【神隠】



 美神戦隊アンナセイヴァー


 第38話 【神隠】





 “神隠し”

 普段と変わらない生活をしていた人が、ある時忽然と姿を消し、そのまま行方を眩ませてしまうことを、人々は古来よりそう呼んでいる。


 ある場所に立ち入ったまま戻って来なかった者、山の中などで単独行動を取ったまま帰らなかった者、はたまた日常生活のほんの一瞬の間に、その場から消えた者。

 そのパターンは様々だが、所謂「失踪」とは状況が異なる行方不明事件を指して呼称される場合が多く、何百年もの昔から世界各地で記録が存在し、また現代に於いても尚実際に起きている事案である。


 無論、その幾つかは現実的な理由が存在し、数年の時を経て原因が判明、解決に至る場合もある。

 だが同時に、何年、何十年、はたまた何百年経っても原因が特定出来ない例もあるという。






 アンナセイヴァーが異世界(デュプリケイトエリア)で遭遇した中年男性と少女は、はじめこそ戸惑っていたものの、アンナパラディンによる丁寧な説明を受け、直ぐに話を聞いてくれる様になった。


 中年男性は自身を「坂上」と名乗り、少女の名前は「猪原(いのはら)かなた」と教えてくれた。

 一方、アンナパラディンは自分達を“科学的調査活動をしている非営利組織”と名乗り、詳細の公開は控えた。

 無論、坂上は若干怪訝そうな態度を見せはしたが、それより久しぶりに出会う人との接触の喜びが先に立ったようだ。


「いやぁ、それにしても、この世界で他の人に出会えるなんて、本当に夢のようです!

 どうぞどうぞ、狭いところですが、ご遠慮なくお上がりください」


「どーぞぉ☆ おうち入ってー!」


「お邪魔しまーっす!」


「わはー♪ お邪魔しちゃいまーすっ」


 それぞれ元気に挨拶し、玄関をくぐる。

 坂上は、マンションのリビングに五人を招き入れると、自分達の事情を語り出した。


 彼らは、ある日突然誰もいない世界に迷い込んでしまい、そのまま戻ることが出来ず、今に至っているのだという。


「原因は、全くわかりません。

 ただ、家族旅行をしていて、国道を車で普通に走っていただけなのですが」


「そうなのですか……何と申し上げたら良いか。

 ところで、この世界での生活などは、どうされているのですか?」


 アンナパラディンの質問に、坂上は「よくぞ聞いてくださいました」とばかりに語り出した。


「ええ、話すと長いのですが、なんとか上手くやれております」


 坂上によると、この世界にはやはり住人は居ないらしく、基本的に生物は一切いない世界らしい。

 人間だけでなく、犬や猫、果ては虫のような小動物も一切おらず、その為蚊等による被害もなければ、夜に虫の鳴き声を聞くこともないという。

 当然、人間が居ることで初めて成り立つものはだいたいが利用できず、テレビやラジオ、各種通信設備や電話は完全に使用不可能。

 だが不思議なことに、内容の更新こそないもののインターネットの一部サービスが利用可能で、サブスク等も問題なく閲覧可能という、非常に謎の多い環境のようだ。


「恥ずかしながら、この世界に来てからインターネットを覚えたのですが、どのページも何時の頃からか情報が止まったままになってるみたいなんですよ」


「そういう事ですか!

 時間が止まっているような感じなんでしょうか」


「そうそう、そういうイメージですね!」


 アンナパラディンの丁寧な話し方に気を良くしたのか、それとも大勢の若い女の子がやって来てテンションが上がってきたのか、坂上は話す度にどんどん上機嫌になっていくようだ。


 一方、生活インフラは幅広く利用可能で、尚且つ、スーパーやコンビニ、百貨店などにはふんだんに商品が置かれている為、生活必需品の調達に関しては一切の不都合がない。

 

 ただ、とにかく人が他に居ないという、ただそれだけの事が、この世界で暮らす上での一番大きな問題なのだと、坂上は熱弁を振るう。


 久々に外部の人間と遭遇したせいなのか、坂上は急に饒舌になり、聞きもしないことまで色々と語り出す。

 そしてアンナセイヴァーも、そんな彼の言葉に真剣に耳を傾けた。


「ふやぁ~、なんだか夢の世界みたいだねえ」


「夢ですか、確かにそうかもしれません。

 寂しい夢には変わりありませんが」


「あ、あわわ、ご、ごめんなさい!

 そんなつもりじゃなかったんです!」


「あは☆ 赤いおねーちゃんカワイイ♪」


「おう、ありがとよ!」キラーン


 かなたとおバカな会話をするアンナブレイザーを横目に、アンナパラディンが更に尋ねる。


「ところで、かなたさんは苗字が違うようですが、ご家族ではないのですか?」


「うん、かなたね、おじちゃんに助けてもらったの」


「えっ? 最初から一緒じゃなかったの? かなたちゃん」


「うん、そうなの!」


 いつものノリで“お友達になろう作戦”を行ったアンナミスティックは、かなたにすぐ受け入れられ、あっという間に仲良しになっていた。

 かなたを膝上に乗せながら、不思議そうな表情を浮かべている。


「かなたちゃんは、たった一人でこの世界に迷い込んでしまったそうです。

 ご家族と離れ離れになって泣いていたところを、たまたま私が見つけて保護しました」


「そうなのですね。

 それで、坂上さんの他のご家族は、今は――」


 その質問に、坂上の表情が曇る。

 

「ええ、妻は何年か前に他界しました。

 無論、この世界で」


「そ、それは、大変失礼しました」


「いえいえ、構いません。

 不思議に思われるのも当然ですから」


 口元を押さえるアンナパラディンに、坂上は柔らかい笑顔を向ける。

 どうやら、この人物はとても穏やかで優しい性格のようで、かなたも相当懐いていることが窺える。

 続けて、坂上が尋ねてきた。


「ところで、あなた方はどうやってこの世界に来られたのですか?」


「はい、それについてなのですが。

 いささか、現実離れした話になってしまいますが――」


 アンナパラディンが自分達の事情を説明しようとした時、突然、ミスティックが声を上げた。


「みんな! パワージグラットの制限時間まで、あと五分だよ!」


「ええっ? もうそんなに経った?」


「それでは、もうおいとましなくては……」


「すみません、坂上さん。

 実は――」


 アンナパラディンは、事情を説明する。

 自分達はパワージグラットというものの力によって、並行世界に滞在出来ること、その限界は一時間で、それを過ぎると強制的に通常の世界に引き戻されてしまうことを伝えた。


「えーっ! せっかく逢えたのに!

 もう帰っちゃうのぉ? かなた寂しいよぉ!」


「ごめんね、かなたちゃん!

 でも、必ずまた遊びに来るからね♪」


「約束だよー、じゃあ指きりげんまんして!」


「はーい☆」


 かなたが小指を出して、アンナミスティックに指きりをせがむ。

 その様子を眺め、アンナローグは少し胸がうずいた。



「それでしたら、皆さんにお願いがあるのですが」


 帰還の挨拶をしようとした時、坂上が懇願した。


「はい、どうか、私達を――いえ、かなたちゃんだけでも、元の世界に戻して頂けないでしょうか?!」


 両手を組みながら、坂上がすがるような目で見つめてくる。

 だが、アンナパラディンは申し訳なさそうに首を振った。


「申し訳ないのですが、私達には、そういった力はありません。

 ごめんなさい、お力添えになれなくて――」


「そ、それではせめて、元の世界で私達がどのような扱いになっているのかを、教えてもらえませんでしょうか。

 それから、この子のご家族のことも――」


 途切れた言葉から、察する。

 まだ幼いかなたと離れ離れになってしまった両親は、きっと絶望のどん底に居るに違いない。


「わかりました、出来るだけの協力はいたします。

 ただ、次にいつ来られるかはわからないので、もし行き違いになった時は――」


「このマンションの入り口のとこに、ノートを置いておくね!

 そこに、伝言を書いておくから」


「うん、わかった!」


 アンナパラディンの言葉を遮るように、アンナミスティックが勝手にかなたと話を進めてしまう。

 パラディンと坂上は、苦笑いを浮かべながらその様子を見つめた。


 坂上の名前と住所を読み上げてもらい、その映像を記録したアンナセイヴァーは、リミット一分前という際どいタイミングで、ベランダから外に出た。

 ふわりと宙に舞う五人の姿を、坂上とかなたは不思議そうな顔で見上げていた。


「さよーならー! またねー!」


 かなたが、大きな声で呼びかけ、手を振る。

 五人は、それに手を振り返しながら、更に上昇した。


「坂上さん、いい人だな」


「突然どうしたんですか? ブレイザー」


「あたしらが飛んでからすぐ、ハッとして奥に戻っていったよ」


「?」


「あー、わからなかったらいいや別に」


「??」


 アンナブレイザーとウィザードは、そんな会話をしながら、更なる上空を目指す。


 それから数時間後、ブレイザーの言葉の意味にようやく気付いた舞衣は、声を上げて赤面した。






 地下迷宮(ダンジョン)に帰還したアンナセイヴァーは、実装解除後、すぐに映像情報の提供と報告を行った。

 坂上という、予想外の人物が登場したことで、勇次や今川、ティノ達の間に更なる戦慄が走る。

 また、坂上が提供してくれた並行世界の情報は非常に貴重なもので、勇次と今川は何度もリピートして内容を確認していた。


「でも、えらいこと頼まれちゃったじゃないの、あんた達。

 そんな安請け合いしちゃって、いいの?」


「だってぇー、可哀想なんだもん!」


「そりゃ、あんなちっちゃな子がいるんじゃ、同情する気持ちもわかるけどねぇ」


「ねぇユージさん、よっしーさん、あの人達を助けてあげることは出来ないの-?」


「あ・き・ち・か! オレ、義元(あきちか)だからっ!!」


「あひゃぁ~! ごめんなさ~い!」


 恵が皆に懇願するものの、誰も回答を返さない。

 否、返せないのだ。


「並行世界にあるものを、こちらの世界に持ち込むことは出来ない。

 それはわかっているな、相模恵」


「うん、でも、どうしてなの?

 そこが、よくわかってないんだよね、メグって」


 小首を傾げる恵に、今川が説明をしようとしたところに、ずいっとティノが身を乗り出した。


「聞いて、メグ。

 並行世界はね、一見人がいないだけでこの世界とおんなじに思えるけど、実際は全然違うの」


「えっ? そうなの?」


「うん、今のところその違いはハッキリわからないけどね。

 もしかしたら、物質の構成があたしらの世界と違ってるかもしれない」


「うん? どういうこと?

 メグよくわかんない」


「もしもの話よ。

 例えば、並行世界の物をこの世界に持ってきた途端、大爆発したりね」


「えぇっ?! そ、それはないでしょ?」


「ちょ、それはなんか意味がわからんよ?!」


「いや、ないとは限らないよ、メグちゃん、ありさちゃん」


 驚く二人に、待ってましたとばかりに今川が言葉を挟む。


「向こうの世界にあるハンバーガーが、こっちの世界だと爆発する物質で構成されている可能性もなくはないんだよ」


 そう言いながら、どこから取り出したのか、やたらでっかなハンバーガーをパクつく。

 

「ひえ?! 自爆バーガーですか?!」


「いや愛美ちゃん、例えばの話。

 別にトイレットペーパーでも、マンホールの蓋でも、ダンプカーでもいいんだ」


「トイレットペーパーはともかく、後の二つはなんでそんなの持って来たってモンなんやな」


「トイレットペーパーも、こっちの世界で買ってくださいって思います」


「いや待って、話逸れる」


 今川の話は、こういうものだ。

 並行世界とは、自分達の今居る世界のすぐ近くに存在しているものだが、微妙に違いがある。

 一番目立つ違いは生物が居ないことだが、それ以外にも、気付かれていない別な「何か」があるかもしれない。

 つまりそれは、現実世界と並行世界で「概念」が異なっている証拠なのだ。

 であれば、それは一見平凡で安全そうなものであっても、現実世界にどのような悪影響を及ぼしてしまうか、わかったものではないのだ。

 当然、現実世界の物体が並行世界では危険なものになる可能性もある。

 パワージグラットは、そういった“違い”を強引に捻じ曲げ、現実世界の物体を無理やり並行世界の「概念」に馴染ませているのだ。

 しかし、当然ながらそんな力技が長続きする筈もない。

 パワージグラットの制限時間はその為のリミットで、実際の限界よりかなり多めの安全的余裕を設けてはいるものの、一時間で強制的に再転送されるように設定されているのだ。


「そういえば、何かの本で読んだ学説であったわね。

 今のこの世界は、私達生命体が生きるためにあらゆる事柄が都合良く出来ているけれど、それはそういう世界だから感じられるだけで、もし都合の悪い別な世界だったら、そもそも生命体なんか存在しえなかっただろう、って」


「ちょっと何言ってんのかわかんない」


「ごめんねありさ。

 あなたには難しすぎたかしら」


「ムカ! えーえーどうせあたしゃ頭悪いですよすみませんねぇ」


「あ、あの、私も良く理解出来ませんでした。

 申し訳ありません!」


「あ~愛美ぃ、あたしの味方はあんただけだよぉ~!」


「むぎゅ」


 各人が様々な反応を示す中、二人だけ、少し不満そうな表情を浮かべる者がいた。

 勇次と、恵だ。


「じゃあ、かなたちゃんと坂上さんは、どうしてあの世界で暮らしていられるのかなあ?」


「そうだ、あの世界で二人が生きて行けている以上、少なくとも通常の生活を送れる範囲では、問題はないのではないだろうか?」


「でも、さすがにそういうのを調べるのは、今回の主旨じゃないよねえ、ユウジ」


「う、うむ、確かにそうだ」


 ティノの突っ込みに、勇次はわざとらしい咳払いをする。

 だが恵は、


「ねえ、あの二人がどういう人達なのか、調べてみてもいい?

 メグ、とても気になってしょうがないの」


「ああ構わん」


「ホント? やったぁ☆

 ユージさん大好き♪」


 意外にもストレートに許可を出した勇次に、恵は思わず抱き付いた。

 大きな胸に顔を覆われ、両手をジタバタさせながら悶絶する。

 その様子に、ハンバーガーを咥えたまま、今川が冷たい視線を向けた。


「あ~、もごぐまままびいっわわ、わいっふふぇ~、ふぉもどふふぇふぇ!」


「あー、もう羨ましいったらないっすねー、このドスケベ。

 ――と、仰っておられます」


「通訳サンクス、マナミ」


「でも恵、調べるってどうするの?

 何か手がかりでも?」


「う~んと、まずインターネットで調べてみて、それから……う~んと」


 恵が困り顔で小首を傾げると、メンバーの背後から、聞き慣れた声が響いて来た。


「そういう事なら、諜報班の俺の出番じゃないかな」


「あっ! お兄ちゃん♪」


 遅れてやって来た凱を見止め、恵は席から立ち上がると、全速力で駆け寄っていく。


 一瞬の間を置き、バフンッ! という謎の衝突音と、グエッという凱の嗚咽が聞こえて来た。







 翌日。


 学校からの帰宅時、恵は、息を弾ませて帰路を急いでいた。

 校舎を飛び出し、グラウンドの横に伸びる回廊を、全速力で駆け抜ける。

 他の生徒はおろか、たまたま居合わせた担任教師すら、スルーしていく。


「えっ? 相模君?」


 あまりの勢いですれ違っていったため、眼鏡を落としかけた担任教師は、とぼけた顔で彼女の後ろ姿を見送った。

 ――が、すぐに戻って来た。


「東条センセ! ごめんなさい、急いでて!」


「ああ、いや、いいんだよ。

 わざわざ戻らなくても良かったのに」


「ううん、なんかごめんなさい!

 ぶつかったりしなかったですかぁ?」


「い、いや、大丈夫だったよ」


「良かったぁ! 

 じゃあセンセ、また明日ねー、さよならー!」


「は~い、さようなら」


 まるで小学生のような元気さで挨拶し、またすぐ駆け出していく。

 そんな恵の姿を見守り、東条と呼ばれた教師は、思わずほくそ笑んだ。


「いつも全力で元気だな~、あの娘は」


 



『お帰りなさいませ、恵様』


 不意に、スマホから女性の声が聞こえる。

 住宅街を走り抜けようとしていた恵が足を止めると、一台の黒いスポーツカーがゆっくりと接近して来た。


「ナイトシェイド!

 お迎えに来てくれたのぉ?」


『はい、マスターのご命令でお待ちしておりました』


「ありがとー!」


 ナイトシェイドに飛び乗ると、恵はスカートの端を直し、シートベルトを着ける。

 と同時に車が動き出し、フロントウィンドウが暗転し、モニタに切り替わった。


『よぉ、お疲れ』


 モニタに映ったのは、凱だ。

 

「お兄ちゃん! お迎え出してくれてありがとう!」


『お前のことだから、先に突っ走るんじゃないかと思ってさ。

 どうせ、舞衣のこと置いて来たんだろ?』


「あっ!」


『気付いてなかったのかよ……』


『聖カトレア女学院高等部敷地内に、まだいらっしゃるようですので、校門までお迎えに参ります』


『頼むぜ、ナイトシェイド。

 ――メグ、舞衣を置いていったら意味ないだろ?』


「あううう~、ごめんなさ~い」


『まあ、はやる気持ちはわかるけどさ』


 そう言うと、凱は苦笑を浮かべる。 

 


 恵が焦っていたのには、理由があった。

 相模姉妹に、再度中野新橋への出動指示が出たのだ。

 今回は、凱の指示によるものだった。


 なんと凱は、午前中のうちに、坂上達の情報を突き止めたのだ。


 学校の校門前で、プリプリ顔の舞衣を回収したナイトシェイドは、そのまま中野新橋方面に向かって走り出した。


「メグちゃん、もう、先に飛び出しちゃいけませんよ?」


「はい~、お姉ちゃん、ごめんなさい!」


 運転席に座る舞衣と、助手席でひたすらペコペコする恵。

 その様子に微笑みながら、凱は資料の表示をナイトシェイドに指示した。


『あの世界の二人についてだが、確かに、こちらの世界でも実際に存在している人物だと判った』


「ホント?!

 じゃあ、何処に住んでいたどういう人達なの?」


 食いつくような勢いで尋ねる恵に、凱はサブウィンドウ内で困った表情を浮かべる。


『いや、それなんだが。

 実は、坂上という男性については、いささか奇妙な情報でな』


「奇妙、と言いますと?」


『ああ、お前達の記録映像で彼が名乗った坂上敏郎(さかがみ としろう)は、確かに新潟県長岡市に在住していた記録が存在した』


「そうなの? じゃあ、何が奇妙なの?」


『まあ待て。

 次に猪原かなたちゃんだが、こちらも都内の江東区で、同名の女の子の行方不明事件があったんだ。

 こちらは、現在も捜索願いが取り下げられていない。

 現在進行形で身内が行方を求めている』


 凱の報告を聞いて、ウンウン頷く恵とは対照的に、舞衣は懐疑的な表情を浮かべる。


「お兄様。

 もしかして、奇妙な点というのは……」


『おっ、察しがいいな。さすが舞衣だ』


「えっ? えっ?

 な、何か変なとこあった?」


「ええ、なんだかどちらも、まるで最近の話じゃないような言い方なので」


 納得したように静かに頷く舞衣に対し、恵は慌て始める。

 それを諌めると、凱は更に続けた。


『実はな、どちらも、失踪したと思われるタイミングが大きくずれているんだ』


「えっ? ど、どういうこと?!」


「お話からすると、どちらも、結構前の出来事なのでしょうか?」


「え?!」


『その通りだ。

 詳しい話は、坂上さん達に逢った時に説明するが。

 ちょっと普通じゃ考えられないことになってたな』


「ええっ?!」


「いったい、どんなことが……」


『ざっくり概要を説明しておくとだな――』



 凱の説明を聞いた二人は、同時に驚きの声を上げた。






 午後六時を少し回った頃。

 中野新橋に到着したナイトシェイドは、別の場所で実装を完了した相模姉妹と合流を果たした。


“Power ziggurat, success.  

Areas within a radius of 500 meters have been isolated in Phase-shifted dimensions.”


「パワージグラット!」


 一瞬、周囲の景色が青白くなり、やがて街の喧騒が一瞬で途絶える。

 車から降りた凱は、数回深呼吸をして、例のマンションを見上げた。


「やっぱり、生身でも大丈夫なんだな。

 ――よし、じゃあ行くぞ二人とも」


『『 はーい! 』』


 元気な返事がハモり、二人の少女が空から舞い降りる。

 凱は、二人が無事着地したのを音で確認してから、振り返った。


「大丈夫だから。大丈夫だからな、二人とも」


「うにゃ?」


「お兄様、どういう意味ですか?」


「いや、いいんだ。なんでもない」


「「 ? 」」







 前回訪問した時の部屋番号は、覚えている。

 坂上もかなたも、基本的にはここを住処としているとの事なので、二回目以降の訪れはスムーズに行えた。

 チャイムを押してさほど時間を置かずに、ドアの向こうから元気な声とバタバタという足音が聞こえて来た。


「はーい☆いらっしゃー……い?」


 ドアを開けてくれたかなたは、直ぐ目の前に立っていた凱を見て、硬直した。


「こんばんは。

 かなたちゃん、かい?」


「う、うん……おじさん、誰?」


「お、おじさん……」


 のっけから食らった強烈なパンチに、凱は全力で怯んでしまった。

 アンナウィザードが、首を振りながら彼の肩に触れる。


「かなたちゃーん☆ ばわー♪」


「こんばんは、こんな時間にすみません」


「あー! お姉ちゃん達! こんばんはー!」


 凱の背後からひょこっと顔を出したアンナウィザードとミスティックを見て、かなたはようやく安堵の表情を浮かべる。

 しばらくすると、奥からエプロン姿の坂上が現れた。




「夕飯のご準備中に、申し訳ありませんでした」


「いえいえ、お気になさらないでください。

 なんとなく、いつもより早めに始めていただけですので。

 むしろ、人が居ないこの世界でお客様がいらしてくださるなんて、こんなに嬉しいことはありません」


「恐縮です」


 自己紹介と、訪問の理由を簡単に説明すると、坂上とかなたはすぐに凱達を受け入れてくれた。

 どうやら鍋料理の準備をしていたようで、キッチンを見たアンナウィザードとミスティックが反応した。

「あの、差し支えなければ、お手伝いさせて頂いても宜しいでしょうか」


「え? いえそんな、お客様にそんな事をさせてしまっては」


「大事なお話を伝えに参りましたので、お手を止めてしまうことになりますから、どうかご遠慮なく。

 二人とも料理は得意ですので」


「そ、そうですか!

 いや~、なんか悪いなあ。

 ではせめて、ご一緒にどうですか?」


 坂上の勧めに、凱は首を振って断った。


「いえ、私達はこちらの世界のものを持ち帰ることが出来ませんので。

 お気持ちだけ頂戴いたします」


「そうですか……残念ですが、仕方ないですね」


「ミスティックは、かなたさんとお話をしてあげてください」


「は~い! じゃあウィザード、お願いねー!」


「やったぁ! お姉ちゃん、遊ぼうよ!」


「うん、いいよ! 何して遊ぼうか」


 かなたは、嬉しそうにアンナミスティックの膝の上に乗って甘えてくる。

 そんな彼女の頭を優しく撫でながら、ミスティックは先程の凱の話を思い出し、複雑な心境になった。



 坂上と向かい合った凱は、タブレットを取り出すと、早速本題を切り出す。


「先日の坂上さんのご依頼を受けて、私共で、お二人に関する調査を行わせて頂きました。

 ――この先、大変お伝え辛いお話をせざるをえませんが、構いませんか?」


「ええ、是非。

 覚悟は出来ております」


「わかりました。

 ではまず、坂上さんのご自宅についてですが」


 そう言いながら、凱はタブレットを操作し、とある一枚の写真を表示した。


「これがタブレットですか。

 存在は知っておりましたが、実物を操作するところは初めて見ました」


 タブレットに表示されたのは、とある一軒屋の様子だった。

 敷地はまるで林のように木と雑草で覆われ、庭と一階の区別がつかないほど、自然に侵食されている。

 建物は部分的に見えてはいるものの、あまりの緑の多さに、殆ど形状がわからない。

 しかし、一部が傾いた屋根や、半壊したガレージなどから、そこが相当長い間放置されている廃墟だということがわかる。


 それを見た坂上の目が、カッと見開かれる。


「もしかして、これは」

 

「お察しの通り、新潟県長岡市の、坂上さんのご自宅の様子です。

 権利者である坂上さんが所在不明の扱いですので、解体もされず放置状態です」


「……なんということだ」


「坂上さんの失踪については、こちらの世界でも事件として取り扱われています。

 旅行先から一向に戻らないということで、当時ご近所の方が不振に思われ、警察に届け出たそうですが。

 現在でも、未解決事件として扱われています」


 出来るだけ感情を込めず、淡々と説明に努める。

 そんな凱の態度を見つめ、アンナミスティックは、少し表情を曇らせた。


「しかし、もう四十年くらい経ってしまったんですよね。

 それなら、こうなるのも仕方ないか……ハハハ」


 諦めたような力なく笑う坂上に、凱はふと疑問を覚える。


「どうして、四十年近く経っていることをご存知で?」


「はい、それは新聞や本の情報からです」


「新聞?」


 坂上は、凱に丁寧な口調で説明を始める。

 この世界では、理由はわからないが人がいないにも関わらず、店先の商品や書籍、家電や嗜好品、衣料品など様々なものが、いつの間にか入れ替わっているのだという。

 その為、彼らは日々の食事でも新鮮な食材を用いることが可能なのだ。

 当然、新聞も新しいものがコンビニの入り口などにチャージされている為、それで本来の世界が西暦何年で、どういった出来事や事件が起きているかを知ることが出来るのだという。


 その説明に、凱は感嘆の声を上げた。


「なるほど、そういうことだったんですね! お見それしました」


 凱の声に、かなたがびくっと身体を震わせて反応した。


「おじちゃん、どうしたの? びっくりしたの?」


「ううん、大丈夫だよ、かなたちゃん!

 ねぇねぇ、このゲーム、お姉ちゃん知らないんだぁ。

 教えてくれる?」


「うん☆いいよぉ! このゲームはね……」


 数年前に流行った携帯型コンシューマゲーム機の画面を見せながら、かなたがしきりに今やっているゲームの説明をする。

 それを正座しながら聞くミスティックは、横目で凱とアンナウィザードの反応を気にしていた。


「仰る通り、本来の世界では昭和が終わり、平成を経て、今では令和という元号に変わっています。

 もしかしたら、この世界は現実世界と時間の流れ方が異なるのかもしれませんね」


「そのようですね。

 すみません、こうは言うものの、まだ現実を受け入れ切れていない部分もありまして」


「お察しいたします」


 坂上によると、この世界は朝昼夜の概念は普通にあり、季節も変わりなく訪れるのだが、曜日感覚や日数の感覚が非常に把握し辛いようだ。

 その為、現在は「だいたい○月○日」と判断し、それに伴って生活をしているという。

 その影響もあり、坂上は、この世界でもう何年暮らしているのかすら、忘れかけているようだった。


「では、かなたちゃんの方は、どうなのでしょう?」


「ええ、こちらも、私達の基準では十年前に、東京江東区での女児行方不明事件として扱われておりました。

 無論、現在でもご家族が情報を求めていますね」


 十年――それは、かなたが舞衣や恵とほぼ同年代にあたることを意味する。

 もし彼女がこの世界に来て居なければ、今頃は同じ世代として、同じような生活を営んでいた筈なのだ。

 アンナミスティック……恵は、先程車内でその話を聞かされた時、激しく動揺した。


「そうですか、かなたちゃんのご家族はご健在でしたか!

 それは良かった!」


 坂上は、かなたと凱の顔を交互に見比べ、まるで自分のことのように喜ぶ。

 その態度に、凱はなんとも言えない複雑な想いを抱いた。


「北条さん、重ねがさねで申し訳ありませんが、またお願いを聞いて頂けないでしょうか」


 そう言うと、坂上はかなたに声をかけ、傍に来させる。

 アンナミスティックも、それに合わせて凱の脇に移動した。


「どうか、かなたちゃんを、ご両親と逢わせてやってもらえないでしょうか」


「えっ?!」


 予想外の言葉に、凱は思わず喫驚する。


「えっ? パパやママに逢えるの?

 だったら、逢いたい、逢いたいよ!」


「そ、それは……」


 戸惑うアンナミスティックと凱に、坂上は更に付け加える。


「私の親族や知人は、恐らくもう、私達のことなど忘れて久しいでしょう。

 ですが、この子のご家族がまだこの子の行方を求めているのなら、どうか伝えてあげて欲しいのです。

 そして、願わくば、せめて一目だけでも……」


「お願い、おじさん!

 パパとママと逢わせて!

 かなちゃん、パパとママに逢いたいの! え~ん!」


「か、かなたちゃん」


「わわわ、泣かないで、かなたちゃん!」


 慌ててかなたを抱きしめ、あやし始める。

 アンナミスティックは、彼女を抱きながら、キッチンよりこちらを覗き込んでいるウィザードに、大丈夫と目配せをした。


「向こうの世界で十年も経ったとはいえ、かなたちゃんからすれば、ほんの数ヶ月前に離れ離れになったばかりなのです。

 まだこんなに幼いですし、ご両親に逢いたがるのも当然です。

 夜、ご家族を思い出して泣いていることもあるくらいなんです」


「そうですか……」


「代わりと言ってはなんですが、私の方で何かお力添え出来ることがあれば、どんなことでもご協力します!

 ですので、どうか!」


「……」


 坂上の懇願に、さすがの凱も即答は出来ない。

 どう答えるべきか、と悩んでいると――



「うん、わかりましたぁ!

 私、かなたちゃんとご両親を、必ず逢わせてあげますっっ!!」



 アンナミスティックが、鼻をピスーと鳴らしながら、即答した。


「ちょ……!?」


「め、メグちゃん?!」


「やったぁ♪ お姉ちゃん、ありがとう! 大好きぃ☆」


「おお、本当ですか! それは嬉しい! ありがとうございます!!」


 想定外の反応にうろたえる凱と、様子を窺っていたキッチンのアンナウィザード。

 そして、飛び跳ねながら喜ぶかなたと、涙を浮かべながらミスティックの手を取る坂上。

 一瞬のうちに、後戻りが出来ない状況になってしまった。


「任せて! 絶対に、約束守るからねっっ!」


 満面の笑顔で、アンナミスティックは、坂上とかなたにVサインを向けた。

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