【異界】
「パワー・ジグラットっ!」
左手の人差し指と薬指を折り曲げ、それ以外の指を伸ばし“印”を形づくる。
左前腕に装着された、金色の装飾具が展開し、手首の宝珠が青白い閃光を放つ。
その光が、伸ばした指を通じて広範囲に放射された。
アンナミスティックの視界――モニタ上には、まるでベクタースキャンのような映像が展開し、仲間四人と、闘うべき相手“XENO”三体を捉える。
合計七体のシルエットに瞬時にカーソルが当たり、黄色く変化する。
と同時にサブウィンドウが展開し、周辺状況が簡略画面で表示され、効果範囲指定エディタが読み込まれた。
相模恵の脳波を感知したサポートAIが、パワージグラットの効果範囲を定め、アンナミスティックの左腕を介して「フェイズチェンジフレーム」を生成、磁場を発生させる。
フレーム内部は、次の瞬間「デュプリケイトエリア」に転換され、アンナミスティックと七体のシルエットは、この世界から姿を消した。
――今回のXENOは、UN-11「コボルド」。
犬型の頭部に人間の身体を持ち、1.5メートルと2.3メートルの個体が入り混じり、三体出現した。
場所は、中野区弥生町二丁目の、閑静な住宅街。
「よっしゃあ、これで闘いやすくなったぁ!」
パワージグラットの施行は、各アンナユニットにレポートされる。
それを受け取ったアンナブレイザーは、待ってましたとばかりに、両手首のファイヤーナックルを装備した。
「ファイヤー・パァ――ンチ!」
炎を噴き出したファイヤーナックルが、アンナブレイザーの拳を赤熱化させる。
反動をつけてコボルドに飛び掛ったブレイザーは、巨大な火球のようになった拳を、真っ直ぐぶち込む。
核(コア)のある胸の中心部を、炎の拳で打ち抜かれたコボルドは、そのまま道路を横切り、ラーメン屋の正面の駐車場まで吹っ飛ばされた。
停められていた車に激突し炎上すると、コボルドは断末魔を上げながら消失した。
「アンナキック!」
空高く舞い上がったアンナローグが、空中で急旋回、一番大きなコボルドめがけて飛び蹴りを敢行する。
両肩のアクティブバインダーを空中で作動させ、標的に向かって自分自身を撃ち出す。
真っ直ぐ伸ばした右脚が、まるで槍のようにコボルドを貫いた。
「タイプII・スティック!」
専用装備“マジカルロッド”を、2メートルほどの長さの棒状に変形させる。
棒術のような構えを取ったアンナミスティックは、残った最後の一体に向かって、激しい連打を繰り返した。
「たぁ――っ!!」
攻撃の勢いは凄まじく、小さな交差点を幾つも越え、茶色いマンションの前までコボルドを後退させる。
全身を殴打され、フラフラになったコボルドの核(コア)めがけて、アンナミスティックはマジカルロッドの先端を真っ直ぐ突き出した。
ギャアァァ――ッ!!
女性の声が混じったような、甲高いコボルドの悲鳴。
みるみる崩壊していく肉体からマジカルロッドを引き抜くと、アンナミスティックは無意識に額を拭った。
だがその時――
「お疲れ様、みんな」
美味しい所を持っていかれたアンナパラディンが、やれやれといった表情で話しかける。
少し遅れて、アンナウィザードもやって来た。
「お疲れ様でした。
ミスティック、パワージグラットの解除をお願いします」
「……」
「ミスティック?」
「……え? あ、うん。
ジグラット・オープン!」
ミスティックがパワージグラットを解除する直前、アンナセイヴァーの五人は、空に舞い上がった。
美神戦隊アンナセイヴァー
第37話 【異界】
一時間後、地下迷宮(ダンジョン)に戻った愛美達五人は、早速本日の戦闘に関するミーティングを実施した。
ミーティングルームに集合した五人と勇次、凱は、天井から下がるスクリーンに注目する。
アンナパラディンが保存した映像データを見返しながら、今回のXENOの傾向を分析し、次回出現時に備えて更なる対策を検討する目的だ。
「今回のコボルドは、明確に人間の形状を維持し、更に逃走経緯から、高度な知能を有している可能性が益々高まった。
以前、向ヶ丘が提示した通り、XENOは一旦人間を捕食し、そこから別な動物を更に捕食することで、一種の“キメラ”化を果たし進化すると判断すべきだろう」
勇次の切り出しに、凱が頷きながら返答する。
「頭が犬ってだけで、それ以外はまるっきり人間の形だしなあ。
でかいけど」
「ワーベアの時から、急に人間型の混じったパターンが出て来たように思えますね」
「その前のジャイアントラットの時も、最終形態の手前までは人間態だったし。
もしかしたら、今までのXENOもみんなそのパターンだったのかもしれないわね」
舞衣と未来が、更に意見を付け加える。
愛美とありさは、特に話に加わるわけではなく、ただじっと映像を見つめていた。
一方、恵はというと。
「メグさん?」
「え? あ、何?
愛美ちゃん?」
「どうされたのですか?
さっきから、ぼうっとされてますが」
愛美が、心配そうに顔を覗き込む。
その言葉に反応して、凱が飛び上がるような勢いで席を立った。
「大丈夫か、メグ?! 具合でも悪いのか?
向こうで少し横になるか?」
「だだだ、大丈夫だよぉ~。お兄ちゃん」
「でも、なんかさっきから変だよメグ?
何かあったん?」
二人の肩越しに、ありさも反応する。
彼女達に首を振ると、恵は少し困った表情で呟き出した。
「あのね、気のせいだと思うんだけど」
「うん?」
「さっきね、メグがコボルドを倒した後なんだけど」
「ふむふむ?」
「直ぐ傍にあったマンションの二階にね」
「何かあったの?」
心配そうに、次々に皆が恵の顔を見つめてくる。
恵は、ため息を吐き出して、思い切ったように続きを語り出す。
「――女の子がね、居たの」
恵の発言により、ミーティングは一気に大混乱となった。
パワージグラットにより生成された空間内(デュプリケイトエリア)は、並行世界に転換されるが、そこには生物は一切いない。
街中でよく見かける雀やカラス、猫や小虫なども、一切存在しないのだ。
無論、人間がいる筈など全くありえない。
しかし、嘘をつけない上に素直な性格が知られている恵が、そんな素っ頓狂な嘘を吐くとも考えがたい。
「検証よ!
ミスティックの記録映像を確認しましょう!」
未来の発案に、全員が同意する。
急遽、開発班リーダーの今川も招聘され、更にはメカニック班リーダーまでもが呼び出された。
九人に増え、賑やかになったミーティングルームでは、アンナミスティックからパラディンに転送された視覚映像データが再生されることになった。
「め、メグちゃん、嘘だよね?
人が居たなんて」
「あっきー黙って!
あ、XENOがもうすぐ倒されそう……この後だね」
不安げに尋ねる今川を、メカニック班リーダーが抑える。
コボルドが崩壊し、それを見届けた後、アンナミスティックが斜め左方向に視線を向けた。
マンションというより、ちょっと良い造りのアパートにも見える建物が映り、その二階のベランダには――
「な……?!」
「ウソ……でしょ?!」
「……??」
そこには、確かに“少女”が映っていた。
そこには、確かに“少女”が映っていた。
茶色い壁で覆われたバルコニーの隙間から、顔を覗かせてこちらを見つめている。
初見時は、まるで「心霊写真の幽霊」のようにも思えたが、少女はしきりに動いてこちらを見ようとしているようで、最後はバルコニーの壁の上からひょこっと顔を覗かせた。
それはどう見ても、普通に生きている人間にしか見えなかった。
「ほら! 居たでしょ?
メグ、嘘つかないもん!」
「わ、わかった、わかったよ、メグちゃん。
疑ってごめん!」
「うん☆ いいよぉ♪」
「ちょおっとお、ユウジ!
これはいったいどういうこと?」
途中から参加したメカニック班リーダーが、あと数センチというところまで顔を近づけ、勇次に凄む。
彼女の名は、ティノ北沢。
金髪のボブカットとはっきりとした目鼻立ち、そして筋肉質な整ったボディが特徴だ。
いかにもメカニック担当といわんがばかりのツナギを身にまとい、少し機械油の匂いを漂わせている。
愛美とありさは、彼女とはこれが初対面だった。
「待て、ティノ!
マルチバースフェーズは、レベル1の設定のまま変わっていない筈だ!
人が、いや生き物が居る可能性など、考えられない」
「でも、実際に居るでしょうが。
あんた、深いフェーズまで入り込むようにこっそり弄くったんじゃないの?」
「いや待ってティノっちさん。
何か別なものが女の子に見えただけかもだし、ここは一旦調査した方が」
「その“別な何か”が居るなら、それはそれで調査せにゃならんだろうが」
「あ、そっか」
地下迷宮(ダンジョン)の中枢スタッフ達が、何やら専門用語を並べ立て、議論を始めてしまう。
凱とアンナセイヴァーの五人は、そんな彼らを無視して、全く別な話をしていた。
「パワージグラット」とは、アンナミスティックだけが持つ特殊能力で、XENOとの戦闘時、周辺被害を抑えるために“戦闘空間を丸ごと並行世界へ転送・隔離する”技術だ。
この世界には生物は一切居ないため、破壊行為は現実世界に全く影響しない。
たとえ東京スカイツリーをぶち折ったとしても平気なのだ。
その筈、なのだ……
「ねえお兄ちゃん。
この子、本当に人間の女の子なのかなあ?」
少し不安げな表情で、恵が尋ねる。
誰も居ない筈の世界でたった一人なのだとしたら、いったいどんな寂しい生活を送っているのだろうか。
そんな事を考えてしまった。
「それはわからないが……
もし、パワージグラットの並行世界に人が住んでるとなると、今までみたいな無茶な戦闘は出来なくなるな」
反応する凱に、未来が補足を加える。
「それに、せっかくXENOを隔離したのに、それで異世界の住人が被害に遭うなんてことになったら、私達の活動の意味が失われるわ」
「だよなあ。
誰も居ない世界だからこそ、無茶やれるんだし」
ありさが、頬杖を付きながら呟く。
「そうだよね。
もし、あの子や、他に住んでる人が居たら迷惑かけちゃうもんね~」
「このままでは、戦闘の際にパワージグラットが使えなくなっちゃいますね。
それは大変にまずいです」
困り顔の恵と舞衣に、横に座る愛美が提案した。
「そのことなんですけど、それならいっそ、この女の子に会いに行きませんか?」
予想外の提案に、五人は目を丸くする。
「愛美ちゃん、それ、どういうこと?」
「えっとですね。
この女の子が本当にあの世界で暮らしているのなら、当然異世界について詳しく知っていると思うんです」
愛美の発言に、舞衣がハッとした顔で反応する。
「そうですね! なら、あの女の子と話すことが出来れば」
「はい! あの世界の状況がわかるし、もしかしたら、戦闘に使える場所やそうでない場所を知ることが出来るかもしれません」
「一理あるわね。
ありさ、あなたはどう思う?」
目を閉じながら、未来が尋ねる。
「やってみる価値はあるかもしれねーな」
「うん、メグも、一度あの娘と話してみたいの!
ねーねー、どうすればいいかなあ?」
第一発見者も、愛美の意見に賛成のようだ。
腕組みをしながら話を聞いていた凱は、横でワーワー言い合っている三人を横目で見つめ、ため息を吐いた。
「ねえ、お兄ちゃあ~ん」
何故か猫なで声になり、凱の腕に抱きつく恵。
上目遣いで見上げると、甘えるような声で懇願し始めた。
「ねぇ~、もう一回、あの場所に行ってみてもいいでしょ~?」
「え、XENOとか関係なしに、ってこと?」
「うん、そう!
ねぇ~、いいでしょお~? お願い~」
「う、う~ん……俺はいいと思うけど……」
「お願いしてぇ~♪ ねぇねぇ」
「わ、わかった、わかったから頬ずりすんな!」
周囲などおかまいなしに、恵は身体を密着させて凱に迫る。
はたから見ると、それはもう兄に甘える妹という領域を越えた行為にすら思えた。
愛美とありさは頬を赤らめ、未来はあえて視線を外す。
そして舞衣は――
「メグちゃん! 皆さんの前ですよ、わきまえなさい!」
「ええ~。だってぇ、お兄ちゃんに最近甘えてないんだも~ん」
「おうちに帰ってからにしなさい!」
「は~い!」
珍しく、顔を紅潮させて怒る舞衣。
しかし他の三人は、「おうちに帰ったら、続きするんだ」と、全く同じ思いを抱いていた。
「そうだな、とりあえず今日は一旦解散しよう。
具体的な行動については、明日以降アイツらと一緒に考えてみるわ」
「お願いね、お兄ちゃん!」
「はいはい、わかったわかった。
ってコラ! 膝の上に乗るなっ」
「え~? 抱っこもだめぇ?」
「メグちゃん、降りなさい!」
「ぷぅっ!
おうちだといつもOKなのにぃ!」
「ちょ、おま……!!」
「」
何とか恵に膝から降りてもらおうとする凱に、たしなめる舞衣。
愛美達は、あえて彼女達の方を直視しないようにした。
(家だといつもあんな事されてるのですか……)
(ねえ、メグって、本当に凱さんの妹なん?
本当は彼女とかじゃないの?)
(私も、前からそうなんじゃないかなって思ってました)
(あの三人の関係は、ちょっと特殊だから……ああいうもんだと思って)
(ああいうもの……意味深すぎます)
(それ、妄想膨らむだけやん)
背を丸めながら顔を寄せ合い、三人は声を潜ませた。
翌日、議論が収束せず不満たらたらな雰囲気の勇次から、アンナセイヴァーの五人に作戦指示が下った。 内容は勿論、あの異世界の少女にコンタクトを取ることだ。
夕刻や夜間だと捜索が困難になる恐れがあるため、行動開始は日中。
アンナユニットはSVアークプレイスで実装後、アンナウィザードの科学魔法「インヴィジブルビジョン」で不可視状態になり、現場に到達。
中野区弥生町二丁目、東京メトロ中野新橋駅から本郷通り方面に向かい、交差点を越えてしばらく行った先のセブンイレブン付近に向かい、ここでパワージグラットを使用。
近くに建つ茶色い壁のマンションを調査し、アンナミスティックの見た少女と思しき存在との接触を図る。
アンナユニットによる動画撮影機能を用い、その様子を記録後、地下迷宮(ダンジョン)にて分析。
そして、今回地下迷宮(ダンジョン)側で本作戦の連絡担当となるのは、勇次や今川ではなく、ティノ北沢だ。
少々ハスキーボイスなティノの声が、五人のサークレットから届く。
『ハーイ! みんな、今日はよろしくねー!』
「わ~い☆ ティノさんだぁ! やっほぉ~♪」
『ヤッホー、メグ!
今日も元気いっっぱいだね!』
「うん、メグ元気ぃ♪」
「ティノさん、本日はよろしくお願いいたします。
あの、普段あまりお話しする機会がなかったので――」
『マナミ、いつも活躍記録見てるよぉ!
あんた達のユニットを整備しているのが、あたし達メカニック班なんだよ』
「そ、そうなんですか!
それはそれは、いつも本当にお世話になっております!」
胸元のペンダントを手に持ちながら、虚空に向かって何度もお辞儀をする愛美を見て、恵はつい吹き出してしまった。
「それにしても、どうして今回はティノさんが?」
未来の質問に、ティノの元気溢れる声が応える。
『あー、ユウジやアッキーはさ、いちいち理屈っぽくてくどいんだよね!
理系っての? なんか昨日話しててイライラしちゃってさ。
だから、今回の指揮権を無理やりブン取ったって訳ぇ!』
「そ、そうですか……」
「あはは、ティノさん強い~☆」
「な、なんかすっげぇ強そうな人だな~。
頼りがいありそう」
『あとさ、アンナユニットの性能とか構造は、ダントツであたしが一番詳しいから!
ミキ! あんたのユニットの“異世界間通信”機能を、今回詳しくチェックさせて欲しいんだ』
「わかりました。そういうことなんですね」
“異世界間通信”というのは、パワージグラット施行後に、アンナユニットと地下迷宮(ダンジョン)の通信を実現させるための、新技術だ。
パワージグラットで異世界に移動したアンナユニットは、当然そのままでは現実世界に居る勇次や今川、凱達とコンタクトすることが出来ない。
また、アンナユニットが収集する映像情報などを、地下迷宮(ダンジョン)側がリアルタイムで受け取ることも出来なくなる。
この問題点を払拭するため、指揮車としても利用されるナイトシェイドと、リーダー機のアンナパラディンには、異世界間の通信を可能ならしめる機能が搭載されているのだ。
『――つまり簡単に言うと、衛星(ナイトシェイドIII)がパワージグラット施行を感知したのと同時にライブラリの設定情報を瞬時に共有してモニタライズするのね。
そこからアンナパラディンの位置を、移動速度などのスペックから相対的に推測して、ポイントを絞ってデュプリケイトエリア内の電波情報を何百何千通りとスキャニングするのよ。
そこから特定のパターンで発信されている通信情報を検知してブーストをかけて、現実世界(リアルプレーン)に居るあたし達に届けるって理屈なの。
どう? 意外に単純でしょ?』
「わ、わかんねーよ、ティノさん!
あんたも、立派な理系じゃねぇか!!」
『何言ってんのよアリサ!
このくらい、文系だってカンタンに理解できるって。
ねえ、マナミ? メグ?』
「えっ? えっ? なんで、メグ?」
「はえぇぇ……す、すみません。
とりあえず、食べ物の話じゃないことだけは理解出来ました!」
「あ、ある意味強いわね、愛美」
なんだかよくわからない会話の末、時間がもったいないからということで、早速五人はアンナユニットを実装することにした。
SVアークプレイス内には、複数の棟に囲まれた中庭のようなスペースがあるが、実はここが実装用に使えるよう設計されたものなのだという。
棟に阻まれ、たとえ日中に実装しても、外部から見えることはない。
「「「「「 チャージ・アーップ!! 」」」」」
五人が同時に実装コードを唱え、光の竜巻が中庭に轟いた。
午前11時、東京中野区弥生町二丁目・本郷通り。
その上空に辿り着いた五人は、インヴィジブルビジョンで姿を消した状態のまま、すぐに目標のマンションを発見した。
「よーし、じゃあ行くね!
――パワー・ジグラットっ!」
アンナミスティックが左手で印を結び、それを道路に向かって翳す。
“Power ziggurat, success.
Areas within a radius of 500 meters have been isolated in Phase-shifted dimensions.”
一瞬視界が青白くなるが、すぐに元に戻る。
行き交う人々や車、バイクなどの姿が消滅し、辺りは、小鳥の鳴き声すらしない程の完全な静寂に包まれた。
「もういいよぉ!
じゃあみんな、がんばっていこー!」
アンナミスティックが気合の声を上げ、ローグだけが腕を挙げて応じる。
マンションは、鉄筋コンクリートの七階建て。
通りに面した向かって左手側には大きな自動ドアがあり、ここがマンション全体の玄関のようだ。
一階中央には大きく開口した駐車場入り口があり、右手には駐輪場がある。
黒い鉄柵状の扉に覆われたドアの向こうには、エントランスが広がっている。
一度ここに入り、それから各階に移動するという、スタンダードな構造のようだ。
少女が居たのは、二階だ。
マンションの入り口は、特に何の問題もなく自動ドアが開き、中に入ることが出来た。
左手にある管理人室の窓から中を覗くが、誰の姿もない。
少々古い造りではあるものの、上品なレイアウトでまとめられたエントランスは高級感が漂い、かなり凝ったものだ。
右手側通路の先にはエレベーターがあるようで、覗き込んだアンナミスティックが、両手を広げて何かを伝えようとしている。
周囲をきょろきょろ伺いながら、メンバーは恐る恐る奥へと進んだ。
「この前の廃墟マンションみたいにさ、突然ユーレイとか出て来たりしてな♪」
「ヒィ! じじじじ、冗談は止めなさい、ブレイザー!」
「こんなんで真っ青になってて草生える」
「仮に幽霊が本当に居たとしても、ここは異世界ですから、さすがに存在していないのではないでしょうか?」
「そ、そそそ、そうよね~、ウィザード!
あなたの言う通りだわっ!
そうよねぇ、そうよねぁ~♪」
「あのー、その件なんですけど。
実はこの前、未来さんの後」
「やめてローグ! 何も喋らないでっっ!!」
「ねーねーみんなぁ!
早く二階に上がろうよぉ!」
奥にある階段で待ちくたびれたアンナミスティックが、頬をぷぅっと膨らませながら呼びかけてきた。
マンション内にエレベーターがあり、通電もしているようだったが、五人はあえて階段で移動することにした。
二階に上がると、通路を挟んで片側四部屋、併せて八部屋分のドアが並んでいる。
「さて、と。
一軒一軒声かけていくしかねーのかな」
ふぅ、と息を吐きながら、アンナブレイザーが呟く。
「ここは基本的に誰も居ない世界ですし。
呼び鈴を押して、ごめんくださーい、と言っても、応じてくださるでしょうか?」
「こんにちはーっ!」
ウィザードが言い終わるよりも先に、奥の方から元気な声が響いて来た。
アンナミスティックが、先行で呼び鈴を押しに向かっていたのだ。
「あわわ! ミスティック、行動早すぎです!」
「えー? だってぇ、時間ないんだよ?
だったらぐずぐずしてられないしー」
「そ、それはそうですけど」
「それに、あの子が居た部屋、ここだよ?」
「え? そうなんですか?」
アンナミスティックとローグが、ドアの前で問答する。
しかし、案の定、ドアの向こうから反応はない。
これがきっかけになり、五人は手分けして各部屋の呼び鈴を押してみることにした。
――どの部屋からも、反応は、ない。
階を間違えた可能性も考慮し、もう一度映像を確認するが、少女は間違いなく二階のバルコニーに居る。
「ということは、もしかして、色んな建物を行ったり来たりしてるのかな?」
アンナミスティックはそう呟くと、パワージグラットのユーティリティをモニタ内で展開し、確認する。
「こりゃあ、のっけから躓いたな。
おいパラディン、どーする? なんかいい手はない?」
「そうね、こういう時は――ねえ、ミスティック、あなたならどうする?」
ふと、何かに閃いたような顔で、アンナパラディンはミスティックに尋ねる。
「ふえ? えーっと、そうだねえ。
じゃあ、こういうのはどうかなー」
廊下の端にある避難用非常口を開き外に出ると、アンナミスティックは、ふわりと外に飛び出した。
しばらくの間を置き――
『すみませぇ~~~~ん!!!
こちらにお住まいの方、どなたかいらっしゃいませんかぁ~~???』
物凄く大きな、恵の声が響いて来た。
「ひえっ?! み、ミスティック?!」
「す、スピーカーの音量を、最大にしたんです!」
「スピーカー?! 何時の間にそんなもん持ち込んだの?」
「ブレイザー、私達のこの声、スピーカーを通して出ているのよ?」
「え? あ、そうか! これ、アンナユニットだもんなあ」
その後、アンナミスティックは五回ほど大声で呼びかけてみた。
しかし、案の定、反応らしきものはない。
このマンションだけでなく、他の建物からも、誰かが顔を覗かせることもなかった。
――が。
「えっ?!」
突然、アンナローグが右耳を手で押さえた。
「どうされました、ローグ?」
傍に居たアンナウィザードが、心配そうに尋ねる。
ローグは、驚愕の表情を浮かべ、虚空を見つめていた。
「音が――聞こえます。
これは……車の音?」
「「「 ええっ?! 」」」
「何ナニ? ローグ、どうしたのぉ?」
少し離れた場所にいたアンナミスティックが、不思議そうな顔で呼びかける。
アンナローグは、ある方向を指差しながら恐々答えた。
「あっちの方向……えっと、青梅街道方面、というのでしょうか?
そちらから、車の音が――」
「えっ?」
そう言い終らないうちに、マンションの左手方面から、確かに何かの走行音が響いて来た。
やがてそれは徐々に大きくなり、静かな街中に反響し始める。
数分後、一台の黄色いSV車が、こちらに向かってやって来た。
「おいおいおいおい……マジかよ」
「ほ、本当に、自動車が」
「ふわぁ」
「わーい☆ やっぱり、住んでる人いたんだねっ!」
大喜びするアンナミスティックとは対照的に、呆然とする他の四人。
車は、コンビニの手前辺りでキッとブレーキ音を鳴らし、停車する。
運転席から降りて来たのは、一人の少女――ではなく、細身の中年男性だった。
男性は、目を剥きながら五人を見つめていたが、やがて頬を赤らめ、少し視線を外しながら話しかけてきた。
「あの、あなた方も、もしかしてこちらに?」
「あ、はい。
実は私達は――」
「こんにちはー! 初めましてぇ☆」
アンナパラディンが話し出すよりも早く、アンナミスティックがホバー移動して男性のすぐ前に立った。
「ひっ?!」
「私達、普通の世界から来たんです!
おじさんは、この世界の住人さんなんですかぁ?」
顔をぐいっと近づけながら、中年男性に無邪気に尋ねる。
だが、その美しい顔立ちで迫られたせいか、或いは大きく開いた胸元のせいか、男性はかなり話し辛そうだ。
「あ、あの、すみませんが、ちょっと近すぎで」
「にゅあー☆ ごめんなさい!」
アンナミスティックがそう言って数歩下がった瞬間、車の助手席のドアが開いた。
「あーっ! あの時のお姉ちゃんだぁ!」
「へ?」
その声は、小さな女の子の明るい声。
アンナミスティックは、思わず凝視した。
「あっ! 居た!」
「あの子は!」
「本当に、いらっしゃいましたね!」
「おおお、遂に、感動の出会い!」
後ろに控えている四人が、感嘆の声を上げる。
車から降りて来たのは、アンナミスティックの映像に映っていた、あの少女だった。
「すごーい! お姉ちゃん達、カッコイイ!」
少女は、アンナセイヴァーを見て、ぴょんぴょん飛び跳ねながら喜んだ。
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