2 特急 城崎温泉
いざ城崎
ホームを降りる。おなじみの京都エキナカだ。
新幹線改札を抜け城崎温泉に向かう特急乗り場へむかう。混雑の中、階段を登り、中央改札前の電光掲示板を確認した。城崎温泉行きの特急は30番ホームと出ている。
「30番?ここってそんなにホームがあるの?でか!さすがは京都だね」
「うそだろ?どうサバ読んだって東京駅より広いってことないじゃん。東京だって今日乗って来たのぞみは16番ホームだったし」
「多分、欠番がたくさんあるんじゃない」
「欠番?長嶋の3番とか王の1番みたいな?」
飛び番というのだろうか。20番台はなく、突然、30番台が始まるようだった。掲示板に従い中央改札前を通り越し突き当たりの階段を降りた。30番ホームがあった。
随分と広々としたホームだ。ここは利用したことがない。どうやら日本海側や大阪方面に向かう電車の出発点のようだった。そして驚いたことに0番ホームというのがあってっすごく興味を覚えたが、時間がないのでそれはそのうち調べることにして放っておくことにした。ハリーポッターに出てくる『9 3/4』ホーム的な摩訶不思議なホームなのだろうか。
出発15分前、我等が乗る電車はすでにホームで待機していたが、まだ清掃中であった。
「『特急 城崎温泉』?なんか、まんまだなあ、ネーミング」
「これなら乗り間違いしなくて済むね」
前向きな発言、ありがとう。
すぐに清掃は終わり、乗車した。つくづく車両清掃の早さと手際の良さは感心する。ピットインのタイヤ交換バリだ。
「空いてるねえ」、車内はスカスカだった。
「まあ、城崎温泉っていったってそれほど行く人もいないんじゃないの。8月も20日過ぎてるし平日だもん。それより売店行ってくるけどなんかいるものある?」
「チョコ」、娘其の一。「あいよ」
「チョコ」、娘其の二。「あいよ」
「どうせビール買いに行くんでしょ。乗り遅れないでよ!いつもギリギリなんだから」
またもチクリとやられた。
これからの二時間半、当然、アルコールが必要だ。飲み過ぎか?
荷物を網棚に起き、席を向かい合わせ売店に向かった。京都駅はキオスクではなく駅の売店はセブンイレブンであった。
嫁にチクリとやられたので、今回も迷わず即決しチョコ2つとドライ500mlを2缶ゲットし早々と電車に乗った。出発5分前。
俺は嫁を見て心の中で「どうだ!」と言いながらドヤ顔をしてやった。まあ、嫁は俺の顔など見ておらず、存在すら気にもとめていなかったが。
「ふぅ、間に合った。あいよ、チョコ!」
俺は娘らにチョコを放り、いかにも苦労しました感を出すがどいつも俺をスルー。まあいい。
電車は予定の時間どうり京都駅を出発した。車内はやはりガラガラでなんとなく心地がいい。
車窓は京都の町並みを流していた。二年前に泊まったホテルが見え、最近、オープンした評判の鉄道博物館も見えた。
「おいおい、鉄道博物館!行きたいねえ!」
「ん?どこ?」
「あ〜、反応遅っ!通り過ぎたよ」
「ふう〜ん」
こいつら絶対興味ナッシングだ。
どんどんスピードを増して車窓の外がどんどん流れていく、いいねいいねその調子!と思いきやアナウンス。
「次は二条〜」
「ん?これって特急だよね?特別急行列車」
「はい」
「なんで発車して即、止まるの?」、まだ、3分も経ってない。
「知らない」
窓から見える二条駅の周辺は割に栄えた繁華街もどき。どこにでもある通勤通学に使われるような駅のホーム。
ここから乗る客などいるはずもなく、電車は即出発。再び、『特急 城崎温泉』はどんどんスピードを上げ京都の街を駆け抜けて行く。太秦の映画村が見えた。
「映画村だ!おいおい、映画村だ!」
すでにチョコを片手に3DSを始めていた娘らは、うんともすんとも言わない。
にゃろぅ〜ふざけやがって、と思った時、まだビールを開けていないことに気がついた。流れる京都の街並みに気を取られていた。
「おうっと、あぶねえあぶねえ、温くなるところだったぜぇ」
俺は、ドライを袋から取り出しプルドックをつまんだ。プッシュ!
昼を超えてもこの音は最高だ。
「えっ〜、まだ飲むの?新幹線でもいいだけ飲んだじゃん!」
「のぞみはのぞみ、これはこれなの。まあ、下戸にはわからんわな。茶でも飲んでおれ」
「あっそ」
まあ、酒飲みはいつものことなので嫁の小言もそこで終わり、俺は素敵な世界へ突入していった。
「フゥ〜。ダメ人間と言いたい奴は言えばよかろう。この素晴らしき世界を知らずして人生を終わらせる汝らに幸あれ!」
俺は缶を軽く掲げ心の中でつぶやき、一口ぐびりと飲み込んだ。
「ふぅ〜、ドライもいいねえ。ねえねえ、ドライもいいよ」、俺は思わず横に座っている上娘に話しかけた。
「そうなんだ」、優しい上娘はとりあえず答えてくれた。
「ドライもいいぞ!」、思わず向かいに座っている下娘にも話しかけた。
「・・・・」、下娘は3DSに夢中。
気がつくと、嵯峨嵐山駅だった。
「おう!嵐山か。前に京都に来た時は大雨の影響でこれなかったもんな。ここって渡月橋って有名な橋があるんだぜ。知ってる?」、俺は思わず横に座っている上娘に話しかけた。
「そうなんだ」優しい上娘はとりあえず答えてくれた。
「渡月橋って有名な橋があるんだぜ。知ってる?」
思わず向かいに座っている下娘にも話しかけた。、「・・・・」下娘は3DSに夢中。
嵯峨嵐山駅を出発すると景色は一気に変わり始めた。
両方の窓に映る景色は青々と茂った木々が迫っていた。その木々は通り抜ける『特急 城崎温泉』からの空気の振動で、音は聞こえないがざわざわと揺れている。山間を縫って『特急 城崎温泉』はどんどん走っていた。
ガタン ガタン ガッタン ・・・・・・・・・
急に『特急 城崎温泉』の走る音と振動が大きくなったと思い窓の外見ると、そこには山間を流れる蛇行した川の上だった。『特急 城崎温泉』は鉄橋を走っていた。
鉄橋はかなり高い位置に架かっており、川が随分と下に見えその水面に船が浮いていた。保津川峡名物の川下りか。
「ねえねえ、見て、川下り!」
「あら本当」
「いや〜、いいなあ〜、楽しいだろうね!」、俺は思わず横に座っている上娘に話しかけた。
「そうなんだ」、優しい上娘はとりあえず答えてくれた。
「ねえねえ、乗ってみたくない?」、思わず向かいに座っている下娘にも話しかけた。
「・・・・」下娘は3DSに夢中。
京都を出発してから盛り上がっているのは俺一人だった。
「あ〜あ、つまんねぇの。なんとまあ旅の情緒を解しない人たちよ。つまらない人生だな。そんな汝たちにも幸あれ」
俺は心の中でつぶやき空になったビール缶を潰し、ゴミ袋へ入れ、誰もいない他の席へ移った。ガラガラの車両でよかった。俺は前の席をこちら側に向け足を伸ばし、2本目のドライのプルドックを開け、静かに物思いに浸りながら車窓の外を眺めていた。
どうやらいい感じで酔いも回りウツラウツラしてきた。時計を見ると出発してからまだ一時間も経っていない。んじゃまあ、一眠りするか。
酔いの中の車中睡眠は浅い。ちょっとの振動や気配で目がさめる。アナウンスが流れ俺は目が覚めた。
「次は福知山、次は福知山〜…」
福知山?それどこ?城崎じゃないね?じゃあいいや。寝ぼけた頭はそう判断し、再び眠りに落ちていった。
「すみません」
・・・・・ん?
「すみません」
・・・・・・誰かが謝っている。
「すみません」
俺は目を開けた。声のする方を見上げると、通路に立っている中年夫婦が俺を見下ろしていた。
なんでこの人たちは俺に謝るのだろう?寝ぼけた頭はそう思った。しかし、ただの寝ぼけ頭ではなかった。俺は瞬時に我に帰りこの状況を理解した。
えっ!この人たち、まさかここの席が指定?
俺は即立ち上がり席を空けた。
「ごめんなさい」そそくさと家族の座る席へ戻った。
「参ったなあ、まさかこんなんところで乗ってくる人がいるとはねぇ〜」
まさかこんなところから城崎温泉行きに乗る人がいるとは。しかもこんなに空席があるのに、何故あえてこの席を指定?
「油断大敵、飲み過ぎ注意」、嫁はスマホ画面を見ながら一言つぶやいた。
意味はわからんが、下の娘は窓のカーテンを引き、その中に潜り込んで3DSをしていた。不思議なやつだ。
上娘は乗り物酔いでダウン、寝ている。嫁は相変わらずスマホゲーム。つまらん連中だ。せっかくの家族旅行だというのに。まあ、そんなことをここで言ったところで反論されるのがオチなので、残りのビールでその思いを流し込んだ。
時計を見るとあと40分ほどで城崎温泉につく。最後の酒、ワンカップを開けるかどうか迷ったが、やめておいた。おとなしくお茶を飲むことにした。半分カーテンに閉ざされた窓の外をぼーっと眺めながら、うつらうつらしているうちに、
「終点、城崎温泉に間も無く到着しま〜す」、とアナウンスが流れた。
「おお、ようやく着くね」
「おっ!着くの?」、下娘がカーテンから出てきた。
「カーテン開けれよ」
「ほら、起きなさい」、嫁が上娘に。
「・・・・」
「起きなさい!」
「・・・・」
「お・き・ろ!」
「えっ?」
「着くの!」
「・・・・・そうなんだ」
俺たちは荷物を降ろし、ゴミをまとめた。終点なので慌てる必要はない。停まってからで十分だ。のんびり行こう。
俺はいつも思うのだが、新幹線でも特急でも、終点なのに慌ててデッキに向かう人が多いのは何故なんだろう。航空機もそうだよな。着陸したらシートベルトマークが消えてないのに立ち上がって荷物を下ろし始める連中が多いこと。そんなに急いでどうすんだろね。大した変わらないと思うのだが。
城崎着
14時10分着。城崎温泉駅。温泉地名がもろ駅名の駅。なんかすげえな。温泉風情満々だ。
鬼怒川温泉の駅も確か、鬼怒川温泉駅って名前だった。それくらいしか東京在住の俺は他に知らない。
駅の大きさも同じくらいか?雰囲気も何だか鬼怒川温泉駅の感じに似ている。駅のホームに降り立ち改札を抜け外に出た。
そこは真夏であった。超暑っ!
朝から冷房の効いた車内でビールなんぞ飲んでうつらうつらしていたからすっかり暑いの忘れ油断していた。城崎温泉も8月下旬とはいえ、夏真っ盛りであった。
「げっ、暑うぅぅぅぅ」
「ぬええええええええええええ、暑いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ〜。早くホテル行こうぅぅぅぅ」
暑さに弱い俺と下娘はもうヤル気を失っていた。
「何言ってんの!チェックインは15時。まだだよ。この辺色々見るの。行きたいカフェもあるんだから」
「むぅぅぅぅぅぅ〜」、俺と下娘は声にならない不満を飲み込んだ。
駅前はどこにでもある田舎町の様相だった。しかし、驚いたことに人が多い。どうせどこにでもある鄙びた温泉地とタカをくくっていたのだが、予想に反し大賑わいであった。しかも外国人が多い。西洋系もそれなりにいるが何と言ってもチャイニーズやコリアの方々が実に多い。邦人も異邦人も暑いのに皆さん笑顔。
「ちょい、人多くねえ?」
「そうだね。確かに外国観光客が多いって聞いていたけどこんなにねえ」
「てことは、ここ、なかなか頑張ってるってことだよね。おもしろそうかも」「そうね。ガイドブック見ると結構良さげだし」
これは期待できるぜ、城崎温泉。
駅前の観光センターに荷物を預けた。パック旅行のオプションで、ここに預けると宿泊先まで届けてくれるらしい。便利なこと。
駅前広場には足湯があった。さすが温泉地。だが、屋外直射日光にガンガン照らされ浸かる気がしない。なのに、たくさんの愚民がアホヅラこいて浸かっている。
「このクソ暑い最中にご苦労なこったねえ。足湯に浸かるとは」
「さすがに照りつける日差しの中で、足湯には浸かりたくないよね」
珍しく嫁と意見があった。久しぶりに俺たちやっぱり夫婦なんだなあとしみじみ感じてしまった。
「ねえねえ、どうでもいいから早く行こうよ、暑い。アイス食べたい」
下娘が俺のTシャツの裾を引っ張りながら訴えた。
「とりあえず時間もあるしお土産屋を見に行こうよ」と嫁は下娘をガン無視。
「えっ!お土産屋?行く行く」と上娘も下娘をガン無視。
「おお、行ってこい行ってこい。いいものあるといいねえ。俺はとりあえず一服してくるねえ。お前も行ってこい」と俺は下娘の手を振りほどき言い放った。
俺は一旦駅の方へ戻り、駅のすぐ横にある立派で随分と大きな温泉施設のそばにある喫煙場へ行って一服した。
それにしても暑い。毎年そうなのだが、我々家族が夏の旅行へ行く日は決まって、その地の今季1番の暑さでしたと、夜の天気予報で中途半端なお天気お姉さんが言い放つ。
今日も予想最高気温は36℃越え。さっさと一服し、土産屋が並ぶメインストリートへ向かうことにした。
さて、どの店に入ったのやら。しばらく外から数件覗くも3人は見当たらない。全くどこへ行ったものやら。このクソ暑いのによ。
そのままさらに進み数件覗いたが、奴らは見つからなかった。俺はいい加減、イライラしてきたので電話をかけてみた。なんと、驚いたことにまだ2軒目にいるという。奴らは3人とも小粒だから見逃してしまった。いつものことだが、3人を探すのは結構難儀する。
温泉地の土産屋など俺は全く興味がないのだが、外でこのまま待たされては暑くてかなわない。仕方がないので、3人のいる店に入った。涼しい。非常に涼しい。3人は別の店へ移動した。俺も金魚の糞のごとき後を追った。
数件回ったところで、どうやら嫁がガイドブックでチェックしていたカフェを見つけたらしい。『特急 城崎温泉』の中でボリボリと菓子をつまんではいたが昼飯らしいものは食べていなかったので、軽く何かを食べることにした。
「ここのフレンチトーストが美味しんだよ」、嫁はガイドブックの受け売りを、さも食ったことがあるような感じで宣った。
店内は小洒落た雰囲気だ。まあ、今は昔ながらの喫茶店を探す方が難しい。
店内は冷房が効いて涼しい。暑がりの下娘もご機嫌だ。
「もう3時になるから軽くしようね。夕飯18時からだから。フレンチトースト2枚と飲み物は何にする?」
「コーラ」、炭酸好きな上娘。
「アイスミルク」、牛乳好きな下娘。
「ビール」、酒好きな父親。
目の前に置かれたビールはギンギンに冷えていた。グラスには飽和水蒸気量が露点に達してできた水滴が覆っていた。
「電車の中でもいいだけ飲んできたのにまだ飲むんだ」
俺は嫁の軽いジャブをスルーし、ジョッキに口をつけた。
「プハ〜、うまいのう」
下娘もアイスミルク(冷やした牛乳をオシャレなグラスに注いだもの)を飲み、
「プハ〜、うまいのう」と真似しやがった。
フレンチトーストが置かれた。思いの外、サイズが大きい。2枚にしておいてよかった。適当に切り込み、各々適当に口をつけた。
「おお、美味しいね。大正解」
「どれ。本当だ。そんなに甘くないしうまいよ」
「本当、美味しい」
瞬く間にフレンチトーストは4人の胃袋の中へ消えてしまった。ちょっと足りない感じはしたが、夕食もあることだしちょうどいいだろう。
時計を見ると15時を少し過ぎていた。
「あれ、もうチェックインできるんじゃない」
「そうだね行こうか」
「じゃあ、行くぞ子供ら」
支払いを済ませ、カフェを出たが日差しはまだまだ強かった。
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