【敵陣】


「なるほど、つけられた原因はコレか」


 車の後ろ、バンパー部分の影になる部分から取り外した“GPS発信機”を手に取り、司は満足そうに微笑む。

「コレがあの女の車か。

 このスマホでモニタリングしてたんだな」


「な、なんてことだ……。

 人を襲うだけじゃなくて、車やメカまで使いこなすのかよ!」


「そりゃあまあ、捕食した人間の記憶や技術をそのまま引き継げるらしいからな。

 当然のことだろうさ」


「じ、自分は、司さんみたいにそこまで達観出来ませんよ!」


 金尾邸をなんとか抜け出した三人は、自分達が乗って来た車の周りで、ようやく一息ついた。

 それにしても、想定外の事態が連続で起きたことで、三人は肉体的にも、身体的にも疲労が出始めている。

 とてもじゃないが、今日はこの足で井村邸なる所まで出向く気力が持てなかった。


 司は、スマホで島浦課長に連絡し、現場写真の送信も併用して、ここで起きた事態を報告する。

 しかし、彼らの視点では、まだ宮藤は行方不明のままだ。

 そして、あの黒いロボットについても、報告をしない訳には行かなかった。


『――本当に居たんだな、その、黒いロボットというのが』


「ああ、間違いない。

 俺の目の前で、宮藤を抱えて何処かへ飛んで行っちまった」


『そうか。

 いや実はな、対策本部に参加している宮藤の同僚から聞いた話なんだが。

 その黒いロボットと思われるものが、実は以前にも出現しているんだ』


「ほぉ?」


 島浦の報告に、司は強い関心を覚える。

 話によると、ゴールデンウィークの終わり頃、目黒川に突如出現した黒いロボットが、大きなネズミのような物体と交戦していたという話画あり、実際にSNSをはじめとするインターネット上にその写真も多く掲載されているという。

 話を横で聞きながら、高原が自分のスマホで検索する。

 すると、確かにそれと思われる画像が、いくつも見つかった。


「さっき出て来たってのは、これかな?」


「でもこれは、妙に目立つオレンジ色が入ってるな。

 この色は見た覚えがないぞ」


「え? じゃあ、もう一体別なロボットが居るってことなのか?」


「それはわからんが、複数体あってもおかしくはなかろう」


 仲良く顔を近づけてスマホを眺めている二人を差し置き、司は更に島浦の話に聞き入る。

 そのロボットは、いつの間にかその場から姿を消してしまい、以降発見されたという報告が何処にもない。


「なるほど、参考になった。

 それで、この廃墟の方はどうする? 地下にあるブツを回収するのに、人を駆り出さねばならんぞ」 


『そうだなあ、ひとまず栃木県警に依頼して現場の隔離と回収班を手配してもらうとするか。

 それより、お前達は一旦こっちに戻って来い。

 この短期間で、あまりにも色々なことが起き過ぎたからな、報告をしてもらわんといかん』


「しょうがないな。そうしよう。

 ――というわけだ、一旦署に戻るぞ」


 司の一言で、次の方針は決まった。

 パアッと明るい表情になる高原と対照的に、物凄く不満そうな桐沢。

 三人で車に乗ろうとした時、ふと、司はある違和感に気付いた。


「どうしたんですか? 司さん」


「いやぁな、あのロボット、どうしてここがわかったのかなと」


「そういえばそうですね」


「あの女みたいに、発信機でも付けていたんじゃないのか?」


「……かもしれんな。

 宮藤の拾っていたGPSの信号を、横から傍受していたとか?」


「そ、そんな事、可能なんですかね」


「さぁな。もう何がなんだかわからん。

 おい刑事共! 俺は今夜は分厚いステーキが食いたいぞ!

 もうコンビニ飯はこりごりだ!」


「勝手に自分の金で食え!」


「ちっ、これだから女にもてないヤツは」


「またそれか! いい加減にしろよ!」


 懲りずに煽りに乗る高原に、司はふとある事に気付き、尋ねる。


「そういえばお前、彼女と約束があるって言ってたよな?

 ちゃんとフォローの連絡入れたのか?」


「え?

 …………あ」


「存在しない彼女説か。

 そんなところだろうな」


「ち、ち、ち、ちがわい!

 23歳の社会人で、ちっこくて可愛い娘なんだぞ!

 うわぁ~~! このドタバタですっかり忘れてたぁ!」


「移動中にフォローのメールでも入れとけ。俺が運転してやるから」


「あ、あざます! ひぃ~、洋子ちゃぁん!」


「今のご時世に、随分とシックな名前だな」


「もてない男が奇跡的に捕まえた女も、これで空中分解か」


「うううう、うるせぇ! だぁってろぉ!!」


 先ほどまで、命の危機に晒されていた事すら忘れ、三人は都心部への移動を開始した。

 もう、空はうっすらと夜の帳が降り始めている。

 








 美神戦隊アンナセイヴァー


 第50話 【敵陣】







 千葉県木更津市。

 この一角に、数十年前まで稼動していたものの、今は廃墟になっている巨大な工場跡がある。

 元々は合板製造工場として稼動していたが、様々な事情で人々の歴史から姿を消し、今尚ぞの残骸を晒している。


 幾つもの施設が連なるこの敷地内、最も大きな工場の中、誰もいない筈の空間に、突如スポットライトのようなものが灯った。

 その強い明かりにより、明暗のコントラストが異様に際立つ。

 しばらくすると、まるで暗闇の中から湧き出すように、幾つかのシルエットが現れた。


 小柄な少女が、二人。

 高校生くらいの少女が、一人。

 特に身長の高い成人女性が、一人。


 四人の女性は、それぞれ別の方向から歩み寄り、スポットライトの照らす空間に集まった。


「宮藤加奈子が、倒されました」


 最初に口を開いたのは、身長の高い女性だ。

 頭にヘルメットのようなものを被り、ゴーグルを下ろして顔の上半分を隠している。

 目元は見えないが、整った唇だけが動き、告げる。


「あのオバサン、動きが大胆過ぎなんだよなぁ。

 もうちょっと隠密行動に徹しろって言ったのにさぁ」


 続けて、背の低い少女の一人……黒いフードの付いたパーカーを来た娘が、腕組みをしながらボヤく。

 その横に立っている、麦藁帽子を被った少女が、顔も向けずに語り出す。


「倒したのは、あの警官達?

 まさかね……」


「宮藤を倒したのは、あの例の“ANNA-UNIT”と思われます。

 上空まで打ち上げられての破壊ですから、彼ら警察では行えない対応です」


 ヘルメットを被った長身の女性が、感情のこもらない声で報告する。

 その横に立っている、ブレザーの制服をまとった少女が、おどおどした声で呟く。


「つ、次はどうするのでしょう?

 このままでは、警察に洗いざらい話してしまうのではないでしょうか」


「だったら、次はあんたが行きなさいよ、デリュージョンリング」


「い、いえ、私など……」


 黒いフードの少女に“デリュージョンリング”と呼ばれた制服の少女は、戸惑いの表情で首を振る。

 そこに、甲高い靴音を立てながら、もう一人の成人女性が姿を現した。


 四人の目が、一点に注がれる。


「揃っているわね。

 トレイン、ウィッチ、サイクロプス、デリュージョンリング」


 眼鏡を指でクイッと上げながら、ぴっちりと着こなした白いスーツを見せ付けるかのように佇む。

 彼女の出現に、ウィッチと呼ばれた黒いフードの少女グが、舌打ちをした。


「あんたさぁ、そのリーダー面、いい加減やめてくれない?

 ただのメッセンジャーなんだからさあ、目障りなんだよ」


 ウィッチの悪態などものともせず、眼鏡の女性は冷静な声で話し出す。

 声が、広い工場施設内に響き渡る。


「何とでもいいなさい。

 ――“博士”からの指示があったわ。

 現段階での試験は中止。

 今保持しているカプセルで半解凍状態のものは、すぐに再冷凍するように、とのことよ」


「中止……」


 麦藁帽子の少女が、ハッと顔を上げる。

 

「そうよ、トレイン。

 今までお疲れ様。

 次の指示が下るまでは、休んでいていいわよ」


「桐沢大の追跡と処分は、どうするのです?」


 サイクロプスと呼ばれた、ヘルメットの長身女性が質問する。

 眼鏡の成人女性は、彼女を真っ直ぐ見つめながら落ち着いた声で答えた。


「勿論、桐沢の追跡は継続よ。

 というよりも、しばらくはそちらに特化するという意向のようね、“博士”は」


「そうですか」


 無感情な声で相槌を打つ。

 そんな彼女に、眼鏡の女性は満足そうに微笑んだ。


「あなたは物分りが良くて助かるわ、サイクロプス。

 それで、宮藤を倒したというアンナユニットの映像は、出せるのかしら?」


「こちらです」


 サイクロプスが虚空に右手を翳すと、空間投影型のモニタが展開する。

 そこには、第三者視点による、あの黒いロボットとオークの上空での様子が映されていた。


 オークの姿は、はっきりとそれだと判別出来るが、もう一方のロボットの方は、輪郭のぼけた黒い塊のようにしか見えず、形状は判別出来なかった。

 しかし、胴体に四肢があるという、おおまかな形状だけはなんとか把握できた。

 腕から何かを射出し、オークが爆砕した時点で映像は途絶え、スクリーンも消滅する。


 眼鏡の女性は、呆れた溜息を吐き出した。


「申し訳ありません。私の遠隔視でも、これが限界です」


「いいのよ、あなたはよくやってくれたわ。

 私が憂いているのは――この、アンナユニットのことよ」


 眉間に皺を寄せながら、スクリーンのあった空間を睨みつける。

 そんな彼女に、ウィッチが不思議そうな顔で尋ねる。


「あんたが言ってた“アンナユニット”って、全部で五体じゃなかったの?

 これ、あの五体のどれとも特徴違うじゃん。

 どーなってんのよ?」


「もしかして、六体目があるとか?」


 ウィッチに続き、トレインと呼ばれた麦藁帽子の少女が尋ねる。

 だが眼鏡の女性は、大きく首を振った。


「“SAVE.”が開発したユニットとは思えないわ。

 サイクロプスの遠隔視すら妨害するなんて、より高度なステルスシステムを搭載しているようね。

 ――所詮は“贋作”だけど」


 吐き捨てるように呟くと、女性は振り返り、四人に向き直る。


「改めて伝えるわ。

 裏バイトを使ってのXENOの拡散実験は、当面中止よ。

 あなた達は、しばらく身を隠しなさい」


「で、では、桐沢氏の追跡はいったい?」


 デリュージョンリングが、祈るように両手を組みながら尋ねる。

 だが眼鏡の女性は、真っ向から彼女を睨むように見つめて来た。


「宮藤のような、知性の低いXENOはもう使わないわ。

 別働隊を仕掛けることになったわ」


「別働隊?」


 小首を傾げるデリュージョンリングの背後に広がる闇から、またも足音が響く。

 その気配に、彼女は鋭い殺気を感じて飛び上がった。


「?!」


 十メートル近い天井付近の高台まで一気にジャンプしたデリュージョンリングは、自分が居た場所にいつの間にか佇んでいる、四つの人影を凝視した。

 そして、他の三人も……


「桐沢大の追跡は、彼女達に任せることになったわ。

 それと、桐沢に奪われたXENOカプセルの奪回もね」


 眼鏡の女性は、満足そうに四人へと歩み寄る。

 

「頼んだわよ、あなた達」




「承知しました、駒沢博士」


「フン」


「まさか、こんな形で駒沢さんの指示を受けることになるなんて、思いもしませんでしたよ」


「……」




 四人の影は、それぞれの反応を示すと、一瞬のうちにその場から姿を消した。

 最初から、そこには誰もいなかったかのような、静寂が支配する。


 高台から飛び降りたデリュージョンリングが着地すると同時に、“駒沢”と呼ばれた眼鏡の女性は、改めて皆向き直った。


「“博士”は、桐沢の命を求めているのではないわ。

 あの男が――あの男だけが隠し持っている、あの秘密が欲しいのよ」


「もしかして、それはあの研究所の――」


「そうよ、何せ“博士”の元右腕ですからね、あの男は。

 絶対に知らない筈はないわ」


 デリュージョンリングの呟きに、駒沢は愉快そうに微笑みながら応える。

 その様子を、他の三人は無言のまま見守っていた。


「そう、あの男の持っている知識が、これからの私達には必要になるわ。

 ――XENOVIA、にとってね」





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