3 外湯でハッスルする?

 今宵の宿はカフェから2軒隣であった。宿は正真正銘、全くもって正しすぎるくらい正しい旅館であった。

 ガラス張りの大きな引き戸を開けると、そこは広い土間?玄関であり履物はそこでバイバイしなくてはならない。三和土に上がりスリッパを履く。ロビーはそれほど広くはない。受付で嫁がチェックインをしている。

 俺の横で下娘がブーブー言っている。聞いてみると、どうやらこの純和風旅館が気に入らないらしい。こやつはホテル、特に洋室が大好きで外泊は決まって洋室が最高だと思い込んでいるのだ。柔らかいベットで飛び跳ねるのが好きなのだ。

「まあ、こういう旅館もいいもんだよ」

「私はベットがいいもん」

「まあ、布団を敷いて寝るのもいいもんだよ」

「洋室がいいよ」

「明日はホテルだから今日は我慢しなよ。夕食は美味しいらしいし」

 正直なところ俺も洋室派だったが、たまにはいいだろうと下娘をなだめた。唇を尖らせ不承不承付いてきた。

 部屋に案内された。うなぎの寝床ではないが、建物の奥に随分と進み、割に複雑に階段を上り下りしてようやくついた。

 我らの部屋は建物のかなり奥の方のようだった。4人には十分すぎるほど広い和室であった。

 館内案内の冊子を見て驚いたことに大浴場はなく、小さな内湯が3つあり完全予約制となっていた。どうやら、この地、城崎温泉には小さな旅館がほとんどで、しかもどの旅館も大浴場は持っていないようだ。すなわち、ここに来る観光客の入浴スタイルは外湯がメインという訳なのだ。 

 その辺のことを詳しく知りたくてガイドブックやパンフレットをパラパラ眺めたがいまいちわからなかった。

「つうことは何か?俺たちはこのクソ暑い中を温泉巡りするって訳?」

「そうだよ」

「知ってたの?」

「うん」

「え〜」、俺と下娘のハーモニーが響いた。俺がジョンで下娘がポールってな感じでいいハモリとなった。一瞬気分が良くなった。

「温泉入って大汗かいて、さらに汗かきながら帰ってくるの?」

「寝る前にベタベタじゃん!」

「だから23時に内湯を予約したの。そこでさらっと汗を流せばいいじゃん」

「なるほどね。まあいいかせっかく来たし外湯巡り行こうか」

「私行かない!」

 でた!めんどくさがりの下娘の得意のセリフ。

「行こうよ。おみやげ屋さん途中にいっぱいあるみたいだよ。ゲームセンターもあるみたいだし」珍しく上娘が説得してる。物で釣るようだ。

「なんか美味しそうなソフトクリーム屋さんもあるみたいだよ」こちらは食べ物で釣るようだ。

「グズグズ言ってないで行くぞ!」俺は父親らしくきりりと言い放った。

「ブーブー」

 下娘はブーブー言いながらも先ほどロビーでチョイスした華やかな色のお子ちゃま用の浴衣に着替え始めた。

 上娘は当然大人料金なのでチョイスした浴衣は大人サイズだった。しかし、彼女は小粒すぎて浴衣が大きく裾が松の廊下ばりに引きずるので、着るのを諦めたようだ。

 俺と嫁は、どうせ汗をかくのだからこのままでいいやと着替えずこののまま出かけることにした。本来なら外湯めぐりは浴衣が正装らしいが。

「ところで外湯ってどのくらいあるんだろうね?」

 俺は部屋にあったパンフレットをもう一度眺めてみた。

「七つもあるよ!」

「そんなにあるんだ。一気に全部行くのは無理だね。今もう3時半で、夕食が6時でしょ。夕食前に3つは入りたいよね」

「妥当だね。そんで朝湯に一つ二つ入れればいいんじゃない」

「さすがに全部はいいか、無理しなくても。湯あたりしそうになるし。秋冬なら行くんだけどね、全部」

 俺たちはパンフレットの簡単な地図を眺めコースを決めた。


 外に出て旅館の目の前のストリートを少し進むと、交差点がありそこを左に行くと城崎温泉のメインストリートとなっているらしい。その手前に早速誘惑が待ち受けていた。但馬牛の串焼きのワゴンタイプの屋台である。目の前で焼いている。

「いやあ〜ん、いい匂い。いやいやダメだ。我慢だ。夕食にも出てくるはずだよね?」

「うん。但馬牛、バッチリ出るよ。私たちはしゃぶしゃぶだけどお父さんはステーキだよ」

「おう、ここはやはり我慢だね」

 多くの客で賑わう但馬牛串焼き屋台の前をなるべく見ないように通り過ぎ交差点へ入った。すぐ目の前に外湯の建物があったが、ここは近いので明日朝にとっておくことにした。

 左に曲がると川が流れそれを挟んで道路が並走していた。奥の方がメインのようなので情緒あふれる橋を渡りそちらを歩いた。

「いやあ、ずいぶん賑わってるねえ。どうせ鄙びた温泉地だと思っていたけど、ここは全然違ったね」

「うん、混雑してる」

 この地はガイドブック通り、外湯巡りがメインで、メインストリートは外湯メグラーで賑わっていた。それに付随して、お土産屋、食事処、カフェ、軽食屋、遊技場が多く、それらもずいぶんと賑わっていた。

 しかし、日本中どこへ行ってもそうなのだが、日本語の話せない近隣国のからの観光客が非常に多い。声が大きくく、日本のマナーやルールが守れない。困ったものだ。まあ、国が変われば何とやらだ。この城崎の地も御多分に洩れず異国語が飛び交っていた。


 道には浴衣に下駄履きの老若男女であふれている。正装した外湯メグラーだ。なかなかの温泉情緒。俺も旅館の下駄を借りてきたので、足元だけは温泉情緒を味わっていた。俺はカランコロンと下駄を鳴らし、ちょっと粋な感じを味わった。

ガタガタガタガタ ゲタゲタゲタゲタ バタバタバタバタ ゲゲゲゲゲゲ…

 

 なんだこの音?

 その音は正装した外湯メグラーたちの出す音だった。普段履いたこともない下駄をつっかけて無粋な音を立てている。どいつもこいつも、うるさいったらありゃしない。俺は娘たちに言った。

「最近は下駄すらちゃんと履けない奴らが多くて情けないねえ。ゲタってのはこう履くもんだぜ!」 俺はカランコロンと正しくリズムカルな音を鳴らし歩いて見せた。しかし、娘らは全くもって無関心で完全ガン無視であった。

「けっ」

 道端の小石を蹴ろうとしたが、当たらなかった。

「けっ」


「ソフトクリームだよ」嫁が言った。

「食べる食べる!」当然のように下娘が食いつく。

「私も〜!」こちらも当然のように上娘。

 その店はかりんとう専門店だったが、どういうわけか特製ソフトクリームが売りのようだった。

 店内には様々な種類のかりんとうが売られていた。俺はかりんとう好きなので、試食ができるのが嬉しかった。試食のかりんとうくらいなら夕飯には影響ないだろう。

 娘らは早速、ソフトクリームを注文し店内のイートインコーナーでペロペロしていた。嫁はりんとうが大した好きではないと昔から豪語していたが、「せっかくなのでいくつか買ってよ」なんて言いながら色々と物色していた。俺はその横でさりげなく試食しまくっていた。全く自分でも呆れるくらい卑しいな。情けない。でも、好きなのだから仕方ない。


 一つ目の外湯。普通の銭湯みたいな感じの建物。

 あらかじめもらっていた外湯フリーパスをJRの改札みたく、ピーとやって中に入る。当たり前だが男女で分かれているので、20分後に出るということで別れた。

 脱衣所は10畳ほどで人が多く狭いが清潔な感じだ。早速、風呂場へ入った。風呂場もそれほど広くはなく、こじんまりとした銭湯という感じ。体をささっと洗い、湯船へ。

「ぬっ!熱い!」

 湯がとてつもなく熱い。俺は熱い湯が苦手だった。しかし、そこは堪える。折角の温泉。

 さすがは温泉、気持ちが良い。だがよく考えると、長湯をすると汗が引かなくなる。この後、さらに数カ所巡ることを考えると、このまま汗ダラダラ状態は俺的に非常に嫌だ。着替えもない。そう思いついた時、即湯船から上がり脱衣所へ。

 風呂場に入っていたのは5分程度だろう。これでいいのか?わざわざ城崎に来たのに。まあ、いいか。しかし、すでに時遅し、汗がダラダラ。俺はすかさず、扇風機を見つけその前を陣取って体を冷やした。汗が引いた頃合いをみて服を着込み玄関へ向かった。15分しかかかってない。入浴5分、クールダウン10分。約束は20分だったが、女の入浴がそれで済むわけがない。

 俺は暑い中、一旦外に出て喫煙所で一服。まだまだ暑く得意の早吸いですぐに建物の中に戻りしばし待つ。結局、奴らは30分かかった。まあそんなもんだ。


 二つ目の外湯は歩いてすぐ。こちらは結構大きい建物だ。入ると受付なのだがロビーは広く、ロフト風に中二階がありそこが休憩場になっていた。ここも、一応、20分の約束。まあ、あてにはしないが。

 脱衣所も広く、ちょっとしたホテルの大浴場風かな。風呂場も広い。並みの銭湯の2倍くらいの広さか。それにしても湯は熱い。ここも、入りすぎると汗が引かなくなる。しかし、20分といっても実質30分なのだろうから、若干気持ち長めに入って脱衣所の扇風機でゆっくり汗を乾かした。トータル25分くらいかかったが、まだ奴らはいないだろうと思い、休憩場に行くとそこに奴らはすでにいたのだ!

「遅〜」と、下娘はアイスを頬張り俺に文句を言った。

「さっき、ソフト食ったのにまた食ってんの?」、「別腹さ」、生意気な。

 嫁も上娘も、アイスを頬張り俺のことは気にもしていない風。まあ、いいか。俺はビールでも飲もうと自販機を見たのだがアルコール類は一切なかった。はて?なぜだろう。

 灰色の脳みそをフル回転させ、俺は次のように推理した。

 どうやらここでいろいろトラブルがあったのだろう、酔っ払いの。口論や喧嘩、はたまた中2階からの転落等々。そのたびに大騒ぎで、もやってられないよ!と経営者はアルコール類を一斉撤去したのだろう。

 まあ、それはそれで残念だが、施設的には無難だな。3人を改めて見ると、まだまだアイスに時間がかかりそうだし妙にまったりしているので、俺は言った。

「ちょっと外でタバコ吸ってくる。そのまま外で待ってるから食べ終わったら来てね」

「わかった」上娘が代表してまったりと言った。


 まあ、タバコを吸うのは嘘ではないが、ここにくるまでの間のいろいろな店の中で、気になる店があったのでそこに行きたくなって先に出ることにしたのだ。 

 ほんのちょっと戻ったところにある食事処の店先に、ビアサーバーが置かれており”城崎地ビール”と書かれた幟を見つけていたのだ。ウヒョヒョである。朝からずっと飲み続けていたので、ここらでまた飲んでしまうのも体裁が悪いので我慢していたが、今は一人、飲むしかない。

 サーバーの前に立ち、三種類あるなかで俺は黒ビールを選んだ。紙コップ、しかも白地にオレンジの縞のまるでポップコーンの容器みたいなコップというのがかなり気に入らないが仕方ない。乾ききった俺は、グビグビとビールを飲んだ。

「ひや〜、うまい、しみる〜!」

 今日は朝からチビリチビリと飲み続け、常にほろ酔い気分。いいねえ。何とお幸せなことだ。人生ありがとう。今更、家族も何も言わないだろうが、少しは気を遣わなきゃな。

 うまかったが、ここは黒ではなくラガーだったな、っと思いながらも飲んでいたら、奴らが出てきた。

「早いねえ、アイス美味しかった?」

 俺は後ろに隠したビールに気づかれないように矢継ぎ早にいろいろ話しかけた。

「飲んでんだ」バレてる。

「さて、次に行きましょうかね」


 俺たちは計画通り、三つ目の外湯へ向かった。それにしても人が多い。八月も下旬なのに。これほど賑わっている温泉地は他にあるのだろうか。

 三つ目は到着した時に見つけた駅横にある外湯で、ここからはちょっと距離がある。とは言ってもゆっくり歩いて10分もかからないのだが。

 まだ暑い。日が当たるメインストリートは避けて、なるべく日陰になる路地を選んでいくことにした。

「あっ!あのファミリーマート茶色い!」

 下娘が指をさした方へ目を向けると、本来緑と青と白のファミマが確かに茶色かった。

「ここら辺も京都市内と同じく、景観に気を使ってるのかね?でも、宿のそばにあったファミマは普通に白地に青緑だったけどなあ」

「いろいろあるんじゃない」嫁は妙に達観している。


 なるべく日陰の路地を選んで、駅前に出た。すでに17時は過ぎていたが、まだまだ暑く汗が流れる。

 三つ目の外湯は駅横にあり、かなり大きい建物だ。

 二つ目の外湯から距離があったので汗をかいてしまった。

 一つ目の外湯で体を洗ったが、最後にもう一度、締めに体を洗おう。

 なんかいい感じで書けてない?三、二、一って。


 中はかなり広く、一階は広い休憩場だった。食事処や土産屋もある。多分、城崎で一番大きな温泉施設だろうな。入浴場は二階かららしい。

 脱衣所も広く風呂場もちょっとした大浴場だ。しかも、三階もある。三階はサウナや冷凍風呂(?)、電気風呂やジェットバスなどがあり、露天もある。てんこ盛りだ。

 一応ここは30分約束なので、足早に一通りいろんな風呂を巡ってみた。なかなかの充実度。ここで30分は少ないが、約束は30分。

 サウナでちょっとだけ気持ちを上気させ、最後に体を洗うため二階に戻り洗い場に腰をかけ頭を洗い始めた。その瞬間、後ろからシャワーの水をかけられた。まるで、中学の頃、友人と風呂へ行き頭を洗っている時にいたずらでシャワーをかけられたような感じ。一瞬、何事かと思った。

 あれ?今回の旅行は同級生との旅行だっけ?


「この野郎〜、シャワーかけやだったなあ!」

「やめろよ、田中〜」

「ははははっ!やっぱ男同士で温泉入るのっていいよな〜」

「そうだなあ。このあと、温泉街の飲み屋に繰り出すか!」

「おっ、いいねえ〜」

 ってわけないじゃん!家族旅行だっちゅうの。

 

 まあ、こういう所ではよくあることだ。いい大人なのに頭が悪く躾もされていない、育ちの悪い連中がシャッと勢いよくシャワーの水を飛ばして、周りに迷惑をかける様子をよく見かける。ま、迷惑行為ではあるが私は大人、それほど目くじらをたてるほどのことではない。

 そうはいっても、いつまでも飛沫が飛んできて、俺の体にかかる。

 おいおい、いい加減にしろっよ。さすがに文句の一つでも言うか。どこの迷惑野郎かと振り返ってみた。俺はフリーズしてしまった。

 俺の真後ろにいるジジイが、ケツをこちら側に向け、まるで明日行く天橋立の股のぞき状態で股間にシャワーを浴びさせていたのである。股間経由のシャワーの水が俺のこの全身に降り注がれているのだ!

 ジジイの股間経由の温水が俺の頭に直撃?

 マジですか?

「こら!ジジイ!」、思わず怒鳴ってしまった。

 しかし、股のぞきジジイは耳が遠いのか、まるっきりシカトであった。

 俺は大きなため息をつき、洗い場を移動し、もう一度、最初から体の隅から隅まで丁寧に洗い直した。

 しかし、なんとなく傷ついたような心までは洗いきれなかった。


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