【逃走】








 美神戦隊アンナセイヴァー


 第45話 【逃走】





 目黒署の女刑事・宮藤加奈子は、XENOだった。

 そのあまりにも衝撃的な現実は、司と高原にとてつもないショックを与えた。

 そして、XENOに詳しいと自称する桐沢にも。


 XENOは、人間の姿に擬態出来る。

 確かにこれなら、市井に紛れて被害者を急襲することも容易いだろう。


 今、巨大な豚面の怪物“オーク”に変貌した宮藤は、出入り口のドアを背に、窓際へと三人を追い詰めている。


 このままでは、窓を突き破って脱出するしかないが、そんな事をする道具もなく、ましてや命は助からない。

 

(これは、かなりまずいな)


 いつも沈着冷静な司も、今回ばかりは対策が咄嗟に思い浮かばない。

 高原は完全にパニックを起こし、桐沢も、青ざめたまま後退するだけだ。

 咄嗟に銃を引き抜こうとするが、あの時のトカゲ男の時の事を思い出し、止める。


『じゃあ、遠慮なくぅ~♪』


 ズン、と大きな足音を立て、オークが更に迫ってくる。

 その時、司はテーブルの上に置かれた“ある物”に注目した。

 再度、懐を確かめる。

 小さく硬い、四角い物の手応えを感じると、司は二人に小声で呼びかけた。


「いいか、俺が奴を引き付ける。

 その隙に、脇を通り抜けて脱出しろ」


「そ、そんなこと、で、できっこないす!」


「どうするつもりだ?!」


「いいからやるんだ! さもなきゃ死ぬぞ!」


 そう叫ぶと、司は無謀にもそのままオークに向かって真正面から飛び込んだ。

 

「司さぁん!」


『あらぁ、司さん自分から来たのぉ~?』


 おぞましく不気味なしゃがれ声で、オークが呟く。

 生理的嫌悪感を覚える異様な臭気に耐えながら、司はオークの隙を突き、テーブルの瓶を掴む。

 それを、力いっぱいにたたき付けた。


 パリン! と軽い音を立て、瓶はあっさりと割れ砕けた。

 瓶の中身が飛び散り、オークの身体に降りかかった。


『残念ねぇ、効かないわぁ♪』


「そうだな、このままではな」


『?!』


 次の瞬間、オークの目がカッと見開かれる。

 司は懐からライターを取り出し、点火した。

 それを見た桐沢は、慌てて高原を引き起こした。


「何をしている! 行くぞ!!」


「え、えええ~?!」


「立たなきゃ、俺が殺してやる!」


「ひ、ひぃっ!?」


 二人が動き出したのを横目で確認すると、司はフッと微笑み、ライターを放り投げた。

 火が点いたまま――


『ヒギャアッ?!』


 途端に、オークの身体に炎が上がる。

 瓶の中身は、先ほどまで桐沢と高原が飲んでいた「ブランデー」。

 見栄を張って頼んだのはいいが、殆ど飲んでいなかったのが幸いしたようだ。

 たっぷりとブランデーを浴びたオークの体表に、みるみるうちに青い炎が広がっていく。


『ギャアァァァ―-―っ!!』


「今だ!」


「ひぃっ!」


「ぬぅっ!!」


 身を焼かれて悶えるオークの横をすり抜け、三人は無事に出入り口へと脱出する。

 悲鳴を上げながら腕を無闇に振り回すが、紙一重でかわすことが出来た。

 そのままドアを開け、廊下へ飛び出す。

 少し離れた所に居たホテルマンが、何事かと駆け寄ってきた。


「来るな! 危険だ!」


「は、早く、逃げましょう!!」


「く、くそっ、服が!!」


 ドアが閉じ、キョトンとするホテルマンを巻き添えに距離を置く。

 ふと振り返ると、部屋のドアが、また開かれていくのが見えた。


「まずい、来るぞ!」


「何をしている! 早く逃げろ!」


「こ、腰が抜けて……すみません」


 三人プラス一人がまごついていると、ドアは完全に開かれた。

 中から出て来たのは――


「えっ?!」


「!」


「な、な、な?!」



「どうなさったんですか、皆さん?

 突然飛び出して」



 廊下に出て来たのは、オーク……ではない。

 宮藤だ。

 宮藤加奈子だ。


 先ほどまでと全く変わらない姿で、小首を傾げてこちらを見つめている。

 三人は、思わず顔を見合わせた。


「ど、ど、ど、どういう事です?! さっき、確かに……」


「擬態だ! あれは擬態だ!

 奴の正体は見ただろう? 騙されるな! アイツはXENOなんだ!」


「まさか、元の姿に戻ることも出来るとは――」


「皆さーん、戻ってくださいよー。

 まだお話の続きが」


 手招きする宮藤をそのままに、三人は、逃げるようにその場から立ち去った。






「――ああ、そうだ。

 宮藤刑事は、ニセモノだ。

 詳しい事は後で話すが、高原も証人だ。

 ――ああ、そうだ。

 頼むぞ島浦、宮藤を署内に入れるな。

 ついでに、奴の身辺も洗うように伝えてくれ。

 必ず事件に巻き込まれてる筈だからな」


 通話を切ると、司はふぅと息を吐き、煙草を取り出そうとして止める。

 しばらくすると、ウニクロから袋を提げた高原が戻って来た。


「課長に連絡されたんですか?」


「ああ、全然信じてなかったが、強引にねじ伏せた。

 後で事件が起こったら、お前のクビだけじゃ済まない事態になるからってアドバイスもしてな」


「司さん、それ、脅迫っていうんですよ?」


「それくらい毒を効かせないと、あいつは腰を上げないんだ。

 全宇宙において俺以上に、アイツの扱い方を熟知している奴はおらんよ」


「はぁ……そ、それよりも、早くアイツを」


「おっと、風邪引いちまうかもな」


『いつまで待たせるつもりだノロマ共!

 早くしないと……は、は、ハクション!』


「なかなか面白いリアクションする奴だな」


「司さん……なんで、あんな事があった直後なのに、そんなに平静なんです?!」

 

 かろうじて桐沢の服を用意した司と高原は、彼を別な場所に移送することにした。

 夜の街を走り抜けながら、行き先を模索する。

 既にかなりの時間が経過していたが、高原はまだ現実が受け入れられないようで、両肩を押さえながら震えている。

 そして後部座席の桐沢も、どこか落ち着かないようだ。

 ハンドルを握りながら、司は、この先の展開に思慮を張り巡らせていた。


「わかっただろう。

 今、この東京に、ああいう連中が潜んでいるんだ」


 桐沢が、沈黙を破る。

 その言葉に、高原が過敏に反応した。


「じ、冗談じゃないぞ!

 なんだよアレ?! ば、バケモノじゃないか!

 あんなのに襲われたらどうしようもないじゃないか!

 俺達、これからどうすればいいんだよ?!」


 今にも泣き出しそうな声で、訴える。

 しかし、誰もそれに明確な回答は示せない。


「ところで、お前――司、だったな」


「ああ」


「どうしてお前は、あんなに冷静でいられた?」


 懐疑的な口調で、桐沢が尋ねてくる。

 それに同意なのか、高原も、無言で見つめてくる。

 司は、やれやれと思いながら、信号待ちでブレーキを踏んだ。


「もしかしてお前、以前にもXENOに会った事があるんじゃないか?」


「どうしてそう思う?」


「ジャケットの奥に拳銃が見えたが、お前は一度も抜こうとはしなかった。

 銃があるなら、手を伸ばすくらいはするんじゃないか?」


「警察官には、そう簡単に銃を使えない事情があってな」


「いや、俺は“奴らに銃は通用しない”ことを知っていたように思えたがな」


 桐沢の言葉に、司は内心ギクリとした。

 本心を見透かされただけではない。

 あんな状況にも関わらず冷静に他人を観察する、その注意力と分析力に戦慄を覚えたのだ。


「そ、そうなんですか、司さん?!」


 もうすっかり酔いが覚めたのか、赤ら顔が薄らいだ高原が震え声で尋ねる。

 その視線にいたたまれなくなったのか、司は、仕方なく白状する事にした。


「ああ、実は一度遭遇している」


「えっ?!」


「よく助かったな!」


「ああ、だがその時は――」


 あの夜の出来事を、時系列に沿って説明する。

 JR高円寺駅の高架下、巨大なトカゲのような怪物、拳銃が効かなかったこと、そして――


「そんな大事なこと、どうして今まで黙っていたんですか?!」


 声を荒げる高原に、司は面倒臭そうな表情を浮かべる。


「お前がその立場だったらどうする?

 どう報告しろってんだ。

 コスプレした女の子に助けられました、証拠は何も残っていません。

 これで、どう上を納得させろと?」


「それは……そうですけど」


「俺は高円寺に身を隠していた時もある。

 その場所も、確かに通った筈だ。

 そいつも、俺を追っていた可能性が高いな!」


 唸りながら、桐沢が呟く。

 聞けば、司が遭遇したXENOは、やはり桐沢を追跡している者と同じタイプのバケモノのようだ。

 状況は合致した。

 

「しかし、女の子だと?

 しかも、素手で倒した……?

 ロボットではなくて、か?」


「司さん、深夜アニメの見過ぎで幻覚でも見たんじゃないんですか?」


「んなわけあるか。

 間違いなく実在するし、会話もしたからな」


「写真とか、撮ってないんですか? スマホで?」


 高原の突っ込みに、司は写真の事を話そうとしたが、益々ややこしくなりそうに思えて止めた。


「桐沢君。

 君は何か思い当たることがあるか?」


「そうだな、まったくないわけではない」


 その言葉に、無意識に眉がピクリと動く。


「であれば、その話を聞きたいな。

 こうなった以上、少しでも情報が欲しい」


「言うまでもないが、それなら俺の――」


「判っている。

 もはや否定のしようがない事態に陥ったんだ。

 君の保護は警察が必ず行う」


「確約と考えていいのだな? その発言は」


「ああ。

 高原、お前も証人になれ」


「え、あ、はい……まあ、こうなったら」


 成り行き任せではあるが、この三者間では、約束事は結束した。





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