの居間を覗き込んだ瞬間、刑事の一人が軽く悲鳴を上げた。


「どうした」


「ひ、人が?!」


「なに?」


 もう一人の刑事が、懐中電灯を取り出して室内を照らす。

 それとほぼ同時に、五人の悲鳴が夜の住宅街に響き渡った。



 そこには、散らばった腕と足、内臓が大量の血痕と共に広がっている。


 そして部屋の隅には、上半身の大半を失ったまま、壁にもたれかかっている子供の姿があった。



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