第6話 約束片手にリスタート!

「ふーっ……朝からバスケはいい目覚ましになるなぁ……授業中は寝て回復っ、そして放課後はまたバスケ……こんなに楽しい日々が過ごせて俺は幸せ者だなぁ……はははっ」


 紅輝は体育館の横にある男子用のバスケ部室で制服に着替えてバスケ部の活動に必要な物をまとめると、満面の笑みのままスキップしながら教室へ向かっていた。


「……朝から聞き捨てならない言葉が聞こえてきたわよ、一ノ瀬君」


「ギクッ……き、来てたんだな……二葉さん」


「はぁ……授業中は寝ないって約束したじゃない。せめて寝るなら休み時間だけにして……ちょっとこっちに来て」


「えっ……何だよ急に」


 蒼依は偶然廊下で出会った紅輝に近付くと彼のネクタイを締め直した。


「朝部活から1限目までの時間が短いのは私にも分かるけど、学級委員なら服装の乱れには気を付けて下さい……全くもう……」


「あはは……ごめんな。そういう二葉さんこそ、寝癖付いてるぞ?」


「えっ……」


「冗談だよっ。さ、今日も1日頑張ろうぜ!」


「一ノ瀬君……っ!」


 紅輝のからかいに対して本気で苛立った蒼依はそのまま彼の頬に全力の平手打ちを放った。


「痛って……!」


「貴方が悪いんですからね……これに懲りたら、私をからかうのは止める事ですね」


 蒼依は少しムスッとした表情で彼から目線を反らしつつも教室の方へ歩いていった。



「あ、蒼依!それに紅輝くんも、おはよーっ!今日も二人で来たね!」


「おはよう三島さん。結局バスケ部のマネージャーにはならなかったんだな」


「お母さんに止められちゃってさ……それにあたしは歌い手としても活動してるから、これ以上やりたい事ばっかり増やしちゃうのもどうかなって感じでさ。それより、そのほっぺどうしたの?」


「これは……体育館で派手にすっ転んだだけだよ」


(自分で言っておきながら滅茶苦茶心苦しい言い訳だ……)


「へぇ……紅輝くんでもドジ踏む事はあるんだね」


「俺って調子乗ったり何かに熱中し過ぎるとどうしても身の安全確認が疎かになりがちなんだよなぁ……」


 紅輝は苦笑いしつつも先程蒼依から受けた仕打ちが緑梨にバレないような物言いを繰り返した。


「一ノ瀬君……今日の昼放課、空けれますか?」


「へっ……あぁ、昼放課ね……うん、了解……」


(本当は昼放課も体育館の鍵借りてバスケ三昧と行きたかった所だけど、二葉さんの頼みとなればそうも言ってられないな)


 紅輝は内心そんな事を思いつつも授業に集中し、そして約束の昼放課を迎えた。



「それで……何でわざわざ俺を屋上に呼んだりしたの?」


「最近、授業の途中にも関わらず抜け出したり……話を聞いているようで聞いてない素振りが見られますが、どういうつもりですか?」


「な、何の……事かなぁ……」


 紅輝は図星を刺され、口ではしらばっくれたものの、体は正直に震えながらも汗を伝わらせていた。


「校内では電源を切るべきリアライザーが鳴っている事も気になります。貴方……ここ最近何をしているんですか?正直に答えて下さい!」


 透き通っていながらも凛とした蒼依の声に負けてしまったのか、少し無言になった紅輝は深呼吸を挟んでから口を開いた。


「俺のリアライザーの中には他のリアライズアニマルとかと違う……ブレインってヤツがいるんだ。前にも話したと思うけど、俺はそいつと一緒に街を騒がせてる奴らと戦ってるんだ」


「はい……?つまり、あの赤い戦士に変身して自ら危険に飛び込んでいると?」


「……その通りだよ、二葉さん。でも俺、父さんが作ったこの力が悪用されるのを見てられないんだ」


 紅輝は少しだけ蒼依から視線を反らしつつ、静かに拳を握って悔しさを滲ませた。


「一ノ瀬君……」


「勿論、許してもらうつもりはないし……俺もやめてただの学生に戻るつもりもない。でも、だからこそ……自分に出来る事は全力でやり抜きたい」


「……分かったわ。貴方が嘘を言うような人では無い事は知ってますし、止めたところで止まらなさそうな顔してますからね」


 蒼依は真剣な顔で自分の思いを伝えた紅輝に対して少し呆れたような様子で苦笑いしつつも優しく返した。


「ではここで改めて約束して下さい……貴方は皆を守る戦士である以前に空船中学校の生徒……私と同じ学級委員です。変な隠し事や必要以上に傷付く事はしないと、今ここで私に誓って下さい!」


「蒼依……」


『紅輝、こればかりは流石に私も約束を交わしておいた方がいいと思うぞ……』


「アキレスまで……」


「私の知らないところで……私の知っている人がいなくなるのはもう嫌なんです……」


 蒼依はまるで以前にも経験したかのような感じで淋しげな様子で呟いた。


「改めて誓ってやるよ……俺は何処にも行かない、でも目の前の敵からも目は逸らさない!敵を倒して……何度でもこっちに帰ってくる、これでいいだろ!」


 紅輝は何処か照れくさそうに頭を軽く掻きむしるような仕草と共に半ば叫ぶように誓いを立てた。


『紅輝、近隣にヴァイラスの反応を確認した。大きさこそ小さいが、以前の個体よりも遥かに強い……気を引き締めていけ!』


「言われなくてもそうするさ……アクセスアップ、レッドアキレス!」

『オペレーション、スタート!』


 紅輝は蒼依に背を向けつつも彼女が見ていると分かっている上でレッドアキレスへと変身し、そのまま勢いよく屋上から飛び出していった。



「可愛い女の子にあんな約束したんだ……破る訳には行かねぇ……ぞっ!」


 紅輝は目の前に見えたカブトムシ型のヴァイラスに向かって助走を付けた飛び蹴りを浴びせ、そのまま着地した。


『ギリリ……!』


「ヘヘっ、今日の俺はすこぶる調子がいいからな。このまま一気にいくぜ!」


 紅輝がヴァイラスに攻撃を仕掛けようとした次の瞬間、彼は背後から奇襲を受けて地面を転がってしまった。そう、彼を襲ったのは以前彼を徹底的に痛め付けたあの黒い騎士だった。


「お前……邪魔しに来たのか?だったら今すぐそこを退け!」


『お前の方こそ……弱いくせにノコノコ出しゃばりやがって』


「喋った……しかも割とムカつく事言いやがった」


『イライラしてるのはお前だけじゃねぇんだよ……ハァッ!』


 黒い騎士は鍔迫り合いの真っ只中であるにも関わらず、真正面に蹴りを浴びせて紅輝を突き飛ばして追撃に出た。


「いつまでも同じ手は食わない主義なんでね……これでもくらえ!」


 対する紅輝は少しでも相手に近付かれないように左手に持っていた剣をあえて相手に向けて投げつけた。


『チッ……人間のくせに生意気な事しやがって!』


「お前が言うな!」


『グッ……テメェ、ふざけるのもいい加減にしろ……!』


「それはこっちのセリフだ……そっちこそさっさと退けって!」


 互いに言葉が通じるようになった二人だったが、それと同時に全力で容赦のない言葉の応酬も始まった。


『貴様に問う……貴様は何者だ……何故お前はXのコードを持ちながら私達に刃を向ける!?』


『ックク……そうか、やはりお前もXの系譜のブレインか。これはこれは……傑作だなぁ。まさか俺の手に入れた肉体の持ち主と近しいやつとこうして相まみえるとは、最高じゃないか。いいぜ、気分の良さに免じてお前らに教えてやるよ……オレはこのブレインと人間の体を手に入れて進化したヴァイラス……ヴェクターだ』


「なっ……コイツもさっきのカマキリ野郎と……同じ存在って事か?」


『何と卑劣な事を……私の同胞を返せ!』


『断る……せっかく手に入れたんだ、オレはコイツらを使い、この醜い世界をオレ色に塗り込める……!?』


 ヴェクターが己の名を明かしつつ、二人を攻撃しようとした次の瞬間、彼の体から無数のスパークが走り、同時に動きが止まった。


『もう少し痛めつけてやりたかったが、どうやら時間切れみたいだ。お前らとはまた今度遊んでやるよ……ハハッ』


 ヴェクターは胸の辺りを擦りながら自身の影の中へ消えていってしまった。


『待て、ヴェクター……ッ!』

「今はアイツよりも逃げたカマキリ野郎が優先だ……一旦出直そう、いいな?」

『……仕方がない、そうしよう』


 アキレスはヴェクターに向かって明らかな怒りと焦りを見せたが、紅輝は彼を制止しつつ変身を解除してローラーシューズで学校へと戻るのだった。

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