第16話 明けない闇へ

『アスモスにベルゼブブが我らの元から去ったか……いや、降伏を宣言し、それが受理されたか。まぁいい、残るお前達ならば邪魔者の始末は出来るだろう』


「ヘッ……次こそはあの憎き野郎共を根刮ぎブチのめして二度と下手な口聞けなくさせてやるよ!」


「私としても彼らには煮え湯を飲まされ続けてきた故、ここでその悪縁を断ち切ってしまいたい所存で御座います」



「あ……一ノ瀬君、良かった……気が付いたのね」


「ごめん、二葉さん……また迷惑かけちゃったみたい、あはは……」


「笑い事じゃないわよ!何日こうして意識が戻らなかったと思ってるの!」


「へっ……まさかとは思うけど、俺って今回そんなに重症だったの!?」


『幸い臓器関係に異常は無かったが、エネルギーの干渉によって脳がダメージを負っていたようだ……それも、私というフィルターがあったから軽度の脳震盪に近いもので済んだからこうして普通に話せているんだ』


「お前が言うとマジで生々しいからやめろ……それはそうとして、ハデスはどうなったんだ!」


『それに関してはこれを見た方が早い……今朝早くテレビがジャックされた際の映像だ』


 紅輝は病室で目を覚ますと、ベッドからゆっくりと起き上がりつつ出ると、アキレスが記録してくれていた映像に目を通した。


『地球に住む全ての人類に告ぐ。私はハデス……お前達人類をより高い次元の存在へと進化させるべく現代に蘇った神と等しき存在である。私からお前達へ細やかなプレゼントとして新種のプログラムを送付した。このプログラムは本日正午に一斉に作動させる……楽しみにしているがいい。そして……この星で私に刃を向けようという愚か者共に告ぐ……私の企みに気付いた所でもう遅い。せいぜい地球が滅んでいく様に絶望するがいい』


「如何にも悪の親玉って感じの長ったらしい演説だな……けど、この配ったプログラムって明らかにウィルスの類だよな。アキレスはどう思う?」


『紅輝の言う通り、間違い無くハデス固有の〈ヘルウィルス〉だな……このままでは5年前の悪夢が繰り返されてしまう……』


「じゃ、どうすんだよ!俺達、医療従事者じゃないからウィルス除去のカードなんてある訳ないし……」


『それでも止めるのだろう?お前の事だ……ここまで状況が劣悪と分かった今、止めるだけ無駄なはずさ……そうだろ?』


「流石アキレス、俺の相棒だけの事はあるじゃねぇか」


「いい加減にして……!」


 紅輝がヘラヘラしつつアキレスを褒めていたその横で顔を下に向けつつ蒼依が遮るように叫んだ。


「二葉さん……急にどしたの?」


「何でいつも一ノ瀬君ばかりこんな目に遭わなきゃいけないの……?私、ジャンヌと一緒にこれまでの貴方の不可解な行動について推理してみたの……」


「……それは、俺がアキレスと元々一緒に父さんの研究に参加してて、それで……」


「少しは休む事も考えてよ!もっと自分を労って……!貴方は貴方、遊樹博士は遊樹博士なんだから……!」


 蒼依は目に大粒の涙を滲ませながら彼に迫りつつ、その胸を力の入ってない拳で軽く小突いた。


「私、貴方と一緒に学校で話すうちにだんだん貴方の人柄を理解して……貴方が父である遊樹博士に憧れてる事も将来の夢も教えてもらったの……だから……そこまで絆が深まった貴方を失くしたくないの!」


(痛い……力は全然入ってないのに……こんな気持ち、初めてだ。俺は今まで散々無茶して学校では殆ど寝てばっかで、二葉さんには迷惑ばっかかけて……でもそれは全部二葉さんなりの優しさだったんだ……俺は心の何処かで意図せずにそれを無駄にしかけてたのかもしれない……)


「私……紅輝・・君には少しだけ兄さんみたいな面影を感じてたの。でも違ったわ……兄さんみたいに優しくて、でも兄さんと違っておっちょこちょいで、時々失礼な事を平気で言っちゃうし、よく怒らせる……でも今はそんな紅輝君が……好き……」


「えっ……あのっ……二葉さん!?」


「返事なら帰ってきてから聞くわ……だからお願い……行ってもいいけど、私との約束……ちゃんと守りなさい!」


 蒼依は目を少し赤くしながらも笑顔を作ると、そっと彼の背後へ回って背中を押した。


「……無理言ってくれちゃってさ。分かったよ……守りゃいいんだろ、約束。そんじゃ、ハデスに喧嘩売ってくるよ……そんでもって倒して、アキレスと父さんの5年前の無念にケリ付けてくるよ」


 紅輝は改めて自分のリアライザーを左腕に装着するとそのまま町中へと駆け出していった。



『やぁ、紅輝くん……久しぶり、もう体は大丈夫かい?今、キミのライザーにハデスの根城までのデータを転送しておいた。ボクは訳あって出られないけど、頑張って』


「サンキュー、紫音……このまま一気に世界救ってやろうじゃないの!」


『残念ですが、貴方はここで私達に倒される運命にあります……』


 紫音から貰ったデータを頼りにハデスの元へ向かおうとした紅輝の前に立ち塞がったのは既にハデスから力を得て強化した怪人態へ姿を変えたヴェルフェだった。


「そこを退けって……お前らに構ってる暇はないんだ……!」


『私はキミに煮え湯を飲まされたんです……正午まではまだ数時間ありますから、たっぷりとその礼をさせてもらいますよ!』


「ヴェルフェとか言ったか……君の相手はこの僕だ!」


 変身しようとカードを構えた紅輝のその後ろから現れたのは、紅輝と同じく重症を負って倒れていたはずの親友……藍人だった。


『貴方……ハデス様に飲まれて死んだはずでは……!?』


「あの時僕は助けてもらったんだ……ヘクトールに。それに……妹に会えてないのに死ねる訳が無いだろ……紅輝くんは先を急ぐんだ」


「藍人……悪い、ヴェルフェの事は任せた!」


 紅輝はその場を藍人に託すと、病室から持ち出した自分の鞄の中からローラーシューズを取り出して履き替え、一気に根城……もとい取り壊し予定のゲームセンター跡へ急いだ。



「やっぱ人力の速度じゃこれが限界か……なぁアキレス、俺らが合体したらもっと速く出来たりしない?」


『出来なくはないが、あまりオススメはしない。加減を間違えれば元に戻れなくなるからな……紅輝、横に転がれ!』


「へっ……おわぁぁっ!?」


 少しずつ近付いていた矢先、紅輝の目の前に現れたのはヴェルフェと同じようにハデスの洗礼を受けて強化されたマモンだった。


『覚悟しろ……今の俺様はハデス様から力を貰って最強となった……いくらお前が予測不可な行動に出ようが、全部無駄に終わらせてやるよ!』


「あと数十メートルだっていうのに……ハデスからしたら俺達人間の考えは全部まとめてお見通しってかよ!」


『だったら何だって言うんだ?諦めて尻尾巻いて帰るか?』


「誰がんな事するって!?いいか、今の俺には勇気出して告白してくれた女の子が待ってんだ……引き返さないし、負けて死ぬ訳にもいかないんだ。寧ろ準備運動としてお前を倒す!」


「時間が無いんですよね?だったらここは僕に任せてくれませんか?」


「えっ……?」


 またしても紅輝が変身しようとした次の瞬間に見た事も無い制服姿の少年が現れ、二人の間に割って入ってきた。


「話は聞かせてもらいました……この街に危機が迫ってるなら、元凶を今すぐ止めに行くべきです……取り巻きを抑えるくらいなら、僕にも出来ますからね!さ、急いで下さい」


「誰だか知らないけど、助かったぜ」


『では改めて向かおう……ハデスの待つ……最期のバトルステージへ!』


「あぁ……!」


 紅輝は再度その場を見知らぬ少年に任せ、引き続きゲームセンター跡へと走っていくのだった。

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