第3話 不真面目な俺、真面目な君

「だぁぁっ……何で起こしてくれなかったんだよアキレス……お陰で転入初日から赤っ恥じゃないか!」


『私は何度も起こしたぞ……お前が私のアラームを尽く寝てスルーしていたのが悪いだろ!』


 紅輝は現在全力で走りながらもアキレスと軽く言葉の投げ合いをしていた。


『全く……あと少し長引いていたなら間違いなく近所迷惑として訴えられていたかもしれないんだからな!』


「明日からはちゃんと起きてやるから!もういいだろ!」


『言ったな?今はっきりと自力で起きると言ったな?破ったら果歩さんに密告させてもらうぞ!』


「あぁもう、分かったから好きにしろ!」


 紅輝はそのままかなり長く続いている坂道を加速しながら下っていき、テニスコート側の門から校内へ入った。



「はじめまして、隣町の陸那りくたから来ました……一ノ瀬紅輝って言います!ホントは入学式から来る予定だったんだけど……色々あって遅れちゃったんだ。とにかく、よろしくな!」


 紅輝は自分の事について簡単に紹介しつつ、ペコリと頭を下げるとクラス中はたちまち歓迎するような明るい声と雰囲気に包まれた。


「という訳で式から1週間は経ったが、うちのクラスに仲間が増える事になったから、皆よろしくな。さて、一ノ瀬の席は……二葉の隣だ」


「二葉……あぁっ、君は確か昨日俺を助けておきながら顔真っ赤にして枕投げ付けてきたあの!?」


 紅輝が担任に言われて青髪の少女を見つけた途端に彼女を指差しながら彼女の近くまで駆け寄った。


「……っ!その事は忘れなさぁーい!」


 少女は昨日の出来事がよっぽど恥ずかしかったのか、彼に向かっていきなり自分の筆箱を投げ付けてきた。


「てて……何するんだよ!俺はただ挨拶しただけじゃないか!」


「貴方は本当にデリカシーのない人ですね!ここは学校だから……そういう事は慎んで下さい!」


「ふーん……じゃ、放課後とかならいいんだ」


「なっ……なっ……!」


 紅輝は自分の席の周りの生徒達に笑顔で声をかけつつ少女にも屈託のない笑顔を見せてから席に座って授業の準備を始めるのだった。



―寂れたゲームセンター


「おい、ベルゼブブよぉ……お前の駒は早速やられたみたいだがどう責任を取るつもりだ?」


 赤いダメージコートを着込んだ粗暴な雰囲気の青年はあんぱんを頬張っている緑の服を着た小柄な少女に迫った。


「うるさい……あれは小手調べ。あんなのにやられてたらヴァーンの相手でも無いから」


「なるほど……お前にしちゃあよくやるじゃねぇか。だが、次はどうすんだ?もっと強いのを出すのか?」


「それしか手はない……駒がなくなる頃に消耗させればこっちの勝ちは決まるの……」


 ベルゼブブは十数個あったあんぱんのラスト1個を食べ終えると、たまたま手に止まっていた蝶に対して反対の手の指先から紫の光を当てるとそのまま外へ逃した。


「ハッ、せいぜい上手くやることだな」


 ヴァーンもベルゼブブに嫌味混じりの言葉をかけるとそのままゲームセンターを無言で出ていくのだった。



―その頃、空船中学校では


「何で私の前に座っているんですか?」


「いやぁ……何となく。というか、俺は君と仲良くしたいって思ってるんだ。ほら、さっき学級委員に任命されただろ?」


「貴方のその軽薄な言動が気に入りませんが……確かに互いを知っておく事は悪くないですね」


「確か二葉さんって言ったっけ?昨日は本当に助けてくれてありがとう」


「私はただ貴方が倒れてたから助けただけです……改めて聞きますが、その後何か変わった事は無いですか?」


「お陰様でね……二葉さんってはいる部活とかは決めてるの?」


「いえ……私はまだ何部に入るかすら決めれてません。そう言う一ノ瀬君は決まっているんですか?」


「俺は……サッカーかバスケ部かな。元々小学生の時にハマってたから」


「そうですか……ふふっ、ふふふっ……」


 蒼依あおいは紅輝の発言の何かに面白さを感じたのか、クスクスと静かに笑い始めた。


「ん?何だよ急に……変な事は何1つとして言った覚えは無いぞ?」


「ごめんなさい……軽薄な人かと思ってましたが、ただのおバカさんなだけで……普通の男の子だなって……」


「それ、十分過ぎるくらい誹謗中傷になってません?てか、やっと笑ったな」


「あっ……こ、これは貴方が悪いんです!貴方がバカじゃなかったらこんな醜態は晒しません!」


笑顔これが醜態って考えもどうかと思うぞ?案外可愛かったよ……ふぅ、ごちそうさん!」


 紅輝はまたしても自覚のないキザなセリフを残して食器を載せたトレーを片手に席を立つと、そのまま返却口にそれを返して屋上の方へスタスタと行ってしまった。


「……何なのよ、もう!次に変な事を言ったら絶対に許しませんからねーっ!」


 蒼依もまた周囲の目を気にせずに大きな声で彼に向かってそう叫ぶと同じように片付けを済ませ、教室へと戻った。



「あーっ、蒼依ーっ!何処で食べてたの!あたしすっごく探してたんだよ?」


 教室に戻った蒼依を待っていたかのように緑色の髪の少女が頬を少し膨らませながら迫ってきた。


「ご、ごめん緑梨みどり……今日は何だか凄く疲れちゃってるみたいなの……」


「もしかしてー……紅輝くんと何かあった?」


「いっ、いえっ……別にっ……何もないわよ……」


「あーっ、その顔は……紅輝くんと仲良くなりたいって感じかな?」


「だから……私は彼とはあくまでも同じ学級委員として職務を共にするだけで……」


「素直になっちゃいなよ……こんなにスタイルいいんだから、その気になれば……イチコロだよ!」


「イ……イチコロ……無理です、あんな人と私がつり合うわけ」


「誰と誰がつり合うだって?」


 蒼依とその親友の少女·緑梨が話していると、屋上の方から帰ってきた紅輝がさらっと会話の中に入ってきた。


「きょ、今日の放課後……1回目の学年会ですので……忘れないで下さいね」


「そっか、了解。やる場所ってあの薄暗い無人の教室でいいの?」


「え、えぇ……そうです。さ、そろそろ昼の授業が始まるので……席に戻って下さい。ほら、緑梨も」


「ちぇーっ……蒼依ってばホントに恋沙汰には無関心なんだから……じゃあ紅輝くん、後は頑張って!」


「お、おぅ……分かった」


 緑梨は紅輝に何かを期待するような言葉を残すと自分の席へと戻っていき、紅輝もまた自分の席に座ると……教科書を立てて机に伏せた。


「一ノ瀬君……まさか、残りの2時間寝て過ごそうなんて考えてませんか?」


「な、何で分かったの……?」


「教科書とノートで壁を作る……その後に取る行動といえば大概睡眠しかないでしょう。それとも、私を納得させられるだけの事があるのかしら?」


「そっ、それは……ない……です」


(二葉さんって思ったよりも怖え……俺こんな人と1年間学級委員やれって言われると、先が思いやられるったらありゃしない……)


 紅輝は結局蒼依の言葉も虚しく、そのまま熟睡してしまうのだった。

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