【決意】



 ――工事中――


 そんな看板が、細い小路の入り口と出口に、それぞれ一つずつ置かれている。


「う~ん、自動点滅回路の故障みたいだねぇ。

 でもこれなら、すぐ直せるよぉ!」

 

“Execute science magic number C-001 "Cure-flash" from UNIT-LIBRARY.”


「キュアフラッシュ!」


 アンナミスティックが、右手で印を象り、科学魔法を詠唱する。

 ここは、先日アンナブレイザーが襲われ、犠牲者が出た事件現場。

 アンナミスティックは、現場周辺の、故障して点灯しなくなった街灯に向かって、唱えていた。


 淡い閃光に包まれた数十秒後、消えていた街灯に、光が点った。


「お兄ちゃん、やったよ!」


『よくやった! じゃあ次の手順だ。頼んだぞ』


「うん、任せて!」


 凱からの通信に応えると、アンナミスティックは再度、科学魔法を唱え出す。

 四メートルほど空中に浮かびながら。


“Execute science magic number C-018 "fairy-light" from UNIT-LIBRARY.”


「フェアリーライト!」


 アンナミスティックの手の中に、テニスボール大の光の玉が発生する。

 それはふわふわと漂い始め、弱いながらも小路周辺をぼんやり照らし始めた。


「ふぅ、これでいいかな?」


『よし、上出来だ。

 これで、XENOはここを狩り場にしにくくなるだろう。

 あとは、ウィザードに任せよう』


「うん、じゃあこのまま待機するね」


 ゆっくりと降り立ったアンナミスティックは、向坂家の方をなんとなく見つめる。

 その表情は、どこかせつなげだ。



 夕べ、アンナローグは泣きながら帰還し、“SAVE.”のメンバーに事情を語った。

 彼女が提供した映像データより、向坂千鶴は“最重要注意人物”に指定され、また事件現場の早急な隔離も必要であると判断された。

 警察による再検証が終了し、夜の帳が降り始めた頃から、アンナセイヴァーと凱は行動を開始。

 あとは、出方を待つだけとなった。


 ニャー


「あっ、猫チャンだぁ♪ こんばんはー☆」


 塀の上を歩く子猫を見つけたアンナミスティックは、笑顔で手を振った。








『マスター、アンナウィザードから通信です。』


ナイトシェイドが、車内で待機している凱に告げる。


「動いたか。

 ウィザード、場所は?」


『お兄様、家の前です。

 ドアの向こうに動体反応を確認しました』


「わかった。

 出て来たら、幻覚地形(ハルシネーション)の効果範囲内で足止めをかけろ」


『了解です』


 続けて、ナイトシェイドに尋ねる。


「もう一度、現在の各人の配置を表示してくれ」


『了解』


 フロントウィンドウが暗転し、3Dで描かれた周辺地図が表示された。

 向坂家の前に、青いポイント――アンナウィザードが居る。

 その横の、例の細い小路には、緑のポイント――アンナミスティックが。

 そして、その二点を繋ぐ上空に、オレンジと赤のポイントが浮かんでいる。


 ピンク色のポイントは、ない。



 数分後、向坂宅の玄関がゆっくりと開き、二人の人影が現れた。

 一人は母親、だがもう一人は、それよりもさらに頭一つくらい背が高い。

 ベージュ色の毛布を被せられ、外観はまったくわからなくない。

 母親は、その人物の背を押しつつ、ゆっくりと外へ出た。


『マスター、アンナウィザードからの映像を表示します』


「やっぱり、外に出て来たか。

 だが、あのデカイ奴は誰だ?

 あの千鶴って少女、じゃないよな……」


 道路に出た二人のシルエットを見て、凱は眉をひそめる。

 その瞬間、更に通信が入った。


『お兄様、次の作戦を実行します。

 フォローをお願いします』


「わかった、ウィザード。

 くれぐれも、注意してな」


『はい』


 何もない空間で、エメラルドのマーカーだけが、ぼんやりと輝いた。




 母親に導かれた千鶴は、毛布の下で、大幅な肉体変化を起こしている。

 それでも母親は、身も凍るような恐怖心に懸命に耐え、千鶴の背をゆっくりと押した。


 どうしてこんなことになってしまったのかと、何度も思い返し、悔やむ。

 愛娘の千鶴が突然の発作を起こし、死亡していることにすぐ気付けなかったあの日から、向坂家の運命は大きく変化してしまった。

 慌て取り乱し、勤務先から父親を呼び戻してしばらく後、死んだと思っていた千鶴が一階に降りて来た。

 大喜びで抱き付いた娘は、突如、巨大な口を開け、母親に噛み付こうとした。

 そこに、たまたま帰宅した父親が制止に入り、代わりに――

 

 千鶴は……否、既に千鶴ではなくなってしまった「者」は、自分の目の前で父親を食い殺してしまったのだ。


 何が起こったのか、全く理解が及ばない。

 何故、千鶴がこんなバケモノになってしまったのかも、知る由はない。

 病院に行くことも、医師を呼ぶことも考えたが、父親を食い殺したという事が世間に知れたら。

 そう考えると、行動に移せなかった。

 たとえ人間ではなくなってしまっても、飢えてさえいなければ、千鶴は今までと同じ仕草と態度を取ってくれる。

 それに気付いた母親は、悪魔の選択を受け入れた。


「千鶴、ホラ、わかる? あの女の人」


 毛布の隙間からギラついた目を覗かせる千鶴に話しかけ、母親は、前方十数メートル先を歩く女性を指差す。

 仕事帰りのOLだろうか、ぴっちりしたビジネススーツに身を包み、ハンドバッグを肩に提げつつ、無防備に歩いている。

 こちらには、まったく注意が向いていない。


「あの人にしようね」


 蚊の鳴くような声で囁く母親に、毛布の下の頭がこっくりと頷く。


 あの女性には申し訳ないが、この子はまたしばらくの間、千鶴のままでいられる。

 彼女の犠牲で、可愛らしい愛娘を取り戻せる。

 ならば、たかが一人の犠牲など、大したものではない筈だ。

 

 母親は、千鶴の背を軽く押し、毛布をゆっくりと取り払った。


 細くしなやかな鞭状の腕が、一瞬のうちに距離をまたぐ。

 先端部の異常に尖った突起部分が、女性の背中に向かって真っ直ぐ飛翔した。



 次の瞬間、金属同士が激突するような鋭い音が、夜の住宅街に鳴り響いた。


「えっ?!」


 何が起きたのかわからず、母親は声を漏らす。

 長さ三十センチはあるだろう鋼鉄のような爪が、女性に、しかもたった一本の指で止められたのだ。

 女性の額に、エメラルドの輝きが灯る。


 爪を弾いた瞬間、第二撃が来るより早く、女性は空高くジャンプした。

 女性の姿は霞のように夜空に溶け、その中から、青いドレスをまとった“魔女”が現れた。


 ガ、ガアアアァァァッッッッ!!!


 獲物を捕らえ損なったせいか、千鶴は……否、もはやほとんど異形の者と化してしまったXENOは、怒りの咆哮を轟かせた。


“Execute science magic number M-021 "Death-fogg trap" from UNIT-LIBRARY.”


「デスフォッグ・トラップ!」


 空中で弧を描き、XENOの背後に降り立つ軌道で飛翔しながら、科学魔法を唱えた。

 アンナウィザードの両の掌の中で、紫色の霧が発生する。

 それを、重ねた指先の隙間から噴霧した。

 紫の霧は、またたく間にXENOを包み込んでいく。


 ギャアアアアアアッッ!!


 大気中の成分から、酸素・窒素などの“生物に必要なもの”を奪い取り、さらに皮膚呼吸を妨害する酵素を噴霧する「デスフォッグ・トラップ」。

 XENOにどれほどの効果があるのか未知数ではあったが、少なくとも、一時的な足止めとしては十二分に威力を発揮していた。

 豪快な音を立て、路面に倒れ伏す。


「逃げてください!」


 アンナウィザードの背後で呆然と佇む母親に向かい、大きな声で呼びかける。

 だがあまりの展開に思考がついていかないようで、口をぱくぱくさせながら、視線を泳がせるのが精一杯だ。

 

 グボオオォォォォォワアアァァァ!!!


 もはや、完全に千鶴のものではなくなった叫び声が轟く。

 それに反応し、やっと状況を把握したらしき母親が、アンナウィザードを避けて千鶴の元へ走り寄ろうとする。


「な、何をするんですか! 危険です!!」


「どいて!!

 千鶴が、千鶴が苦しんでるじゃないのっ!

 アンタ、うちの子にいったいナニをしたのよっ!!」


 必死の形相で怒鳴りつける母親に一瞬気圧されるが、アンナウィザードは表情を引き締める。


「あれは、もうあなたのお子さんではありません」


「あんたには関係ないでしょっ?!

 アレはあたしの子、千鶴なのよっっ!!」


「え……」


「どうしてくれるのよ!? あの子、身体が弱いのよっ!

 あの子に何かあったら、アンタどうする気なのよぉっ?!」


 その言葉で、アンナウィザードはようやく気が付いた。

 彼女が、もう完全に人としての倫理を放棄していることを。


 グボオォォォォォッッ!!!


 千鶴は、科学魔法の“霧”を無理矢理振り払ってしまった。

 即座に体制を整え……ない。

 XENOは倒れたままの姿勢で、その身体を突如変形させ始めた。


 バキ、ゴキ、メキ、という、骨が折れ、軋み、歪む耳障りな音が木霊する。

 横倒しになった身体から、骨が、筋肉が、皮膚が不自然に伸び始め、地面を掴む。

 あばら骨を脚に、腕と足の骨を繋いで多数の関節を持つ“新しい腕”を造り、その先端には足の甲の骨が変形した「刃」を装備する。

 脊髄は、あばらの脚の末端から一直線に伸び、その端に頭――否、頭蓋骨が付く。

 その姿は、まるでカマキリとさそり、蛇を混ぜ合わせたかのような不気味なものだ。


「ひ、ヒィィッ!!」


 あまりにおぞましい様相に一瞬呆気に取られたものの、背後の母親の悲鳴で、アンナウィザードは我に返った。


 XENOの刃が飛び出し、先程とは比較にならないリーチとスピードで、一直線にアンナウィザードの喉笛を狙う。

 だが、アンナウィザードは眉一つ動かさない。


「ユニコーン・ヘッド!」


 伸ばした左手の先端から、鋭い錐状のパーツが飛び出し、XENOの刃をなぎ払う。

 同時に、アンナウィザードは母親を強引に抱き上げ、そのまま飛翔した。


「きゃああああぁぁぁっっ!」


「ミスティック、後は頼みます!」




『よし、今だミスティック!

 出番だ!』


「はぁい☆

 行くよぉっ! ――パワー・ジグラット!」


“Power ziggurat, success.  

Areas within a radius of 200 meters have been isolated in Phase-shifted dimensions.”


 凱からの通信を受け、アンナミスティックの左手が開放される。

 事件現場を中心に、半径200メートル範囲が包み込まれ、異空間へ転移された。

 ただし、今回の対象には、千鶴の母親やナイトシェイドも含まれる。


 アンナウィザードが退避するまではと、今度はミスティックがXENOの前に躍り出た。


「さあ、もう誰も殺させないからねっ!!

 タイプ4・モーニングスター!!」


 そう言うが早いか、アンナミスティックは上体を思い切り捻り、手にしたマジカルロッドをXENOに向けた。

 その瞬間、先端の分銅部分が高速で射出され、まるでミサイルのような迫力でXENOの胴体……蛇の様な脊髄部分を直撃した。


 その一撃は、一瞬XENOを空中に浮かせるほどの破壊力がある。

 豪快に後ろに吹っ飛ばされたXENOは、ものすごい重低音を響かせてぶっ倒れ、近隣の民家の塀を粉々に打ち砕いた。


「トアァ――――っ!!」


 全身に気合いをみなぎらせ、マジカルロッドをスティックモードに変型させ、構える。


 異形と化した友人・千鶴の姿を愛美に見せないうちに粉砕する。

 それが、アンナミスティックの気持ちだった。

 最悪、愛美に憎まれる事になっても、やむを得ない――それほどの覚悟だ。


 姿勢を崩したXENOが、ゆっくりと体躯を持ち上げ始める。

 完全に起き上がり、身体前面が見えた瞬間を狙い、アンナミスティックはすぐに追撃するつもりで体勢を整える。

 だが、そんな彼女に向かって、何かが高速で飛来した。


「えっ?!」


 高速で飛来したものは、そのままアンナミスティックを狙う。

 それらは無数に分裂し、超高速で激突した衝撃は、運悪くミスティックの姿勢がもっとも不安定になっている瞬間にヒットした。


 びしゃあぁっ!!


「きゃあぁっ?!」


 二トンもの重さが姿勢を崩し、すぐ脇の民家の塀に激突する。 

 飛来したそれは、“内臓”だった。

 命中して型崩れしたそれは、ミスティックの外装にまとわり付き、更には徐々に硬化し出した。


「うえぇぇっ!! な、何コレ気持ち悪いよぉ~!」


 崩れた塀の破片と、徐々に硬質化し始める内臓に圧迫され、ミスティックは悲痛な叫びを上げた。

 物理的ダメージこそ殆どないものの、精神的な衝撃は相当なものだ。

 動きが鈍くなったアンナミスティックに、XENOがじわりじわりと迫ってくる。


 だが、今の彼女に助けは来ない――





“Execute science magic number M-002 "Asleep" from UNIT-LIBRARY.”


「アスリープ……」


 錯乱し、叫び声を上げて抵抗する千鶴の母親を科学魔法で眠らせると、アンナウィザードはようやく一息ついた。

 母親を後部座席に横たわらせると、凱は、どこか悲しげな様子のアンナウィザードに話しかけた。


「どうした?」


「この方は……見ず知らずの他人の命を犠牲にして、娘さんの姿のXENOを助けようとしていました」


「ああ、聞いていた」


「どうして、そんな事が出来るのでしょう?

 死んでいった人達にも、同じように、家族や大切な人がいるというのに……」


 目に涙を溜め、今にも泣き出しそうな表情のアンナウィザードの頭を、凱は優しく撫でた。


「どんな犠牲を払ってでも、“傍にいて欲しい”と思ってんだろうな。

 だからこそ――ほんの少しだが、俺には、この母親の気持ちがわかるような気がする」


 夜空を見上げながら、凱は、静かに尋ねる。


「舞衣」


「はい」


「もしお前が、この女性と同じ立場になったら。

 ――たとえば、俺がXENOになってしまったとしたら。

 その時は、迷わずに俺を討て、いいな」


「……」


 返事は、ない。

 悲しそうに俯くアンナウィザードは、しばしの沈黙の後、掠れるような声で呼びかけた。


「お兄様」


「ん」


「もし、私が……いえ、なんでもありません」


 涙を拭いながら、アンナウィザードがせつなそうに口籠もる。

 あえてそれに気付かないふりをしつつ、凱は、今アンナミスティックが戦っているだろう方向を睨みつけた。


「ウィザード、ミスティックのフォローを頼む。

 俺は、この人を安全な所まで運ぶ。

 それに――俺の予想が正しければ、もう一波乱起きるはずだからな」


「わかりました」


 アンナウィザードは、静かに応えると、即座に夜空へ飛び上がった。









 視界の端に表示されている時計を見て、ため息を吐き出す。 

 

 恐らく、今頃はアンナユニットの誰かとXENOが、闘っているのだろう。


 ――誰、と?


 思わず耳を両手で塞ぎ、強く目を閉じる。


 “SAVE.”は、千鶴をXENOであるとほぼ認定し、それを確認するための作戦に出た。

 無論、その内容は愛美にも伝えられ、協力を要請されたが、応じなかった。


 凱達は、今日この晩のうちに決着を着けるつもりだったのだろう。

 千鶴の家の事情も調べ尽くしているようだったし、こうなるのは時間の問題だった。

 それは理解できるのだが、今回だけは、戦闘に加わりたくなかった。

 否、できる事なら、全ての戦闘を避けたいのだが。


 仲間達の手によって、千鶴が倒される光景を見る事が、耐え難い。

 それ以前に、大切な友人である千鶴と闘わなければならないという現実が、どうしても受け入れられなかった。

 

 ここは、西新宿・東京都庁の最上部。


 ヘリポートを背にして端に腰掛け、アンナローグは、眼下に広がる広大な夜景をぼんやりと眺めていた。



「こんな所にいたの?」



 突然、背後から声を掛けられる。

 声の主が、未来・アンナパラディンだという事はすぐにわかった。

 だが、そちらの方を向く気にはなれない。


「今、ウィザードとミスティックが交戦中よ。

 ブレイザーも、現場待機してる」


「……」


「そんなに時間は、かからないとは思う」


「……っ」


 アンナパラディンも、どうやら彼女なりに言葉を選んでいるらしい。

 だが、伝える内容はどうしても限られる。


 “もうまもなく決着は着くだろう”


 そういう事だ。




「私、今まで、無理矢理戦ってきました」


 ふと、呟きが洩れる。


「本当は、戦いたくなんかない。

 誰かと争ったり、傷つけ合ったり。私、そんな事出来ないのに……」


 ずっと鬱積していたものが、言葉になって吐き出されていく。

 自分でも驚くくらい、その言葉は重く、湿っていた。


「でも、我慢して来ました。

 闘う事で、誰かが幸せになるならって。

 誰かの安全や幸せが守れるなら、そう言い聞かせてきました。

 だけど、もう……限界です」


 そこまで呟いて、顔を伏せる。

 傍に立つアンナパラディンは、少し困った表情で見下ろしていた。


「愛美……」


 愛美が、自分の胸中を語る事は意外に少ない。

 嬉しかったり、楽しかったりする時はすぐ態度に示すが、悲しさや寂しさを露骨に表す事は、これまでは殆どなかった。


 それなのに。


 それだけ、今回の出来事は、彼女の心に負担を掛けている。

 それが、少ない言葉の端々から伝わってくるようだ。

 アンナパラディンは、かけるべき言葉が見つからなかった。



「私達は、いったい何のために戦っているのでしょう?」


「……」


 肩が、微妙に震えている。

 愛美は、思った。

 そういえば、今まで誰ともそんな話をした事がなかったような気がする。

 今までは、ただなんとなく闘っていたような、曖昧な気持ちが何処かにあった。

 無理矢理闘わされたから、頼まれたから。

 そんな言い訳が心の何処かに巣食っていた。

 だからこそ、自分の中に決意はなく、何かがぶれていた。



 しばしの、沈黙が流れる。


 ふぅ、と息を吐くと、アンナパラディンは、彼女と背中合わせになるように座った。

 ぴくり、とアンナローグの身体が反応する。


「“SAVE.”って言葉の意味、知ってる?」


「?」


「SAVE――“救う”という意味よ。

 私達は、たとえ非合法であろうとも、XENO脅威から人々の生活と平穏を守り、被害に遭う人達を救いたい。

 そんな願いが込められて、“SAVE.”って名前の組織になったんだって」


 髪をそっと手で払いながら、アンナパラディンは、どこか懐かしそうな表情で夜空を眺めつつ呟く。


「私は、この名前が好きよ。

 誰か特定の人を守るとか、“正義”とか“規律”を守るというのとは違うけど。

 私は、それぞれの信じるものを守るって意味も含まれてるって思う」


「それぞれの、信じる、もの?」


「そう。

 マイやメグも、ありさだって、それぞれ違う“守りたいもの”があると思うわ。

 もちろん、私や愛美にも」


「……」


「私はね、両親を、XENOに殺されたの」


 突然の告白に、愛美はハッと顔を上げた。


「私がまだ小さい時だけどね。

 そのせいで私は、殆ど付き合いのない親戚の間を、たらい回しにされたわ。

 ありさが居て支えてくれなかったら、今こうして、ここに居ることもなかったかも」


「そう、だったんですか……」


 軽い口調で語ってはいるが、それは凄まじく重い話だ。

 アンナローグは、いつしかパラディンの方に顔を向け始めていた。


「でもそのおかげで、私はXENOの被害に遭っている人々の気持ちが、わかるようになったと思ってる。

 だからこそ、もうこれ以上、私が味わった悲しみを、他の人に味わわせたくない」


 その言葉に、胸がどきっとする。

 アンナパラディンの言葉は、何故かアンナローグの心を強く打った。


「だから、私は志願したの。

 アンナユニットの搭乗者(パイロット)に」


 自分の手を見つめながら、独り言のように呟く。

 優しげな、それでいて、どこか悲しげなまなざし。

 そんな彼女の姿に、アンナローグ・愛美は、今までとは違う何かを感じた気がした。


「パラディン……未来、さん」


「私は、アンナパラディンになった。

 この力で、人々の生活の秩序を守りたい。

 XENOの存在に、大勢の人々が気付くより早く、彼らを止めたい。

 ――私の決意は、そんなものなの」


「決意、ですか……じゃあ、私は」


 アンナローグも、自分の手を見る。


「愛美、あなたはきっと、まだアンナセイヴァーとして闘う決意が、固まってないかもしれない。

 だからこそ、悩んでるんだと思う。

 それは、みんなもきっと判ってる」


「……」


「でも、少しだけ考えてみて。

 今こうしている間にも、何処かでXENOの被害に遭っている人が居るかも知れない。

 なら……あなたは、どうする?」


「私なら、ですか」


「そうよ。

 あなた個人の悩みと、あなたが成すべき決意、そのどちらを優先させるべきか。

 愛美が今考えるべきなのは、それじゃないかしら」


 アンナパラディンの言葉が、心の中に深く染みた。


「どちらを、優先……それは……私は」


 アンナローグは、ゆっくりと顔を上げた。


「教えてください、パラディン。

 私は、今からでも、誰かを救う事が出来ますか?」


 自分でも驚くくらい、その言葉は、はっきりと述べられた。

 アンナパラディンは頷きを返す。


「出来るわ。

 あなたが今、一番先に救わなければならないのは――千鶴さんよ」


「ちづる、さん?」


「XENOの呪縛に捕らわれた千鶴さん。

 大切な友達なら、愛美、あなたが救ってあげなくちゃね」


 その言葉が、アンナローグを、愛美を立ち上がらせた。


「わかりました!

 私、救います、千鶴さんを!

 アンナセイヴァーとして!」


 すっくと立ち上がったアンナローグに、満足そうな笑顔を向けると、アンナパラディンはすぐに通信回線を開いた。


「蛭田博士、凱さんに連絡願います。

 これから現場に向かうので、一旦パワージグラットの解除を伝え……って、えっ?!」


「ど、どうしたのですか?!」


 強い風が吹き抜ける都庁の屋上。

 その真ん中に立ち尽くしながら、二人は顔を見合わせた。


 アンナパラディンの表情は、先程までの優しいものではなく、厳しく引き締まったものに変わっていた。


「ローグ、今すぐ私と来て。

 緊急事態が起きたの」


「えっ? い、いったい何が起きたのです?」


 アンナローグの質問に、パラディンは、思い切ったような口調で呟いた。




「――新たなXENOが出たわ」

 



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